第18話 羨ましい二人
★★★(佛野徹子)
UGNカップルの彼氏さんが、焼き残した化け物の死骸を丁寧に全部焼却処分していく。
拾っては発火、触っては発火。発火発火発火。その繰り返し。
燃やして捨てて、拾って燃やしてまた捨てて、ぽいぽいぽい。
まぁ、それが賢明だよね。
もしかしたら断片を残すとそこから復活するかもしれないし。
しかし。
どうしたもんかな。
彼氏さんの焼却処分作業中。
彼女さん。
ずっと、こっちを見ている。
アタシらを。
猛禽類を可愛い女の子にしたみたいな彼女さん、キッと厳しい目で見張ってる。
魔眼を槍に戻し、両手で握ってる。
戦闘状態、解いてない。
ようはさ、共闘関係終わったから「じゃあ次はお前らの番だ!」って、アタシらが襲ってくるかもしれないって思ってるんだよね。
信用無いなぁ。
まあ、当然だけど。
だって、敵対組織の構成員だもんね。
しょうがないよ。
そして、最後の触手の残骸を焼き払って、彼氏さん。
「終わった」
すたすたと戻って来た。
「ありがとう」
姿勢を動かさず、二人の交わす会話に名前が無い。
多分、気をつかってるんだろうね。
『名前を出すのは控えよう』
『そこから正体を特定されたら困る』
そんな会話してなかったから、言わなくても意思が通じ合ってんのかな?
……そういうの、嫌いじゃ無いんだよね。
ステキじゃん。
しかし。それはいいとして。
……うん。ちょっとこのまま硬直はまずいかな。
ここは、こっちから言葉を発した方がいいよね。
「あのさ」
アタシは言った。
「帰っていいかな?」
戦う意思は無い。
それをまず分かってもらわないと。
その意思を示すために、両手を広げて見せた。
「そうしてくださると助かります」
女の子は言う。迷いなく。
おっとぉ?
「……させると思いますか?とか言わないんだ?」
ちょっと意外。
元々、この子賢者の石の輸送を任されるようなエリートなんだよね?
「連戦で、あなたたち相手に無傷で勝てると思うほど、思いあがって無いですし」
厳しい表情で、女の子は言った。
消耗してるのはこっちも同じなんだけど。
それでも、それだけ厄介な相手だと思われてるのね。
「……ふーん」
でも、悪い気はしないね。
そういうの。
「奇遇だね。実はアタシも、相方失うの嫌なんだよ。あんたら、厄介そうだもん」
特にアンタ。
UGN彼女さん。
この子、本気で襲ってきたらアタシ、殺されるかもしれない。
だって、この子アタシの動き見えるし。
ピンポイントで超音速のアタシに高重力をかけて拘束とかやってくるかもしれないよ。
戦うなら、相当覚悟が要る相手。
そうなってくると、相方は躊躇わずこの子を殺そうとするだろうし、それをこの子の彼氏さんが黙ってみてるかな……?
結果はどうなるかわかんないけど、双方無傷じゃ済まないのは確実だし、それに。
単純に、あまり戦いたくない相手。
うん。
そのあたり、くすぐってあげたら見逃してくれるかな?
「だから見逃して欲しいなー。いいでしょ?アンタも、愛しい彼氏さんにこれ以上無理させるのは嫌だよね?」
「そう言ってるじゃ無いですか」
愛しい彼氏さん、と言ってあげたときに、ちょっとこの子の顔が緩んだのをアタシは見逃さない。
……カワイイじゃん。
「念のため、だよ。アンタがフェイク言ってる可能性、あるでしょ?」
うん。今の雰囲気なら逃がしてもらえそう。
アタシはゆっくりと後じさり、文人に視線を投げる。
文人は頷き、同じように彼らに向いたまま後退する。
彼らは動かない。
どうやら、見逃すって言葉には嘘は無さそう。
じゃあね。
アタシは高速移動をして一足先に遠距離に移動し。
そこに文人が追いかけてくる。
彼らはやっぱり動かない。
さよなら。
この二人とは、二度と会いませんように。
神様にお祈りできる資格無いけど。
追いついてきた文人と合流し、去り際、アタシは心でそう思った。
★★★(千田律)
気が付くと、ベッドで寝ていた。
知らない天井だった。
見回す。
薬臭い白い部屋。
沢山のパイプベッド。
薄ピンクの色の衣服に身を包んだ働く女性たち。
服が変わっていた。
水着を着ていたはずなのに。
青白い、無地の服になってる。
作務衣みたいな。
……ひょっとして、病院?
