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  • J'ai beaucoup aimé vos descriptions d'un monde que je connais bien.

    作者からの返信

    クリスさん、Merci pour votre commentaire.
    La lumière et le paysage sont éclatants dans le Sud. Il est précieux de passer un moment dans un monde différent de celui de Paris.


  • 編集済

    J'ai ressenti un peu la même émotion à Rouen. Il se trouve que j'ai un très bon ami qui est natif de cette ville et il m'avait dit lui-même un peu du caractère des Rouennais.
    Je suis tombé sur deux taxis très sympas et l'ambiance me paraissait saine partout où je passais.
    D'une ville à une autre, l'ambiance peut être très différente, même dans la même région ou le même département, et il est vrai que Rouen est une ville sympathique.

    P-S: Concernant la neige, je vis dans une ville où il est très très peu probable de la voir, au soleil. Je déteste le mauvais temps et j'ai finalement opté pour la solution du Sud-Est. J'ai vu dans les infos qu'il a neigé au nord, mais de notre côté, c'était comme d'habitude soleil et températures clémentes.
    Excellent week-end à vous également.

    作者からの返信

    Merci pour votre commentaire. Si votre ami originaire de Rouen a dit ainsi, je suis rassuré que mes observations n'étaient pas fausses. J’ai ressenti cette ambiance ouverte et relaxée dans la ville, qui était précieuse parce qu’en général les touristes n’ont pas vraiment de contact aussi amical avec des gens locaux. Ce que j’ai vu n’est qu’une partie de Rouen, mais je garderai un bon souvenir pour cette ville.

    Il a neigé à Paris, environ 5 centimètres. Les bus ont été arrêtés, les trains perturbés (comme d’habitude), mais malgré ça je ne déteste pas ce paysage.
    Mais vous avez raison. Pour la santé mentale (notamment pendant l’hiver) il est mieux d’habiter dans une région ensoleillée.

  • カマンベールに関する柊さんの良い体験を聞いて、日本でのチーズにまつわる私の少し残念な体験を思い出しました。
    チーズに関して言えば、まったく独創性はありませんが、私は非常にフランス人的です。多くの同胞と同じように、私はチーズを限りなく愛しています。ただし最近は、健康を優先するために、その愛情を少し抑えるようにしています。
    日本で暮らし始めてしばらく経った頃、どうしても我慢できずにスーパーでチーズを買ったことがありました。しかし、それがフランスで知っていたものとはまったく違い、ほとんど塩気がないことに気づいて大変驚きました。チーズを食べているというより、チーズ以外の何かを食べているような感覚でした。
    その後、経済的に少し余裕が出てきてからは、頻繁ではありませんが、ときどき輸入チーズを専門店(飯田橋にあった店です)で買うようになりました。値段は、私が知っている本来の価格と比べると非常に高く(時には6倍ほど)、それでもフランス人としての自分が勝ってしまい、つい買ってしまうのです。

    私は『美味しんぼ』の大ファンなのですが、弁当に入っている梅干しの、あの派手な赤色のものや、スーパーで売られている塩、そして同じように工業的に作られた食品しか知らない外国人たちは、本当の「味」を知らずに損をしているのではないかと思います。それはとても残念なことです。
    だからこそ、柊さんがノルマンディーで本物のカマンベールや、オーヴェルニュのブルーに出会えたことを、私はとても嬉しく思います。

    昨日のご質問にお答えしますと、私は現在フランスにいます。
    エッセイの中では、その後の私の体験については書いていません。というのも、自分の人生を網羅的に報告することが目的ではなかったからです。しかし、私はしばらく前にフランスへ戻りました。
    長い時間を日本で過ごした後に、再びフランスの生活に慣れていくという経験は、それだけで一本の別のエッセイが書けるほどのテーマだと思います。
    私の職業上の活動は、エッセイの最後で述べたものと今も変わっていません。そのため、現在の私の日常生活は、依然として日本と非常に深く結びついています。

    作者からの返信

    クリスさん、コメントありがとうございます。
    フランスのチーズで育ったら日本のスーパーにある製品はまったく違った食べ物に感じるでしょうね。どんなに高いと分かっていても「その味」でなければいけないというお気持ち、分かる気がします。
    フランスの中にいても、スーパーのカマンベールで味を知っているつもりになってはだめですね。ただ、味が分からない頃に食べたものはむしろ苦手意識を植えつけるので、大人になって色々と味が分かるようになってから食べるべき物もあると思います。
    いずれにせよこの歳になってやっと本当のカマンベールやブルーが美味しいと思えるようになったのは幸せです。

    てっきり日本に住んでおられると思っていたので驚きました。それぐらいクリスさんのエッセイが生き生きと日本を描いておられたからです。母国といってもずっと日本に慣れたあとでは色々苦労されたと想像します。
    雪も融けましたね。よい週末をお過ごしください。

  • Sur cette place, il y a en outre, la plus vieille auberge de France si je ne m'abuse.

    作者からの返信

    La plus vieille auberge de France ! J'aurais voulu la voir...
    Merci pour cette information intéressante.

  • 私は昨年の夏、ルーアンとノルマンディー海岸を訪れました。
    確かに、ルーアンは建築だけを見ても訪れる価値のある街です。
    石のレースのような大聖堂のファサードは本当に見事で、細部の繊細さに思わず見とれてしまいました。
    ノルマンディー地方そのものも、家々を見るだけで訪れる価値があります。フランスはほぼすべての地域がそれぞれ独自の建築的特徴を持っており、それがこの国をとても魅力的な旅行先にしていますが、私は特に、複雑な屋根を持つノルマンディーの家々がとても美しいと感じました。

    作者からの返信

    クリスさん、コメントありがとうございます。
    フランスにはよく来られるのでしょうか。ノルマンディーは内陸も海沿いもとても魅力的です。昔は天気の悪さが嫌でしたが、今はその天候がかえって独特の雰囲気があるとも思っています。
    石のレースという言葉がぴったりの大聖堂には圧倒されます。
    木組みの家など、一見同じに言えますが、地方によって特色があるんでしょうね。今度は観光よりも風景だけに注目して旅をしてみたいです。

  • 生まれ変わった大聖堂への応援コメント

    あの火災は衝撃的でしたが、修復でそこまで印象が変わるのですね……! なんとなく「経年劣化や汚れも魅力の一つ」という意識が自分の中にあります。
    生クリームたっぷりのデコレーションケーキw ぱっと情景が頭に浮かびました。

    作者からの返信

    橋本さん、コメントありがとうございます。
    見てすぐに思ったのが生クリームのデコレーションケーキでした(笑)
    そうですね、傷んだり汚れたりするのも歴史を積み重ねてきた魅力がありますよね。イタリアも古い建物や美術品のメンテナンスは大変だろうなと思います。これからも続く課題ですね。。

  • 生まれ変わった大聖堂への応援コメント

    人間の創造力と、その価値をそのまま受け継ごうとする人々の情熱の凄まじさ。建築や絵画、音楽。全ての芸術に共通することですね。
    今年は、5年に一度のショパン国際ピアノコンクールの年でした。ショパンの残した傑作たちをどう演奏するか。曲に込められた思いをどんな音で弾くか。ピアニストたちが火花を散らしてぶつかり合うコンクールの経過を固唾を飲んで見守りました。
    創作する歓びと、表現する歓びを思い出させてくれた、本当に尊い時間でした。

