「にゃあ」


 猫。


 あのときと同じ、線路のど真ん中。


「おい。お前は生き残ったんだから、そうやってまた」


 遮断機が降りる。


 花火大会の会場までの、臨時列車。


「待て待て待て」


 遮断機を踏み越えようとして。


 やめた。


「にゃあぅ」


「そっか」


 お前。


「ありがとうな」


 彼女と一緒にいて、くれるのか。


 魂の抜けた彼女の側に、戻った。手を握り、肩を抱く。


「おまえ、なんだかんだいって、やさしいやつだもんな」


 後ろ。


「俺の仕事のことだって、訊こうとしなかったし。そういうやさしいところが、好きだったよ。猫を助けて自分だけ轢かれちゃうところもな。お前らしいよ」


 電車の光。


「ぎにゃぁぅ」


 猫が、轢かれた。


「よっし。どこだおい。どこにいる」


 魂は、集まると見つかりやすくなる。


「にゃあぉ」


 猫の鳴き声。


 自分の、背中。


「はあ?」


 猫。


 と、彼女。


 ずっと俺の背中に。


「おまえ、もうちょっとさ、なんかこう、言えよ」


 情けなくって、涙が溢れた。


「焦ったんだぞ。ほんとに。おまえが死んだと思って。俺、ほんとに」


「わるかった、わね」


 彼女。魂ではなく、身体。


「おい。急に動くな」


「ずっと見てたわ。もう大丈夫よ。探してくれてありがと」


「ほんとだよ」


 安心で、腰が抜けてしまった。その場にしゃがみこむ。


「あなたじゃないわよ。猫ちゃんのほうよ」


 猫。彼女の腕に抱かれている。


「結局猫ちゃんが轢かれないといけなかったじゃない。どうしてくれるのよ。ごめんねえ、いたかったねえ」


「にゃあぅ」


「花火と一緒に、いなくなったかと、思った。まじで」


「まだナイアガラとか小さめの花火よ。8号玉はまだです」


「そうでございますか」


「それでもあぶなかったんだから。あなたにくっついて、昇天しないようにって」


 花火。


 打ち上がっていく。


「あっほら。8号玉。はやくはやく」


「安心のあまり、腰が抜けて動けません」


「重要なとこで役に立たないわね」


「もうしわけない」


 彼女が、指輪の箱と猫を持って、寄り添ってくる。


「さ。どうぞ」


 箱から指輪を出して。差し出された指に、通す。


「おい」


「うん?」


「サイズ違うぞ。これじゃ全然」


 彼女の指から、指輪がぽとりと落ちた。


「あら、私の指のサイズ、8号じゃないみたい」


「お前はもうほんと、そういう、見切り発車まじで勘弁してくれよ。猫ちゃんももう少しさあ」


「にゃあ」


「おまえが嵌めんのかよ」


「いいじゃない。猫ちゃんも一緒に住みましょうねえ」


 満天の、花火。


「まあいいや。指輪は明日とかで。結婚しよう。好きだ」


「にゃ」


「おまえじゃない、ってば」


「にゃあ」


「猫の真似してごまかさない。こたえは?」


「はい。よろしくおねがいします」


「にゃあぉ」


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魂と花火 春嵐 @aiot3110

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