役所のお仕事
浅井貞子
第1話私たちは人殺し課
この国ではある年に奪命法というものが制定された。この法は、役所に届けを提出することでその妥当性が認められれば任意の対象者を殺す許可を得ることができるという画期的な法であり、この法の制定により過度な労働を強いられていた社員やいじめを受けていた生徒などを発端とする自殺者は大幅に減少した。
――奪命法。極めて非道な扱いを受けていた場合、奪命権を行使することで依頼または自己の手で相手の命を奪うことが許される。――
○○県中央区役所
「ようこそ殺人課、じゃなかった。ようこそ奪命課へ。」
ここは俗に殺人課と呼ばれている奪命法の届けを引き受けることのできる唯一の課の奪命課だ。
「本日の御用事は依頼でしょうか?それとも許可でしょうか?」
「聞いてくださいよ。この間うちの上司が…。」
「お話は窓口で係の者がお聞きしますので、番号札をお取りになってお待ちください。」
この課には1日に30件程度の依頼者が来る。そのほとんどは妥当性が認められずただ相手の愚痴を聞くだけとなることも多く、奪命法制定直後は日に100件を超える数の依頼者が来ていたのに比べて人気はかなり落ちている。しかし年度の始まりと終わりの時期はストレスもピークなのか、日に50~60人が毎日訪れる。
「三木さん。」
聞き覚えのある声に振り向くとそこには同僚がいた。
「こんなところで何をしてるんですか?依頼ですよ。」
「何で俺のところに?先輩方はどうしたのさ。」
「辻さんは別件が入ってて、青井さんと片山さんは現在依頼を遂行中です。あなたしかいないですよ。わかったらすぐ来てください。」
「わかりましたよ。今行きます。」
この課には2種類の部署が存在している。1つはお客様向けに開放された届出を受けるための部署で、この部署が届けを受理して手続きをすることでその奪命権行使の妥当性を国に聞くことができる。妥当性があると判断された場合、その殺人は依頼か自分の手かのどちらかをあらかじめ選択しておくことでその後の実行に至る。このときに、依頼を選んだ場合この課にあるもう一つの部署がそれを遂行する。
三木修真はこの依頼を実行する実働部署に勤める公務員である。
この部署には全部で5人が配属されていて、実際に依頼を遂行するのはその内の4人だ。片山さんはベテランでここに配属されてから20年以上経っている。部署内では最も依頼遂行の手際が良く、仕事も早い。青井さんと辻さんはほぼ同期でこの部署に配属させられて、大体10年くらいは経っていると聞いた。どちらも片山さんほどではないが着実に仕事をこなす。
「今回の依頼は大企業の幹部ですか…。あそこは社員の扱いに関してはあまりいい噂を聞かないからねぇ。」
「そういう噂は気にしたらダメです。三木さんの悪い癖ですよ。」
「はい、そうでした。以後気を付けますね。」
この口うるさい女性は吉沢さん。中央区役所の管轄区内で出た依頼を管理しているとても偉い方で、実行部隊ではないが重要な役割を担っている。
「でも先輩方はみんな行けないということは俺が一人でしなきゃいけないってことですよね?緊張しますね。」
「配属されてまだ1年しか経過してないので緊張しても仕方ないと思いますよ。まぁ、それで依頼を楽にしたりとかはないですが。激励くらいはしてあげます。詳細な内容はそちらの資料に記載されているので、よく読んでおいてください。実行日は来週中にはお願いしたいということです。忘れないでくださいね。」
「ずいぶん早いですね。いつもなら大体半年くらいは待ってくれるのに。」
「今回は妥当性の判断も即決でしたので、そうなる十分な証拠がすぐにそろったとかだと思います。というわけなので、お願いしますね。」
「すぐ準備します。」
この依頼をきっかけに奪命法の存在意義が揺らぎ始めた。
役所のお仕事 浅井貞子 @behanamaru
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