絶対に筆を折らないメンタル最強化け物作家のつくりかた
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絶対に筆を折らないメンタル最強化け物作家のつくりかた
──暗い部屋の中、男が画面に目を走らせている。
モニターと、ほくそ笑む男だけが浮いて見える。
『主人公が気持ち悪い』
『ただただ痛い』
『こんな汚物が書籍化とか、世も末だな』
『作品を読むのは苦痛でしかないだろうけど、レビューを見るのは面白いww』
『内容は無いようで草。』
『このラノベは100点。P先生の絵が200点、内容は-100点ね。』
書き込む者たちを見て、とうとう男は悪辣な笑いがこらえきれなくなる。
彼が見ているのは、とある小説の評判。動画投稿サイトで、SNSで、ネット掲示板で。あらゆる場所でその小説は酷評されている。
けれども、その様を見て楽しむ男は物好きな一般人でも、その小説の所謂アンチでも無い。
彼は他でもないその小説の作者、その人なのだ。
***
暖かな夕日の差し込む部屋の中、学生服姿の少年がモニターを見ながら顔をほころばせている。彼が投稿している小説に初めて感想が付いたのだ。
『やっと追いつきました。一気に読んでしまうくらい面白かったです!これからも頑張ってください!』
それからというもの、少年の楽しみは小説を投稿することと、たまに飛んでくる応援のコメントを嬉しさと、なによりも安堵とともに読むこととなった。
少年は自称進学校といった雰囲気の高校に通う二年生だ。彼がここに入学しようと思ったのは別段そこに引きつけられたからではなく、地元の高校に通うのが嫌だったからだ。
その辺に田畑があるが田舎でも無い、地方都市の郊外に平均以上の所得のある両親と住んでいた彼は、多くの近所の子がそうするように地元で義務教育を受けた。
昔から明るい性格でもなかった彼は、小学生の頃、いじめを受けた。親に相談すると、小学生にはよくあることだと軽く流されてしまった。中学生になったら流石になくなるだろうと言われたが、そうなることはなかった。それから、だんだんと親との会話も減っていった。
幸い、彼はそこそこ勉強ができた。それこそいじめをやった者よりもずっと。
それが、彼の自尊心を形づくっていったし、その優越感は彼の心の支えとなった。
高校の受験をして、郵送で合格を知ったとき、彼はそれは清々しい気分になった。それは達成感などでは無い。
このままアイツらは地元の底辺みたいな公立高校に入って、ろくな就職先にもありつけず、この世界で大成なんぞできないだろう。そう思う彼は気分が良かった。
しかし、現在の彼はこの頃の彼を嫌悪する。それは高校でできた彼の友人のせいだ。そのほかにもよく話す友達は何人もできたが、その友人とは最も親しくなろうとした。
その友人は、彼よりも背が低く、そして大人しい少年だった。なぜだか趣味も合った。このアニメは神だとか、このゲームは面白いだとかだ。小説投稿サイトも、その友人から知った。
そんな友人と好きなキャラクターについて話すと、決まって友人は行動と人格を理由に選んでいた。このシーン、シビれるよな、とか、この行動は優しくてカッコ良過ぎる、とかだ。それを聞いている彼は、心の中でいつもヒロインを推していた。
その友人は彼の考えるいいヤツそのものだったし、勉強もできた。彼は中学生時代の荒んだ自分がバカらしくなった。自分がいじめられたのは自身の性格のせいもあったのではないかと思った。自分がいじめてきた奴らと本質的に同じなのではないかと不安になった。そして、友人が他の人と楽しそうに話しているのを見ると、彼は全てにおいて負けた気分になったのだった。
そんな経験をした彼が現在執筆している小説は、ほのぼのとした、当たり障りのないもの。こことは違うやさしい世界で、ヒロインと主人公は紆余曲折を経て結ばれるというものだ。
そして、出来るだけ主人公を根はいいヤツとして書いたつもりだった。特に彼は意識していなかったが、その主人公は彼の理想を反映していた。主人公の人格設定は文字通り「善人」だ。
そんな悪意のない物語を紡ぎ続けるが、だんだんと受験勉強に追われるようになって、いつしか小説を全く更新しなくなっていた。
あるとき、志望大学の話になった。彼の友人は難関と言われる国立大学を志望するという。
当然彼の志望校よりも高い偏差値が必要だった。
以前の彼ならば、劣等感を覚えつつ「ふーん」だのなんだの出来るだけ興味なさげに言って終わらせただろうが、今の彼は変わったつもりだった。
「すごいじゃん。頑張れよ!応援してるからな!」
最大限の明るさでそう言うと、不思議と劣等感などなく、ますます彼は自分が変わったのだと思った。この時の彼は、自分がこんなことを言えるいいヤツだ、という自己肯定感に支配されていた。そして、またもや安堵するのだ。それどころか、ずっと心の中に燻っていた自己嫌悪から来る不安が消えて無くなってしまった。
