なみすけの陰謀

「君は"なみすけ"を知っているか?」


「……杉並区のゆるキャラでしたっけ。」


助手が意図を探るような顔で答える。



「そう、そして東京で唯一の『完全監視区域』を作り上げた男でもある。」


助手は目を閉じ、やれやれと首をふる。長い髪がサラサラと揺れた。


シャンプーの香りがする。



「君は"なみすけ"の正体を知っているか?」


「だから、ゆるキャラじゃないんですか。」



「見た目は、恐竜とイモムシを合わせたような姿をしている。自称妖精だ。」


「…………」


「スギナミザウルス島からやってきた妖精と言っているが、スギナミザウルス島なのに恐竜は無関係とのことだ。」


「………………」



「どう思う?」


「ど、どう思うと言われましても。可愛らしい設定のゆるキャラじゃないですか。」


「スギナミザウルス島は、実在すると思うか?」


「じ、実在ですか?

 ……そうですね。良い子の心の中にはあるんじゃないでしょうか。」



「バカか。スギナミザウルス島なんて島あるわけないだろう。」



助手が、「博士にだけは言われたくなかった!」という顔で、おののいている。


妖精は良いんですか!とかなんとか言っている気がするが、俺は核心の部分へと話を進める。



「つまりだ。もう、わかるな?」


「…………?」



「"なみすけ"の『過去』は何者かの手によって巧妙に擬装されている。そういうことだよ。」


「……博士に見抜かれる時点で巧妙とは言い難いかと思われます。」


助手が紅茶を探そうと目線を走らせるが、俺は探させまいと顔を近づけ話を加速させる。


助手は体を反らして、俺の顔から距離を取る。



「ここまでの事実から、"なみすけ"がコードネームであることは助手にも理解出来ただろう。


 そして、エージェント"なみすけ"が何らかの工作活動を杉並区にしかけていることは疑いようのない事実、ということもだ。」


諦めた助手が顔を下に向け、自分のバックからゴソゴソ何かを取り出し始めた。



カバンからはスコーンが出てきた。


ベリー系の果物が混ぜてあるスコーンと、ノーマルと、2種類のスコーンがあるようだ。


少し気になったが、大事な話なので止める訳にはいかない。


「エージェント"なみすけ"は我々にも少しだけヒントをくれている。」


「はぁ。」


助手はまた信じていない様子だ。こちらに目を合わせてくれない。


「おいおい、これは区の公式サイトから得られる情報だぞ?? 本当の公式情報だ。それを知った時、俺はその場から動けなかったよ。」


助手がチラッとこちらに目を向ける。少し興味を戻せたようだ。


俺は、念のため周囲に人間がいないことを確認してから、助手に小声で耳打ちする。



「エージェント"なみすけ"の趣味は、『人間観察』だ。」


助手がゆっくりとこちらを見る。


俺も助手を見つめると、目を見開いたまま、ゆっくり大きくうなずく。


そう。これが、本当に公式サイトに書いてあるんだよ。



助手は何度か頷きながら、再度カバンをガサゴソし始めた。


恐らく納得してくれたのだろう。


「もうわかってくれたと思う。


 公的権力を持った機関の『代表的存在』が、ここまで大っぴらに『監視区域』の設立を宣言しているんだ。


 気持ちはわかる。俺もこの事実を知った時は、背筋が凍ったよ。」



助手はカバンからペットボトルのお茶を取り出すと、俺のコップに注いだ。


うっすらと良い匂いがする。


気がつくとスコーンもお皿に並べられている。



「そして!『完全監視区域』のためにエージェント"なみすけ"は各商店街の看板に……」


シッ!というと助手は静かにのジェスチャーをしている。


何かに警戒しているようだ。



まさか"なみすけ"の手のモノが近くに来ているのか???


このラボを危険に巻き込んでしまったとしたら、それは俺の過失だ。


取り返しのつかないことをしてしまった。



俺が"なみすけ"のスパイに気取られないようあたりを警戒していると、


急にふんわりとした甘い匂いが口に広がる。


助手が、左手ジェスチャーを維持しながら、右手で俺の口にスコーンを押しあてていた。


これは、食べろということか。


助手がうなずく。


一口食べる。


サクサクして甘い。


中はしっとりしていた。


噛むと、焼き立ての小麦の匂いがする。


俺はもう一口、もう二口食べ進めてしまった。


これは美味いので仕方ない。



三口目で俺は喉にスコーンをつまらせた。


ゴホゴホ、スコーンは少しパサパサするので仕方ないことである。


助手が持っているコップを受け取りお茶を飲んだ。


冷たいジャスミンティだ。


「スコーン美味しいですか?家で焼いてきたんです。」


俺は次のスコーンを慎重にモグモグしながらうなずいた。


うーん、なんだか落ち着いてきた気がする。俺は何でご当地ゆるキャラに怯えていたんだ。



助手は、腰を少しかがめて座った俺の目線に合わせた。


「フフッ、また作ってきますね。」


そして、いい笑顔で笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ざまぁ系がWeb小説が流行る理由SF ロボ太郎 @robotaro_SF

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