居心地悪く、大人になった
@smile_cheese
居心地悪く、大人になった
夏が終わり、少し肌寒くなってきた季節。
私、齊藤京子は一人涙を拭いながら、大好きなラーメンをすすっていた。
不器用で喧嘩っ早い性格の私は職場でも上手く立ち回ることができず、上司や同僚と揉めることが多かった。
そして、そんな毎日に嫌気がさした私は、後先考えずに仕事を辞めてしまったのだ。
明日からどう生活していけばいいのか。
私は頭の中が真っ白になり、ただ途方に暮れるしかなかった。
こんなときでも、ラーメンの味は変わらず美味しかった。
翌朝、化粧をしようと鏡に向かったところで私はハッとした。
溢れそうな涙をギリギリのところで堪え、再びベッドに横になる。
私の頭にふと音信不通になっていた親友の顔が過った。
京子「そういえば、あいつどこで何してるんだろ。会いたいな…」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
横浜のみなとみらいに佇む一軒のスナック。
『スナック眞緒』と書かれた看板には今日も明かりが点っていた。
カランコロンカラン
眞緒「いらっしゃ~い。え?あれ?もしかして、京子?京子なの!?」
京子「久しぶり」
4年前、眞緒は自信のスナックを閉店すると、行き先も告げずに一人旅に出てしまい、そこから連絡が一切取れなくなっていた。
眞緒「4年ぶりかしら?一体どうしたのよ!とりあえずここに座って?」
京子「ったく、どうしたのはこっちの台詞よ。突然居なくなったかと思ったら、いつのまにかこんな都会でお店を再開してるなんて。なんで連絡くれなかったのよ」
眞緒「実は携帯が壊れて連絡先が全部消えちゃったの。京子こそ、どうしてここが分かったのよ?」
京子「あんた昔よく言ってたでしょ。みなとみらいでスナックやるんだって。だから、もしかしてと思って調べてみたら、このお店が見つかったってわけ」
眞緒「あら、そうなのね。嬉しいわ。京子は今なんの仕事してるんだっけ?」
聞かれるだろうとは思っていた。
けど、いざ聞かれると言葉に詰まる。
京子「う、うん…実はさ…」
なかなか次の言葉が出せずにいると、何かを察したのか眞緒は奥へと引っ込んでいった。
そして、しばらくすると戻ってきて一杯のラーメンを差し出した。
京子「眞緒…」
眞緒「京子、ラーメン大好きでしょ?本当は私の夜食に取っておいたんだけど、京子が食べて。今日は特別よ?」
その瞬間、涙が溢れだした。
私は泣きながら眞緒が作ってくれたラーメンをすすった。
世界一美味しくて優しいラーメンだった。
そして、私は眞緒に仕事を辞めたことを告げた。
眞緒はしばらく黙っていたが、突然私の手をぎゅっと握りしめた。
眞緒「京子、私のお店で歌を歌ってみない?」
京子「え?」
眞緒「だって、京子は本当は歌手になるのが夢だってんでしょ。こんな場所じゃあ物足りないかもしれないけど、京子さえ良ければやってみたらどうかな?もちろんギャラはちゃんと払うわよ」
思ってもみない提案に私は戸惑ったが、眞緒の強引な押しに負けてしまい、毎週水曜日と金曜日はスナック眞緒で歌わせてもらうことになった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
あれから数年の月日が経ち、私は他の仕事もしながら今もスナック眞緒で歌を歌っている。
以前、お店で働いていたマスターやバイトの愛萌ちゃんも時々手伝いに来てくれている。
眞緒は相変わらずおしゃべりが止まらない。
今日もスナック眞緒は大賑わいだ。
眞緒「いらっしゃ~い!あら?若ちゃんじゃないの!ちょうど良かったわ。今から京子が歌うからこっちに座って。さあ、早く早く」
京子「それでは聴いてください」
一瞬の静寂の後、スポットライトが私を照らす。
京子『居心地悪く、大人になった』
完。
居心地悪く、大人になった @smile_cheese
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