第23話 王子様のキス
「白雪姫は、長い間棺の中に横になっていましたが、その体は少しは変わらずまるで眠っているようにしか見えませんでした。お姫さまは、まだ雪のように白く、血のように赤く、黒炭のように黒い髪かみの毛をしていました」
クライマックスシーンのナレーションが入る。白雪姫に近づ王子様、いよいよ近づいてくる有名なシーン。息を吞む男子、小さな黄色い声で盛り上がる女子。
期待や緊張が充満する会場の中、八島王子様は眠っている白雪姫に顔を近づける…
──────その時、王子様の動きが止まった。
ん???おいおいここ一番いいとこやぞおー?八島ー?
「え、王子様動かんくなった?」
「どーしたんだろ?」
「緊張してるのかな…?」
あいつ、緊張のあまりセリフ飛んだか?ここまできたら走り切ってくれないと困るんだが…
涼は困惑しながら、明らかに顔が引きつっている八島の様子を観察する。
その瞬間、王子様は逃げだした。つまるところ、八島はステージ袖にはけてしまったのだ。
「え?」
「なにこれ、演出?」
いやいやいやいやいやいやいやいやいや。待て待て待て待て本末転倒だぞこれは。まじであいつに何があったんだ????
涼の思考回路はぐちゃぐちゃだった。
涼の頭の中ではキスのシーンを結びに記憶に残る劇として終幕を迎えるはずだった。予想外の展開に対する柔軟な対応はプランナーの課題ではあるがこのトラブルは涼にとっては想定外だった。八島のパフォーマンスが低くなる可能性は考慮していたが、最終的に八島をうまくフォローする形で白仲が引き立てば良いと考えていた。
こうなると袖の対応が気になるな… クラスの連中を八島を全面的に信頼しているし、そもそも学園祭の出し物レベルで臨時要員など準備するわけがない。
ただ、もう残っているセリフ自体は長くないから、急遽代理参戦くらい可能じゃないか?
いや、でも、セリフは少ないが、いきなりのキスシーンはハードルが高すぎるか…しかも大衆に見られながら、八島王子の後であれば尚更だ。
涼の思考がとっ散らかっている頃、ステージの袖ではクラスメイトと八島の緊急会議が開かれていた。
「八島くん!なんで帰ってきたの?」
「体調悪くなった!?」
他の役で出演していたクラスメイトの女子達が、普段からは考えられない疲れ切った表情で袖に逃げてきた八島に対して問いかける。
「………ぼ、ぼ、僕にはできない」
「え?」
「なんで?????練習ではあんなに上手だったのに!」
「そうだよ!八島くんなら絶対に大じy」
「だから!!!!!!ぼくには無理なんだ!!!!!!」
「なんでなの?理由だけ教えて!」
「……き、今日の白仲さんが、綺麗すぎるんだ。見た目だけじゃなくて、なんか、いつもと違うんだ!
! キスできる距離まで顔を近づけるなんて、は、恥ずかしくて、できなぃ…」
クラスメイト達は八島の予想外の回答に口をあんぐり開けて硬直することしかできなかった。
「もういいや!じゃあ代役!代役出さないと劇終わらないよ!」
劇のまとめ役のポジションで姉御肌でクラスに浸透している江崎が困惑と静寂の入り混じった空間の中で切り出した。
「男子!!!!だれか代役いける人!!!」
一斉に下を向く男子
袖にいる男子は大きく分けて二つに分けられる。既に他の役で大衆に顔を見られている活発な陽キャよりの男子と大道具担当などの目立ちたくない系の男子だ。代役をするとなると後者の人間しかできないが、もちろん後者の該当する人間で立候補する者など一人もいなかった。
「詰んだわ…」
終盤にきてのトラブル発生にした袖に重たい空気が流れる。肝心の八島も顔を真っ赤して動かない。
「ちょっと下降りてくる!」
「え、江崎さんどこいくの?」
「劇班以外の男子から王子連れてくる!!!!待ってて!ヘタレ王子は衣装脱いどいてね!」
江崎はざわつくクラスメイト達を放置して袖裏から降りた。
ん??????袖下からなんか一人向かってきたぞ?
照明はステージ上以外暗くなっているから、大衆の注目は浴びてはいないが、まさか劇班の人間が客側に来るとは… あれは、江崎か。ほぼ監督ポジションとして劇班の中心になっていたはず。
江崎苦手なんだよな… 妙に合理主義というか、人の意見とか雰囲気に流されない学生らしくないタイプ。白仲プランにとって色んな意味でイレギュラー要素のひとつだ。まあ、社会に出たら恐らく仕事ができるタイプだろうから、勝手に人としてはリスペクトしているが。
江崎は小さめの声で涼含む劇班以外のクラスメイトに呼びかける。
「「八島くんダメになったからだれでもいいからいける人代役お願いできない?八島くんと同じくらいの身長の人!」」
「「なんで八島君が???何があったの??」」
「「いまそこ話してる時間ない!とりあえず、代役!」」
八島を気にする女子に一蹴する江崎。
「「袖にいる他のメンバーは出れないの?」」
「「だめ!ヘタレばっかり!!!」」
「「え、結構やばい状況だ…」」
「俺がやる」
「え?????」
「だから、俺がやるよ」
「え???下田君???あ、でもありかも。よく見たら最近…」
「確かに謹慎あけて髪型変わってからから実は結構イケメンって思ってて…」
絶対に反対すると予想していた八島女子に以外と好感触らしい。
「ここにいる男子で八島に近い身長は俺しかいない。劇がこのまま強制終了するよりかマシだろ。設定もうまくやるよ。いいだろ江崎?」
俺が喋りだしてから俺の顔をじっくり観察して沈黙を貫いていた江崎に確認をとる。
「うーん、、、、よし!!!見えた!!!行くよ!!
袖で八島君のワックス借りて!!!設定は私がいいの思いついたから着替え中に教える!だれか先生に続けますって報告しといて!!!」
「了解」
まあ、通常のシチュエーションなら性格的にこんな場面で立候補なんてしない。だが、俺は今、白仲柚香のプランナーだ。
目的と手段をごちゃ混ぜにしてはいけない。八島と白仲の劇の成功はあくまで一手段で目的ゴールではない。今回のゴールは白仲柚香がこの劇で注目され、高嶺の花への階段を数段飛ばしで駆け上がることだ。一手段がおじゃんになりそうなら、手段の中身を少し変えればいい。
「前髪きっといて良かった…」
涼は小さく呟いて江崎の背中を追った。
【1万PV突破】高嶺の花を咲かせます。〜校内ヒロイン育成計画〜 コバンザメ @takuboo
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