頭がよいと思われたいので書く戦記

春海水亭

戦争とはなんと愚かなものなのだろう

「……敵兵は百万人、めちゃくちゃ頑張っています!」

 相手がどういう感じで動いているかを報告する兵士が叫ぶ。

 ドクシャシツェン共和国を襲うオモナテキ帝国の兵数は百万人、目視で数え切れる数ではないが、そういうのを報告する兵士である以上、そういう技術を持っていることは間違いない。


「……まさか、敵がここまで頑張っているとはな」

 ドクシャシツェン共和国のシレェ・イー・カーン将軍が会議室の机に台形を形作るかのように手を置いた。

 オモナテキ帝国からドクシャシツェン共和国までの距離はかなりのものである。

 それをかなり接近するまでドクシャシツェン共和国の兵士に気づかせないとは、かなりの頑張りとしか言いようがないだろう。

 世の中には様々な兵器や戦略があるが、結局その根本にあるのは頑張りである。

 つまり戦記ものにおけるあらゆるすごい感じの物事は頑張りによって成されていると言い換えても問題はないだろう。


「こちらの兵士は?」

 ドクシャシツェン共和国の王、イロンナヤツァー・シタガエトルドⅢ世が尋ねる。

 フィクションにおいて帝国は悪の側であることが多いが、共和国と王国は善の側であることが多い。つまり共和国の王はかなりの善性を示しているということになる。


「十万人です」

「十倍の兵力差か……」

 カーン将軍の報告にシタガエトルド王が沈痛な面持ちで応じる。

 百万対十万ということは一人で十人の兵士を倒さなければならない。

 しかし冷静に考えて頂きたい。

 人間というのは一人倒すのも大変なのだ、それを一人で十人倒すとなると――これはもう想像もできないぐらいに大変なのである。


「通常の十倍は頑張らなければならないということか……」

「しかし、帝国の兵士もかなり頑張ってくるでしょうから十倍では足りないかもしれません……」

「なんと……」

「相手の頑張りを考慮すれば、こちらは十倍以上……最悪、百倍の頑張りは要求されるかもしれません」

「しかし、帝国の兵士が百倍頑張っていれば……」

「千倍の頑張りを要求されるでしょうな……」

「神よ……!貴方はこの国を見捨てられたのか!!」

 現実は天ではなく地にある、今は無情な現実を直視しなければならない。

 それでも王は天を仰ぎ、そして臣下もそれを諫めることはしなかった。

 まだ滅んでいない国を悼むかのような重々しい雰囲気が会議室を包んだ。

 しばらくして、ナントゥカスッゾ・メイアンデ軍師がその沈黙の中に一つの石を投げ込んだ。


「……あるいは相手の十倍頑張らなくてもなんとかなるかもしれません」

「なに!?」

「百人の兵士に囲まれた状況から勝利したことがあるメイアンデ軍師!なにか策略があるというのかね!?」

 メイアンデ軍師は会議室の中央に地図を広げ、兵士を模した駒を置いていく。


「かつて私が百人の兵士に包囲された時、私はめちゃくちゃ頑張りました。その頑張りは十倍の頑張りに匹敵したでしょう……」

「さすがメイアンデ軍師だ、十倍も頑張れるとは!」

「だが、一人が十倍頑張れたとしても、百人を相手取るにはとても足りないな」

「確かに、一人が十倍頑張ったところで百人の敵を倒すことは難しいです」

「では、駄目ではないか!?」

「なんということだ……」

 軍師の振り払った現実という重苦しい霧が再び会議室を覆っていく。

 だが、霧を払うかのような明朗な声で軍師はさらなる策略を紡いでいく。


「ですが、私は十倍頑張ることで十人の敵をすぐに倒しました。すると敵の兵士の中に逃げ出すものも現れ始めました」

「な、なんと……兵士とは死ぬまで戦い続けるものではないのか?」

「いえ、それは違います。兵士とは言え、死ぬのは恐ろしいし司令官だってあんまり兵士に死なれるのは困るのです」

「そうだったのか……」

「私は頑張って一人で三十人ぐらい倒しました、すると敵兵は総崩れになり……私は見事に包囲から逃げ出すことに成功したというわけです」

「十倍頑張るだけで三十人の兵士を倒し、百人の兵士の包囲を突破するとは……」

「ううむ、見事な策略ですなぁ」

「つまり、必ずしも百万人を倒さなくても相手の三割ぐらいを倒せばなんとかなるのではないかと言いたいのです」

「……しかし、軍師殿のように兵士の皆が皆十倍頑張れるわけではないですからなぁ」

 王の言葉に軍師は駒をいい感じに動かした。

 軍師に相応しい見事な駒動かし捌きである、会議室の人間たちが感服する。


「そこで、いい感じに敵兵一人を味方兵十人で囲めるように頑張るのです、すると……」

「そうか!一倍の頑張りどころか十分の一倍の頑張りで敵をボコボコに出来る!」

「相手が撤退するまで十人で囲んで頑張るのです、そうすれば……」

「そうか百倍も千倍も頑張らなくても、ちょうどいいぐらいの頑張りでなんとか出来る!」

「よし!頑張るぞ!」


 かくして訪れる百万人の敵兵を、共和国の兵士はいい感じに十人で囲んで頑張って戦ったのである。

 おお、なんたる頑張りだろうか。

 歴史に名が残るような頑張りである。

 その頑張りによって共和国は見事帝国を相手に勝利を収めたのである。


 そして歴史書に残るこの戦争について、学者は皆「戦争とは愚かなことだなぁ……」と語ったと言われている。

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頭がよいと思われたいので書く戦記 春海水亭 @teasugar3g

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