偏見のパラドックス
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人生のモットー
「ねぇねぇ」
帰り道の途中で不意に声をかけられる。普段から一緒に帰路に着いていることもあり、話題などほとんど尽きている仲であるので、少し興味を持つ。
「人生で大切にしてることってある?」
一瞬、意味がわからなく、そんな様子を感じたのか、彼女は慌てて付け加える。
「なんて言うか…自分のポリシー的なやつだよ。俺の女に一切手出しさせないっ!みたいなさ?」
アニメのワンシーンのような台詞をご機嫌に言い放ってこちらに再び問いかける。しばし考える。
「──人によって態度を変えないことかな」
捻りに欠けた返答ではあるが、思いついたものをそのまま伝える。信号機はこの安直さは気に入らなかったのか、赤色の光で道路の横断を阻止してきた。
「えーでもさ、私に対してちょっと冷たくない?」
仕方なく歩道橋を渡っていると、少し意外そうに言われた。たしかに、慣れ親しんでいる仲だからと、軽くあしらっていることは多々ある。しかし、冷たくしているつもりはなかったので驚いた。彼女に軽い謝罪をすると、冗談だから気にしなくていいと言われてしまった。
そのまま沈黙が訪れる。平時なら気まずいことなど微塵もないのだが、幼馴染みであることや、話題が挙がることが久しかったことが関係あるのだろう。少し気まずかった。会話というものは、一度始まると終わりにくいものである。
「そういえば、そっちはなんかモットーとかないのか?」
話題に困っていたが、ふと、一方的に聞かれていたことを思い出し、問いかけた。すると、待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべ、間を一つ置いて答えた。
「何事にも偏見を持たないようにすることだよ。最近、偏見を持ってる人を見かけることが多くてさ。
最近の影響なのかよ!と少し呆れたが、生き生きと話しているので水を差さないようにしようと思う。
「…ん、でも待って?」
そう思っていた矢先にやらかした。思考を置いて言葉が前に躍り出てしまったのだ。コンビニの入口に掲げられた広告などを見ていなければよかったと少し後悔した。ゆっくりと彼女の顔を見ると、次の言葉を待っているようで、ここから話を逸らすのは難しそうに思われた。
「…偏見を持たないことっていい事だと思うぞ、うん」
それでも逸らしてみようと試みる。途中で変に声が裏返っても、話を続けた。
「俺もそんな感じのモットーに──」
「あーはいはい、そういうのはいいんで」
しかし、途中であるのにも関わらず彼女は難なく遮り、そのまま少し強めに問いただしてきた。
「わかったわかった、ちゃんと話すって」
両手を上げて降参の意を示すと、彼女の勢いは平静を取り戻した。それを見届けた後、一息置いてから話し始める。
「偏見を持たないように意識するってことは、自分は偏見を抱いてしまっているから、それを意識的に改めていくってことになるよね?」
「…まぁ、そういうことになるね」
少し不安そうに答えている様子を見て、こっちまで不安になってきた。気を紛らわすように空を見上げると、日本晴れであることに気がついた。
「それってつまり、自分は偏見を抱いてしまう人であるっていう偏見が存在しているとも言えるよね?」
数秒の間、周辺の環境音がBGMとして奏でられたが、心地よいものとは言えなかった。返答が遅いので彼女の顔を覗いてみると、難しそうな顔をしていた。さらに数秒後に彼女は言った。
「…でも、自分を客観視して、その結果から自分は偏見を抱いてしまっているっていう結果になったとしたら?」
確かにその通りである。自分を客観的に評価したりされることによって、偏見を持ちやすいと気づいたのであれば、それは偏見ではない。
「…でもそれって、自分を客観的に評価できているっていう偏見にならないか?」
しかし、評価そのものが偏見であったらどうだろうか。自分には自分を客観的に評価することが出来る能力がある、あの人なら私を客観的に評価してくれる。その考えそのものが偏見であれば、誰が自分や他人に客観的な評価をしてくれるのかなど、わかるはずがないのである。
「で、でも、そんなこと言ったらさ…何も言えなくなっちゃうじゃん!」
「まぁ…そういうことになるんじゃないかな」
人は、何かしらの経験に基づいて発生した感情や考えを元に、言動や方針を決める。感情や考えは、赤子から成長する上でどのような社会の法則性を自ら見出したのか、どのような教育がされてきたのかなどに左右され、それを元に判断基準の前提が形成される。しかしながらその前提は、個人が狭い世界で培ってきただけに過ぎない、言わば偏見とも捉えられる。もし仮に、偏見を持たないことをモットーとするのであれば、モットーを決定する上で必要な根幹を否定しなくてはならない。矛盾の発生である。
彼女は驚きの声と、困惑と疑問を乗せた視線をぶつけてくる。
「まぁでも、客観視できないというのも偏見かもしれないわけだし、あんまり考えすぎる必要もないのかもしれないよ?」
結局は自分がどういう存在でいたいかというところである。ここまで考える必要はないと、そう思いながら白線の引かれた青い日章旗を見上げた。
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