42 聖女の結婚
「ふう……」
あれから更に3ヶ月後、私は王宮にいます。
ラッセル様が騎士の制服に様々な飾りをつけた格好で、側にいてくれます。
私はと言えば、初めて着るような豪奢なドレスに身を包んでいます。
町娘でも聖女でもあり得ないようなドレスに、動くのもやっとです。
真っ白なドレスは今日のために王妃様、ではなく王太后様が自分の衣装係に用意させてくださったものです。
「おめでとう、カレン、ラッセル」
王太后様が微笑まれます。
その横にはカチンコチンになった『腹ぺこ亭』の女将さんと旦那さんがやっぱり王太后様の用意した豪奢な衣装に身を包んでいます。
「まさか、私達なんかが王宮に上がる日が来ようとは……」
「…………」
いつも元気な女将さんですら言葉数少ないのです。
旦那さんに至っては今日の朝から一言も発していません。
「カレンちゃん、ああ、いや、聖女カレン様、私らなんかが親代わりで良いのかい?」
「はい」
通常、身寄りのない聖女が結婚するときは王妃様が母親代わりを務めますが、手続きに時間がかかっていて、オーガスト国王陛下はまだ結婚されていません。
王太后様は当然ラッセル様の親役を務められるので、必然、頼めるのは『腹ぺこ亭』の女将さん夫婦だけなのです。
「女将さんと、旦那さんがいいんです。あと、今まで通りカレンちゃんとお呼びください。私、聖女は聖女でも、一瞬だけの聖女ですから」
ラッセル様との結婚式が終われば、即、王都北区に帰る予定です。
ラッセル様が私の手を握りました。
ラッセル様もこれが終われば、また北区の騎士寮に戻ります。
私達は結婚しただけで、それ以上の変化は特にないのです。
ラッセル様は王宮騎士団への加入を乞われていると聞きますが、かたくなに拒んでいるようです。
それが私のそばにいるためだと思うと、ちょっと申し訳ないですね。
……でも、かなり嬉しいです。
「それじゃあ、行こうか」
ラッセル様が私に声をかけました。
「は、はい」
着慣れないドレス。フラフラと立ち上がります。
ラッセル様がしっかりと手を取ってくれました。
後ろに王太后様、女将さん、旦那さんが続きます。
神殿へ歩んでいきます。
ああ、私が育った神殿。
そこには聖女達が祝福のために私達を待っています。
そして祭壇の上にはオーガスト国王陛下がお待ちです。
結婚見届け人として、ラッセル様の兄上として、そこにいらっしゃいます。
王宮で見覚えのある方々がいらっしゃいますが、そういえばケイトさんがいらっしゃいません。
密偵の彼女はこういう場には出てこられないようです。
私達は祭壇に向き合います。
「今日の佳き日に、神の代理人である国王オーガストが、王弟ラッセルと聖女カレンの婚姻を見届ける」
陛下が口上を述べられます。そして仕上げに聖句を皆で唱えます。
「――すべてを天の神に捧げます。我が
口ずさみ慣れた聖句をそらんじて、そしてオーガスト国王陛下が最後の言葉をおっしゃいました。
「我が弟、王弟ラッセルは聖女カレンを愛し、ともに歩むことを誓うか?」
「はい、誓います」
「聖女カレンは、我が弟、王弟ラッセルを愛し、ともに歩むことを誓うか?」
「はい、誓います」
「ならば、ここに神の代理人の元にラッセルとカレンの婚姻は成立した。皆のもの、万雷の拍手を!」
歓声と拍手に振り返り、その声に応えて手を振ります。
ここに一つの婚姻が成立しました。
聖女ではなくなるカレンと、王族として振る舞わないラッセルの、聖女として王族としての婚姻。
ラッセル様の顔を見れば、相も変わらぬ煌々と燃えるような熱い視線が私に降り注いでいます。
私の目はどのような視線を返しているのでしょうか。
私は自分の視線だけは見ることが叶わないのです。
だけど、私を見つめ返すラッセル様が嬉しそうに笑ってくれたから、きっとその思いは伝わっているのだろう。
そう思いながら、私は彼に体を委ねました。
彼は私を思いっきり抱き上げ、歓声がひときわ大きくなります。
私が聖女に戻ったのは本当に一瞬のことでした。
神官服を着る暇もありませんでした。
すぐに『腹ぺこ亭』に戻り、街の皆さんに結婚のお祝いをしてもらいました。
北の騎士寮の皆さん。
シンシアさんとダニーさん。
ロッシュ家の皆さんと郵便屋さん。
地主のエリックさんと貴族の娘のオフィーリアさん。
宝石商のチェスターさんと区長のお嬢さんクリスティーヌさん。
密偵のケイトさんに門兵のジャックさん。
そしてメリッサさんにティモシー少年、ティモシー少年の父親になったスティーブンさん。
はい、スティーブンさん、なんと私が寝込んでる間にメリッサさんと身を固めてました。腹ぺこ亭』に家族が増えたのです。
皆さんがお祝いの言葉と笑顔をくださいました。
伯爵の息子さんからも、祝福の手紙が届きました。
彼はどんな思いでこの手紙をしたためたのでしょう。
……彼の放った暗殺者は結局クラリス様たちの手のものであると、ラッセル殿下たちは結論づけたようです。
そして私は今日も『お見合い斡旋所』の職員としてキリキリ働いています。
変わったことといえば、帰る場所が変わりました。
騎士寮の近くにとても大きなお屋敷が建てられて、私とラッセル様はそこに暮らすことになりました。
警備の手間もありますからね、仕方ありません。
毎晩、ラッセル様が『腹ぺこ亭』に迎えに来てくださいます。
家事や料理をしてくれる方々は王宮からベテランの方が派遣されてきました。
私は料理といったら未だにミートパイしか作れないので、本当に助かります。
「うん、おいしい。カレンのミートパイはおいしいな。毎日毎食でも食べたいくらいだ」
「それでは栄養が偏ります。それに私のというかシンシアさんのミートパイですし……」
「関係ない。君が作ってくれたのが嬉しいんだ」
「そうですか」
私はふんわり微笑みました。
ラッセル様が私の目を見つめます。
「君の目には、焔が宿っている」
「……え?」
ラッセル様にも見えるのでしょうか、私の思いの温度が。
「と思いたいものだ」
「あら、信じてくださいな」
私はコロコロと笑いました。
きっと自分の目にも熱い視線があることを信じながら。
ずっと温かな視線がほしかった。
揺るぎない愛がほしかった。
今ここにある温かさが永遠でありますように。
私は初めて神様に心の底からお祈りしました。
王都の北区の外れに聖女がいるという。
神殿ではなく街にいる聖女。
そんなものがいるのかと、人々は訝しがる。
しかし、いる。
『お見合い斡旋所』に彼女はいて、今日もその目で人々を見つめ、導いている。
追放された聖女はお見合い斡旋所に再就職します 狭倉朏 @Hazakura_Mikaduki
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