第108話 やっちゃった……

「呼び寄せの魔法──発動!」


 王都から数キロ離れた位置に移動していた俺は自分の中の膨大な魔力に指向性を持たせ王都に放った。


 俺から放たれた魔力の波動は綺麗に王都周辺を飲み込み効果を発揮する。

 数秒後には王都から聞こえてきた叫び声やうめき声、奇声が止まり同時に凄まじい地響きが俺の方に向かって近づいてきていた。


「主様よ。魔物の先頭集団が接触するまでおおよそ三分じゃ。今のうちに魔力を貯めておくと良い。一撃で決めろ」

「そうだね。任せてくれ」


 突如剣から出てきたノータにアドバイスをされた俺はコクリと頷くと両手を前に突き出した。


『龍魔法──』


 そこまで唱えて俺は言葉を切り魔力を貯める。


 すると俺の隣には魔力で体を構成させた火の龍が早く指示を出せと言いそうな眼差しで出現し、11俺を見下ろし始めた。

 そのまま出現させた龍に魔力を注ぎ続け、魔物が近づいてくるその瞬間を待つ。

 王都から魔物が全て出尽くした瞬間が狙い目だ。


 数刻後。


「来たぞ主様!」

「任せろ!」


『──ファイアーブレス』


 数分間貯めた続けた魔力が一瞬で放出され接近してきた魔物ごと王都周辺を焦土に変える。

 そして黒煙が消えた頃には数百は居た魔物達は影も形も無いほど燃え上がり、魔法が放たれた跡地は高温でガラス化した大地だけが残っていた。


「……主様よ。この惨状を見て何か言いたいことは?」


 ノータが冷めた瞳で俺を見つめる。


「やりすぎちゃた」

「主様よ。儂は魔力を貯めておけとは言ったがここまでやれとは言ってないぞ? まぁ王都本体が燃えていない事については流石の魔力操作だと思うがな? あいも変わらず威力操作が下手じゃの」

「ごめん」


 母親のようにくどくどと怒り始めたノータに思わず謝罪の言葉を述べる。

 するとノータは手を何度か横に振る。


「いやいや。怒っている訳ではないのじゃ。そもそも魔法を使うのに威力を気にして使っている人間なんて極僅かじゃ。普通の人間ならどんなに頑張っても大した威力は出ないからの」

