魂と花火
春嵐
8号.
特殊な職業だった。
人や動物のしんだあとに現れる、魂を、現世に戻す仕事。
どこからともなく、依頼が来る。しんだあとの魂が天に昇る前に、探して、見つける。それだけ。
見つけると、魂が現世に戻ってきて、生き返る。というよりも、しんだという事実が、なかったことになる。しんだときの記憶も記録も世界から消え、いつも通りの生活が続く。
ようするに、神様がミスってしまったときの、予防線だった。最近は神様も忙しいようで、よくミスは起こる。
魂が昇天するのも、とても簡単な仕組みだった。近くでロケットが打ち上げられたり、飛行機が飛んだり、とにかく上に昇るものがあると、魂もくっついて昇天する。
だから、夏場はなかなか忙しかった。
急速に過疎化の進むこの街には、夏の一大イベントとして花火大会がある。その夜だけは日本中から花火市が集まってきて、花火の綺麗さとか大きさを競う。
つまり、この花火大会が終わるまでに、魂を見つけ終わってないといけない。毎回、最大の繁忙期といえばここだった。
『また今年も、仕事?』
「そう。秘密のお仕事」
『秘密、ねぇ』
電話先。彼女。仕事内容を聞いてこないのが唯一の救い。
「繁忙期だよ繁忙期」
彼女は、もう夏休みに入っている。
『転職したら?』
「だよねぇ」
転職はできない。替えが利かない仕事だし。
『うちなんかどうよ。福利厚生もばっちりよ』
「病院勤務かあ。それもいいかも」
しんだあとをなんとかする職種だから、なんともいえない。仕事がしやすいといえばしやすいけど。結局のところ、魂を探して見つける仕事に変わりはない。
『花火大会は、見れるんだよね?』
「まあ、例年通りいけばね」
花火大会が始まると一緒にくっついて魂も昇天するので、仕事はなくなる。だから、彼女とは毎年花火大会を見に行っていた。
『今年こそは。待ってるからね』
「へぇ。わかりやした」
花火大会で告白しろと、言われていた。
毎年繁忙期のつかれで、告白はできていない。というか、そもそも指輪を買いに行けない。
今年も忙しいが、例年ほどではない。なぜか、依頼が少なかった。結婚のプロポーズのために、神様が工数を減らしてくれたのかもしれない。
『指輪のサイズは』
「8号だろ。分かってるって」
『頼むわよ』
8合玉という、花火のサイズがあるらしい。それが打ち上がるときに、8号のサイズの指輪。なんとも要求の多いことで。
「じゃあ切るぞ。業務中だから」
『お仕事がんばって。集合は18時。踏切前』
「18時に踏切前ね。がんばります」
電話を切って、地面に這いつくばる。
蟻さんの魂を探さないと、いけなかった。これさえ見つければ、仕事は終わり。指輪を買って、じゅうぶん18時に間に合う。ようやく、彼女に結婚を言い渡せそうだった。
「蟻さぁん」
呼び掛けても、返事はない。
巣穴の周りを、ひたすら、探す。
「いねぇなあ」
非業のしを遂げた蟻さんなんだったら、なおさら救わねばならない。しかし、とにかく、小さい。
「ってかこれさ、探してるうちに踏んじゃった蟻さんのほうが多いわけだけど、それはいいんですかね?」
よく分からないが、いいらしい。なんとも雑な仕事依頼だこと。
「おっ」
見つけた。というか、たくさんいる。
「あ、そういうことね」
探す間に踏んじゃった蟻さんも、非業のし扱いで魂が現れている。それで、蟻さんたちの魂が集まって見つかりやすくなっていた。魂は、集まると見つかりやすくなる。
蟻さんの魂が消えて、生き返った。というか、蟻さんのしが、なかったことになった。
「小さくてよくわかんねえな」
踏まないように、そおっと、その場を離れた。依頼完了。これで、仕事は終わり。
まだ時間はある。
