第111話 監視役の配備

 意地を張って飛び出したディーネを見て、ノータは小さくため息をついた。


「ディーネ……あまりマスターに面倒を掛けるな。マスターもお主の動向には迷惑しているぞ?」

「そ、そんな事はありません! ……多分」


 ……こいつらは置いていってもいいか。

 二人が喧嘩している姿を横目で見た後、俺は二人をおいてダンジョンを進み始めた。

 しばらく歩いて二人から離れても二人の喧嘩の声が聞こえる。


「……あいつら大丈夫か? 魔物とか来るんじゃないか?」


 と思いつつ、面倒くさいのでしばらく進んでいると、通路の曲がり角から魔物の気配がした。


「子龍魔法、ファイヤーボム」


 肩に乗る程度の小さな龍を魔力で具現化させると、俺はそのまま通路の曲がり角へ火の塊を射出した。

 次の瞬間、火の塊は地面に着弾し破砕音と共に爆炎と目が潰れる程の光を放つ。

 何の魔物が潜んでいるにしろ、先手必勝は世の理。

 俺は黒煙の上がる曲がり角を曲がると、そのまま真っ直ぐ突き抜ける。黒煙の中を突き抜けるとすぐにそこには先の見えない階段があった。


「これが最下層へ続く階段か。さっさと終わらせて王都へ戻ろう」


 俺は階段を駆け下りる。

 たどり着いた先には、ダンジョンに入った冒険者を待つ様に大きな扉があった。

 俺は扉に手をかけると、力を込め扉を開く。


「龍魔法、ライトニング‼」


 再び先手必勝。

 敵の姿を見る前に右手を突き出すと、魔法を発動した。放たれた魔法は一瞬で部屋の奥に鎮座していた竜の首元へ向かう。

 しかし次の瞬間、竜の首元に魔法陣が出現して放たれた魔法が吸収された。


「魔力を吸収する魔法陣を張ってるのか。仕方がないっ」


 俺は再度腕を突き出し、こちらを睨みつける竜を睨み返す。


「龍魔法、ゲイ・ボルグ発動!」


 顕現した龍は魔法陣を生成し、魔法陣から破魔の槍を生み出す。

 俺は魔法陣から生まれた槍を鷲掴みにして竜の右横から槍を投げ飛ばした。

 膨大な魔力によって具現化した破魔の槍は竜の生成した魔法陣に直撃し、閃光の光を放ちながら徐々に槍の境界線が曖昧になっていく。


 しかし、先程の雷と違い即座に消滅すること無く、竜の注意を奪う。


「今だっ!」


 俺は剣を引き抜き、注意が槍に向いている竜の首に剣を振りかぶった。

 岩を切るような硬い感触の後に竜の硬い肉を絶つ感触が伝わってくる。


「終わりだ!」


 力を込めるとスッと空気を切り裂く感触が伝わってくる。

 同時にドシンという音と共に竜の首が落ちた。

 周囲を見渡せばこの竜に喰われたと思われる冒険者達の遺体が転がっている。


「ってあれ? こいつ……黒魔種の竜じゃないぞ? 肌も赤いし……ん? まぁいいか。終わったし街に帰ろう」


 妙に違和感が残るが仕方がない。

 ここはダンジョンの最奥で報告にあった黒魔種の竜など何処にもいない。

 ここにいたのはただの竜にすぎない。


「ノータとディーネを回収して帰ろう。王様も俺が戻るまでにはレイラを王都に呼ぶとも言ってたしな」


 俺は最後に竜をチラリと見て、その場を後にした。

 入り口へ向かって戻っていると、遠くから声が聞こえてきた。


「ノータの馬鹿っ!」

「ふんっ。くだらんことを言っていないで主様を探すぞ? 我らから離れてもう数十分間時間が経っておるそ?」

「ぐぬぬぬぬー」


 ディーネの不満そうな声が聞こえる。

 その不満そうな声の方へ歩いていくと、ディーネとノータの姿を捉えた。


「おっ。いたいた。二人共―帰るぞ」

「「え?」」


 ディーネもノータも驚きの顔を隠さず、目を丸くする。


「ま、マスター。竜退治は?」

「もう終わったぞ。さっさと帰ろう」



 終始不満げな表情を浮かべるディーネとノータを連れ王都へ帰ると、王都を守る外壁に設置された鉄の門の前に見覚えのある姿があった。


「エルビス様。お帰りさないませ」

「シャリーさん。どうしたんですか?」

「エルビス様のお迎えをしにきました。ついてきてください」


 シャリーは俺に背を向けるとそのまま歩き始めた。

 彼女の歩く道は王城へ向かう道ではない。少し逸れた場所……『ウレイヤ通り』と書かれた貴族の住宅が立ち並ぶ住宅街だった。


「何処に行くんですか?」

「黒錬金術取締役に任命されたエルビス様には王都の中に住居が与えられるんです」

「でもこの通りって……確か」

「はい。エルビス様に住んでもらうのはこの通りの先にあるディアスール家の空き家です」

「はぁ?」


 何故あの家が出てくるのか……。

 確かに貴族の爵位は取り消されたと聞いたけど……。


「というかあの家なら、俺の魔法で吹き飛んだだろ?」

「はい。ですが修復できない程ではなかったので、とある方に修復してもらいました。その方は今後エルビス様の家の管理人になる者です」

「へー。家のすごい魔法が使えるんだな」

「いえ、魔法じゃないです。特性……ですね」


 特性? 一体何なんだ? 何を言っているんだ?

 疑問は膨れ上がるが、実際に元ディアスール家を見たほうが早いだろう。

 俺はシャリアに従いウレイヤ通りを歩く。

 しばらく歩くと俺が破壊したはずの元ディアスルール邸宅が完全に修復された状態でそこにあった。


「たった数日で……入っていいのか?」

「ここは既にエルビス様の家です。ご自由に」


 シャリアの許可を得た俺は門を開き、ディアスール家の内部に入った。

 その瞬間知っている魔力の波動がディアスール家邸宅から消滅した気配を察知した。


「カインさんがいたのか?」

「よく気が付きましたね。姫様が攫われた原因の魔法陣の再生の為にディアスール家邸宅が再生されたんですよ」

「……ってことは……。王様にハメられたって事か」


 俺が破壊した魔法陣を再生させる手段は始めから持っていて、それを知った上で俺とカインさんの罪悪感を利用して様々な依頼を押し付けるという話を進めた。


「別に頼まれれば依頼くらい受けたのに……」


 俺が呟いた瞬間、ディアスール邸宅の玄関が開き白いフードを被った背丈の小さい人間が俺に頭を下げた。


「それじゃあ駄目、エルビス様。国家の武力を大幅に上回る力を持つ英雄とその弟子、あなた達を国家の管理下に置くには罪悪心などの心を利用して従えるのがベスト。私達にあなた達と争う理由はないから強引な脅しはしたくない」


 声色からして女性だろうか? 白いフードを被った少女は朱色の瞳を輝かせ、俺の瞳を覗き込んでいた。

 というか……罪悪感を利用するとか口にしたら意味がないんじゃないか? もしかしてこの娘……ポンだな。


「レイラ達をここに呼ぶという話も心を利用する……つまり俺を脅迫するということを考えての行為か?」

「それもある。だがさっきも言ったとおり、あなた達と争うつもりはない。だから彼女たちの安全を確保するという理由の方が大きい。あなたの仕事は危険だから」

「安全を確保するって……黒錬金術師取締役っていうのはそんなに危険なのか? あんまり詳しく話を聞いてないんだけど」


 そもそも何をするかも詳しく聞いていない。聞いたのは依頼と報酬を出すという話だけだ。


「黒錬金術の危険性についてはあなたの方が知っているはず。国としては二人が……特にエルビス様が国に刃を向けないという確証が欲しいかっただけ。騙していた事は許して欲しい」

「いや…国に刃を向けるとか考えてないんだけど」

「それを証明できる? 我が国はあなたの言い分を信じて黒錬金術禁止令を出した。その結果黒錬金術に頼っていた冒険者などの国を守護する戦力は大幅に減った」


 少女は俺の瞳を静かに見つめ続ける。


「あなたが裏切らないにしてもあなたこの国から亡命なり逃亡すれば、我が国の防御力は大幅に落ちる。それは見過ごせない事態」

「まぁ……言いたいことは分かったよ。俺が絶対に国に刃を向けないという証明ができない以上、この国が保身に走るのも仕方がないな。それで? あんたは?」


 俺がそう聞いた瞬間、白いフードを被った少女はフードを脱いだ。

 白い髪に深紅の瞳、口を開いた時に見える牙は人間ではない事を証明していた。


「吸血鬼か?」

「そう。キアラ・マグナス。あなたの監視役として配備された。もし他国へ逃亡を図った場合直ちに抹殺する。よろしく」

「いや……よろしくしたくないんだけど。なんで俺を殺そうとする奴と仲良くしなくちゃいけないんだ?」


 愚痴のように呟くとキアラは俺を赤い瞳で鋭く睨みつけた。


「それは交渉決裂ということ?」

「いや、違う違う。分かったよ! よろしくっ‼」


 半分やけくそになりつつ俺はキアラに手を伸ばす。すぐにキアラも俺の手を掴み握手が交わされた。

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転生先は回復の泉の中~苦しくても死ねない地獄を超えた俺は世界最強~ 碧葉ゆう @yurie79

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