何で私、病院に担ぎ込まれているの?
起き上がると、近くにいた看護師さんが駆けよって来て。
「目が覚めたのね。アナタ、S海岸で意識を失っていたのよ」
「……へ?」
いきなり、突拍子もないことを言われた気がした。
え?私、気絶してたの?いつの間に?
その後、看護師さんの話を聞くところによると、あの海水浴場の近くに、悪徳業者が産業廃液が入ったドラムを不法投棄したらしく。
その廃液が化学反応を起こし、無臭で有毒のガスを発生させてあの浜辺一帯を汚染したらしい。
そのせいで、多くの海水浴客が意識を失い、病院に担ぎ込まれたんだとか。
……うわ~。ツイてない。
よりにもよって、皆で遊びに来た時にそんな事故に巻き込まれるなんて。
でも、死ななかったんだからそこはツイてるのかな?
「……お手数をお掛けしました」
頭を下げた。
「いいわよ。これが私たちの仕事なんだし」
看護師さんはニコリとして、答えてくれる。
佛野さんと文人君は無事なのかな……?
事情説明を受けた後、そこが心配になった。
「あの」
看護師さんが立ち去ろうとしたので、その背中に声をかけて呼び止める。
「何?」
「倒れてた人の中に、佛野さんと文人君……金髪だけど、ものすごくスタイル良くて可愛い女の子と、背が高くて細マッチョな感じで、知的な感じがする男の子なんですけど……居ませんでした?」
「あぁ、その子たちなら」
あなたのことを迎えに来てるわよ。お友達?
そう、言われる。
……あ、良かった。
あの二人、無事だったんだ……。
「呼んでこようか?」
「……お願いします」
看護師さんにお願いした。
ちょっと待つと、来てくれた。
佛野さんと、文人君。
二人とも、水着じゃない。
朝に集まった時の格好に着替えている。
白ブラウスにジーンズ。黒い上着に肌色長パンツ。
健康的で爽やかな、朝の格好。
「千田さん!大丈夫!?」
佛野さんが心配そうに言ってくれた。
ちなみに彼女は朝同様、ウイッグをつけていた。
……私「金髪」って言ったのに。
よく分かったね?看護師さん?
まぁ「可愛い」「スタイルいい」とも言ったから、そこから探してくれたのかな?
感謝です。
「二人は?」
何でこの二人はすでに着替えてるんだろう?
確か、意識が途切れる前に一緒に居たと思うんだけど?
そこはちょっと気になった。
そしたら。
「アタシたち、二人であの浜辺から少し外してたんだよね。で、戻ってきたら皆倒れて運ばれてるじゃん。ビックリしたよ」
「え?」
じゃあ、意識が途切れるまで一緒に居たっていうのは私の勘違い?
そう、私が戸惑っているのを見て、文人君が頭を掻きながらこう言った。
「……ちょっとさ、千田さんへのサービス精神が足りないって。徹子に駄目だしされてたんだよね。で、人気の無い場所で説教。……覚えてない?」
覚えてない。
そんなこと、あったの?
でも、そんな嘘吐く理由が分からないし。
多分、本当なんだと思う。
きっと、有毒ガスを吸い込んだせいで、前後の記憶が吹っ飛んでるんだ。
そうに違いないよ。
一応、検査してもらった方がいいのかな?
「……どうしよう。記憶の混乱が……!」
なんだか怖くなってきた。
ガスを吸い込んだ結果、記憶が吹っ飛ぶなんて。
初めての経験だ……
そう、私がわなわなと震えながら頭を抱えて慄いていると。
「……一応、検査してもらった方が良いんじゃないか?」
そんな私を見て、文人君が言ってくれた。
心配そうに。
そちらに目を向けると、彼は真剣な顔で
「とりあえず中央区に戻ろう。話はそれからだよ。……通院が要るかもしれないし、こういうのは専門にお願いした方が良い」
ここはどこなんだろう?え?S区?
うん。確かにS区の病院だったら電車使わなきゃだし。
交通の便、大変かもね。通院する場合。
出来れば自転車か徒歩で行ける距離にある病院が良い。
私たち、中央区に住んでるしね。
「だからさ、ここでは記憶の混乱の事は黙っていた方が良いね。……僕、そういうのに強い病院知ってるから、そこを後で紹介するよ」
私の目を見て、彼はそんなことを言ってきた。
こんな風に見つめられたのは初めてかもしれなかった。
知的でかっこいいその鋭い目……
……ドキドキしてしまった。
彼がその気なんて無いのは、分かってるはずなのにね。
これはただの、親切。
私、単純すぎ。
だけど。
「……うん。分かった。ここの病院の人と揉めるのも嫌だし。そうする」
ちょっと声が上ずっていたかもしれない。
★★★(下村文人)
「とんでもないタラシにおなりあそばしましたわね。アタシの相方様は」
千田さんが担ぎ込まれた病室を出て。
人気が無くなるまで廊下を歩いて。
中庭に続くドアを開けて、外に出た後。
ボソッと徹子に背中からそう言われた。
言い方に棘があった。
「しょうがないだろ。あそこは目を見て言わないと説得力が無い」
あれはしょうがないだろ。
ここ、絶対UGNの息がかかってるし、ここで脳の検査だ!とか言われると、困ったことになるかもしれないだろ。
だから、是が非でもファルスハーツの息がかかった病院で、脳検査を受けてもらう必要があったんだ。
だったらあのときはああするしかないだろう。
はぁ、手間かかるけどしょうがないよな。
後で馴染みの病院長さんに
「こっちの都合で事件に巻き込まれた一般人を診てもらいたいんですけど」
「そして可能な限り、料金が安くなるパターンで診断してくれますか」
これ、言わなきゃな。
外に出て。
僕らは今、病院の屋外休憩場に居る。
ここで千田さんと待ち合わせだ。
千田さんが退院手続きを終える間に、軽く打ち合わせておきたかったから。
都合よく、無人状態。
左右を見て、回りにも誰も居ないのを確認し。
自販機の前に設置されたベンチに腰を下ろした。
徹子はその隣に座る。
「かなり散々だった」
「だねぇ」
海に行って、女の子を一人接待するだけだったはずが。
怪物と戦う羽目になってしまった。
しかも、敵対組織のUGNとの共闘とか。
一応正体ばれないように気を配ったけど、僕は何かミスして無いか?
それが気になってしまう。
僕はわりと心配性なんだ。
「……僕らは、皆倒れてると言ったが、あれはただの想像。実際に見たのは、担架で運ばれて救急車に乗せられる人々。そういう結論に至ったのは、お前が言い出したから。OKな?」
「あいさ」
この辺は合わせておかないと、突っ込まれた時にボロが出る。
あの後、僕らは海水浴場から離れるだけ離れて、変装を解き、水着姿になり、救急隊の到着を待った。
そして、あわただしくなったのを見計らって、まるで偶然マズイところに居合わせたように、海水浴場に舞い戻った。
だからまぁ、僕らは公式には倒れてる人々を実際には見ていない。
聞かれた場合、その設定に沿ったことを言わなきゃならんわけだ。
そしてそのまま、想定される質問と、その模範解答について二人で打ち合わせる。
無論、声量は抑えて。聞かれて構わない話じゃ無いし。
「……そういやさ」
そして、話がある程度まとまったときだ。
ふと、徹子が遠い目をして、前を見ながら、独り言のように言ったんだ。
「何だ?」
僕はその横顔を見ながら答える。
「あの二人、すごく仲良しだったよね」
……あの二人……UGNカップルさんのことか。
そうだな。
「……あの子とアタシ、同じ女の子なのに、なんでああも違うのかな?それ気になっちゃった」
「ああいう未来、アタシにもあったのかなぁ?って。思っちゃった」
そう呟いている徹子は、すごく、寂しそうだった。
……でも、それはしょうがないことだろ。
色々、遅すぎたんだよ。僕らは。
「多分あの子たち、これからも嫉妬したり、嫉妬されたり、怒ったり、笑い合ったりして一緒に居るんだろうね」
「あぁ、ホント、羨ましい……」
「その辺にしとけ」
ちょっと、声が強く出た。
まずいと思ったが、しょうがない。
「どうしようもないこと言うのはやめろ」
「……ゴメン。だよね~」
二人、沈黙。
そして。
「お前はありえないから」
「分かってる。いいとこ親友、それが限界~」
目を合わせないでそう二人で言い合って。
一息ついたときに。
この中庭に、千田さんがやってきたのを僕はドア向こうの気配で感じ取った。
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