最終話 どこでもいっしょ

★★★(北條雄二)



ガタンゴトンと、帰りの電車で揺られている。

乗客はほぼ居ない。

貸し切り状態だ。


都会路線は利用客が多いから、車両も多くて本数も多いけど。

俺たちの住んでるド田舎に向かうローカル線は車両もショボくて本数も少ない。

そこは、本当に嫌なところなんだけど。


今だけは、まぁ、いいかな。


こうして他の乗客を気にすることなく、優子と二人で座席に座ってられるんだし。


窓の外の空は赤い。

もう夕方だ。


あれから。


午後はほぼ事後処理で潰れてしまった。

ファルスハーツの二人が去った後、UGNが派遣してきた救急隊がやってきて。

今回の被害者を残らず病院に引き取っていった。


そのとき、被害者たちが一か所にまとめて寝かされていることに驚かれたので。


ちょっと迷ったが


「苦戦してたら正体不明のオーヴァードが助太刀に現れて、彼らと一緒に被害者の保護と怪物の撃退を行いました」


……ところどころ重要部分を伏せながら、ほぼありのままの事実を報告した。

そのオーヴァードがFHエージェントであるとか、どうも優子と交戦経験がある連中っぽいとか。そういうのは伏せて。


……事実を全部言わないのは嘘を吐いているとは言わない。

この辺が、俺の限界だ。


嘘を吐き通すなんて芸当、俺には無理。

事実でない以上、話を作らないといけないからね。

それぐらい俺だって理解できるよ。それがいかに大変か、ってことは。


何で正体不明の連中と手を組んだんだ、と言われたら。


「そうしないと被害者たちを助けられないと思った」


「彼らに敵意があるなら、助太刀するより不意打ちした方が効果的なはずだし」


「あの場合その選択肢以外は大惨事しか生まなかったと断言していいです」


そう、そのときの気持ちを正直に言った。

納得してもらえなかったらどうしよう。ちょっと不安だったけどね。


……一応、納得してもらえた、気がする。


優子は、どう思ってるかな?


気になった。


俺の隣に座って、俺の手を握ってくれているこの白いワンピース姿の、長い髪とその瞳が魅力的な女の子が。


「なぁ」


「何?」


振り向いてくる。

可愛い。


そう頭の片隅で思いながら、聞きたい話を切り出した。


「……午後、散々だったけどさ。俺、余計な事しなかった?」


「余計な事って?」


瞬きを一回し、思案顔だ。

ということは、優子は何も余計なことを俺がしたとは思ってないってことなのかな?


でも、一応聞いとこう。不安だし。


「ホラ、助太刀のこと言っちゃったあたり……」


あのとき、優子と相談しないで独断でやってしまった。

救急隊が来るまでに、打ち合わせしておけば良かったんだけど。

彼らが去った後、気が抜けて、助けが来るまで脱力してたんだよな。

俺たち。

あれは、ミスった。


「あぁ、それなら問題ないよ」


そんなこと、という風に微笑んでくれて。

そう言ってくれた。


「どう考えてもあの状況でたった二人であの仕事を完遂って、変だもの。嘘を吐いたらボロが出て、余計問題になったと思うよ」


「……そっか。だったらいいんだ」


俺は安心して息を吐く。

前を向いて、続けた。


「優子に相談なく勝手に重大な決断をしたのが不安だったんだ」


「……間違ってるかもしれないと思ったから?」


俺の言葉に、探るように彼女は言って来た。

どうなの?と。


それに、俺はこう答えた。


「いや」


ちょっと恥ずかしかったが。


「勝手な男だと優子に思われるのが嫌だったから」


「そう……」


そう言ったら、彼女は黙りこんでしまった。

代わりに、俺の手を握る力が強くなった気がした……



★★★(水無月優子)



雄二君を家まで送ってから、自宅マンション玄関に転移して。


玄関先に今日の鞄、布鞄を置き。


サンダルを脱いで家に上がったその瞬間。


私は、部屋のベッドにダッシュして飛び込みました。

そして布団の上でゴロゴロします。


嬉しかったから。


嬉しい!!

雄二君、夫婦の間で意思の共有が何より大事なんだってこと、分かってくれてるんだ!