    作者からの返信

    aoiさん、コメントありがとうございます。
    ショパンコンクールにかけるピアニストの情熱とそれを見守る側の高揚が伝わってくるお話ですね。ショパンの残した創作に向かい合って現代のピアニストがその価値を受け継ぐところには、ノートルダムの修復と共通したものを感じます。どちらも過去の創作への大きな尊敬の上に成り立っているんですよね。

  • 生まれ変わった大聖堂への応援コメント

    絵画の修復も、修復前の、年月のベールを一枚かけた古色蒼然とした感じの方が良かったりしますよね。古代ローマやギリシア彫刻も色を復元すると、ぷっと噴き出したくなるほど滑稽に見えます。モノトーンのままのほうが素敵。
    ノートルダムの大聖堂も随分とすっきりして、映像で見ても、まるでテーマパークの新品の造り物のように見えました。なんだか違う(笑)という感じがありますよね。

    作者からの返信

    朝吹さん、コメントありがとうございます。
    絵画なんかもそうですね。劣化を防いで良い状態に守らなければならないのと年月のベール(美しい表現)とのせめぎ合いみたいな。時間のつける箔というのは特別な重みがありますね。
    再開ブームの中では、ノートルダムが信仰の場所よりも観光地、美術館のような(ちょっとミーハーな)位置づけが強くなったようで、記憶の中の景色を取っておきたいという気持ちになります。

  • オルセーの五階 への応援コメント

    なんだか、近くに素晴らしい美術館があるってことがシンプルに羨ましいです。

    作者からの返信

    母猫さん、コメントありがとうございます。
    そうですね、普段は意識しないで過ごしてしまっているので、こういうものに目を向けるゆとりを持ちたいものです。

  • 生まれ変わった大聖堂への応援コメント

    こんにちは。
    もう中に入れるほどに修復されていたのですね。長い間の塵を掃うと真っ白な姿に、、それは清らかな聖母に相応しいのでしょうけど、違和感を感じてしまうのもしかたないですね。
    火事の前に訪れたときは歴史ある荘厳な空気にふるえましたが、次訪れるときは果たしてどのように感じるか、楽しみです。(いつになることやら・・・)

    作者からの返信

    久里さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
    一年前に再オープン?したときはとても気楽に行ける状態じゃなかったので、今回はすんなり入れてよかったです(それでもすごい人混みでしたが)
    修復されたのは喜ばしいですが、あの独特の重たさが懐かしいのは本音ですね。久里さんにもいつか見比べていただきたいです。

  • 生まれ変わった大聖堂への応援コメント

    あの火事はショッキングでしたね・・・そしてキレイになって蘇っているのですね!違和感ありありながら、実は本来はそんなにキレイだったんですね~生まれた変わったノートルダム、いつかお目にかかりたいです。パリに行けるのはいつのことやら・・・ちょっと気持ち遠ざかっています。

    作者からの返信

    神原さん、コメントありがとうございます。
    古い姿に慣れていた目からすると違和感ありありですが、これが本来の姿と言われると頷かざるを得ないという、不思議な気持ちでした。
    それにしても為替レートには驚かされています。物理的に難しいと気持ちまで遠ざかりますよね。いつかまた近づいてほしいです……!


  • 編集済

    生まれ変わった大聖堂への応援コメント

    セイヨウヒイラギが“主役”の日にお邪魔致します。

    その日の気分の赴くままにフラリと、とは行かず、時間制・予約制によって整序される、そう云った空間が殊に疫禍以降は多くなったような気も致します。かつてはフラリと立ち寄れた映画館はもとより、美術館や博物館やにしてそうなのですから、並て人気の観光名所たる歴史的建造物(然も“復活”の待ち望まれていた)ともなれば致し方のないことでもありましょう。

    心惹かれる建物の外観であるとか展覧会のポスターの文言やデザインやに誘かれて“行き当たりばったり”に、肩の力を抜いて訪れられる場所が少なくなっていることに一抹の寂しさを覚えつつ(などと口にするからノスタル爺などと揶揄されるのでしょう)、総て予め定められた計画に則って動いて行く社会、隙なくシステマティックに、効率よくスムースに動いていくことを追求する世界から消え逝く“何か”……或る方はそれを“ノイズ”と形容していらっしゃいましたけれど、傍観するよりない私にはそれでもその“何か”に非常に興味を唆られても実はいるところです。

    大聖堂のお写真、近況ノートで拝見しました。慥かに「白い──!」ですね……私は十年程前に“お色直し”を終えた姫路城の姿を見た時、同じ心の叫びを上げていたこと思い出しました。白という色にはプラスのイメージもありましょうけれど、こと文化財においては如何にも、それまでの歴史の蓄積(垢とは云いますまい)が総て“漂白”されてしまったかのような心許なさをも惹起するようです。時が散り積もったと云う確かさに対する信頼と安堵、そして時を超えて存在してきたことの証明であるパティナの質感は、これだけ早さ・速さが持て囃され、欲すれば直ちに手に入る生活に慣れてしまった現代人にとって、“直ぐには手に入らないもの”=数少ない例外としても異質な価値を持つのかも知れません。とは云え、おろしたての寝具の些か硬く余所余所しい肌触りもいつしか肌に馴染んで来るように、見慣れぬ景色も又、やがてはありふれて溶け込んでしまうでしょうか。

    にしましても、今年は柊さんから沢山のコメント、拙文に頂戴してばかりでした。本当に有り難うございました。叶いますれば、来たる年もご交誼賜りますと幸甚です。

    作者からの返信

    工藤さん、コメントありがとうございます。そういえばこのノートルダムを見た日にシテ島の花市場を通りかかりました。もみの木が売られているのですが、それに混じって小さな柊の鉢植えがあったのを思い出しました。

    確かにコロナのあとからどこへ行くにも時間制・予約制が顕著になりましたね。ふらっと思い立って出かけられる気安さがなくなって、何事もきっちり準備しなければならないのは、生活の中に遊びというか隙間がなくなって寂しいものです。なんでもアプリだのサイトに登録だので予約を押しつけられて。確かに効率的なんでしょうが、本来「行き当たりばったり」こそが人間のリズムに正直であり、日常の面白いところで、それをノイズとして取り除いていくのはなんだか野暮に感じてしまいますね。

    修復された大聖堂にはよかったという気持ちが大きいのは確かなのですが、その白さを見たときにそれまでの時間の重みまできれいになってしまったようで(漂白という言葉は言い得て妙です)どうしても寂しさを感じずにはいられませんでした。自然とは言えない速度がものをいう世の中で、年輪のような質感に人間が惹かれるのは自然の感覚なのかもしれません。

    今年は工藤さんの作品に触れて、自分の日本語力、知識や教養が足りないことを痛感させられました。自分のような者でよろしければ、ゆっくりですがまた勉強させていただきたいと思います。こちらこそありがとうございます。


