第8話

 2年が過ぎた。


 俺とジルは7歳になり、もうすぐ学校に入る歳だ。

 加護が無い事での周囲の当たりは思ったより強くならなかった。家族やジルの家の他に交友関係はほぼ無いしな。…いいんだ。学校行ったら筋友100人作るんだ。


 ジルはラースやルビアと同じように王都の魔法学校に行くと思うが、俺はどうしたらいいんだろう。加護の無い人の受け入れ先ってあるのかな。あとでシリアに聞いておこう。


 ラースもルビアも12歳だ。年に数回しか会えないから変わりように毎回ビビる。ルビアはすごい美人になったし、ラースも会うたびに大きくなってる。恵体羨ましい。二人とも魔法の才能が凄いらしく、卒業する15歳には就職先も決まっている事だろう。


 午前のトレーニングのインターバルにそんな事を考えながら自作のレッグプレスを再開する。

 レッグプレスというのは主に下半身を鍛える器具だ。この前完成した自信作だ。足より頭が下がるように仰向けに寝て、重しのついた板を足で上に上げる。お尻の大臀筋や太ももの大腿四頭筋、ハムストリング、やり方によっては脚部の内側も鍛えられるまさに下半身へのご馳走である。石を使ったウエイトなので正確な重さはわからないが体感で50〜60kgくらいか?


「ふっ、ふっ、ふっ、ふっー」


 密かに心配していた身長も順調に伸びている。そしてこれはまだ検証中だが、この世界のトレーニング効果は元の世界の基準で考えてはいけない気がする。

 追い込んでからの超回復で肥大する率が半端ないのだ。

 仮説はいくつか立てたがおそらく魔素と言われる元素だろう。

 トレーニングで負った筋繊維のダメージ回復に魔素が入り込み、より強固な筋束になっている。気がする。うんきっとそうだ。


「魔素か…」


 魔素溜まりという、魔素が物理的に滞る地形があるらしい。詳しくは知らないが定期的に調査や討伐があるってシリアが言っていた。

 魔素が溜まる場所でトレーニングを行い、効果が上がれば筋肉魔素有効説が成り立つはずだ。高酸素トレーニングならぬ高魔素トレーニングだ。


「高魔素トレーニング…やりたいな…ジルは…どうするかな…」


 珍しい加護を授かったジルはといえば、父親に言われて魔法を練習している。これがなかなか芳しく無く、サボって筋トレをして怒られるを繰り返している。よくわからん魔法より確実な筋トレを優先するのは素晴らしいが、毎回うちに来るので流石にバレる。ジルよ、学習してくれ。



「午後にジルが来たら聞いてみるか」




 午前のトレーニングが終わったのでシリアを探す。学校と魔素について聞いてみよう。




 が、いない。珍しい。トレーニング後には大体鶏肉もどき(プロテイン)を用意してくれるがそれも無い。


「あっ、母さん!シリアは?」


 シリアより先に母さんを見つけた。


「父さんとバーグさんのとこへ行ってるわ。夜には戻ると思うわよ」


「珍しいね。何かあったの?」


「ええ。そのうち通達が来ると思うのだけど、北の森で魔獣を見たって報告があったらしいの。近々調査に向かうみたいで、その会議ですって。」


 魔獣…高濃度の魔素で変異した獣…だっけか。む?ほうほう。なるほどね。


「それ大丈夫なの?」


「それを調査するのよ。ジルちゃんも今日は来ないんじゃないかしら」


「そっか…」


「ライオット、しばらく山菜も薬草もいらないわ。家で大人しくしてるか、たまには教会にでも顔を出しなさいな」


「んーわかった。」


「じゃあ私は買い物に行ってくるから、いい子にしてるのよ」


「うん。いってらっしゃい」




 魔獣が出た、ということはそこには高濃度の魔素があるということ。

 母さんは出かけた。シリアも父さんもいない。完璧だ。晩飯までに帰れば大丈夫だ。


 部屋に戻り兄に貰った皮のリュックを引っ張り出す。タオルと愛用している不恰好なダンベルを入れて台所へ向かう。

 水と簡易食料を入れて準備完了だ。森に長居するつもりは無い。山籠りはまだ先の話だからな。


「よし。こんなもんでいいだろ。とりあえず向かおう」


 北の森って言ってたけど詳しい場所はわからない。装備的にそんなに深くは行けないから日の傾きを目安に散策する感じにするか。


 走って街の北へ向かう。しばらくすると民家が少なくなり、街を囲う塀が見えて来た。


「おっフリードさんとこの坊主じゃないか。どうした?薬草か?」


「薬草と山菜を採りに行こうと思って」


「おおそうか。いつもお手伝い偉いなぁ!遠くまで行くんじゃ無いぞ?」


「うん。いつものとこで採るから大丈夫だよ」


 ふっ、ちょろいぜ。


 門番さんに挨拶をして森へ入る。見えなくなった辺りでまた走り始める。いつもの採取場所を過ぎてだんだん足場が悪くなっていく。


 足場が悪い場所を走るのも良いトレーニングになるが、今日の下半身はもうお終いだからな。よしよし、また今度鍛えてやるからな。



 軽く走りながら奥へと進む。さわさわと葉の擦れる音が心地良い。




 体感1時間くらい走ったが…うーんわからん。そもそも魔素って感じとれるのか…?臭い…とか?いやでも酸素って無臭だよなぁ…



 すーーーはーーー



 うん、草木の臭い。



 もう1時間ほど走ると木が不自然に割れているのを見つけた。


「これは…魔獣がやった…のか?」


 まだ新しい。これ以上奥へ行くと帰りが遅くなるし……



 すーーーーはーーーー



「……魔素、濃い気がする!」



 よし!ここをトレーニング地とする!




