サヨナラ、小さな罪

戌井てと

知りたかった。ずっと言えなかったこと。

 知らない大人たちに囲まれてた。

 腫れ物に触れるかのような、些細なことでさえも、しっかり聞いてくる。


『今日から帆波ほなみちゃんの家は、ここだから』


 ほんとに小さい頃の記憶、まわりがそう言うから、頷いてたように思う。


 友達の家には、赤ちゃんだった頃の写真が、リビングに飾られてた。私の家にはそれが無い。私が赤ちゃんだったときの出来事は、両親からは出てこない。まぁ、絶対聞いとく必要は無いんだけれど――全く無いってのも寂しくて。


 トントン、心地よい包丁の運び。夕飯を作ってる後ろ姿に質問を投げた。


〝小さい頃の写真あるかな? 授業で必要なんだ〟


 軽快な動きは止まり、「ごめんね」それだけが広がる。火をとめて、お鍋に蓋をすると、押し入れからたくさんの書類を取り出した。私の名前と、両親の名前があった。


「お父さんとお母さんは里親で、帆波は養子ね。言ったほうが、とも考えてたのよ。知らないほうが幸せじゃないか、お父さんなりに考えてたわ」

「友達と話して、なんか噛み合わなくて、違和感だらけなの。今聞いてはっきりした」


 ふっと荷が下りた。あと、もうひとつ。


「なんで言ってくれないんだろうって、勝手にむしゃくしゃして、意地になったりした。ごめんなさい。お母さん……」


 瞳に浮かべた涙は、静かに頬を流れていった。ちゃんとした理由は無いのに、小さい頃から、お母さんと呼べなかった。違和感を覚えてからは尚更。それも終わりだ。


 優しくまわしてくれた腕、熱がほんのり伝わってくる。サヨナラ、小さな罪。こんな言葉じゃ、返しきれないけれど。お母さんの涙声につられてか、私の声も震えてた。



「……二人のところで良かった。大好き」



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