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    生まれ変わった大聖堂への応援コメント

    生まれ変わって再び立ち上がった姿はまるで不死鳥のようですね。
    (しかも本当に炎の中からなんて)

    美しくなってより一層注目が集まる場所になったことで、おっしゃる通り二面性を抱えざるを得ない現実でもありますね。
    サグラダファミリアの地下礼拝堂のように、観光目的での立ち入りができないようにするのが良いのか、そこは本来信仰の場であることを目の当たりにできる空間である方が良いのか。

    それについての正解はありませんけれど、柊さんが「経年劣化と埃と煤にまみれた以前のノートルダムを本来の姿のように感じてしまう」のは分かる気がします。
    だってその劣化や汚れは、揺蕩えども沈まずに経てきた時間の積み重ねそのものですから。毎年のように煤落としするのが風物詩であれば別ですが、一掃してピカピカだと驚いちゃいますよね。

    作者からの返信

    ポロさん、コメントありがとうございます。
    本当に炎の中から、ですね。そういえば焼け残った十字架が祭壇にあるのを見て感慨がこみ上げました。
    以前のノートルダムも宗教施設であり同時に観光地だったわけですが、たとえ観光目的で訪れたとしても、積み重ねた空気の重みに呑まれるようなものがありました。それは日本の宗教施設にも共通しますね。
    僕が恋しがっているのはもう二度と戻らない「老い」で、忠実に復元された(昔に戻った)ことを新しいもののように感じているのが矛盾しているなあと自分でも思います。そうですね、いっそ毎年煤落としする方が違和感がないかも(笑)
    でもこんなことを言っていられるのは無事に修復されたからで、まずはそのことを純粋に嬉しく思います。ずっと不死鳥でいてほしいです。


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    窓越しの訪問者への応援コメント

    Les merles et ensuite les mésanges. Décidemment, vous avez le chic pour bien choisir vos thèmes ; ce sont mes deux chants d'oiseaux préférés !
    Contrairement au merle qui lui est très prolixe, la mésange a un chant court à deux tons, très facilement reconnaissable et bien qu'on l'entende toute l'année, à entendre ce chant si cristallin, on a toujours l'impression qu'elle annonce un printemps.
    La mésange a donc longtemps été un réconfort pour moi dans les saisons froides (que je n'aime plus particulièrement) car son chant perçant, m'a toujours donné un sentiment d'espoir et de chaleur.
    Pour cette raison aussi, votre chapitre m'interpelle tout particulièrement.

    La mésange est bien plus farouche que le merle par contre, elle se laisse moins observer se cachant souvent dans les arbres et fuit très facilement.

    作者からの返信

    クリスさん、merci pour votre commentaire. Quand je pense aux chants d'oiseaux agréables à entendre en ville, ce sont naturellement ceux du merle et du mésange.
    Pour moi, le chant des mésanges annonce l'arrivée du printemps. En fait, j'ai installé discrètement un nichoir à la terrasse en espérant qu'ils viennent s’y installer. Il leur arrive très rarement de venir y jeter un œil, ce qui me donne un peu d'espoir, mais jusqu'à présent, ils ne semblent pas vouloir y emménager…


  • 編集済

    生まれ変わった大聖堂への応援コメント

    再建途上の一般公開。関係者の感慨はひとしおでしょう。
    宗教に疎い日本人ですら、炎に包まれるノートルダム大聖堂はショッキングなニュース映像でした。

    ━━最終的には職人の手によって根気強く直されたものだ

    洗浄と『復元』。
    日本の歴史的建造物も度々修復されていますが、やはり経年劣化した色彩に慣れている現代人
    『本当の姿』に先ずは違和感。笑
    (極楽を現す、極彩色ですからね…)

    復元と言っても、特定の現代人のアレンジが入ってしまうので、(え…)という解釈の描写に見える作品も。
    比べると昔の稚拙は味に見えるので、好き嫌いのレベルなのですが。

    あるいは、厳密なレプリカではないことに、東洋的な意味が有るのかもしれませんね。

    西洋と東洋の違いがありそうで、ちょっと図書館に入り浸りたくなりました。笑


    作者からの返信

    サバトラコさん、コメントありがとうございます。
    修復作業の過程についてどこかに書いてあったのですが、「こういう色だ」と思い込んでいた柱の汚れを落とすと、思いがけないほど鮮やかな色が隠されていた、というのを読みました。それが本来の姿ということなんですが、寂れた色を見慣れている現代人には「違和感」なのですよね(笑)でもイメージを上書きするのってなかなか難しいんですよ。
    以前、絵画の修復の行程を職人さんの説明で見せてもらったことがあります。あくまでもさわりでしたが、忠実に再現するにもその職人個人の「色」が出るのかな、なんて思ったものです。
    東洋と西洋で修復に対する考え方も違うのでしょうか。面白そうです。

  • 生まれ変わった大聖堂への応援コメント

    柊圭介さん。

    ノートルダム大聖堂の内部の修復工事が終わり、一般に公開されたのはちょうど一年前のことだったのですね。
    これは一度見ておきたいですね。
    近況ノートのバラ窓、本当に美しい!!

    >自分もアリになって行列の最後尾につく。

    この表現には思わず笑ってしまいましたが、それほどの長蛇の列だったのですね。
    予約すら数か月待ちとはね。
    でも、以前の面影がないほど本当にすっかり生まれ変わったのですね。
    それは見事だったことでしょう。
    行く機会はないと思われるのでこうしてお話を聞かせて頂くのはとても嬉しく興味深く読ませて頂きました。
    ありがとうございます✨✨

    作者からの返信

    この美のこさん、コメントありがとうございます。
    そうですね、ちょうど1年前に来賓とか招いてお披露目をやってましたね。その際には消防士たちや修復に携わった人たちが参加していました。
    バラ窓は写真を撮る人が一番多かったですね。自分もそのうちの一人ですが(^^;
    予約すれば待たずに入れるようですが、当日だとアリの行列ですね。でも完全予約制とかじゃなくてよかったです。
    元通りに修復されているのですが、雰囲気がかなり明るくなったのが予想以上だったというか。。記憶の中のイメージがちょっとだけ恋しかったりもするのです。勝手なものですが。
    興味を持って読んでくださって嬉しいです。こちらこそいつもありがとうございます✨✨

  • 生まれ変わった大聖堂への応援コメント

    あの火事からもう再建できたのですね。早い!確か光の速さでドネーションが集まったのですよね?それだけ地元の人に愛されてるんですね。

    作者からの返信

    ねn母猫さん、コメントありがとうございます。
    火災から5年半ぐらいですかね。その間にコロナがあったり、順調ではなかったと思います。寄付はフランスだけじゃなくて世界中から集まったと聞きました。それだけカトリックの象徴的な建物なのでしょうね。。

  • 生まれ変わった大聖堂への応援コメント

    近況ノートにコメントを残してから来ました。あ、やっぱりミサの最中だったんですね! ちょっとアフリカなまりの司祭さんというところが、なんともフランスらしい感じがして、それが人間味があるという部分がなんだかジーンとしました。
    そしてやっぱりアリのように列に並んだんですね^^
    それだけの価値がある歴史的瞬間を観にいかれたのだと思います。
    生まれ変わったノートルダム、私も行ってみたいです!

