第6話 顛末
母へ
急だけど、しばらく家を空けようと思っている。
ちょうど盆休みだし、会社にはまとめて有給休暇出しておいた。
このメール は時間指定になっているから、それを念頭に読んでもらえればいいかもしれない。字数制限を超えていたら分割で送るよ。
最近不機嫌で申し訳ありません。特に母さんが悪いわけじゃないんだ。気にしないで。いろいろあって、仕事の方でもうまくいってなくて虫の居所が悪かったんだ。このままズルズルいっちゃうと良くないから、この連休を使ってリフレッシュしてくるつもり。観光地とか人混みには行かないから安心して。
多分大丈夫だと思うけど、俺
さて、わざわざメールしたのは連休の過ごし方を報告するためじゃないんだ。面と向かってだと話しづらいから、母さんにも分かりやすいように整理して書こうと思ったんだ。今までのことをね。
いきなりだけど、母さんは離婚してからというもの、俺を育てるのにとても苦労してきた。帰りはいつも遅いし、時々内職もしてたよね。俺も手伝った記憶がある。
片親で育てるのはそれだけ経済的負担は大きいし、普段金の話なんかしないから、俺の知らないところで相当苦労したと思う。特に学費は大変だったはずだ。
でも家事は手を抜かず、高校の時は毎日弁当を用意してくれた。週末は掃除して、家の内外をきれいにしてくれた。俺がバイトの話をした時も取り付く島もなく、「あんたは働かなくてもいいの」と言ってくれた。俺がお気楽でいられたのも母さんのおかげ。いまだにいい歳して母親に面倒を見てもらえてるのは、本当にありがたいことだと感謝しています。
だから母さんを
姉さんのことなんだ。生き別れになった姉さんのこと。名前も知らない女性のこと。
実は、このところ姉さんと逢っていたんだ。どことは言えないけど近場でバッタリと逢っていて、最初はすれ違うだけで全然気づかなかったけど、姉弟だからか雰囲気とか顔で分かるみたいだね。俺に似ているというか、どっちかというと母さん似かな。笑った時の目許とかそっくりで美人だよ。
積もる話もあるから連休利用して旅行に行こうという話になっていたんだけど、本決まりじゃなかった。でも、ちょっと前に姉さんから電話があったんだ。向こうも急きょ休みがとれたみたいで、それで旅行に行こうってわけ。行き先は姉さんが手配してくれたよ。詳しいことは出先で決めるつもり。
急な話で母さんは驚いていると思う。離婚の時に母さんが俺を選んで、姉さんを手放したのは断腸の思いだったはず。だから母さんを責めるつもりはない。姉さんとも話したんだ、もうお互い大人だから過去のことは水に流そう。大人になった今こそ、もう一度やり直そうって。
実を言うと、この際俺も戸籍謄本とか附票を調べようと思っていたんだけど、なんか怖かったんだ。役所に電話したけど状況次第で追跡できないと言うし、マイナンバーで混雑しているから来庁を控えてほしいとか。なんだかんだ理由をつけて、結局俺も調べたくなかったんだ。感染防止もあるしね。大事なのは、こうして姉さんと連絡を取り合えることだよ。
連絡といえば、俺の部屋のすみに紙くずが置かれているけど、暇な時に全部捨てておいてほしい。電話を取り出した時に被さっていたものなんだ。机の棚の中、あのガラス戸の中に紙が詰まっていたよね、あそこに昔の電話を突っ込んでいたんだ。母さんが長年掃除したがってたところだよ。
覚えてる? 俺もすっかり忘れていたけど姉さんとたまたま電話の話になってさ、「そういやあ」と思い出して探してみたら残ってた(笑)。なんか懐かしくってさ、でも見つけた途端に電話が鳴ったから驚いたよ。だいぶ古いのにね。旅行の話はその時出たから嬉しくなって、いろいろ買い出ししてたから、ゴミ捨てを忘れてしまったんだ。まあ壊れていなくて良かったよ。机の上に置きっぱなしになってるから、そのままにしておいて。捨てないでいいよ。
とまあ、こういう事情なんだ。
これを読む頃には、俺と姉さんは電車に乗っていると思う。
帰ったら、また詳しく話すよ。土産も買っていくから楽しみにしていて。
少し早めに切り上げてウチに来てもらうのもいいかもしれないね。またやり直そう。
急な報告でごめんなさい。母さんもあまり深刻に考えないでいて。
長文になったから分割して送るかも。困りごとができたらいつでもメールして。
俺も楽しんでくるから母さんも骨休みして下さい。くれぐれも武漢風邪と熱中症には気をつけて。
それでは出かけてきます。
完
夏濤 @alfirjg7k4ht
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます