とある教育実習生のお話。
面白かったです。ただひたすら圧倒されました。とても何か言わずにはおれないのですけれど、でも何を言っていいやらわからない。というかもう、何も言えることがない。凄かったです。あまりにも凶悪な作品でした。一文一文が抜き身の刃物のようで、読み終える頃にはもう全身傷だらけというか、たぶん三話目くらいでもう死体になってたような気がします。ああダメだ、本当に好きすぎて言葉が出てこない……。
ジャンルは現代ドラマとなっており、確かに他の単語が浮かばない程度には現代ドラマです。自分はいつもエンタメ作品ばかり摂取しているため自信がないのですけれど、こういうのを文学と呼ぶのでしょうか……いやもう死ぬほど面白いのは間違いなくて、でもその「面白い」は娯楽小説らしい手段によってもたらされるそれとはまた違う——なんて、あくまで個人的な印象ではあるのですけれど。でもそういう作品。この「文学」って言葉はどうも人によって意味が大幅に異なるみたいで、加えて自分もよくわかってないので滅多に使うことがないのですけれど、でもこればっかりは。言いたいので。
お話の筋は上にも書いた通り、教育実習中の女性の様子を描いたもので、でもそこはどうでもいいというか、少なくともここで(感想や解説として)ストーリーラインに触れる必要性は薄いように思えます。そこじゃないので。いや物語自体はしっかり存在していて、実際かなり丁寧に組み上げられたものだと思うのですが、それでもやっぱりそこじゃない。単純にお話の筋をあらすじのように要約してしまうと、どうしてか肝心なところが全部抜け落ちてしまう。
お話が展開していくその最中に、ひとつひとつあらわにされてゆくもの。いや最初からあらわではあるのですが、でも都度きっちり〝確定〟(というかもう〝トドメ〟というか)されていく何か、語弊を厭わず言うなら「主人公の持つどうしようもない部分」が、もう本当に胸に刺さるっていうかいちいちこっちを道連れにしてくるのが本当に凶悪なんです。
主人公の人物造形と、わかっているはずなのに曖昧に目を背けているところと、そして「ああ確かにそれは直視できない」と思わされてしまうところ。本当に見たくないもの(キャラがどうとかでなくお話を読んでいる自分自身が)をこれでもかとばかりに次々投げつけてきて、その手触りというか歯応えというか、「明らかに他人事でなく自分のこと」と感じられるところがもう、本当にすごい。
ちょっとおかしな例えになるのですけれど、例えば映画とかでなんか痛そうな流血のシーンを見たときにですね、「うわーやだ痛い痛い痛い」ってなって目を細めてしまうような、それのメンタル版みたいな感じ(ひどい例え)。しかも文字で食らわせてくるから、よく考えたらいくら目を細めても別にぼんやりしないんですよ。全部減衰なしの100%のダメージ。この人間の手触り。吹き出る血と膿んで爛れた傷痕の生々しい匂い。劇でなく、物語でもなく、まず人間を読まされているとはっきり実感させられること。恐ろしい……。
その上で、ネタバレにはなりますが、どうしても触れずにはおれないストーリー部分。最後の最後、あの手品みたいな一撃。もう意識が飛ぶかと思ったというか、単純に「は? 何が起こった?」ってなりました。
だってこんなの完全に魔法です。ここまでのあのボロボロの、傷だらけの本当にどうしようもない積み重ねを、でもあの短い最後の一話だけで〝こう〟できてしまう。本当にもう、何をされたのかわかりません。だめだ何もわからない……どう言えばいいのこの衝撃……。
本当に、ただただ面白かったです。小説に求めるものそのものを浴びせられた感じ。読めてよかったと心から思える作品でした。
孤独な精神から脱出し、人間的成長を獲得する。言うのは容易いがとどのつまりどういったふうに作用していくのかが分かりやすく描かれていた。
語り手は他人を冷笑的に分析する。しかしそれは内心の声であって表向きは社会性に則り衝突を避ける二面性を強調される。
冒頭での元生徒に宛てた手紙には文字というよりは言葉に近い生々しさがあり、もっと言えば語らなくていいようなことまで書かれている。
語り手の彼女は社会を上手く迎合できず、それを蔑むことで自己肯定する弱さがある。この物語はそんな彼女が元恩師から意味を与えられ、元生徒から信念を学び、それによって他人でしかなかった元同級生を仲間と認め過去と向き合いながら弱い自分と決別するまでを描いた前日譚だと読んだ。彼女の介在しない後日談とでも言うべき箇所(ここの回収は言う事ない好いシーン)では彼女を救った芯の強い天使のいたいけな一面が見られて、実は語り手だった彼女もまた……。
布石が音を立てて噛み合う心地よさがある。語り手が切り替わって、それまでの視点とギャップが生まれる(自然なことだけれどスルーされがちな)部分もきっちり描かれていて素晴らしい。