    作者からの返信

    鐘古さん、コメントありがとうございます。
    そうそう、鐘の音はミサを知らせるもので、写真に入ってたのはこの司祭でした。かすかなアフリカ訛りって、ちょっとかわいい響きがするんです、うまく言えないんですが。素朴というか、ほんわかしているというか。。厳格な口調じゃないのがすごくいいのです。そこに居合わせることができたのも、教会の原点を見るようでよかったです。
    パリはどこもアリの行列だらけですが、その分の価値はあるなあと思いましたね。

  • 生まれ変わった大聖堂への応援コメント

    火災や災害は必ずしも食い止められるものではありませんから、またいずれ起こってしまうのかもしれませんが、諦めなければ蘇らせることができるという人間の底力を見せていただいた気分です。
    蘇ったノートルダム大聖堂を見て明るい気持ちになれた人もきっと多くいたでしょうね(^^)

    作者からの返信

    五十鈴さん、コメントありがとうございます。
    あの火災は夜じゅうずっと中継されていて、沢山の人が絶望的な気持ちになったと思います。だからここまで修復されたことは、仰るとおりきっと蘇らせるという意志の力ですね。
    やっぱりこの大聖堂は多くの人の拠りどころでもあると、改めて思います。

  • 生まれ変わった大聖堂への応援コメント

    柊さん、アリ🐜になって行列の最後尾に並んで下さってアリがとうございました。
    またひとつ教えて頂きました。
    柊さんの作品読者の方には、元々ヨーロッパの歴史や建物や文化などに興味があったり詳しい方も多いようですが、全く無知な私にも難しくなく興味を持って楽しく読めるものばかりです。
    ノートに載せて下さったお写真と相まって、2つの顔(生きた信仰の場・世界的な観光スポット)をとてもリアルに感じられました。
    「修復」とは何かも考えさせられますね。

    作者からの返信

    風羽さん、コメントアリがとうございます。
    >難しくなく興味を持って楽しく読める
    これはとても嬉しいです。公開している以上は、少しでも読んでくださる方にもリアルに感じられるものが書きたいです。個人的な感覚を文章にしてしまうことも多いですが、それを理解していただけると励みになります。
    時間を巻き戻すような修復にかえって時間の積み重ねが消えたような気持ちになるとは予想外でした。そういう気持ちを書き残しておいてもいいかなと思いました。

  • 生まれ変わった大聖堂への応援コメント

    パリの人々の反応はどうなんでしょうね。
    たとえ火災によるものとしても、古いものが新しいものに取って代わられるのは寂しい気もします。本当にそれでいいのかと。
    でも元の通りの中身に改装しないで、新しい内装にしたのは、それなりに考え抜かれてのことでしょう。
    また古きパリが一つ消えたと考える必要はないんでしょうね。

    作者からの返信

    レネさん、コメントありがとうございます。
    周りの人と話したことがないので行った人がどう思ったかはわからないんですが、修復されたことは純粋に喜んでいると思います。
    内装自体は、ちょっとした配置替え(案内所とか)はあるにしても中身は同じです。むしろよくここまできれいに復元されたと思います。
    昔のノートルダムではなかったと書いたのは、あの古めかしさや薄暗さ、何百年と積み重なった独特の雰囲気のことでした。それを懐かしいと思う人はもしかしたらいるかもしれません。
    今は真っ白ですが、ここからまた少しずつ歳を取っていくのでしょうね。

  • 生まれ変わった大聖堂への応援コメント

    更新、とても嬉しいです (*ˊᗜˋ*)
    ノートルダムの工事、着々と進んでいるのですね。
    近況ノートのお写真を拝見すると、何て美しいのだろうと素直に思ってしまいますが、以前の姿を見慣れていた方にはそれだけではないものがあるのでしょうね。
    柊様もお体を大事になさって、良いお年をお迎えくださいませ (* ᴗ ᴗ)⁾⁾

    作者からの返信

    ハルさん、コメントありがとうございます。さっそく読んでくださって嬉しいです (*ˊᗜˋ*)
    工事が始まったときは本当に元に戻るのだろうかと心配しましたが、熱意と努力って実るものだと見せつけられますね。古さの醸し出す魅力はまたこれからついてくるのだろうと思います。
    ハルさんもどうかご自愛ください。よいクリスマスを🎄

  • 生まれ変わった大聖堂への応援コメント

    「ノートルダムの鐘」はディズニー映画でしか知らないのですが、やっぱり柊さんはユゴーの原作を読んでいるのでしょうか?
    やたらと暗くて長いという噂ですが(^^;)

    見慣れた姿がすっかり変わったら、違和感があるでしょうね。
    でも、元の姿に戻ったのなら、これからまた歳月を重ねて柊さんが知っている姿に近づいていくのかもしれませんね。
    何はともあれ、近況ノートの写真はとても美しかったです!

    作者からの返信

    陽咲乃さん、コメントありがとうございます。
    残念ながら端から端までは読んでおりません( *´艸`) でもやたらと長くて暗いのは正解ですね。みんな死んじゃうので、ディズニーは正反対のエンディングですね(笑)
    中身は同じなのに急に若返ったような戸惑いがありましたね。ここからまた歳を積み重ねて凄味を持っていくんだろうなと思います。
    真新しい姿を拝んでおくのもよい経験でした!

  • 生まれ変わった大聖堂への応援コメント

    昔のノートルダムではなかった。
    その言葉がなんとも響きました。白く美しくなった美術館のような寺院。なんでしょうね。火事にも驚きましたが、本来の姿に戻ったようですが、歴史が消えてしまったんでしょうね。
    いつも通り、趣の深いエッセイ、楽しんで読ませてもらいました。

    作者からの返信

    雨さん、コメントありがとうございます。
    そうですね、なんというか、美術館ぽいと。煤けたり汚れていくのもそこから醸し出す味があって、歴史の一部ですよね。それがきれいになってしまったのはいいことのような寂しいことのような。その辺の微妙な感傷が残りました。
    こちらこそ、いつも優しいお言葉をかけて下さり、本当にありがとうございます。

  • 生まれ変わった大聖堂への応援コメント

    近況ノートを拝見しました。
    きれいになったねえ~って思わず言言いたくなる柊さん。
    お顔が浮かびました。厳かでありながら、現代的。美しいしかわいらしい。
    アリの行列になってでも見たい。それほどの価値がある建物ですね。
    神社仏閣のように古ければ古いほどいいわけではないのが伝わりました。

    作者からの返信

    ハナスさん、コメントありがとうございます。
    復元したというより新築のように見えましたね。長年の汚れがかえって箔をつけていたんだなと思いました。でも決して軽くなったわけではなく、新鮮になったという感じでしょうか。若返ったという言葉が似合います。
    そういえば神社仏閣って補修しながらいい状態を保っているんでしょうか。古い建物の保存はどの国でも課題ですね。

  • 生まれ変わった大聖堂への応援コメント

    こういうの見ると、人が宗教にかける情熱というのをまざまざと感じますね。

    作者からの返信

    関川さん、コメントありがとうございます。
    寄付もあっという間にたくさん集まったそうですね。宗教に加えて、歴史的建造物に対する敬意というか、守る使命感みたいなものを感じますね。