彼は名の通った県外の私立大学の経済学部に合格し、入学した。諸々の費用について親と相談すると、なんと負担してくれると言われたからだ。その代わり、食費くらいは自分で稼げと言われた。これも社会勉強なのだと。彼は不満を覚えつつも、承諾した。
入学してから、真に親しい友人を作ろうとはしなかった。もはや、それを彼は必要としなかった。高校時代の友人は別の大学へ行ってしまって、彼は小中学生の頃のように、孤独に陥った。彼には自分自身しか見えていない。
夏休みには、入学当初の慣れない中での課題や勉強やアルバイトの忙しさから少し解放される。コンビニの朝食を食べた彼はふと以前書いていた小説を思い出し、数ヶ月前に買ったラップトップPCを開いた。彼の住む安いアパートの回線は遅いし、部屋は暑いし蝉はうるさい。そして記憶を頼りに高校生の時に書いた懐かしの小説のタイトルを打ち込む。それは、あの時と変わらずあった。人気の程がわかるポイントもさほど増えてはいない。彼が特に変わったと思ったところはサイトのレイアウトくらいだろうか。しかしその認識はすぐに覆ることとなる。
なんとなく小説のランキングの欄をクリックした彼は目を白黒させる。あの頃と何もかもが違っている。彼の目に飛び込んでくるものの中には、復讐だの追放だのザマァみろだの彼にとってなんだか物騒で野蛮な雰囲気が漂う言葉もあり、彼は少し気持ち悪さを覚えた。
そして、やはりあの時のように、人気となった小説は、出版社から作者に声がかかり、書籍化なるものをするらしかった。当然彼は知識としては知っていたが、この時この男は高校生の頃には考えもしなかったことを企てる。俺自身の小説を書籍にしてやろう、そうすれば少なくとも小遣いくらいの金は入ってくるだろう、と。
そう思った男の行動は早かった。新作を一から打ち込むよりも、もっと手軽に出来る、今まで書いていた小説を完結まで書き切るという作業を行うことにした。それは、この男には見込みがあったからでもある。あんな質、いや、人としてレベルの低そうな作品がランキングに載って、あまつさえ書籍化して商業販売されているのだ。この小説サイトはここ数年で一気に人気になったか何かで新しい客層が入ってきて、民度が下がったに違いない。だから、俺はそこでの人気作品よりもレベルの高い作品が書けるだろう。そんなふうに考えていた男は、久しく忘れていたかつての作品を読み直し、大体二十話くらいだろうと見切りをつけ、自然な形で終わらせようとした。ついでに連絡用のSNSアカウントも作った。
一日に一話か二話ずつ投稿し始めて、数日が経ったある日、いつものようにパソコンを開くと、新着作品を確認する人が多いだろう七時か八時ごろに投稿したのがよかったのか、それとも以前よりもサイト自体の利用者が増えたのか、いくつか感想が来ていた。早く二人には幸せになってほしいとか、作者が失踪したと思って続きは半ば諦めていたが、読めて嬉しいとか、そんな言葉を読み進める彼は頬を緩める。
しかし、すぐに無表情になる。展開が雑だとか、このキャラのこの行動は不自然だとか、長々と書き連ねてある感想が目に入ったのだ。それを見た男は不快になった。もちろん、男は手を抜いて小説を書いていたのではない。だが、その感想を読み進めると、男の希望とは裏腹に、どれも的を射ているようで、粗を探しても見つからない。それどころか、男が思いもよらなかったようなことまで鋭く指摘してあるのが、余計に男を不快にし、この人物に対する劣等感を覚えさせた。
それでその感想を書いたユーザーの名前を見ると、やけに長かったのが、男の印象に残った。
そんなことがあっても彼は、おおよそ二十話分小説を投稿し続けた。完結させると、今まで読んできたユーザーがこれを機に一気に評価ポイントを入れるので、ランキング上位に入れるかもしれないと知っていた男は、それに賭けて筆を折るようなことはしなかった。
しかしながら、いざ完結させてみると、期待していたほどポイントは伸びず、書籍化などというものには到底及ばなかった。
男はいつものように、朝、パソコンを開いて確認する。ポイントはあまり増えていない。ランキングにすら載っていない。男は落胆した。男は今までの全てが徒労だったようにさえ感じ、自分自身が否定されたように感じた。
そして考える。なぜ自分の小説は人気にならなかったのかと。
男は経済学を学んでいた。だから、その考え方を導入してみることにした。男の射程内に入ったのが偶々経済学部だっただけで、経済学が好きで学んでいるわけではないが、ゲーム理論だとか、選択がどうだとか、世の中を合理的に分析する手法が男にとって知的で洗練されたもののように感じられて、男は自身が経済学を学ぶことそのものが好きだった。
男は、この小説サイトというゲームで勝つにはどうすれば良いか考える。そんなふうに考えること自体が男に行動意欲を与えた。
