無人電車と廃墟の街

砂上楼閣

第1話〜望郷と旅路

時折見る夢がある。


いつから見始めたのかは覚えていない。


しかし数ヶ月に一度、多ければ数日に一度は必ず見る。


不思議とその夢で見た光景を忘れたことはない。


昔から何度も何度も繰り返し見てきたので、お気に入りの映画よりも鮮明に思い出すことができる。


ふとした瞬間、白昼夢のように夢で見たその場所に立っているような錯覚に陥ることすらある。


既視感デジャビュに近い感覚だ。


今ではその感覚に懐かしさすら感じてしまう。


まるでもう一つの故郷に戻ったようだった。


◇◇◇


昔はこの夢に何か意味があるのかと悩んだ時期もあった。


特に多感な学生の頃には、真剣に医者にかかることを検討したものだ。


自分の周りにこのような夢を頻繁に見るような友人はいなかったのだから。


しかし結局、誰にも相談することなく学生時代を終えた。


所詮は夢で、何かの悪夢に魘うなされているというわけでもなかったからだ。


せいぜい起きて数分ほど望郷ぼうきょうの念にも似た感情に胸を締め付けられる程度。


それも目が覚めてしばらくすれば気にならなくなる。


まだ映画を観た後の方が心動かされていることだろう。


夢と違って映画は共感してくれる他人がいくらでもいるのだから。


◇◇◇


夢はいつも寂れた駅から始まる。


無人駅、というにはしっかりとした駅だが、一度として人と出会ったことはない。


駅の待合室で一人座っているところから、いつも夢は始まるのだ。


壁に掛けられた時計の針が差すのは正午を少し過ぎたあたり。


狭い待合室からは切り取られたような風景しか見ることができない。


葉の落ちた並木と窓の割れた廃工場。


あとは雨の降りそうな曇り空を見ながら、私は誰かを待っている。


◇◇◇


いつまで経っても待ち人がやってくることはない。


誰も乗客がいないというのに電車はやってきて、しばらく停車し、そして出発していく。


何回それを見送っただろう。


時計の針は夕方を指し、曇りがちだった空は曇天の様相に変わっていた。


ついに私は立ち上がる。


待合室を出て、ちょうどやってきた電車に乗り込むのだ。


当然のように無人の電車に乗った私は座席に腰掛け、動き始めた景色にため息をつく。


とうとう空がしびれを切らしたのか、ぽつりぽつりと雨粒が窓を叩き、そしてすぐに雨足を強めていった。


私は濡れて歪んだ景色を眺め続ける。


流れてゆく景色、廃墟となった無人の町並みを眺め続けるのだ。


◇◇◇


この夢のことは死んだ両親はおろか、妻にも話したことはなかった。


唯一話したことがあるのは学生の頃から未だに付き合いのある親友のみ。


息子たちはとっくに独り立ちを終え、定年を迎えて暇を持て余すようになると、必然的に夢について考えることが多くなった。


あまり多趣味な方ではないし、この歳になると知り合いも少なくなった。


未だにやり取りのある友人と約束を設けて会おうと思っても、いざ連絡しようと思うと億劫になってしまう。


若い頃のように毎日連絡を取ったり、週末に遊びにいくようなこともなくなった。


もっとも今は毎日が週末のようなものだが。


月に何度か連絡を取り合い、年に数回どこかへ出かける、そんな付き合いは続いている。


それでもやはり1人で何かを考えている時間が増えたことは事実だ。


このままではいけない。


旅に出よう、そう思った。


幸いなことにこの歳にしては足腰に自信はある。


時間も余るほどにできた。


やるべき事がなければ早々にボケてしまいそうだし丁度いいかもしれない。


観光がてらあてもなく旅をしよう。


別に夢の理由を見つけられなくてもいい。


土産話の一つでも携えて、妻へと会いに行ければいいのだから。


時間ならばいくらでもある。


どうせこのまま朽ちていくだけの人生だ。


最後に少しばかり思い出を残しておくのも悪くない。


まずはそうだな。


旅のしおりでも作るとしようか。

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