  • 生まれ変わった大聖堂への応援コメント

    ノートルダムと聞くと、私はむかし観た映画がまず浮かびます。ちょっと検索して確かめたところ、どうやらアンソニー・クインがカジモドを演じた『ノートルダムのせむし男』だったようです。今はこの邦題はアウトなんでしょうねえ。
    あの映画の影響というわけではないかもしれませんが、私のなかのノートルダムも、灰色で重厚で、どこか薄暗くて、歴史そのものが積み重なった場所というイメージでした。だから、柊さんの「白い──!」という驚き、すんごいわかる気がします(笑)

    数百年の〝歴史の色〟が消えてしまったのは、観光スポットとしては少し惜しい気もしますが、おっしゃるとおり、生きた信仰の場所なんですね。その、生まれ変わった瞬間に立ち会えた柊さんを、とても羨ましく思いました(ノートルダムにとって火災は災難でしたが)。
    いつもながら惚れ惚れするエッセイでした。読んでいると、自然に優しい声のナレーションが聴こえてきました……♡(*´∀`*)ウットリ

    作者からの返信

    烏丸さん、コメントありがとうございます。
    そういえば昔のタイトルってせむし男という言葉が使われているんですよね。確かに、今ではもう使うことができないでしょうが、その言葉の中にカジモドの哀愁とか純粋さが込められてるんじゃないかな、と思います。
    以前のノートルダムには暗い物語が似合いそうな雰囲気がありましたね。誰かがひっそり住んでいても不思議じゃないような。塔なんかはまだそんな空気が残っているかも知れませんが。
    今回は火災という大きな原因がありましたが、古い建造物はメンテナンスが大変だと思います。ルーヴルもだいぶ問題になってますし。綺麗で健康な状態にすることと、歴史の積み重ねという味との両立というのも、また難しいところです。
    久しぶりに書いてちょっと緊張しましたが、嬉しいお言葉に励まされます。ありがとうございます!

  • 生まれ変わった大聖堂への応援コメント

    ノートルダム大聖堂は、20年ほど前にパリ旅行した時に特に印象に残っていた場所で、あの火事のニュースはショックでした。
    近況ノートの写真も拝見しましたが、見事に修復されたのですね。

    >考えてみれば修復とともに長年の汚れを落としたのだから、これが本来の姿なのだ
    なんだか不思議な感覚ですよね。大聖堂が初めて建てられた当時の印象も知りたい。
    ここからまた新しい歴史を積み重ねていくんでしょうね。

    作者からの返信

    陽澄さん、コメントありがとうございます。
    あの火災は思い出すと胸が痛みますね。ここまで修復されて本当に良かったです。
    昔の印象がしみついているせいで、これが本来の姿というのがなかなか飲み込めないんですよね。僕も当時の景色を見てみたいです。
    沢山の人の手が関わっているのを感じました。これからは無事に歳を重ねていってほしいですね。


  • 編集済

    生まれ変わった大聖堂への応援コメント

    しんみりと胸に入ったやさしいさざ波が聴こえるような名エッセイですね。

    ずっと昔、塔の上へ昇って巨大な鐘を見たのを思い出した。
    ← 柊圭介さんは古くからのパリの住人でいらっしゃる事実に改めて思いを馳せました。

    作者からの返信

    上月さん、コメントありがとうございます。そのように感じていただけたら久しぶりに緊張して更新した甲斐があります(笑)
    塔の上、昇るのは大変なんですが、セーヌ河を見下ろす眺めが素晴らしいです。今はまだ昇れないようですが、いつかこれも解禁になるといいですね。


  • 編集済

    小春日和のトゥッサンへの応援コメント

    J'ai assisté, sans le vouloir, à l'enterrement de Duras.
    J'étais étudiant et venu ce jour-là pour me recueillir sur la tombe de Baudelaire (qu'il partage avec sa mère et le beau-père qu'il détestait, si je ne m'abuse, donc pour cette raison qu'elle n'est pas vraiment "la tombe de Baudelaire" et qu'elle est un peu modeste. Il y a toutefois un cénotaphe du poète près d'un des murs du cimetière assez loin de là où se trouve sa tombe, de mémoire) et celle de Soutine.
    En cherchant celle de Soutine, je suis tombé sur celle d'une personne qui est l'une des "hontes de la nation", Pierre Laval.
    Je me suis amusé de celle de Ionesco et de son épitaphe, ému de celle de Nerval ou de St Saëns. Passé devant celle de Beckett etc.
    Tout d'un coup, j'ai vu un petit attroupement de personnes à l'entrée du cimetière, tout cela me paraissait un peu différent d'une personne ordinaire et en questionnant un passant, il m'a dit "On enterre la Duras!"
    J'avais oublié qu'elle était morte quelques jours auparavant.
    Il se trouve que je n'ai jamais particulièrement apprécié l'écriture de Duras, alors, j'ai attendu que ses proches et admirateurs dégagent l'entrée; pour interrompre et filer et laisser le cimetière à leur recueillement, en passant en vitesse devant la tombe de Sartre et de Beauvoir.

    J'adore Maupassant, mais je ne me souviens pas d'avoir vu sa stèle.

    追加
    Il est vrai que ma vie est émaillée de quelques moments singuliers et un ami me faisait la même remarque que vous récemment. Mais à bien y réfléchir, ce n'est pas si étrange que cela. J'ai vécu à Paris, qui en réalité, comme vous le savez, n'est pas une si grande ville, alors il n'est pas rare de croiser quelques vedettes si on s'intéresse à pas mal de choses. Ensuite, j'ai vécu au Japon, principalement à Tôkyô, mais en tant qu'étranger, là aussi ce statut m'a plusieurs fois permis de vivre quelques expériences singulières, parce que j'étais moi-même à l'époque une présence un peu rare. De plus les fonctions que j'ai exercées m'ont permis là aussi de vivre des choses ou de rencontrer des personnes qui sortent de l'ordinaire. Et pour terminer, étant de nature assez curieux, il m'est arrivé de parler beaucoup ou de questionner beaucoup et donc d'avoir été témoin de plusieurs choses.
    Par exemple, comme cette anecdote avec Duras, si je n'avais pas été curieux, je n'aurais pas demandé au Monsieur ce qu'il se passait, et je n'aurais pas su que c'était Duras que l'on enterrait. J'aurais continué ma visite, sans me poser trop de questions, et serais passé à côté de cette anecdote.
    Si j'étais resté dans ma ville natale et que j'avais eu une vie sociale très limitée avec un emploi ordinaire, nul doute que j'aurais moins d'anecdotes à partager.

    Merci pour votre précision sur la stèle de Maupassant. Si je refais un tour par Montparnasse un jour, j'irai la voir et je penserai amicalement à vous.

