『恋愛連峰』
倉井さとり
『恋愛連峰』
「なぁ、
俺は、隣に腰掛ける女子生徒に声をかけた。
「どしたの?」
柳は、読んでいた文庫本から顔を上げ、めんどくさそうに返事を
「いや、ただ
声をかけたものの、
「本でも読んだら?
そう言うと柳は
柳――フルネームは『柳あんか』という――は俺と同じく図書委員の
対する俺はというと、生徒たちから返却される本を受け取っては、器用に本を積み重ね、山を大きくしていた。まあだから、俺も
「よくこんなに重ねたもんだね。さて……そろそろ仕事しようかな」
言って柳は、
「ああ……バベルの
「なに、バカ言ってんだか……まったくもって、
柳は本を目一杯
「この
「図書室ではお
「すまん。あまりに
「だから本でも読んだら?
「そりゃそうだが……」
図書委員に
それにしても
俺は伸びをしながら図書室を
さて俺も仕事をするか。そう思い、カウンターの上に視線を落とすと、柳の読んでいた文庫本が目に付いた。タイトルから
「
俺は文字を追いながら、
「悪いの?」
「悪くはないが、らしくない」
柳が読むのは、もっぱらホラーやミステリーばかりだった。
「ふふ。まぁね。つまみ
柳にしては
柳は、面白い本が見付かるかもしれないと言って、よく、生徒たちから返却された本に目を通していた。柳はその
さて、今度こそ俺も仕事をするとしよう。柳と同じように、本を目一杯
「その本はどうする?」
「いいよ。返してきて。丁度、読み終わったし」
柳は意地悪そうに笑い、恋愛小説を、俺が
「危ないだろ、山が
「おやまー」
柳は適当な返事を
まったく……。柳は本をあまり大事にしないのだ。本は、ただの
慣れた仕事だ。
山を
「これ、お前の本だったんだな」
俺は恋愛小説を
「違うよ」
そう言うと柳は意味ありげに笑った。こいつ、知ってて差し込んだな……。この恋愛小説には管理ラベルが貼られていなかった。
「お前のじゃないなら誰のだよ?」
「さぁ?
柳はどうでもよさそうに答える。
俺が恋愛小説を読まないことを知ってるくせに……。
見ると、この恋愛小説は真新しく、新品のようだった。更に中をよく見てみると、
「誰かの忘れ物か?」
俺は考えついたことをそのまま口にした。
「そんなわけないでしょ。阿原と私、あるいは片方が常にここに座ってたんだよ。そんな所に物を忘れると思う?」
「まぁ、確かに……。それなら、誰かがこの本を
「それならあり
「だがな……普通、本を落として気が付かないなんてあるか? それなりに音がするだろ……?」
「本の
確かに……。だが待てよ……。
「面から地面に落ちたら、
「面から落ちたなら音がするよ、気が付くはず」とすぐさま柳が
「周りがうるさかったなら気が付かない」とすぐさま俺も言葉を返した。
「解決だ」
柳はそう言って頷くと、本に視線を戻した。
「待て待て、そもそも本を落とすなんて、余程のうっかりだぞ? 少女漫画じゃあるまいし……」
そんな可能性の低い答えが正解とは思えなかった。
「あーうるさいな」柳は
柳は
「それを早く言えよ!」
「うるさいって!」
「……すまん」
素直に
「……紙とペン
「
「その方が考えがまとまるでしょ」
「やっと乗り気になってきたな」
「違う。阿原が、あんまり、うるさいからだよ」と言って柳は、
まったくこいつは素直じゃない。出会った時からずっとこうだ。思えば、こいつと一緒に図書委員の
半年というと、ちょっとした時間だ。振り返れば、
「……あれ?」
「……おかしい、ペンが消えた」
まさか、誰かがいつの
思わず柳に視線を向ける。すると柳は人指し指を立てて、俺の胸に向けた。無言の圧力に、
「
「いや……すまなかった」
「
柳はそう言って、俺のブレザーの胸ポケットから、
「……あとは紙だな」俺は平然を
あいにく俺も柳も、ノートや教科書類を教室に置いてきていた。なので、2人で手分けし、使えそうな紙を探すが、これというものが見つからない。紙があるにはあるが、どれもこれも、使うと
「これだけ紙があるってのに
──ビリッ──
突然、まるで俺の
──ビリッ──
またも音がした。
「ああ! ──なんてことを!」
柳は、俺が
「ひどすぎる……」
「こんなの誰も見てない」
「まぁ、そりゃそうだが……」
「
「……」
柳と俺はカウンターに戻った。柳は貼り紙の
「
「……せめて
「そんなレベルじゃない」
柳は恐ろしく字が
本のタイトル、恋愛
状態、ラベルが貼られていない
置かれた日時、今日の放課後
「今のところ、こんなもんかな」
書き終えると、柳はペンを指先でくるりと回した。
「……そうだな……どれ」
俺は『恋愛
「こら、やめろ……」
すると
「ん? どうしてだ?」俺は、本を柳から遠ざけ言った。
「その、なんだ、はしたないし」
はしたない……?
