癒しの時間

「かなでーーー! 入学早々失敗しちゃったよー」


 学校が終わり俺は早急に家に帰ってきた。

 帰る間際に「今日、親睦会するんだけど日影くんも来ない?」とか、かなでの事聞かれたりとか色々あったけど何だったんだろう。

 あんなに話しかけられたのは初めてだ。

 何か裏があるじゃないかって思うほどだ。

 どうせ金蔓にでもされるのがオチだろう。

 まぁ、それが怖くて早く帰ってきた、もとい逃げてきたわけだが。


「癒してくれー!! かなでが世界で一番好きだー! かなでだけ居てくれればそれだけで俺は幸せだよ!」


「わん! わふぅぅん」


「おっふ……」


 かなでは何故こんなに可愛いのだろう。

 擬人化してしまったら一躍有名人になってしまいそうだ。

  

「そうだ、かなで! !」


 一人なんかで寝てしまったら悪夢を見るに決まっている。

 今日の事、昔の事、もう思い出したくない。


 結局俺は一人で生きていくしか無いんだ。

 誰からも必要とされず

 誰からも好かれない。

 高校デビューなんて考えていたのが間違いだったよ。

 明日からはいつも通りに生きよう。

 面構えが少し変わったぐらいで世界が変わるわけじゃ無い。

 知っていた事じゃないか。


「かなでぇ………」


ーーーーー


ピンポーンーーー


「うん? なんだ?」


 どうやら俺は眠ってしまっていたらしい。

 本当、高校生活もういいかな。

 青春とは嘘であり悪であると誰かが言っていた。

 それは本当の事だろう。

 クラスメイトと話すだけでこれだけ神経をすり減らすのだから。

 他者を不快な気持ちにさせない為に俺は出来る限りへりくだって話さなければならない。

 いわば他者を尊重し、自らを犠牲にする人柱のような物だろう。

 可愛い女子と話せるだけいいじゃないか、なんていう人間は体験しないと分からないのだろう。

 俺を俺自身が否定して堕ちなければならない辛さを。

 これを青春だと思うのなら俺はそんなものはいらない。


 と、それより誰だろうか。


「はーーい、どちらさまで–––––––って楪さん!? どうしたんですか?」


「どうしたもこうしたも夕御飯食べないの? 冷めちゃうんだけど」


「え? 夕御飯の時間にはまだ早いんじゃ–––––––ってえぇ!? もう十九時ですか!? すいません、すぐ行きます!」


「寝癖ついてるけど寝てたの? そんなに慌てなくていいから、じゃ家の扉開けとくから準備できたら入っておいで」


「はい!」


 思いの外眠っていたらしい。

 

ぐぅぅぅぅぅーーー


 眠っていてもお腹は空くらしい。

 今日は昨日より豪華って言っていたから早く食べたい。


「お邪魔しまーす。うわっ」


 玄関の扉を開けた瞬間食欲をそそる良い匂いが鼻をかすめた。


「はい、座って。お味噌汁持ってくるからちょっと待ってね」


「はい」


 昨日は洋食が机の上を彩っていたが、今日は和食が並べられていた。


「はい、どうぞ」


「ありがとうございます! では、いただきます!」


「はい、召し上がれ。とっても美味しいと思うから焦らず食べてね? 昨日も喉に詰めそうになってたから」


「うっま」


 初めに味噌汁を飲んだのだが、俺がいつも作る味噌汁とはまるで違う。

 具材はほぼ同じなのだが味噌の本来の味が際立っている。

 香りも良く、俺の適当さが露呈してしまった。


「ふふっ、月斗くんって本当にいい顔するね。美味しいってバシバシ伝わってくるよ。ありがとうね」


「誰が食べても同じ反応してしまうと思いますけど、俺ってそんなに顔に出てます?」


「うん、頬が緩々になっちゃってるよ」


「まじですか」


「おおまじです」


 どうやら俺は顔に出やすいタイプらしい。

 もしかしたら自己紹介の時にまじまじと見られたのはかなでの話をしている時の俺の顔があまりにもきもかったからじゃないだろうか。


「ほらほら、そんなにコネコネしても変わらないから冷めないうちに食べて?」


「え? あ、すみません」


 どうやら俺は無意識のうちに頬をこねいたらしい。

 俺って案外気付かないうちに変な行動してたりするのかな?


あむっ、ズズッ、あむあむ

ゴホッ!!


「ほら言ったじゃない! 慌てて食べなくていいんだって! 別に誰も取ったりしないんだから」


「ご、ごめんなさい。ゲホッゴホッ」


「はい、水飲んで」


「ありがとうございます」


「ね? ゆっくり食べていいから」


 食事中に汚い所を見せてしまった。


ーーーーー


「ごちそうさまです。食器は洗いますね。全部してもらったら流石に悪いので」


「そんなに気にしなくていいのに。でもお言葉に甘えようかな。私が人の行為を蔑ろにするなって言ってしまったからね」


「そうですよ、ゆっくりしててください」


 いつも掃除をしているのだろう。

 シンクはピカピカで汚れの一つもない。

 俺の家と言ったら、シンクには使ってそのままにしている鍋やフライパンが鎮座している。

 でも散らかっているのはそこだけだからな?

 かなでがいるから部屋は散らかすことが出来ない。

 変なものを口にしたら危ないからな。


「あ、あの、月斗くん」


「はい、どうしました?」


 なんだろう、楪さんの顔が少し紅潮している。



「えっと、?」



「……………は?」

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