    作者からの返信

    Merci pour votre commentaire.
    J’ai l’impression que vous ne manquez jamais un moment singulier et rare. Les fans japonais de Duras sur ce site auraient sans doute voulu prendre votre place.
    Grâce à ce que vous m’avez expliqué j’ai compris pourquoi la tombe de Baudelaire était si modeste. En général j’aime mieux des tombes qui ne sont pas trop décorées, mais celle-ci me semblait un peu trop cachée et triste.
    Je suis venu plusieurs fois dans ce cimetière, mais je ne me souviens toujours pas qui y est enterré. En voyant des noms que vous avez cités, je me suis rendu compte que je n’avais pas assez visité, et je trouve que c’est quand même étrange que des personnes aussi différentes (la honte et la fierté de la nation) reposent dans le même cimetière.
    La tombe de Maupassant se trouve dans l’annexe du cimetière.


  • 編集済

    時を超えるパッサージュへの応援コメント

    一見すると不思議に思われるかもしれませんが、私がパサージュを知るようになったのは、日本のおかげでした。
    当時、私はパリで学生をしていましたが、あの有名なパリのパサージュを一度も通ったことがありませんでした。ところがある日、NHKのバイトで、ニュース番組の取材撮影にビデオアシスタントとして参加することになりました。撮影は二、三日にわたって行われ、クリスマスのパリの様子を生中継で紹介するものでした。その中の一つのエピソードが、柊さんがとても美しく描写されていた、あのパサージュの一つを舞台にしていたのです。
    その後、好奇心から改めて訪れてみましたが、昔ながらの店や骨董屋が並ぶ、あの古いパサージュがすっかり好きになってしまいました。柊さんの章を読んで、私は当時の年月に再び引き戻されたような気持ちになりました。

    作者からの返信

    クリスさん、コメントありがとうございます。
    確かにパッサージュが日常の生活の中に入り込むことはあまりないでしょうね。自分もわざわざそれを目的に出かけることはないですが、2区から9区あたりへ行くと、ちょっとパッサージュのはしごをしたくなります。
    観光客に人気のパッサージュもいいですが、ほとんど忘れられているような寂れたところにも惹かれます。そしてそういうパッサージュを取り壊したりせず、余計な改装もせず、そのまま放置してあるいい加減さがなんとも居心地がいいです。
    それにしてもNHKのバイトがきっかけとは、ここでも日本との縁を感じるお話ですね。


  • 編集済

    フランス人の名前への応援コメント

    C'est un passage très original et amusant que votre réflexion sur les prénoms.

    Pour ajouter à votre réflexion :
    Marius, Marcel, Gaston sont des prénoms considérés comme désuets. Comme vous le savez, les Français avons une longue tradition de la plaisanterie, une culture de la blague qu'on se raconte de générations en générations et quand vous inventez un personnage, nous avons des prénoms classiques pour marquer le caractère du personnage.
    Marcel ou Gaston sera donc classé comme très "passé de mode", ou Germain, très champêtre. Dans les blagues, les paysans s'appellent souvent Germain.
    Gérard ou Robert ou Roger, sont considérés comme ringards. Si on se réfère à un personnage ringard, on l'appellera souvent Gérard (voire Gégé), Robert (Bébert) ou Roger. Si vous connaissez les comiques les Inconnus, vous comprendrez. Ces prénoms revêtent un aspect prolétaire.
    Pour les prénoms bourgeois, on ira plutôt sur des prénoms composés, Marie-Chantale est le prénom bourgeois typique dans les plaisanteries, et pour les hommes, on aura des choses un peu rares, comme Jean-Eudes ou Pierre-Henry par exemple.

    Pour les femmes, Gertrude et Germaine sont des prénoms classiques pour évoquer la désuétude et le côté paysan, mais aussi Lucette, Georgette, Paulette, Henriette (des prénoms très en vogue au début du XXème siècle) qui sont des prénoms de "grand-mères".
    Les prénoms qui se terminent par A, sont souvent perçus comme érotiques (influence des pays slaves et scandinaves ?) et légers. Ulla est le prénom érotique stéréotypé à cause du minitel rose des années 80 (3615 Ulla), mais aussi des Samantha, Sabrina... (qui rappellent les séries américaines mais aussi les chanteuses sexy des années 80 (Sabrina et son "boys, boys, boys", ou Samantha Fox)

    Beaucoup de prénoms sont connotés en France, soit à cause des blagues, soit à cause des phénomènes sociaux. Par exemple, les Français des HLM ont à partir des années 80 commencé à mettre des prénoms américains à leurs enfants parce qu'ils étaient fans de séries américaines et qu'ils trouvaient cela de bon goût (à l'inverse du reste de la population) Ainsi, on a vu des garçons appelés Teddy ou Jordan, et chez les filles Jennifer, Kelly...Quand vous rencontrez une personne adulte qui a un tel prénom, vous avez 99% de chances qu'elle vienne d'un milieu très modeste.

    Depuis quelques années, les prénoms exotiques sont à la mode, avec des Mia et des sons en A pour les filles. Les prénoms d'origine bretonne aussi sont très prisés, Killian par exemple, Gwenaël, Maël etc.
    Et beaucoup plus récemment, j'ai constaté un retour à de vieux prénoms un peu oubliés et parfois littéraires chez les Français que l'on appelle "bobos". Des prénoms comme Basile, Théophile, Octave etc. qui étaient plutôt des prénoms du début XXème reviennent en force.

    Pour terminer, vous avez les prénoms passe-partout : Sébastien, Julien, Stéphane. Ils sont si communs qu'ils ne sont au final affublés d'aucune caractéristique positive ou négative, si ce n'est que d'être tout à fait ordinaires, jamais vraiment à la mode, mais jamais vraiment ringards non plus (ils le seront peut-être dans 10 ou 20 ans, qui sait ?) ce qui fait que vous aurez souvent dans les œuvres cinématographiques ou littéraires ces prénoms que l'on retrouvera, car non-clivants.

    *Désolé d'écrire ce commentaire en français, étant donné le contenu, c'était plus logique de l'écrire en français.


    作者からの返信

    クリスさん、コメントありがとうございます。
    Vous avez donné tellement d'exemples de prénoms ringards que ça m’a fait beaucoup rire.
    Je trouve les Inconnus hilarants. Leurs sketches sont empreints d'un humour très français, à la fois drôle et un peu pathétique. Les noms typiques qu'ils donnent à leurs personnages rendent les sketches encore plus amusants et vraisemblables.

    Récemment il y avait (ou il existe toujours) un hashtag « c’est Nicolas qui paie » sur internet. Je trouvais cela intéressant que les gens utilisent « Nicolas » comme un pronom qui se réfère aux Français blancs, honnêtes citoyens qui payent des impôts et qu’on ne les appelle pas « François ». Mais en même temps, ce phénomène m’était désagréable non seulement parce que j’ai un ami qui s’appelle Nicolas mais j’ai eu l’impression qu’ils ont pollué l’image du « Petit Nicolas » qui est un livre charmant et plein de gentillesse. J’ajoute également l’image de M. Sarkozy qui a reçu de l’argent au lieu de payer.

    Les prénoms d'origine américaine semblent encore en augmentation. On voit beaucoup de Kévin, par exemple (avec un accent aigu bien sûr). La tendance à percevoir de l'originalité dans les noms exotiques semble commune dans les 「きらきらネーム 」 au Japon.
    Avoir un prénom passe-partout pourrait être dans un sens plus rassurant.

