第109話 命令

 ディアスール家の中にあったはずの転移魔法陣魔法陣までもを吹き飛ばした俺は姫様を追跡する手段を失い即座に踵を返した。


「よし、逃げよう」

「待て待て。何処に逃げるつもりじゃ。主様よ。もう一度探索魔法を使って姫を探せばいいのではないか?」


 ノータが俺の服の襟をがっしり掴むと、逃げられないように力任せに引き戻してきた。

 そして逃げることが不可能だと察した俺は後頭部をガリガリと掻き苦笑いをしながらノータの顔を見つめた。


「いや……それが──追跡ができなくなっちゃったんだ……よねぇ」

「はぁ。どういう事じゃ?」


 ノータの眉が歪に寄るのを横目に見ながら俺は口を開く。


「多分転移魔法陣を壊したことがきっかけだと思うんだけど……」

「いや、違うと思うのじゃ。恐らくじゃが主様の魔力が及ばない地域……探索魔法を阻害する空間もしくはその両方に連れて行かれた可能性の方が高いと思うのじゃ」

「つまり?」

「遅かれ早かれ主様は姫様を見失っていたという事じゃな。だからそこまで気にせんでもいい」


 と、そこまでノータが言ったあとわずかに微笑みこう言った。


「まぁ。国王にはそれなりの誠意のある対応が必要だと思うがの?」


         ******


「娘が失踪した事は極秘とする」


 目の前の豪華な椅子に腰を下ろした国王が威厳を放ちながら俺とカインさんの前でそう言った。


「それと同時にカインとエルビスには娘の生死の確認、捜索、そして救出、更に現在国に起きている様々な問題を『依頼』と言う形で解消してもらう。異論は認めん」

「「はい」」


 流石に国の大切なお姫様が誘拐されるところをみすみす見逃しておいて言い訳をすることは俺には出来ない。

 ただカインさんはあまり関係がなかったので完全に巻き込みだ。

 俺は若干申し訳なく思いながらカインさんの方を向く。だがカインさんは真摯な目で国王を見つめたまま微動だにしていなかった。


「カインは国の宝じゃ。そしてその弟子のエルビスもな。……父としては許せないが国王としてはこれを利用する手はないのじゃ。知っての通り今国内そして国外も問題が多発しておるからの」


 確かに今現在国内は黒錬金術を行使する者と規制する者で荒れているし、この国が黒錬金術の規制に乗り出した事で国外にも徐々に波乱が広がっているらしい。

 更には増殖した黒魔種の処理をする冒険者が黒錬金術を肯定する国に逃げているせいで国内には強力な魔物が溢れている。俺とカインさんが絶対に断れないスキを作ったことは『国王』にとってはありがたい事なのだろう。


「まぁ儂もそこまで鬼ではない。依頼と言う形を取る以上報酬も出す。とりあえずカインは娘の捜索を、その間エルビスには今から儂が指定する場所にいる竜型の黒魔種の討伐を頼みたい」

「「了解しました」」


 俺とカインさんが静かに頷くとその姿を見た国王は満足げに頷き退室を促してきた。


 俺は踵を返し部屋から出ようとする。


「少し待て」


 国王に従い部屋から出ようとした俺とカインさんの背に声がかかる。

 振り向くと、国王は俺の方を品定めするような瞳で見つめてきていた。


「エルビスよ。今回の件とは別にお主には黒錬金術の行使を取り締まる仕事をしてもらいたい。危険な仕事だ。家族を王都に呼び住まわせる事を許可する。たしか……レイラとか言ったな。お主がダンジョンから帰ってきた頃には王都に着くように話を進めておこう」


「は、はい。よろしくおねがいします」


 俺とカインさんは国王の指示に従い部屋から出ると小さくため息を付いた。


「……とんでもないことになっちまったな。王都は魔物の襲撃でぐちゃぐちゃで修復するのにそれなりの兵がいる。今までみたいに俺たちを野放しにしておく余裕は国王にはないらしいな」


 そうカインさんは言った後、真っ直ぐ王城から出て、未だに煙を上げている町を見上げながらこちらを振り返った。


「とりあえず姫様のことは俺に任せろ。エルビスは何も気にせず竜型の黒魔種を倒してこい。俺も一通り情報を集めたら帰ってくるさ」

「わかりました。俺もできるだけ早く黒魔種を倒して姫様を探す手伝いをします」

「あぁ。頼んだ。それじゃあ行ってくるわ」


 カインさんは俺に背を向け手を振るとそのまま王都から立ち去っていった。

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