「まぁいい。とにかく
柳は
「今日の図書室の利用者は46人だ」
俺は言葉は、柳によって、いっそ暴力的にも見える文字に
利用者、46人
「よくそんなん覚えてるね?」
柳は疑わしそうにこちらを見た。
「まぁな、ここ2~3日、この貼り紙の
「……なるほどね。……で? 成果は?」
「……ゼロだ。まぁだがこういうのは、すぐに結果は出ないもんさ」
「……」柳は
「いまに分かるさ……」
また書き直さないとな……。まったく、俺はまだ満足してないってのに……。
「俺の記憶が正しければ、返却した人間はみんな1人
「……よくそんなん覚えてるね」
「……これも
「……いや、となりに座ってても分かるくらい、落ち着きなかったけどね。私は内心、読書の
「……だから、何度も
「学生の
「
「う、うるさいな……」
「そんなことより、そもそも
「
「いいや、親切なら
「
「
「そんなに
「ああ、最近やたらと
「じゃあ、丁度いいね」
「それで、いつからその本があったか、
「分かんない、気が付いたら突然」
「そうか。46人全員が
「なら、別の角度から
「別の角度?」
「……例えば、動機とか。
「動機ねぇ」
さっぱりだ……。俺と柳は恋愛小説などに興味がない。これは俺たちに当てたものじゃない? ……まさか俺たちは、何かに利用されている? いや、違うこれは……!
「これは当て付けか!」
「当て付けぇ?
柳の
「これへの当て付けだ、おそらく! きっとこれは
「……し、静かにしなよ、
俺は、柳の断言に
ありふれた
「なぁ、柳」
「なに?」
「その本面白かったか?」
「興味深かった」
「評価は?」
「
「そんなわけないだろ」
「なによ、人の
「読むのが遅いお前が、今日読み始めて、正当な評価を
「……それはほら、この本、前に本屋さんで見かけて、途中まで立ち読みしたから」
「これを見ろ」
俺は
「この本は、今日発売だ。それに文庫本書き下ろしだから、単行本なんてものもない」
「つまり?」
「お前は
「ばれたか」
「どういうことだ? これはお前のってことか?」
「そうだけど、少し違う。これは私のじゃなくてあんたの。……誕生日プレゼント」
「……俺に?」
「今日でしょ?」
「……ああ、まぁな。ありがたいが……今日発売のをとはまた、お前らしいな。それに、そんなに内容が気になるなら、読んでからいいぞ、俺は……」
「読んでたわけじゃない。
「
「虫でも
と言って柳は、自身の小さな
「おそろい」
「いや……本におそろいもなにも……」
……俺は
「しかしなんでまた……こんな突然……そもそもお前、学生恋愛には否定的じゃなかったか?」
「
俺はふと心配になった、自分に恋なんて早すぎやしないかと。まあ、でも、この本を読み終えてから考えても、遅くはないかもしれないとも思うのだった。
俺が言葉を返さずにいると、柳は自分の『恋愛
『恋愛連峰』 倉井さとり @sasugari
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