おまけ おれの名は

★★★(海坊主野五藩太郎)



今日の海は、散々な海だった。


ナンパは成功しないし。

イイ女を捕まえられそうだと思ったら、戸〇呂弟かというくらい、ガタイ良過ぎる男にボコられそうになるし。

挙句、産廃液から発生したとかいうガス騒ぎで、気絶して、病院送りとか。


ツイてなさすぎる。


病院で支払いを済ませ、タクシーでS海水浴場に舞い戻り、車を回収して家に帰って、俺は腐っていた。

ゴロリと自室でベッドに寝転がり、文句をブツブツ言っていた。


俺の自室。

レジャーの道具だとか、服や靴だとか。

そういうものが所狭しと並んでいるイケてる部屋。


俺は一応大学生だが、あまり真面目には通ってない。

そんなことよりも、今の若さを満喫する方が大事だからだ。

学校なんて、まあ後から頑張れば卒業は出来るわけだし。

今の方が大事なのは賢明ってもんだろ?

若さは戻ってこないんだ。


しかし。


今日はそんな「若さ」の。

汚点の日だった。


「ちきしょう、ホントついてねーよ」


ブツブツ。


「ナンパひとつも成功しねえし」


グチグチ


「すげえいい女捕まえられそうになったら、邪魔が入るし」


ブチブチ


「ホント、ついてねぇ」


イライラしながら、ごろり、と寝返りを打ち、俺は耳を壁に押し当てた。

特に意味は無い。

たまたま、壁際にベッドを設置してて。片方が壁と接触してたから、寝返りを打つとそうなるポジションだっただけだ。

本当に、たまたま。


ふと、こんな声が聞こえてきた。

多分、階下で誰かがひそひそ話をしている。

それが、壁を伝って聞こえてきたんだ。


「……する」


「……まさか生きて……」


……ん?


何故か、無性に、気になった。


これは、スルーしてはいけない。

直感だったんだ。


俺は、足音を殺して階段を降り、階下……居間に続くドアの前に立ち。


そっと、そのドアに耳を当てた。


聞こえてきた。

中の会話が。


俺は、このことを天の助けだと今でも思っている。


話しているのは、両親だった。


「本当は今日死ぬはずだったのに。その予定で育ててきたのに」


「何でそうならなかったんだろう」


……は?


「……海坊主野一族は代々家業の海産業を、未来永劫続けられるように、定期的に海の神への生贄を捧げる」


「その生贄の役回りが、アンタに回ってきたときは小躍りして喜んだのにねぇ」


「金、いっぱいもらえるし」


「まさか生きて帰ってくるなんて。信じて今日……「海贄祭」の日に、約束の海へと送り出したのに」


「その日たまたま、自発的に約束の海に遊びに行くとか言い出した時は、運命を感じたんだけどなぁ」


「ホント、どうなってんの」


「名前もわざわざ、『五藩太郎ごはんたろう』って、らしい名前つけて、情が湧かないように愛情をかけないで、金だけ与えて育てたのになぁ」


「土壇場で裏切ってくれたよ。ホント」


やれやれと言った感じで、

狂った内容を親父たちは話していた。


……俺の名前。

そんな意味で、つけられたのか!


叫びそうになったが、我慢した。


「……どうする?」


ドアの向こうでおふくろが、言っていた。

悲壮感も何も無く。

ただ、面倒ごとを相談する。そんな感じで。


親父が言った。


「そりゃ、金はもう貰ってて、使っちまってるもん」


いまさら返すの無理だし、贄を捧げないと俺らが親戚のお偉方に殺される。

……今日、アイツが寝静まったらたたっ殺してばらばらにして海に撒こう。

それさえすればなんとか義理が立つ。


……このままここに居たら、俺、殺される……!!


……そうして。

俺は家を飛び出して。


今、俺は、東京で日雇い労働者として暮らしている。

正直、キツイ。

貸倉庫を自宅代わりに使わせてもらい、そこで寝泊まりする毎日だ。

暖房も冷房も出来ない、貸倉庫で。

狭いスペースで、寝るだけの場所。

そこを拠点として生きる生活。

辛すぎる。実家のベッドが恋しくなるときがあるが……


でも、家に戻れば殺される。


殺されるよりはマシだ。

そう思えるから、これまで頑張ってこれた。


この話を聞いている皆。

もしキミの親が、キミの名前を


鬼野絵佐おにのえさ」だとか「神野池二枝かみのいけにえ」なんて風につけていたら。


それは、俺のときのような邪悪な意図があるのかもしれない。


注意してくれ。

それが、20年間、実の親に騙されてきた俺からのメッセージだ。


(了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

UGNとFHが海で出会う話 XX @yamakawauminosuke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