四畳半開拓日記 18/18


Ep


 今日も元気だ、仕事が辛い。

 さすがにちょっと、連日の疲れが出ているな。

 よく金曜まで耐えた、おれ。

 この週末は、ちょっとゆっくりさせてもらおう。

 ……そうだ。

 あの小屋に、ハンモックでも付けてみようか。

 あそこは風が通るから、さぞ気持ちいいだろうなあ。


「山田ぁ!!」


 定時近くになると、水戸部が吠えた。


「今日こそは、おれと飲みに行くぞう!!」


「あ、すまん。今日はちょっと……」


「またかよ!? おまえ、ほんと付き合い悪くなったよなあ!」


「悪いと思ってるよ。じゃあ、来週の金曜はどうだ?」


「ハア。しょうがねえなあ。それで手を打ってやるよ」


 電車に揺られて、アパートに帰る。

 真っ暗な部屋に電気をつけた。


 床下から少女の手が伸びていた。


 びっくりした。

 さすがに慣れたとはいえ、夜にやられるとホラーだな。


「よっこいしょっと……」


 それを引っ張ると、サチが飛びだしてくる。


「神さまあ! お帰りなさーい!!」


 ふんっ!

 どすんっと腹に当たる頭突きを、気合いで受け止める。

 それでも衝撃は受けきれずに、ドタンッと押し倒された。


「サチは今日、一人で半熟目玉焼きを作りました!」


 このすりすりも、すっかり日課になってしまったなあ。


「そうか、そうか。それは食べてみたいな」


「はい! 待っててくださいね!」


 すぐにフライパンを用意する。

 じゅわじゅわと火を入れて準備をしている間、パソコンを立ち上げる。

 ネットで、昼間の思い付きを調べてみた。

 ……ううむ。やはり、なかなか難しそうだ。

 まあ、そのくらいのほうが、やりがいはあるな。


「神さま、明日は何をするんですか?」


「ちょっと、ハンモックを作りたいと思ってな」


「ハンモックって何ですか?」


「空飛ぶベッドだ」


「すごいです! さすが神さまです!」


 何度目の感想かは知らないが、巨大オオカミに変身するほうがよほどすごいぞー。

 そこで、山田村の変化に気づいた。


■ レベル が 上がりました ■


■ 山田 村 ■

◆レベル   10 《 次 の レベル まで 415 ポイント 》

◆人口    3

◆ステータス 正常

◆スキル   ●●○


■ 増設 が 可能 に なりました ■

▼丘

▼道


■ 以下 から 新しい スキル を 選択 してください ■

▼育成速度アップ

▼モンスター出現率ダウン

▼作業効率アップ

▼水質浄化B


 山田村に『増設』がご帰還なさったぞ!