    On apprend la culture, l’histoire et la façon de penser des gens à travers des prénoms.
    Je suis ravi de recevoir un commentaire que ce soit en français ou en japonais. Merci.

    編集済
  • クロウタドリの唄への応援コメント

    クロウタドリについて一章を割いていらっしゃるとは、本当に驚きました。
    私はこの鳥とそのさえずりの熱心な愛好家です。実は鳥類学にも強い関心があり、とりわけクロウタドリに特別な思い入れがあります。その歌声は豊かで美しいだけでなく、しぐさもとても愛らしいのです。
    クロウタドリがミミズを探すとき、ぴょんぴょんと小刻みに跳ねながら、秋の落ち葉の中を盛んにくちばしでつつき、勢いよく振る仕草を見せます。人に対してそれほど警戒心が強い鳥ではなく、鳩ほどの大胆さはないものの、人のそばでも比較的容易に観察することができます。

    私は以前、自分の母語でクロウタドリを題材にした文学的な企画を書き始めていたので、この鳥について書かれた柊さんの章を読んで、本当に驚かされました。

    作者からの返信

    クリスさん、コメントありがとうございます。
    自分はmerleという音の感触がとてもこの鳥に似合っていると思います。クロウタドリというよりmerle といった方がなんとなくしっくりくるのですが、クリスさんはいかがでしょう。
    仰るとおり歌声の瑞々しさだけでなく、あのサイズと色、動きがなんともいえず可愛いですね。
    うちの近くのmerleたちは警戒心が強いのか、ちょっとでも気配を感じると逃げられてしまいます。なので見かけると息を殺して動かないようにして観察してます。
    お書きになった物語、どんな内容なのか興味があります。もし機会があれば他の御作品もカクヨムに発表してください。


  • 編集済

    私は、このパン屋の女性の意図をあなた様が理解してくれたことを嬉しく思います。もちろん、彼女の意図はお客さんを不快にさせることではなく、フランス語を話そうとしていたその人に正しい情報を伝えることでした。私のエッセイでも述べたように、フランス人と日本人の間には、何が丁寧で善意とみなされるか、また情報の伝え方に大きな違いがあります。そして、こうした微妙な違いを外国人が理解するのは簡単ではなく、誤解が生じることもよくあります。

    さらに、あなたが例に挙げた菓子職人とのやり取りからも分かるように、英語に対するフランス文化の姿勢という別の問題もあります。これもまた、外国人、特に日本人にとっては非常に理解しにくい点であり、フランス人が英語に対して「負けたくない」という気持ちのことです。
    フランス語は長い間、外交やヨーロッパ各国の宮廷における国際的な共通語であり、フランスはかつてヨーロッパで最も強大な国でした。多くの人は知りませんが、中世にはイギリスの貴族自身が何世紀にもわたって英語よりもフランス語を話しており、結果として、英語という言語そのものも 40%(ほぼ半分)がフランス語に由来しています。例えば、"hour" という単語はフランス語の "heure" が語源です。

    そして確かに、フランス人にとって、観光客に英語で話すことは1990年代頃まで「失われた威信の象徴」のようなものでした。多くのフランス人が英語をあまり得意としていなかっただけでなく、「なぜフランス語が英語より重要でなくてはならないのか?」という考えも強くあったのです。当時、フランス経済はイギリスよりやや優位にあり、アメリカ人は歴史も本当の文化も持たない民族だと見なされていました。
    こうした反動的な考え方のために、フランス人は長い間、観光客に英語で対応しようとせず、英語をきちんと学ぼうとする姿勢もあまりありませんでした。しかし、2000年代以降は状況が大きく変わり、とくに観光都市や若い世代では、そのような傾向は大幅に弱まりました。
    政府も職場で英語の用語を使わないよう強く促していましたが、経済のデジタル化によってこうした考え方も崩れたのだと思います。今日では、英語の言葉が職場での会話にも若者たちの文化的な世界にもあふれています。

    作者からの返信

    クリスさん、コメントありがとうございます。
    このパン屋マダムの「レッスン」が通用したのは、相手の客がちゃんと彼女の意図やあたたかい頑固さやユーモアまでを感じ取ったからに他なりませんね。客によっては失礼だと感じたり、傷ついたりする人も少なくないと思います。こういうコミュニケーションはお互いにちゃんと通じるものがあるかないかで、まったく違う結果になるものです。

    よく「フランス人はプライドが高いから英語を話さない」と言われていましたが、僕は単に発音とか文法が苦手なせいだと思っていました。でもお話のようなヨーロッパでのフランス語の存在感を考えれば分かるような気もします。これはそういう権威的な立場を経験しないと持ち得ない感覚なのかも知れません。今だとその立場はむしろ英語話者であり、例えばアメリカ人がほかの言語を話せない、あるいは勉強しようとしない傾向があるのに似ていますね。
    英語に対してフランス人が前向きで積極的な態度になるのはいいことだとは思いますが、このパン屋マダムのような人がまだ残っていて欲しいなという気持ちもありますね。

  • とても心に響く感性に満ちた、美しい一節ですね。
    あなた様の自然と死に関する考察は、とても刺激的だと感じます。

    作者からの返信

    クリスさん、コメントありがとうございます。
    ときどき都会を離れて過ごすことは貴重ですね。普段は考えない事柄を見つめるいい機会になります。


  • 編集済

    フランドルの空への応援コメント

    Il y a cette phrase connue à propos des gens du Nord, tirée d'une chanson je crois, et que la plupart des Français tiennent pour vrai :
    "Les gens du Nord ont dans le cœur le soleil qu'ils n'ont pas dehors"
    J'ai quelques amis qui habitent cette région (certains par choix venant d'autres régions) et ils me disent que c'est une réalité.

    Le Nord, étant la région minière de France, c'est une région très difficile qui a souffert de l'arrêt de l'extraction du charbon, comme la Rusted belt aux USA. Elle est réputée pour être miséreuse mais en même temps chaleureuse. Je crois que les Belges aussi sont très proches au niveau du caractère.
    Quelques stéréotypes sont souvent attachés à cette région comme l'alcoolisme, mais les Français ont une image des gens du Nord comme de gens bien et honnêtes, simples mais humains.
    D'ailleurs le club de football de Lens, est réputé pour avoir les meilleurs fans de France et la stade la meilleure ambiance, ils continuent de chanter même quand leur équipe perd, dit-on.

    作者からの返信

    クリスさん、merci pour votre commentaire.
    C'était la première fois que je me rendais dans le nord et forcément je ne connaissais pas les gens de cette région, mais j'ai eu la même impression que cette jolie phrase.

    L'image de la mine est très forte. De même, celle des usines qui ferment leurs portes. Je pense que beaucoup de gens y travaillent dans des conditions difficiles.