電車で「勝手な男だと思われたくなかった」って言われた時。

嬉しすぎて、抱き着いてキスしたかったです。


嘘吐くと後で困るから、なるべく吐かない方が良い。

それは基本事項で、誰も「違う」とは言わない事ですけど。

あの場合、その真実は明かすとトラブルを呼びそうな「厄介な真実」

正直に喋るか決断が要る事案なのは間違いないと思います。


だから。


あの場合は、事実を隠して真実が明らかになったときのリスクを考え、ああいう「全部を話さず、肝心なところは曖昧にして、後でいくらでも言い逃れできる言い方をする」方がベスト。

所謂「嘘は言ってないけど、全部話してない」これ。

これは多少頭が回れば誰でも辿り着く結論。


もしあのときFHエージェントと共闘したことを誰かの調査で明らかにされたら「まさか相手がファルスハーツだとは知らなかった」こう言えばいいんです。

本当に気づかなかったのかと言われたら「犯罪者の可能性は考えてましたが、そこで揉めてる場合では無かったので」これでいけるはず。


まぁこのぐらい、誰でも思いつきますけどね。


でも、だからこそ。

これぐらい勝手に決めてもいいのでは?


そう思いがちです。


実際、私も雄二君に言われるまで何も問題だとは思ってませんでした。

でも、冷静に考えてみてください。


「勝手に決めていい」


これの基準って何でしょう?

無いですよね?


そこを忘れてしまうと、大変なことになってしまうんです。

そういう「これぐらいいいだろう」の積み重ねで、企業の不祥事だとか、私たちの場合は、夫婦の亀裂なんかが生まれてしまうはずなんですよ。


基準の無いことだから、いつかは片方が「いや、相談してよ!」って言い出す。

そういう事態に直面してしまうから。


そうなったとき、亀裂の要因が溜まっていくんです。

そこのところを、雄二君は分かってくれている。


だからあのとき聞きました。


「……間違ってるかもしれないと思ったから?」


違う、って言ってくれることを信じて。

ここで「違う」って言えなければ、それはただの決められない男。

雄二君がそうじゃないのは分かってましたけど、一応。


試すようで申し訳ないとは思いましたが、喜びをより深く味わうために必要でした。


そしたら、望み通り「違う」って言ってくれた!!


嬉しい!!

大好き!!


卒業後に彼と家族になったときのことを想像し、私は喜びに打ち震えました。

きっと彼となら、理想の家庭を築けるはず。

それは、私の夢です。


そのまま、どのくらいゴロゴロしていたでしょうか?


……気が付くと、時計の針が8時を回っています。


おっと、これはいけません。


そろそろ、明日のお弁当の準備をしないと。


ベッドから降りて、急いで冷蔵庫の中の素材を確認します。

足りないものがあるなら、すぐに買い出しに行かないと。

今ならまだ間に合いますから。


冷凍のブロッコリーよし。

ささみよし。

卵よし。

ふかしたサツマイモよし。


……基幹素材はまだありますね。


さて、明日のお弁当は何を作りましょうかね?



……鶏ささみを叩いてミンチにし、卵白と合わせて、パン粉の代わりにキャベツを使い、ハンバーグ風のものを作り終え。

それの粗熱を取って、冷蔵庫に収納する準備を整え終えると、時刻は10時を回っていました。


……もう、雄二君寝てるかな?


ふと、思いました。

作業が一通り済んだので、部屋のパソコンを起動しました。


そして、ソフトを起動し、スピーカーをONにすると。


『優子……危険日の優子の中に出すよ……妊娠してくれ!俺の子供を産んでくれ!』


シュッ、シュッ、シュッ


雄二君の声。あと擦る音。

ふふっ、雄二君。

今日もイメトレしてるんだね。

本番の時、楽しみにしてるから……。


思わず笑みが零れてしまいました。

可愛くて。

もう、頑張り屋さんなんだから。大好き。


まだ、彼は寝ていない。

それが分かったので、パソコンを切って、私はその間にお風呂に入ることにしました。



鏡の前で私は裸になり、自分の身体のチェックをします。

今日は泳いだから、エネルギーは使ってるはずですけど……


腹部、太腿、背中、お尻をチェック。


うん。特に気になるところは無いですね。特に気になる贅肉とか、型崩れは無いです。

くるくると回って、自分の身体を鏡に映して確認します。


……まぁ、胸の大きさは相変わらずですけど。

巨乳には、ならないなぁ。


まぁ、小さくは無いですし、形も悪くは無いと思うんですけどね。



そして20分ちょいの入浴を済ませて、青いパジャマに着替えて私は部屋に戻ってきました。

パソコンを起動します。


そしてまた、ソフトを起動してスピーカーをONにしました。


聞こえてくるのは規則正しい寝息。


ああ、雄二君、寝たんだ……。

それが分かりました。


分かったんで。


「ディメンジョンゲート」


私はディメンジョンゲートを使い、雄二君の部屋に行きました。



空間の穴から彼の部屋にお邪魔すると。

部屋は暗くなってて。明かりは豆電のみ。

ベッドには、雄二君の大きな体が布団で包まって横になってます。


そして部屋には精子の臭い。


……終わってすぐに寝ちゃったんだね。

まぁ、しょうがないよね。

男の子だし。苦笑します。


私は彼を見ます。

大好きな彼を。


私の仕事に躊躇わずについて来てくれて。

動物的本能の声に、ほんの一瞬抗えなかったことを後悔までしてくれて。

それを詫びてまでくれて……。


そして常に、私と同じ方向を向こうと努力までしてくれる。


最高の男性です。一生添い遂げます。


「おやすみ。雄二君……私の、旦那様」


私は寝ている彼の後頭部に口づけをして、再び次元の穴を潜って彼の部屋を去りました。



★★★(河内ゆり)



