第2話 言わないつもりだったけど

ひとまず落ち着かないとと思い、近くのレストランに入る。里菜の姿を見るとさすがに隅のテーブルに着かざるを得ないだろうな。先ほどよりは落ち着いているが。

「里菜、どうしたの?何かあったのか?」

俯いたまま首を横に振る。頼んでいたコーヒーが冷めそうだ。

理由を無理に聞こうとしてもだめだろうし、ここは待つのが一番いいかもしれん。

「ごめんね、基樹。取り乱しちゃった。もう戻ったよ」

何言ってる、そんな言葉で騙されるもんか。

「そっか、よかったよ。どうしたものか考えてもいい答えは見つからないよ」

気持ちとは裏腹な言葉を発してしまった。

「ここもう出ようか?」

伝票を持って席を立つ前に

「え?園を出るの?まだ全部乗ってないでしょうが!」

との里菜からの声に「え?」と思わず出てしまう。

「だから、まだ全部乗ってないって。今日は全部乗るって決めてきたの」

「おいおい、調子悪いんだからやめときなって。閉園する前にもう一度来ればいいじゃん」

また里菜が俯いてしまった。

「今日の里菜、どうしたんだよ」

僕の言葉が届いていないのか、会計を済ませた後はまた乗り物を目指している。

「今日のデートはあたしに任せるって言ってくれたんじゃないの?手紙に書いてあるよ。だったらいうこと聞きなさいよね」

そりゃあ、そう書いたけどさ。

「わかったよ、こうなったら一気にコンプリートだ」

全部のアトラクションを乗り終えたのは閉園時間ギリギリだった。

乗ってるうちにだんだんいつもの里菜に戻ったようだが、僕としてはなんか釈然としないな。

「は〜、楽しかった〜。基樹とこうやって遊ぶのも久しぶりだし、気分転換にもなったよ。基樹、ありがとう、本当に・・・」

食事を終え里菜が一人暮らししているアパートへ到着だ。ここへも久しぶりに来たな。

二人とも流石に疲れが見えるよね。あんな短時間で乗り続けたのも初めてだったし。

「今日はお風呂入ってもう寝ようか、基樹から先に入っていいよ」

「うん、じゃあお先に」

湯船に浸かりながら考えるが、今日のことがどうしても引っかかる。里菜は僕に言いにくいことがあるのか?それならちゃんと聞かないとな、それがどんなことでも。

里菜と入れ替わりしばし待つ。

僕が言うのもなんだが里菜の風呂上りは最高に素敵だと思う。時折見せる大人っぽい表情と少女っぽい笑顔が僕の心に刺さったままだ。

「里菜、ちょっと座ってくれ。きちんと話を聞きたい。今日はいったいどうしたの?」

テーブルを挟んで僕と向かい合って座った里菜は少し黙っていた。

「基樹、ごめんね、あたしね・・・」

顔を見る限りかなり深刻なんだろうなと感じる。

「今から少し前の話になるんだけど、会社の健康診断でひっかかっちゃって。それでお母さんに付いてきてもらって再検査と精密検査受けてきたの」

そんなことは初耳だぞ。

「おいおい、そんなこと何も言ってなかったじゃない」

「言わなかったもん、単なる検査だけって思ってたから」

里菜は別の部屋から一枚の紙を持ってきた。これを見ろってことか。

え?そんなまさか!?

「わかる?あたし病気になっちゃった。だから来週入院するんだ」

病院の診断書による病名、見覚えがある。僕のお袋がかかった病気と同じだ。

「おいおい、こんな冗談よせよ、笑い話にもならないよ」

「冗談でこんなこと言えない。実際体で気になってるところがあったし、それも含めて検査したの」

一瞬目の前が暗くなった。そんなことってあるわけ・・・。

声が出なくなった。

「基樹のお母さんのこと聞いていたからあたしも怖かったんだよ。こんなこと基樹に言えないよ。ずっと言わないつもりだったのにだめだった」

言い終わらないうちに里菜の涙が溢れ出してきた。里菜をそっと抱き寄せた。

「そんな大事なこと俺に言わないでどうすんだよ。そんなことに気を使ったって何もならない」

グッと抱き締める腕に力を入れる。里菜も力を入れ返してくれる。お互いの温もりを確かめ合った。

「里菜、明日里菜の実家に行こう。ちゃんと話し合わないと」

「うん、ありがとう。明日もいろいろ考えていたけどキャンセルだね」

泣きながらも気丈に振舞う里菜を見てさらに強く抱きしめた。

「とにかく今日は休もう、俺がそばにいるから、ずっと」

結局朝まで寝れなかった。里菜は隣で寝息を立てている。いろいろ疲れたんだろう。そりゃそうだ。

カーテンを少し明け外を見てみる。暗闇が少しずつ消えていき1日の始まりを感じさせる。

静かだった周りも動き出してくる。

僕はこれから何を、どうすればいい?里菜のために何ができる?

精密検査の結果も見たが、どうやら悪性のものらしい。お袋の時に散々聞いた病名。

また僕から大切な人を奪っていくのか?いや、そんなはずは・・・。

そう思うのは勝手だが無意味だってことは学んでいる。

僕だけでも冷静さを保たないと里菜が戻ってこれないだろ。

なぜか里菜と初めて出会った時を思い出してた。

あの時は本当に偶然に偶然が重なったんだけど・・・。

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