俺は臆病で弱い人間なんです

「えっと、今日泊まって行くでしょ?」


 楪さんが頬を朱色に染めながら口にした言葉を俺は頭の中で反芻した。


「は?」


 結論、どゆこと?


「えっと、どういう事ですか?」


「月斗くんがさっき言ってたから……」


 俺が、言った? いつ?


「そんな事言った覚えないんですけど……」


「え? 、一緒に寝ようかって言ってたよね?」


「あぁ、それは言いましたね」


「えっと、だから、その一緒に寝るのかなって……」


 うーーん、これ絶対噛み合ってないよな?

 ア○ジャッシュ並みに噛み合ってなくね?

 なんか、大体予想できた気がするよ。


「えっと、奏、さん?」


「ひゃうっ! いきなり下の名前で呼ばないでよ!」


 事件は解決しました。

 俺の愛犬の名前『かなで』

 楪さんの下の名前『かなで

 そんな事ってある?


「えっと、多分勘違いしてると思うんですよね………」


「え? どういう事?」


「俺、犬飼ってるですけどその犬の名前がかなでって名前なんですよ」


「もしかして、もしかしなくてもその子に言ってたって事?」


「そういうことになりますね」


「そ、そっかぁ、わた、わたしの勘違いっっっかぁぁぁ」


「ちょ!? 楪さん!?」


「ふぐっ、えっぐ、ご、ごめんね。変な勘違いしちゃって………」


 突然楪さんが大粒の涙を流した。


「ずっと勘違いしてたのかぁ………」


「ずっと? て、まさか!?」


 俺はこっちに引っ越してきてからのことを思い返した。


『かーなーでー、本当可愛いなぁ〜』

『俺、かなでに一目惚れしたんだよ!』

『かなで! 好きだ! 大好きだ! 愛してる!』

『もういっその事結婚しよう! ずっと一緒にいるからな! 絶対離さない!』

『かなでだけ居てくれればそれだけで俺は幸せだよ!』


 俺、気付かないうちにプロポーズしてね?

 てか、壁薄いの忘れてたわ。

 一番大事なことじゃん、これ。


 いや、今はそんな事考えてる時じゃない。

 

「楪さん、俺の方こそごめんなさい。勘違いさせてしまうようなことをしてしまって」


「ううん、普通そんな事ないって気付くはずだもんね。だから、大丈夫だから、ね? 明日からは無駄なお節介やかないから、安心してね?」


ズキッーーー


 なんだろうこの痛みは。

 心臓に針が刺さったような痛さだ。

 俺は臆病で最低な奴だ。

 今から聞く事だって本当は自分の弱さが原因なんだから。


「楪さんはなんで勘違いしちゃったんですか? 初対面だったし、もっとカッコいい人からもアプローチされてると思うんですけど」 


「馬鹿だって言われるかもしれないけど、一目惚れだったの。年下だし、まだ高校生の相手なのに初めて会った時から胸のドキドキが止まらなくて。あぁ、好きなんだなって思ったから。そんな時に月斗くんに好きだって言ってもらえたから馬鹿みたいに浮かれてたの。でも、まう吹っ切れたからね! 気にしなくていいよ!」


 そんなのは嘘だ。

 無理矢理に笑顔を作っているからいつものような向日葵のような明るい笑顔じゃないし、止まった涙も今にも溢れ出しそうになっている。


ズキッーーー


 俺はこの痛みを知っている。

 好きな子に告白して無残に振られた時に襲いかかって来た痛みだ。

 ただ、違う所があるとするならあの時の何倍もの痛みと言うことだ。


 俺は自分の感情を無意識に抑えていたんだと思う。

 あの痛みを隠すために。

 だから、俺がしてしまった過ちに気付かずに今に至ったのだろう。

 だが、今なら分かる。

 俺が楪さんを好きだと言うことが。

 これが自分勝手な事だとも。

 これが自分のためだと言うことも。


「楪さん。都合の良いことを今から言いますね。俺は中学の時に好きだった女の子にこっぴどく振られたんです。それを原因にして俺は自分の感情を封印しました。多分俺も初めて出会った時から楪さんが大好きだったんです。ただ、また傷ついてしまうのが怖くて気付かない振りをしていました。そのせいで今、楪さんを泣かせてしまった。俺はどうしようもない人間なんです。でも、誰かを傷つけてしまうことがこれ程痛いものだとは思ってもいませんでした。楪さん、俺はあなたが大好きです」


 楪さんはその間、真剣に聞いてくれていた。

 自分勝手なことを言っているのに顔を真っ赤にさせて、口をゆるまして、涙をまた流してくれている。


「月斗くん。私こそごめんなさい。月斗くんの事を何も考えていなかった。初めて好きになった人だったから何も見えていなかったの。でも、そのおかげで今こうして本音をぶつけられたのだから私は幸せだよ?」


 どこまで優しいんですか、楪さんは。

 俺が撒いた種なのに。

 もっと俺を責めてくれてもいいのに。

 

ぎゅっーーー


「ゆ、楪さん!?」


「ねぇ、月斗くん? 私たちもうカップルって事でいいの?」


「俺からお願いしたいです。楪さん、こんな俺で良ければ付き合って下さい」


「ふふっ、これでもう我慢しなくていいんだね?」


「な、何をですか?」


チュッーーー


「これからよろしくね、月斗くん!」


 初めてのキスはレモン味と言うけれど、俺が感じたのは少しの涙の味と中学の時にポッカリと空いた穴よりも数十倍大きい幸福な甘い味だった。

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愛犬を愛でていたら隣の家の美人なお姉さんに惚れられた。 ちょこっと @TSUKI_754

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