「確かに……じゃあ俺は他の人より一つ余計な操作が必要という訳だ」


「開き直るなよ? 主様。力を持つということはより繊細な力加減を覚えなくてはいけないということなのじゃ。そんな適当な事をやっているとそのうち大切な人を亡くすぞ」

「……そうだね。反省する」

「うむ。それでいい。それでは姫様を助けに行くとしよう。主様よ。さながら白馬の王子様のように……な」


 そう言ってノータはガラス化した地面を優雅に歩き王都へ向かう。

 そんなノータに続けて俺は王都へ向かって走った。


            ****


 王都に着くとそこはまさに地獄絵図と言った様子だった。

 街の至る場所から黒煙が上がり道の脇では怪我人が横たわっている。更に呼び寄せの魔法で惹きつけられなかった魔物達が未だに暴れている状況だった。


「主様よ。回復の秘術を使ってみたらどうじゃ? こんな惨状見過ごせんじゃろ」

「……そうだな。やってみよう」


 俺が目を閉じ回復の秘術発動のために集中する。

 そんな俺の隣でノータはボソリと口を開いた。


「まぁ……発動できないと思うがな」

「ん? なんて言った?」

「何でも無いぞ。早く発動してみるのじゃ」

「あぁ」


 俺は静かに頷くと回復の秘術を発動した。


『回復の秘術──発動』


 体の内から魔力が膨れ上がり魔力が体外に放出される。

 その寸前──膨れ上がった魔力が嘘のように消滅した。


「あ、あれ?」

「やっぱりか」

「やっぱりってなんだよ。最初から分かってたのか?」

「まぁな」


 さっぱりとした顔でそう言ったノータに俺の心の奥からわずかに怒りがこみ上げてくる。


「だったらどうして発動させようとしたんだよ」

「簡単じゃ。試してみて駄目なら諦めが付くじゃろ。その回復の秘術にはまだ主様が知らない複雑な条件があるんじゃ。なんせ文字通り世界を変えられる術じゃからな」

「複雑な条件ってなんだよ?」


「それについては儂もあまり明るくなくてな。儂とディーネの他にあと四人精霊がおるからそいつらに聞いてくれ」


 そう言いながらノータは真っ直ぐに姫様が捕らわれているはずのディアスール家に向かう。

 そんなノータに俺は訝しさを感じながらも付いていく。

 そんな調子でしばらく歩いているとふと俺は違和感に気が付いた。


 姫様を探すために使った探索魔法によって常にマークしていた姫様の位置が王都から綺麗サッパリ消え去っていたのだ。


「待ってくれノータ」

「ん? どうしたんじゃ?」

「姫様が居ない……いや全然別の場所にいる。場所は……王都から五百キロ離れた森の中……かな? どうしてだ?」


 一度目に探索魔法を発動して位置を確認した時には確かに王都に居たはずだ。

 魔法の精度の問題ではない……と思う。

 俺は自分の魔法に若干懐疑心を抱き始める。

 しかしそれを否定するようにノータは口を開いた。


「……転移魔法陣が設置されておるのじゃろ。そもそも誘拐された場所から王都まで随分離れておる。誘拐犯はこの国の至る場所に転移魔法陣を張り巡らしているんじゃろうな」


「なるほど……それじゃあ姫様を連れ去った魔法陣を探して追いかけよう」


 そんな話をしている間に俺はディアアスール家に辿り着いた。

 さすが貴族と言った豪華で大きな屋敷。

 カインさんの身長二つ分程度の大きな塀には傷一つ無く綺麗な屋敷は新品同様だった。


「ふん。これでは私が犯人ですと言っているようなものじゃな。なぁ主様よ」

「そうだな。町はひどい惨状なのにここだけ一切攻撃を受けてない」

「どれ……この屋敷も周りと同じ様に破壊しておいてやろう」


 と、言いながらノータが魔力を集中し始めた。

 魔力を高めていくノータはいかにも悪役と言った悪そうな顔をしている。


「ちょ、ちょっと待って。普通に門を開ければいいじゃん」


 状況証拠を出来るだけ綺麗に残したいと言う思いがあった俺は思わず鉄で出来た門に手を伸ばした。

 その瞬間ノータの表情が焦った顔に一変した。


「主様! それに触ったら──」


 ノータの静止の声が耳に届いた時には既に俺は鉄の門に触れ、突如襲ってきた強い衝撃に全身を嬲られ数メートル吹き飛んでいた。


「……」


 びっくりした俺が無言になっているとノータが近づいてくる。


「主様は少し警戒心が薄いのう。その塀には魔法が掛けられておるのじゃ。通常の手段じゃ入れないから儂は塀を破壊しようとしたんじゃよ」

「そ。そう言う事か……早く言ってくれよ」

「壁を凝視しておるから気付いていると思ったんじゃ。悪かったの。主様よ」

「まぁ俺が気づかなかっただけだし俺が悪いよ。ただちょっとムカついたからその門は俺が壊す」


「ふむ。まぁ良いがあまりやりすぎないでくれよ? 主様」


 俺はコクリと頷くと魔法を発動する準備をする。

 そんな俺を遠目に見つめるノータが口を挟んできた。


「……主様よ。顔が悪い顔になっておるぞ?」

「それを言ったらさっきのノータも随分と悪い顔をしてたよ」

「ふふっ。この家に魔法を掛けた奴はどうやら自分の魔法に随分と自身があるようじゃったからそれをぶち壊すのが少し楽しかっただけじゃ」

「精霊ってそういうのも分かるんだ?」


 と言いながら俺は口角を上げ魔力を貯める。


「いや? この塀に掛けられた魔法が侵入防止の魔法だけだからそう思っただけじゃな」

「へー。ノータならどうするの?」


 と、言いながら俺は笑顔で魔力を貯める。


「ふむ。侵入防止に進入時の警笛、それと敷地内にも複数の罠じゃろうか?」

「なるほどね……よし。魔力も溜まったしこの門を破壊するぞ」

「いや待って主様そんなに魔力を込めると──っ」


 ノータの言葉は俺が放った魔法によってかき消された。

 とても門に向かって放つ威力ではない強力無慈悲な一撃が光の玉となり門に直撃する。


 その瞬間、屋敷を守る門に異変が起きた。

 一瞬で周辺の魔素が吸収されていき門に黒い魔法陣が出現する。そのまま俺の放った魔法を飲み込む様に黒い光を放ち始めた。


 徐々に門に出現した魔法陣によって俺の放った光の球が押し返されていく。


「くっ。負けるか!」

 対抗するように再度俺は魔力を込めた魔法を放つ。

 かなりの魔力を込めた一撃であるのに門を守護する魔法陣は俺の攻撃を受け止め続ける。


 なんだ? この魔方陣化け物か?

 そんな疑問が浮かんだ俺は、完全に魔法陣を消し去るため先程数百の魔物を一瞬で消し去った魔法を門に向かって放つことにした。


『龍魔法:ファイアーブレス!』


 刹那、俺の放った魔法に耐久限界を向かえた門の魔法陣は粉々に吹き飛んだ。

 全てを焼き尽くす紅蓮の炎──それは門の魔法陣のみでは無く後方に控えていたディアスール家本邸に直撃した。


「……あっ。やっちゃった」

 俺が呆然と見つめる視界の先には先程まで綺麗に建っていたディアスール家は跡形も残らず消え去っていた。


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