これは戦略が決まっている完全情報確定ゲームでもないが、ゼロ和でもなく、きっと簡単に違いないとか、勝利条件だとか、あれこれ考えていると、結局1つの考え方にたどり着く。気がついて見れば単純なことだった。これは、大学教授が得意そうに言っていた任天○とS○GAのゲーム機競争に似ていると男は思った。市場にとって需要がないものを作ったところで、どんなに技術的に優れていても売れないのだと。男はそうだったことにした。
では、どうすれば良いのか。それは、需要のあるものを作るに限る。そうと決まれば、早速男は最初に目に留まったランキングの上位の作品を読み、研究し始めた。多くの作品において、男が見ても明らかに不合理な動きをする登場人物たちに困惑し、ストーリーには嫌悪感を抱いた。
それでも男はテンプレートというべきいくつかのパターンを見出した。多くに共通していたのは、主人公に不快に思われている悪役と主人公とが、決別や追放を経て、主人公は幸せになり、悪役は没落するということだった。主人公と悪役とで諸々の優劣が逆になる様を主に描くようだった。その根底には、主人公を取り巻く社会や環境に対する底なしのヘイトが感じられた。
男はまさに、ドロドロした欲望の闇鍋を食っている気がした。恨み辛み、承認欲求、劣等感などを見せつけられているようで、きっとこれらの作品は、そんな執筆者の叫びなのだと思った。
しかし、いざそれを書こうとなると、それは、今ランキングの大部分を占領している、男が不快だから面白くないと思うような小説を書くということだ。そんな、他者の不幸を喜ぶ小説を書くような奴は人間的にどうなんだと男は思う。しかし、合理的にそうしたほうがいいという策略のもとに書くわけだから、自分は好んで書くような者たちと卓越していると思うことで逆に得意になれた。
それからというもの、男は暇な時間を使って夏休みが終わるまで本気でそういったストーリーを書き溜め、予約投稿の機能を使って決められた時間に一日四話も投稿するように設定した。こうすることで、話ごとに入れることができる評価ポイントが単位時間あたりに効率よく入るので、ランキング上位を狙えると男は考えたのだ。
***
夏休みも終わって、忙しい期間となり、男は完全に小説投稿サイトのことを放置していた。
男は、いつものように夜遅く、レポート課題と格闘し、何日もかかったそれを終わらせた。すぐ眠れるように、消灯して布団も敷いてある。大きく伸びをする男は、ふとあの小説が気になってSNSを開く。男の期待通り、業界では有名な出版社から連絡があった。そこに貼ってあった小説のリンクをクリックする。そうして見た小説のポイントは、やはり、抜群の伸びを見せていたようで、その日のランキングとその月のランキングでは1位を記録していた。
男は、やはりこのゲームは簡単じゃないか、と悦に入る。勝者となった余韻に浸りつつ、感想欄を開くと、やはり気持ちが悪かった。「ザマァみろ」的な展開に狂喜する者たちを見て、男は公開処刑に熱狂する野次馬みたいだと思った。しかし今回ばかりは、男はこんな物語に魅了されてしまったカモたちをみて、軽蔑しつつ、少し哀れにも思ったりした。
流し読みをしていると一際長い感想にぶち当たる。それは前みたいに痛烈だったが、特に思うところはなかった。男自身がこの作品やこれを読む者を忌み嫌っていたからだ。
ふとユーザー名を確認すると、やはりというか、どこか見覚えのある長ったらしい名前ではないか。それが前に自分の作品を酷評した者だとすぐに気づくと途端に男は痛快な気分になった。
わざわざ読むのは、さぞ辛かっただろう。そんな感想を書いて、作者の上に立ったつもりなのか。きっとこいつは、批判によって優越感に浸っているに違いない。
この作品のアクセス数の肥やしになってくれてありがとう!この作品がいい意味でも悪い意味でも話題になり、有名になればなるほど、検索数も増える。トレンドに載る。そうすれば、こんな作品に魅了されるような多くのかわいそうな奴らが、この作品という罠に飛び込んて来ることだろう!
その手助けをする者全てを男は自身の策略にハマったものとして見下し、嘲笑う。
男の中で、批判する者と、自身との優劣が完全に入れ替わった
男にとって、その瞬間は、それは清々しいものだった。
もう、酷評は痛くも痒くもない。
今宵、怪物が生まれた。それは、巨大で陰湿な小説投稿サイト全体を掌握しているかのように感じ、全能感と優越感に打ち震えている。
閉め切った室内。それだけが不気味に照らされ、周囲には闇が広がるばかりであった。
無事書籍化が決定した後、男は何故自分はあの「ゲーム」が上手だったのだろうかと気にかかった。自身のと似たような作品は広い小説投稿サイト内に溢れていたのだ。なぜ自身の作品は一位になれたのか。それは自身の的確で理性的な分析と行動によるものだと結論づけた。
決して、自身にあんな小説を書く才能があったなどという理由ではないはずだと男は暗に信じていた。
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