今日も、センパイとあのドスケベ男がマシンジムでデートしてます。

今日は下半身の強化を重点的にやってるみたい。

レッグプレスだとか。レッグカールだとか。ヒップスラストだとか。

ドロップセットでやってますね。

全く、そんなに下半身鍛えてどうするつもりなのか。

どうせ、センパイを酷い目に遭わせるつもりなんでしょう!エロ同人誌みたいに!

その鍛え込んだ足で、センパイのことを抑え込むつもりに決まってます!


非常に不愉快です。

不愉快ですが、それはそれ。


今日は、彼に報酬を支払う日なのです。

海の魔物の一件での。


前は現金書留で送ったらしいのですが、今回も同じだとセンパイから不評を買うかもしれません。

まるでお金を投げ与えてるみたいじゃない。馬鹿にしている、って。

なので今回は手渡しにすることにしました。

一応、彼はしっかり働いてくれたらしいですし。

成果には正しく報いないといけません。

いくら性欲魔人のドスケベタラシ男でも。


「北條さん、センパイ、ちょっといいですか?」


つかつかつかとマシンジムに入って、私は言いました。

レッグプレスでイチャコラしてた二人が、こっちを向きます。


二人が言葉を発する前に、二人に封筒を突きつけます。

二つ。


「ご苦労様です。この前の海の魔物の一件での報酬と、特別ボーナスです」


センパイは「あ、そうか」とちょっと驚いた顔。

ドスケベ男は、期待に満ちた喜びの表情を浮かべました。


……まぁ、ドスケベ男はイリーガルエージェントで。

仕事の報酬を貰ったの、はじめてがこの前の事件の報酬だったそうですし。

おそらく、給料ってものを貰い慣れてないんでしょうね。


……性欲魔人のドスケベ男らしくないんで、そういうのやめてもらえませんかね。

まるで純粋みたいに見えるじゃ無いですか。


「どうぞ」


そう言って、渡してやりました。

さて、ドスケベ男め。


見ものですよ。


金関係で汚い台詞が飛び出せば、センパイの目も覚めるはず。

どうせ「これっぽっちか……」とか言うんでしょ?分かってますから!


私はドスケベ男の最低行為を見逃してなるものかと、じっと彼を見つめ続けます。


彼は私から封筒を受け取ると、中を確認して、沈黙しました。


ほらやっぱり!

不満なんでしょ!金の亡者!!


そう思っていると。


「……これ、いくら……?」


ぼそっ……と彼は言いました。


「今回は報酬とボーナス合わせて30万円です。特に大惨事が予想された事態なのに、1人も犠牲者を出さなかったことが評価されました。ちなみにセンパイと同額ですよ。良かったですね」


ふん。どうせ「オンナと同額か……」とかぬかすんでしょ?わかってますよ!!

顔だけは笑顔で、そう報奨金の内訳を説明してやりました。


すると。


「……貰い過ぎ。申し訳ない気になる。何か無理させたんじゃないのか?」


……は?


ドスケベ男がこちらを見て、焦った表情でそんなことを言い出しました。


その表情は、本気に見えました。

すごく焦りと、罪悪感が見えました。


「だってそうだろ!?前は3万円だったんだぜ?それが相場だったら、せいぜい10万円がいいところなんじゃないの!?」


「いや、あのときは他にヴィーヴルとブラックリザードが居たでしょ雄二君!」


横からセンパイ。

そして彼に、今回の場合はこれで普通の範疇だから、って語って聞かせてました。


えっと……


「……なるほど。しかし、俺、こんな大金持ってたらダメになりそうだから、20万円は優子が預かってくれないか?」


「分かった。二人の将来のために貯金しとくね」


センパイは、ドスケベ男の封筒から20万円抜いて、自分の封筒に入れました。

ああ多分、センパイ、今回の報酬全額貯金するつもりですね……

センパイ、お金に関しては「必要なだけあればいい」って人だから、人から貯金目的で預かった金をそのまま封筒に入れるってことはそういうことです。


でもなんか、鵜飼みたいですよね……。


ジャラ……


んん?


またなんか幻覚が一瞬見えましたよ?


あの、首輪と鎖の幻覚が。


ドスケベ男の首輪から繋がれた鎖を握るのはセンパイ……


そんな、意味不明の幻覚……


……疲れているんでしょうか?私?


(一応了)

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