『持ってない男』
一之瀬 隼人
『持ってない男』
俺は『持ってない男』だ。
友人や恋人もいないし、家族も既に他界している。
定職にはついていないので金もない。
他人に誇れるような特技も人生に彩りをくれる趣味もありはしない。
そんな『持ってない男』である俺だが、最近仕事を始めた。
それは批判されそうな人物の代理をするという仕事だ。
今の世の中、現実で何かした人間がいればネットで非難しまくるくせに、リアルで誰かを批判すれば世間からの印象が悪くなる。
それが嫌なのは何故か?
それはそいつらが『持っている』からだ。
金やキャリア、名誉や実績、家族に恋人等、そういった『持っている』奴らは批判されることで、今まで積み上げてきたものにケチがついたり、関係者に迷惑がかかることを嫌う。
しかし、彼らにも何か意見を言わなくちゃいけないという時がある。
環境問題、政治的発言、自分の業界に関して等様々だ。
しかし先程述べたように何か目立つことすれば批判されることもあるだろう。
そこで『持ってない男』である俺の出番だ。
クレームや非難を受けるような場面では、矢面に立ったり、リアルでクレームを行わなきゃいけない時には形だけのリーダーになったりする。
「それでは〇〇様、来週のデモでは先頭に立って演説をお願いします」
「はい、分かりました。約束の報酬は指定した口座にお願いします」
今回の依頼は環境問題についてのもので、先頭に立って演説を行なうというものだ。
依頼してきたNPO法人は少し前まで、代表自ら演説やデモ活動をしていたらしい。
しかし、その様子をSNSで拡散されて叩かれ、住所が特定された挙句、親族や近隣の住民にまで嫌がらせされるようになってしまったとのこと。
そこで俺が形だけのリーダーとなって非難の矢面に立つのだ。
SNSで悪口を書かれたり借りているボロアパートに非難の手紙が来ることもあるが実績や名声なんて無い俺にはどうでもいいことだ。
しかもなかなかの給料だ。一つの案件でサラリーマンの月収程度は稼げる上に『持っている』奴らと違って批判なんて怖くない。
それに交番が近くにはあるから暴力を振るうような奴はいないし、家族や友人、会社の同僚などへの悪戯なんかもそもそもいないから心配しなくて良い。
なんと言っても俺は、『持ってない男』だからな。
_
「本日のゲストはあの有名実業家の〇〇さんで〜す」
「どうもはじめまして、〇〇です」
「いや〜、お会いできて光栄ですよ」
「私、ずっと〇〇さんのファンだったんです」
「ありがとうございます」
仕事を始めてから数年がたつと、仕事は順調に成功をおさめ、会社は社員の名前を覚えるのが大変なくらいの大企業になるまで成長した。
そして俺自身は、若手の実業家としてテレビ出演することで芸能界との付き合いができ、そこから有名女優と交際するようになった。
「社長、今度はある政党を批判するためのデモのリーダーをお願いしたいとのことです」
「はぁ、また政治関係の依頼かね?」
部下が新しい仕事の依頼を持ってくる。
政治関係は特に批判が多いので大変だが報酬も多い。
「なにぶん政党同士の争いが関わっているようで……かなりの金額を用意しているとのことですがどうしますか?」
「仕方ないが受けるとしよう。今月のノルマを達成するにはやるしか無いしな」
そうして会社の成長に歯止めをかけたく無い俺は、受けようとするが、用事があって職場に来ていた恋人に止められる。
「待って〇〇、いくらお金が貰えるからって政治関係の仕事は断った方が良いわ。他の仕事より嫌がらせや批判の声も大きいし」
それに社員達も同調する。
「そうですよ、それに私や同僚も家族から危険すぎる案件は受けないで欲しいと言われているんです」
こうして俺は批判が大きくなりそうな案件は断るようになって会社の成長はストップしてしまい、俺は並の実業家止まりになった。
だか仕方あるまい。
なんと言っても俺は……
『持っている男』なんだからな。
『持ってない男』 一之瀬 隼人 @hayato18
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