第110話 諦めません!

 カインさんが王都から立ち去る姿を見送った俺は、王様に教わった竜型の黒魔種の討伐へ向かうことにした。

 王様に教わった場所はセノテダンジョンと呼ばれる王都から十五キロ程離れたダンジョンで、そのセノテダンジョンの最奥に竜型の黒魔種は潜む様に住んでいるらしい。

 ダンジョン探索に向かった冒険者からの度重なる被害によって発覚したのだ。

 そして竜型の黒魔種は俺にとっても因縁の相手である。というか、戦っていて気持ちの良い相手ではない。かき消した過去とはいえ、カインさんやシルヴィを殺した魔物と同種だからだ。


「ここが……セノテダンジョン」


 そんな心境とともに俺はセノテダンジョンへたどり着いていた。

「洞窟の入口は、竜がいるという噂が広まり閑散としているが、それはかえって都合がいい。どうせ滅茶苦茶な魔物の倒し方をする、それは……マスターが生まれてからの必然なのだから~」

「おい……ディーネ。人の思考を読んで勝手にナレーションを入れるな」

「すみません。でも最近出番が少なかったので活躍場面が欲しくて」


 照れ隠しのように頭を掻くディーネ。

 確かにディーネの顔を見るのは久しぶりのような気がした。


「やっぱり……貢献度の問題か」

「なっ! ま、マスター‼ 言ってはならない事を言いましたね! 確かにノータが現れてから私のアイデンティティは薄れましたけどっ!」


 悔しそうに地面を叩くディーネ、その横を俺は通り抜け、ダンジョンに入った。

 ダンジョン内はジメジメとした嫌な空気で、以前入ったダンジョンのように自然に出来た洞窟のような形をしてはいなかった。

 良く言えば人工物のような、悪く言えば敢えて人を招き入れる為の罠のようにも見える。


「GYAGYAGYA!」

「ん? ……なんだ。ゴブリンか。しかも普通の」


 流石に普通のゴブリンなどに警戒心は抱かなくなっていた。そんな自分の成長を実感しながら俺は腰から剣を引き抜き、流れるようにゴブリンを切り裂いた。

 その場で力尽きたゴブリンを眺めながら俺はディーネに声をかけた。


「ディーネ。早く来いよ。行くぞ?」

「は、はいっ!」


 慌てて立ち上がったディーネはゴブリンの死体を飛び越え俺の近くに走ってきた。


「それじゃあ行きましょう! ノータより優秀なことを見せつけてやりますよ!」


 気合とやる気に満ち溢れたディーネとダンジョンを歩き、曲がり角を曲がった瞬間俺とディーネの足は止まった。


「……行き止まりだぞ。一体どうやってこの先に進むんだ?」


 よく壁を見ればレンガ状の壁には枠線とスライディングパズルのような物が取り付けられていた。どうやら先に進むにはパズルを正しい形に戻す必要があるようだ。

 俺はそう判断した。しかし──。


「これは、選ばれし者しか入れないダンジョン‼ 勇者とか選ばれた人しか入れないダンジョンなんです!」


 ディーネが叫んだ。


「いや、パズルを解けばいいんだよ。どういう解釈をしたらその発想にたどり着くんだ?」

「え? ……わ、分かってましたよ⁉ 私はマスターが言った事を言いたかったんです。つまり頭のいい人しか入れないと……」

「そうか……」


 俺はディーネの言葉に懐疑的になりつつ、パズルに触れた。

 その瞬間正方形の枠が青く光り、枠の中に入っていたパズルのピースが僅かに浮き出した。

 見たところ触ると魔力を吸収して起動する仕様になっているようだ。吸収した魔力は壁全体とパズルのピースに流れている。


「ん? これ超簡単じゃん」


 僅か一手スライディングパズルのピースを下に動かしただけで、パズルの絵は完成した。

 どうやらパズルの絵は魔法陣を描いていたらしい。

 パズルが完成した直後、パズルの絵に描かれた魔法陣は激しく光だし、壁が崩れる。次の瞬間には綺麗な通路だけが残っていた。


「ディーネ……。このパズル、頭がいい人というより、魔力を持った人だけが入れるようになってるんじゃないか? 多分ノータなら──」