 少しひらけた場所を確保してストレッチをする。リュックからダンベルを出していざトレーニング開始だ!


 まずは、ハンマーカールで上腕二頭筋。

 腕をひねりながら持ち上げ、ゆっくりと負荷をかけていく。


「ふー、ふー、ふー」


 筋肉に魔素を行き渡らせるように深い呼吸を意識する。


 あー良い。いつもより良い。気がする。


 次は寝っ転がってチェストプレスだ。

 大の字に手足を広げて青空に向かってダンベルを押し出す。


 あーー良いよ良いよ。キテるキテる!パンプしてきたよー!


 上半身一通りやっちゃうかー!次は肩やろう!肩!ショルダープレス!!



 しばらくノリノリで筋トレをしていたら、そいつは唐突にやってきた。



『グゥ…』


 熊。赤い熊。


 大の字で仰向けになってる俺と目が合った。



『グゥウウウ…』


 でかい口から出るヨダレがすごい。牙もすごい。てか、デカイ。俺が小さいのか?いやこれ、バスくらいあるんじゃないか?白い牙に赤い毛皮のいかにもファンタジーって感じで


『グァァア!』


「うおおおおお!!」


 前屈みの熊から両手が迫る!飛び起きてかわした!ひいいい!


『ジュルルル…』


「お、おいおい腹ペコか?そこのリュックに肉が入ってるからそれでも」


『グァァアァアア!』


 またもや両手を広げて飛びかかってきた!当たった木が割れる!ダメだ話は通じない!ひいい!


 両手引っ掻きで割れた木の前で熊が振り返った。四つん這いになって突進してくる!デッカいのが迫ってくる!!


「うおおおお!」




 ギリギリ……!…でもないな…あれ…?




『グァァアァアア!』



 横に転がって突進をかわした先で、木にぶつかった熊と再度目が合う。


 遅い…よな?7歳児がかわせる速度だぞ?攻撃も引っ掻きと突進だけ…?火を吐いたりビーム出したりもしない…な。


 これ…イケるんじゃないか?今の良い感じにパンプアップした筋肉ならイケちゃうんじゃないか!?



『ガアアアアアアア!!』


 熊は体を起こして右、左と大振りぶんぶんパンチ。後ろに飛んでかわしながら観察する。


 デカイ体。赤い毛皮に赤いお目々。盛り上がる肩の筋肉。鋭い爪と牙。しかし、トロい。俺の体が小さいせいかまともな攻撃手段が無いようにも見える。


「熊さんよ。先に襲ってきたのはそっちだからな?恨むなよ?」


『ブウウウウアア!』


 ぶんぶんパンチをやめて四つん這いになる。からの突進!に合わせて跳び箱のように上に飛び、毛皮を掴んだ。背中に張り付く。


『ガアアア!ガアアア!』


 熊は背中に登った俺を攻撃しようとするが、肩の関節が硬いから手が届かない。そりゃそんだけ筋肉つけたら柔軟性なくなるわ。


「恨みっこ無しだからな!!」


 左手に握りっぱなしだったダンベルで思いっきり後頭部を叩く!叩く!叩く!!


『アアアアア!』


 叩く!!叩く!!!


 不意の浮遊感。ズドンと大きな音を立てて熊が倒れた。衝撃で一瞬息ができなくなるが、すぐさま背中から降りて頭に向かう。


「っ正当防衛だからな!!」


 ダンベルを右目に刺して思いっきり蹴っ飛ばし、めり込ませた。




…………



 …警戒しながら観察する。ダンベルがめり込んだ眼窩から血が凄い勢いで流れ出ている。反対の目は…どこを見ているかわからない。筋肉の動きも無い。呼吸は…?肩の動きを見る。上下の動きが少しずつ遅くなっていく。


 しばらく見ていたが、もう動く事はなかった。


「ふうううう…」


 息を吐きながら筋肉の緊張を解く。最初のインパクトは凄かったがワンパターンな攻撃にタフネスも無い。ついでに柔軟性も無い。


「…ストレッチするか」


 一応死体から目線を外さないようにして体を解していく。


「…くっっさいな、血か?」


 辺りはひどい臭いだ。いわゆる鉄のような臭いではなく、ゴムとかプラスチックが溶けたような、不快な臭い。なんなら煙が出ているようにも見える。


 これ事後処理どうしよう。埋める?いやどんだけ大きな穴掘らなきゃいけないんだよ。燃やそうにも火種が無いし…



 後の事を考えながら思ってたより張ってた筋肉のストレッチを終えても臭いが全然引かない。


 ま、いいか。

 そのうち調査に来た人がやってくれるでしょ。丁度良い時間だし、帰ろ帰ろ。さぁて高濃度魔素の超回復、どうなるんだろうなぁ!


 リュックを探そうと立ち上がる。










 そこで俺の視界と意識は暗転した。

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筋肉狂詩曲〜マッスルラプソディ〜加護?レベル??異世界だろうが筋肉は全てを解決する! 美津留 @mitsuru5121

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