高そうなお店に入って、シンプルだけど高そうな8号サイズの指輪を買った。特殊な仕事なので、お給金は高い。というか、誰が払ってるのかわからないけどいつのまにか通帳に振り込まれてる。あと一個同じ指輪を買える程度の余裕は、あった。
「あ、イニシャルとかは後でお願いします。今日渡したいので」
「花火大会で、ですか?」
「ええ。彼女の指定で」
「では、暗くても見つかるように明るめの箱はどうでしょう」
「あ、じゃあそれで」
どうせ夜だし。
箱に詰められた指輪を持って、お店を出た。
ちょうどいい時間。
先に、踏切前で待機。彼女を待つなんて、学生のとき以来かもしれない。この仕事に就いてから、花火大会の直前だけは、とにかく忙しかった。
18時。
彼女。
「おぅい」
踏切の先。彼女。浴衣。こちらに手を降っている。
しかし、間がわるく、電車が来た。遮断機が降りる。
彼女。その遮断機を。
越えてきた。
「おいおい。電車が」
猫。
線路のど真ん中に座っている。彼女を見ていて、気付くのが彼女よりも遅れてしまった。
「あぶないっ」
遮断機の近くにあるボタンを押そうとして。
目の前で。
彼女と猫が、電車に消えた。
「くそっ」
遮断機のボタンを押すのを、やめた。
依頼が来た。
だから、今日は繁忙期なのに依頼が少なかったのか。
最後の依頼は、彼女と、猫。
「まいったな」
魂が現れたとしても、電車にくっついて遠くまでいってしまったら、見つけられない。
「よい、しょっ、と」
とりあえず、彼女の身体を、持ち上げる。血は出てない。どこも千切れてない。魂だけが、抜けた身体。
「さあ、どこだ私の婚約者よ」
周囲を見回す。
「あっ猫」
猫の魂。
「にゃあ」
「うん?」
この猫。魂じゃない。猫本体。
「お前は生き残ったのか」
彼女、むだじにじゃねぇか。あ、だから非業のしで、魂を見つけろって話か。
とにかく。
花火が打ち上がるまでに、なんとしても見つけないと。
踏切の近くにはいない。となると、やはり電車。
駅まで走って、探す。
いない。
ここもだめか。
だんだん、時間がなくなってきた。このままだと、本当に、彼女はしぬ。ちょっとこわくなってきた。
「出てこい。今年こそは告白できるぞお」
呼び掛けても、返事はない。
「にぁ」
なぜか、生き残った猫がついてきてるだけ。
「お前は助かったんだからいいだろ。安全なところに行きなさい。轢かれるとあぶないから」
「にゃっ」
「いたっ。なにすんだこいつ」
反抗期か。
「いや猫に構ってる暇はねえんだ」
電車に乗って、彼女を轢いた方向の終点まで。
「無理だ」
絶望的な、ダイヤグラム。
過疎化の進んでる街だから、そもそも電車が快速ぐらいしかない。それに、臨時列車は片道だけだった。花火大会に行く側だけ。逆側の電車は、ほとんど、ない。
「頼む。頼むよ」
駅の回りから、待ち合わせをしていた踏切まで、もういちど、くまなく探す。彼女の身体を抱えながらだから、体力も消費されていった。
彼女が轢かれた踏切まで、戻ってきた。彼女の魂は、見つからない。
花火。
次々と、打ち上がっていく。
それを、眺めていた。
あの花火に乗って、彼女の魂も、昇っていったのだろうか。
現実感がなくて、まだ、受け入れられない。
彼女を下ろして。
「なあ」
指輪を取り出して。
「お望みの指輪だぞ。今年こそは、時間が取れてさ」
彼女の手を、握る。
「ほら。はやく起きろよ。花火がもう」
彼女の手。握り返されることはなく、自分の手から滑り落ちていった。
「そっか」
だめか。
彼女の死が、現実のものになって、押し寄せてくる。
「警察に電話しないと、だな」
轢かれたのは18時か。
彼女の身体。
どこも傷ついていないことを、喜ぶべきかもしれない。彼女は、天に昇った。
あの花火と、共に。
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