第11話 グッタ村の族長との会談 上

 室内は互いの心臓の鼓動が聞こえているのではないかと思うほど、静まり返っていた。


 演説が終わって時間が経ったのにも関わらず、広場からは叫び声が響いていた。触発された、どこにも発散することのない想いは、大騒ぎすることで収まっているのかもしれない。


 アルはじっと地面に敷いてある布を見ていた。なにかに堪えているのか、肩を強張らせ震えている。


「答えを聞かせて欲しい」


 決意を固めたのか、俺を見る瞳は射抜くような強さを持っていた。


「ルシウス、いや族長様。今日から俺は、あなたに剣とこの弓を捧げます。そして血を分けた姉、双子のイルも一緒に」


 アルはゆっくりと頭を下げると、背負っていた重荷を預けるように、弓と剣を捧げた。


 俺は神妙な面持ちで受け取るのと同時に、これで本当に逃げ場はなくなったと、この村を率いて戦っていくことを、心に誓う。


「もうそろそろ遅い時間だ。細かいところは明日、グッタ村の村長と話し合ってから決めよう。失敗してしまったら、ただの夢に終わってしまうからな」


「かしこまりました。イル、帰るぞ」


 なにか言いたそうな表情を浮かべていた。けれど、アルに促され、イルは一緒にこの部屋から出ていった。


 地上に堕ちたその日から何度も危機はあった。これまでに経験したことのないようなこと、満足に食事も摂れない激しい飢餓感や、生命の危機、剣で斬りつけられた激しい痛み、それは天空都市で暮らしていれば関わり合うことのない原始的な感覚だった。


 先に進む恐怖はある。だが、それでも乗り越えていかなければ、住む場所も、食べ物も、大切な人さえ守れない。この地上ではあまりにも生命は軽い。呪われた場所というのは、あながち間違えではないのかもしれない。


 それに、明日は大事な日になる。


 俺は、その場で寝転がると、天井に薄く透けている月を見た。そこにあるようで、もっと遠く、それは天空都市よりもさらに高い、人類の到達したことのないもう一つの大地。


 捕まえようとして手を伸ばした。指と指の隙間から砂が溢れるように、月光は絶え間なく照らし続けている。誰にも触れられることのない神聖な力、そうして眺めていると、何かが蠢いているように思える。


 その何かがわかる前に、俺は穏やかな眠りについた。


 鎧の無機質で硬い響きが耳朶を震わせる。慌てて身体を起こすと、燦々とした陽光が部屋の隅々にまで行き渡っていた。それは抜き身で置かれた大剣に反射して入口を照らしている。


 どれだけ眠りに落ちていただろうか、夢も見ず、時間の感覚も希薄で。


 ただ、頭の中は整然としていた。


「族長様、グッタ村の使者が参られました。広場にてお会いしたいとのことです」


「はぁ、わかった。いまから着替えるから待ってもらえ。あと、アルとサジットを呼んで欲しい。話したいことがある」


「かしこまりました」


 俺は、前の族長が来ていた服に、大剣を腰に差した。この細い身体に、重量のある大剣を身につけていては笑われるかもしれない。分不相応だと。


「そんなことは、とっくにわかっているさ。それでも諦められないから、ここにいるんだ」


 覚悟を確かめるように、独りごちた。もうすぐ、ここにサジットを連れてアルがやってくるだろう。もしかしたらイルも一緒かもしれない。弱気な表情は見せられない。


 俺は自分にそう言い聞かせると大きく伸びをした。決して負けないと、固く約束して。

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地上へ追放された俺は国を造って反撃する! かにさん @kanisan

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