第4話

 


「あらぁ、佳須美ちゃん、いらっしゃい」


「紹介します。谷口恒たにぐちひさしさん」


「初めまして。谷口恒です」


「まあ、素敵なかた。さあ、どうぞ」


 寿子がスリッパを揃えた。


 佳須美は、樫山が事故死であることは父親から聞いて知っていた。だが、寿子という一人の女に興味があった佳須美は、繋がりを切りたくなかった。


 恒は大学の同期で、仲間同士でボウリングに行ったり、カラオケに行ったりする友達付き合いだが、佳須美は一方的に恋心を抱いていた。



 寿子と恒は、絵画や映画の話をして、会話を弾ませていた。寿子に向ける恒の横顔をチラチラ見ながら、佳須美の中に嫉妬のようなものが芽生えていた。寿子に紹介したのは、恒を自分に向かせるきっかけにしたのだった。待ち合わせた喫茶店や寿子の家に行く間だけでも恋人の気分を味わいたかった。



「お若いからご存じないでしょうけど、『ひまわり』という映画も良かったわ。イタリアの夫婦の物語なんだけど。第二次大戦が終わり、出征した兵士たちが故郷へ戻ってくるのに夫は戻って来なかった。戦死したことを信じていない妻は夫を探しにソ連まで行き、そこで見つけたのは再婚して子供までいる夫の姿だった。広大なひまわり畑をバックに流れるテーマ曲が涙を誘ったわ」


「情熱的なんですね」


「そんなことないけど。一度ご覧になるとよろしいわ。ちょっと切ない映画だけど」


「はい。観てみます」


 テニスが趣味だという恒は、捲った袖から張りのある腕を覗かせ、長い指をティーカップの取っ手に入れた。


「恒さんがオススメの映画は?」


「そうですね。僕も古い映画は好きですが、オススメは、……『おもいでの夏』というアメリカ映画で、15歳の少年が年上の女性に恋をする話です。この映画のテーマ曲も好きです」


「あら、恒さんもなかなか情熱的じゃない。ジェニファー・オニール、魅力的ですものね」


「ええ」


 二人は見つめ合っていた。


 蚊帳かやの外の佳須美は、二人の世界に入ることができなかった。


(もし、私が居なければ、恒は「ええ、あなたのように」と言葉を繋いだに違いない)


 寿子にかれているのが、手に取るように分かった。


(私には一度も見せたことがない表情だ……。私はそんなに魅力ない?)


 佳須美は、寿子にジェラシーを感じながら、


(寿子には絶対、男が居る。じゃなきゃ、恒を惹き付ける色気があるはずがない)


 と、セクシーな動きをする寿子の唇を見つめた。



 だが、一人で遊びに行った時だった。


「佳須美ちゃんのタイプでしょ?恒くんは」


 見抜かれていた。


「……でも、私には目もくれなくて。だから、寿子さんに紹介したの」


「嬉しいけど、主人が亡くなってまだ日が浅いでしょ?その気になれなくて」


 寿子のその言葉は、遠回しに恒を振っていた。


(私の意中の人を振った……)


 佳須美は悔しかった。恒の気持ちを知った上で振ったのだ。寿子への憧れが憎しみに変わった瞬間だった。


(相手の男の正体を突き止めてやる)


 佳須美は心に誓った。




 とあるラブホテルの一室に男と女が居た。


「いくら優秀な刑事さんでも、私達の接点には気付かなかったわね。だって、私は客の一人だった。英がボーイをしていたクラブの。それもたった一度だけ、ホステスをやっていた友達に会いに呑みに行ったのがきっかけだった。互いに一目惚れだったのよね。主人にバレないようにスーパーの帰りに公衆電話から店に電話して、それからはこうやってラブホテルで会ってた。


 私が樫山の殺人を計画して、英が手伝ってくれたのよね。でも、計画はしたけど、結局、樫山は事故死だった。英がホームから樫山を突き落とそうと狙っていたら、偶然にも走ってきた若い男にぶつかって、その弾みで線路に落ちたんでしょ?


 携帯からの固定電話の件だって、留守電にメッセージを入れるのは、空き巣防止。『すぐ帰ります』を聞けば、空き巣は慌てて出ていくじゃない。


 そのついでにすれ違った英に、次に会う場所と時間、金の置き場所を伝える。大体、ゴミ箱が多かったわよね。万札を挟んだ雑誌をレジ袋に入れて。


 小分けにしたのは、まとまった金を引き落とせば警察が疑うから。それと、英を逃さないため。だから、生活費程度を渡してたの。でも、金の置き場所がバレなくて良かったね。


 英を近くに住ませたのは、いつでも会えて便利だと思ったから。でも、結局、主人や近所の目を気にしてマンションには行かなかった。それと、用心して公衆電話を使わなくて正解だったわ。だって刑事が嗅ぎ回ってたもの。慎重にして良かった。


 それと、佳須美ちゃんだけど、警察の回し者だって知ってた。固定電話は、フェンスのバラの隙間から見える場所にあるから、留守電をいじるのが見えちゃった。


 じゃ、先に出るわね。変装用のかつらもつけたし、完璧。事件も解決して、刑事の尾行は無くなったけど、佳須美ちゃんがまだ探ってるから、次の手を考えるわね」



 寿子はベッドに横たわる田川にキスをすると、微笑んだ。






 それから間もなくして、寿子の張り込みをするために家に行くと、バラのフェンスに「売家」の看板があった。――





 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

接触 紫 李鳥 @shiritori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