第10話 族長になるため
人の発する音はこれほどまで大きいのかと、今更ながら驚く。些細な会話や、咳払い、子供の騒ぐ声、一つ一つは小さくとも、立錐の余地もないほどに集まった群衆は、咆哮する巨大な化け物のようにも思える。
壇上に登る足が縺れた。頑丈に見えた足場は脆く儚い。それでも進むしかない。逃げる場所はとうに失っているのだから。
広場には100人近い村人が集まっていた。サジット、アルの呼びかけに応じて、俺の話を聞きに、というより族長として認めるか判断しにきているのだろう。
二日前には檻に閉じ込められていた男が、いまでは村を率いる族長として、この場に立っている。そんなことがあるのかと未だに信じられない。けれど、戦うことを選択して、勝ったからには成し遂げなければならない。
サジットからは、失敗すれば取り返しがつかないと言われていた。もし協力が得られなければ、この村はなくなってしまう。だから、威厳を持み、誰よりも強いのだと的確に話さないといけない。これまでの族長たちのように。
それでも、俺は嫌だった。天空都市では上級氏族たちが魔法で支配している。同じことをこの地上ですることは、どうしてもできない、やりたくなかった。
背中になにかが触れたような気がして隣を見ると、警護役として後ろに控えていたアルが押したようだった。前を向くと、村人たちは静かに俺が話し始めるのを待っていた。
沈黙していたのがよかったのかもしれない。聴衆は静かに、飼い慣らされた動物のように、与えられるのを待っていた。未来という名の希望を。
「俺の名は、ルシウス・レクシリア。ルシウスと呼んでくれ。知っている者も多いと思うが、元は天空都市で暮らしていた天の民だ」
聴衆は固唾を呑んで見守っていた。肌の色の違う、非力な男の話を。
「俺は魔力を失い地上に堕とされた。そうして、捕まり殺されそうになったのを、取り戻した魔法の力で倒し、前の族長を処刑した。だからこそ、力の弱いもの、能力の高いもののことも理解できるつもりだ」
手のひらを見つめる。あの事故の影響で円状に黒く焦げたあとは、あの当時のまま残っている。
「いままでの族長たちのように力で押さえつけるような真似はしたくない。みんなが自分の意思で、この村のために行動し、より全体として強くあることを望む。だから、これからあることを伝えたいと思う」
背後から同様が伝わった。このことを知っているアル、イルはもちろん、サジットは予定とまったく違うから、さぞ驚いていることだろう。少し、笑ってしまった。
「明日、ここにグッタ村の村長が来る予定だ。話し合いたいらしい。だが、結果によっては戦争になるかもしれない」
悲鳴や怒号がそこかしこからあがった。サジットから聞いた話では、グッタ村と数年前に戦った結果、村の3分の1が死に、生き残りのうちの半分は奴隷として、いまでも非道な扱いをされているということだった。そんなこと、俺にとってどうでもよかった。
「逃げても一向に構わない。戦いが怖いものもいるだろう。奴隷として虐げられることを恐れるものもいるだろう。だが、どこにいく?ここ以外に、帰る場所も眠る場所も、家族と暮らす場所も、どこにもない」
俺は息をお腹いっぱいに吸い込むと、喉が破れそうになるくらいに叫んだ。
「戦え!一生怯えて暮らすのか。家族を奪われたまま取り返そうともせず、ただ泣きながら諦め生き続けるのか。俺は絶対に嫌だ。許さない。そんな弱いものは。身体の大きさや能力の優劣じゃない。心の弱きものはこの村で生活する資格はない。どうぞ、出てってくれ。だが、それでもここに残ったものには、いまここで約束しよう。この魔法のちから、未知の力で、家族を取り返すことを」
俺は、あらかじめ空気中に漂わせていた魔力を頭上に集め、火の塊を造った。それは太陽を模している。赤を通り越して、黄色く輝き続ける。村人たちは、俺の頭上にある光に向かい、ひれ伏し始めた。
「俺は、今日この日から、族長となり、家族を奪い、殺し、奴隷としたグッタ村から、すべてを奪い焼き尽くしてやる。けれど、この偉業は俺ひとりでは到底成し得ないだろう。みんなの協力が必要だ。ともに戦ってくれるか。何者にも脅かされることのない、平和な村を作るために」
叫び声があちこちから、それは漏れるように、口々からうねりとなって、爆発した。男も、女も、年寄りも、なにも知らない子供でさえ、熱気に浮かされるようにして、雄叫びをあげる。
もう誰も反対することはないだろう。
安心して振り返った先には、サジットがどこか警戒するように、こちらを見ていた。
「どうしたんだ?うまくやれただろう」
「ああ。そうだな」
「なにか不満があるのか?」
「いや、ただ、もっと冷静なやつだと思っていたが、少し違ったらしい」
サジットは片膝をつくと、俺に剣を差し出した。
「この剣を受け取りください、族長様」
「もっと粗雑な話し方をしていた気がするが」
「いえ、もうあのような話し方は許されないでしょう。それは、もう誰にも」
「はぁ、わかった」
距離を置くような話しぶりに一抹の不安を覚えた。けれど、気にしていても仕方ない。きっとこういうものなのだろう、そう思い、自分の気持ちに蓋をして差し出された剣の柄を握った。
すると、歓声が爆発した。
族長となった俺を祝福するもの、魔法に驚嘆するもの、戦いに備え自らを鼓舞するもの、宵闇に染まりつつある広場に、燦然と偽物の太陽は輝き、騒然とした雰囲気は夜が更けても一向に収まらなかった。
族長に与えられる大剣を腰に差し、家まで戻る。きょうのために警護として、急遽任命されたアルや数少ない屈強な戦士は、互いに言葉を交わすことなく黙って歩いている。
行きとは違い、足取りは軽く、どこか落ち着いた雰囲気に満ちていた。
「では、族長様。私達はこれで」
「ああ、ご苦労。アル、少し話したいことがあるから寄ってくれないか」
「かしこまりました」
家に入ると、変わらない風景が広がっている。布に敷き詰めた地面に、台の上に乗った、歴代の族長たちの遺骨や肉の塊。その傍らに大剣をそっと置いた。
「この骨て捨ててもいいかな?それと、大剣はいちいち持ち運ぶのが」
「それはできないよ、ルシウス。ちゃんと、族長として認めてもらうためには、先祖を大事にしないといけない。正当な後継者の証として、大剣は必ず必要なんだ」
アルの口調が変わらないことに安堵を覚える。あの演説から変わってしまったのかと思っていたが、杞憂だったらしい。
「アル、そこに座ってくれ。話したいことがあるんだ」
「なんだよ、あらたまって」
「提案があるんだ。アル、そしてイルも一緒に聞いてほしい。呼んできてくれないか?」
アルは何かを察したのか、兵士に一言伝えると、そのまま座り込んだ。
重い沈黙があった。イルが来てから話すと言った手前、本題を切り出す訳にはいかず、かといって適当な話題もない。なにも思いつかないまま時間が流れた。
「お待たせ。ルシウス、私に話があるって聞いたよ」
「イル、俺にも話があるからここで待っていたんだ」
俺はひとつ咳払いをする。
「イル、来てくれてありがとう。実は二人に提案があるんだ」
俺は断られるなんて考えもしなかった。
「この村に住んでほしいんだ。そして近くで俺を支えてほしい。お願いできるかな?」
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