「その話はしないでください! 今のはちょっとしたジョークです! そう! ジョークなんです!」

「そうだな。ジョークだよな」

「な、なんですか! その哀れみを見るような瞳っ!」


 ディーネは俺の呆れたような目を見て若干瞳を潤ませそう言った。


「大丈夫だって。分かってるから。ほら、さっさと先に進もうぜ」


 俺はディーネの手を引くと、そのままダンジョンの奥へ進んだ。ダンジョンの内部には魔物が潜んでいたり、待ち伏せをしていたのだが、何故かその数は俺の想像より少なかった。

 定期的に人が訪れているのか、それとも最奥にいる黒魔種の竜がいる影響なのかは分からなかったが、概ね快適なダンジョン探索だった。

 下階に降りる階段を何度か降りた頃、俺とディーネは赤い色に染まった宝箱が落ちている事に気が付いた。


「ディーネ、あれ宝ばk──あれ? ディーネ?」


 先程まで俺の隣にいたディーネはそこにいなかった。

 慌てて周囲を見渡してみれば、ディーネは宝箱の目の前に立ち、瞳を輝かせていた。


「これで! マスターのお役に立てます‼ オープン!」


 俺が静止の声をかけるよりも早く宝箱の蓋にディーネは手をかけた。

 その直後、ディーネの目の前に彼女を飲み込むほど大きな口が開いていた。


「……やっぱりミミックか」


 俺は小さくため息を突きつつ、宝箱に追われるディーネを見つめる。

 ディーネは必死にミミックから逃げてダンジョンの奥へ走っていた。このままでは別の魔物に絡まれる。

 そう判断した俺は再び剣を引き抜き、斬撃波をミミックに向けて飛ばした。

 空気を切り裂く斬撃波は必死に走るディーネにあっという間に追いつくと、そのままミミックを両断した。


「へ?」


 泣きっ面のディーネは半分になったミミックを見て目を丸くして俺の方を見つめてきた。


「大丈夫か?」

「だ、大丈夫です。分かってましたから、私は凶悪なミミックからマスターを遠ざけるためにあ・え・て、宝箱の蓋に触れたんです。けっして宝に目がくらんだとかじゃないです!」

「はいはい。分かったから、もう諦めて俺の後ろを歩こうな」

「でもお役に立てないと……」


 ノータの活躍を見てきたディーネにはコンプレックスでもあるのだろう。役に立てていないディーネはしょんぼりと肩を落とす。

 だが、俺はディーネにノータのような活躍は始めから期待していなかった。


「ディーネ。お前はヒーラーだ。回復が仕事だ。回復の仕事はノータには出来ない。違うか?」

「はっ! そうです! 私には回復がありました!」


 どうやら自分の特性をすっかり忘れていたらしい。俺のスキルに怪我を自動で治すモノがあるためあまり活躍する機会が無かった事も影響しているだろう。

 しかし自分のアイデンティティーを思い出したディーネの瞳は一刻前とは違い、輝いていた。


「マスター! それじゃあ、私が仕事をするために怪我してください!」

「はい? 何言ってるの?」

「だから私もノータのように仕事がしたいんです! 怪我してください」


 真顔だった。

 俺に怪我をしろというディーネは完全に真顔だった。


「ディーネ……馬鹿だとは思っておったが、まさかここまでとはの……。お主は引っ込んでおれ」


 突如出現したノータが真顔で俺にせまってくるディーネの肩を掴む。


「の、ノータ! どうして出てきたんですか! 今日は出てこないって約束したじゃないですか!」

「だが、ディーネがあまりにもアホでな……見ておれんかった。さぁお主はもう戻れ」


 ノータがディーネの頭に触れた瞬間ディーネは煙の様に姿を消した。

 どうやら剣に戻ったらしい。


「って。まだ諦めません!」


 消えたはずのディーネの声がダンジョンに響いたかと思うと、彼女は俺とノータの前に姿を現した。

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