 ……また変なテンションになってしまった。

 どうも山田村に関することになると、我を失ってしまう傾向がある。

 この地形変化によって、以降の『増築』項目が変化するのはわかっている。

 前回は勢いで決めてしまったが、今回は慎重にいきたい。

 慎重に行きたいが、アレだな。

 この『丘』に関しては、得られる効果がまったく見当がつかん。

 まだ『道』はわかるのだ。

 おそらく、村の外とつながるための項目だろう。


「神さま。それなんですか?」


「おお、おまえは見るのは初めてだったな。どれがいい?」


「サチが決めていいんですか!?」


 うんうん唸る。


「道がいいです!」


「おお、そうか。じゃあ、そうしよう」


 いつものように、と……。


「『道』を設置する」


 すると『川』のときと同じように、いくつもの赤い線が生まれた。

 確か森より東は帝国領だというので、ここは西のほうへと延ばそう。


「なにが起きるか楽しみだな」


「はい! サチも楽しみです!」


 ちょうど目玉焼きができたので、さっそくご飯をよそう。

 おお、なかなかいい焼き具合だ。

 完全にとろっとはしないで、微妙に固い感じ。


「どうですか?」


「うまい」


「嬉しいです!」


 二人でテレビを見ながら話していると、いつの間にか九時を回っていた。

 次第にサチのほうが、うとうとし始める。


「それで、それで、お父さんが、お母さんの尻尾を踏んじゃって……」


「ふうん。それは大変だな」


「…………」


「サチ?」


 いつの間にか、尻尾を抱いて寝てしまっていた。

 テーブルを片づけて、布団を敷く。

 それに寝かせてやると、むにゃむにゃと寝言を言う。


「うへへぇ。神さま、尻尾をもふもふさせるのですぅ」


 ……岬の変なところが移らなければいいが。

 電気を消すと、ゲーム機に鎖を垂らした。


「酒よし、つまみよし、上着よし」


 鎖を伝って、山田村へと向かう。

 小屋の前で、カガミが夜風に当たっていた。


「……いきなり妙な道ができたから、来ると思った」


「おお、そうか。驚かせたな」


 見ると、確かに西への道ができていた。

 次はぜひとも、丘ができる様子を見てみたいなあ。


「サチが寝てしまってな。悪いが、今夜は向こうに泊まらせるよ」


「ああ、それは構わん。それはなんだ?」


 酒の入った袋を掲げた。


「今夜は、おまえと飲もうと思ってな」


「……ノンアルコールなら、付き合ってやる」


 バーベキュー炉に火をおこし、網にさきいかを並べる。

 軽くあぶりながら、コップに酒を注いだ。


「今日もお疲れさん」


「ああ、お疲れさん」


 コップを合わせて、のどを潤す。

 ……さすがに水戸部を連れてくるのは、やめておいたほうがいいよな。


「そういえば、イトナは?」


「もう寝た」


「今日は喧嘩したんだって?」


「サチか。まったく、最近はおしゃべりで困る」


「無口よりはいいじゃないか」


 しばらく、二人で山田村の風景を見ていた。

 最初は、この小屋だけだった。

 それから川が流れ、水路を設置し、いまはバーベキュー炉や井戸も増えている。

 川の下流には、簡易的なトイレも設置されていた。

 草原に洋式トイレが鎮座しているのは、ものすごくシュールだな。

 この週末に、カーテンみたいなものを取り付けよう。


「……しかし、すっかり居ついてしまったな」


 夜の闇に、黒い影がそびえていた。

 おれの言葉に、巨大モグラは大きな欠伸をする。


「まったく、とんでもない大食らいだ。馬鈴薯がいくらあっても足りないぞ」


「まあ、また作ればいいじゃないか」


 それに、サチとペットを飼ってやる約束をしていたからな。

 まあ、犬に比べてちょっと不細工だが。


「カガミ。ありがとな」


「な、なんだ。いきなり?」


「いや、ここに残ってくれる決断をしてくれたことだよ」


「おまえのためじゃない。サチのためだ」


「それでも、おれも礼を言いたかったんだよ」


 胸ポケットから、煙草を取りだした。

 今日はサチがいっしょだったから、遠慮していたのだ。

 煙を深く吸い、いっしょに言葉を吐きだす。


「……このまま、一人で死ぬのだと思っていたよ」


「どういうことだ?」


「ただ仕事して、食って寝て、そして老けていくと思っていた。おれが死んでも、きっとなにも残らないのだろうと思っていたんだ」


 吐きだした煙は、遠い森の向こうへと流れていった。


「いまは案外、楽しいよ」


「……そうか」


 ええい、なんだかしみったれた空気になったな。

 そういうのは、おれには合わないのだ。


「そうだ。明日、ここにハンモックをつけてもいいか?」


「ハンモック? それは何だ?」


「空飛ぶベッドだ」


「……な、なんだと?」


 そうして、慌ててぷいとそっぽを向いた。


「す、好きにしろ」


 言う割に、尻尾がふりふりだった。

 なんとなくだが、カガミの特等席になる気がするな。


「明日もきっと、楽しいぞ」


「そうだといいな」


 そう言って、二度目の乾杯をした。

 次はなにをしようか。

 いや、でも、次は決まっているか。

 いい加減、岬のために温泉を作ってやらんと、また怒られてしまうからな。

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四畳半開拓日記 01/期間限定で〈書籍版〉をまるっと1冊連載! 七菜なな/電撃文庫 @dengekibunko

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