    Comme partout ailleurs dans le monde, plus on va vers le nord, plus les gens deviennent sérieux, un peu pesant parfois, mais tout en gardant une douceur discrète.
    En effet, ils ont un peu le caractère des Belges. Je me souviens qu'un Japonais qui faisait des affaires en Europe disait qu'il était plus facile de travailler avec les Belges qu'avec les Français…

  • マダム・コンシェルジュへの応援コメント

    J'ai également beaucoup apprécié cet épisode car vous mettez en lumière une réalité un peu oubliée : le concierge ou la concierge, est une partie intégrante du patrimoine culturel français. Même si son pouvoir ou son rôle a quelque peu changé avec le temps, cette figure modeste et presque désuète des porches des immeubles a toute une histoire et vous l'avez brillamment rappelée.
    On dit plutôt gardien aujourd'hui car comme vous le précisez le mot concierge a quelque chose d'un peu péjoratif, surtout pour l'image des ragots et des origines modestes, mais c'est un élément de vie sociale important et poétique dans une époque où les liens sociaux se défont de plus en plus.

    作者からの返信

    "une partie intégrante du patrimoine culturel français "
    J’aime bien cette expression.
    Les métiers d'autrefois sont toujours très intéressants, car ils nous font ressentir l'histoire de la France. Le métier de concierge est l'un de ceux qui existent encore aujourd'hui, même si ces femmes n'étaient pas forcément des comédiennes de théâtre.
    Franchement je préfère le mot « concierge » que « gardien » parce que je sens une sorte de poésie dans ce mot. Et je me rappelle cette concierge tunisienne avec un petit sentiment de nostalgie.

  • C'est un épisode intéressant car on dirait presque un conte ancien avec cet accordéoniste qui donne tout son sou.

    L'ambiance dans le métro a beaucoup changé et l'attitude des gens aussi. Quand j'étais étudiant, sempiternellement, il y avait déjà ces personnes qui mendiaient avec ou sans un instrument, cependant, il me semble que les gens étaient moins indifférents qu'aujourd'hui et cela peut s'expliquer de diverses manières.
    Beaucoup de mendiants aujourd'hui peuvent être des Roms, mais le regard sur les Roms a beaucoup évolué avec le temps, je pense qu'il est de moins en moins tendre car nombre de personnes pensent que les Roms sont aussi source de problèmes d'insécurité récurrents (cambriolages, pick-pockets, vols de cuivre...) et de plus en plus de personnes sont de moins en moins enclines à donner de l'argent à cette catégorie de mendiants. Nombre de reportages, voire de vidéos sur le net, ont jeté une lumière sur les réseaux organisés des Roms, la partie mendiante étant le haut de l'iceberg en quelque sorte.
    Je ne dis pas que cette pensée sur les Roms est justifiée, mais quand j'étais plus jeune, les Roms, s'ils n'étaient déjà pas très appréciés étaient bien moins connus et leurs techniques non plus, et les gens étaient moins regardants sur la personne à qui ils donnaient.

    Une autre raison, est je crois, l'appauvrissement d'une catégorie des Français, qui leur donne le sentiment qu'il devient de plus en plus difficile de donner. Cela ne veut pas dire que seul les riches donnent, vous avez des donneurs de toutes classes sociales.
    Quand j'étais étudiant, le mendiant qui remontait le wagon avait toujours quelques pièces de récoltées, mais ces derniers temps, j'ai vu parfois des wagons entiers qui ne donnent pas.

    Une autre est aussi la montée de l'extrême droite comme à peu près partout, et de gens de plus en plus sélectifs sur le profil du mendiant.




    作者からの返信

    Merci pour votre commentaire. Je pense que l'ambiance dans le métro et l'attitude des gens ont beaucoup changé avec l'apparition des smartphones. Plongé dans le petit écran, on ne paye plus d'attention aux autres (même s'il y a encore une certaine gentillesse ou bienveillance).

    Cette vieille femme qui mandait était une Française blanche, ce qui est assez rare à Paris, m’a étonné de sa robe de 19è siècle et sa voix tremblante comme une comédienne sur scène. En fait je doutais un moment si ces deux personnages n’étaient pas complices.
    Les pickpockets sont parfois présents dans le wagon, souvent des enfants Roms, qui sont peut-être forcés à « travailler » par les adultes. Sinon il y a toujours des femmes qui portent un bébé dans leur bras assises par terre dans les couloirs du métro et ça me fait me sentir mal quand j’imagine qu’on leur a peut-être aussi ordonné de faire ça du matin au soir.

    Et puis comme vous dites, la vie est de plus en plus difficile pour les habitants. C’est la saison de collecte d’aliments justement, mais on a du mal à acheter un paquet de pâtes pour nous même…Et avec la montée de l’extrême droite, la société pourrait de plus en plus intolérante…

  • 迷路の名残りへの応援コメント

    Je partage exactement le même sentiment que vous, autant pour la France que pour le Japon d'ailleurs. Ces vestiges, ces ruelles, sont d'une beauté qu'aucune nouveauté pourra dépasser parce qu'ils ne sont pas que de la pierre et du bois, ils sont toute une Histoire.

    Très beau chapitre.

    作者からの返信

    クリスさん、merci pour votre commentaire.
    Oui, ces « vestiges » sont irremplaçables.
    Ce qui est intéressant, c'est que si on y trouve une certaine valeur, c'est aussi une certaine indifférence (dans le bon sens du terme) des Français qui préserve ces paysages. C'est bien mieux que de toujours chercher à détruire pour construire.


  • 編集済

    秋雨と石畳への応援コメント

    Vous avez tout à fait raison, la pluie révèle le caractère de chaque pavé.
    Ornées de quelques feuilles mortes, les rues pavées sont d'une poésie certaine.

    Et je suis assez d'accord avec vous sur ce fameux tableau de Caillebotte.

    Vous avez un très bon oeil !

    作者からの返信

    クリスさん、merci pour votre commentaire.
    Justement c’est la saison actuelle.
    Malgré la pluie et le froid, ce paysage des pavés et des feuilles mortes me rassure.
    C’est peut-être parce qu’il me donne une sorte de sentiment de douceur.

    Je ne suis pas sûr de mon œil vis-à-vis des beaux-arts, mais je vous remercie pour vos compliments !


  • 編集済

    ニーハオと言わないでへの応援コメント

    L'inévitable.
    Nous-mêmes occidentaux venus d'Europe ou d'ailleurs avons-été en permanence assimilés à des Américains au Japon et pour la plupart nous étions tout autant agacés que les Japonais qui sont agacés d'être pris pour des Chinois ou d'un autre peuple d'Asie.

    Ce qui est amusant car en Europe nulle personne penserait que je ressemble à un Américain, bien que cette phrase elle-même n'a pas de sens puisque les Américains ont des physiques très divers et variés étant donné que c'est un meting pot et d'ailleurs dont la plupart des origines viennent justement d'Europe.
    L'attitude peut parfois donner des indices ou certaines caractéristiques physiques, par exemple, nous avons quelques nuances en Europe qui nous permettent de reconnaître certains visages qui viennent d'Europe de l'Est ou des pays scandinaves, voire d'Espagne ou d'Irlande.

    Je pense que de trouver juste comme de se tromper, n'est finalement qu'une bonne occasion pour s'adresser la parole et se découvrir. Il faut juste apprendre à ne plus se vexer. L'erreur est humaine comme on dit.



    作者からの返信

    クリスさん、merci pour votre commentaire.
    Je pense que pour beaucoup de Japonais, la première image des étrangers (principalement des blancs) qui arrive dans leur tête est toujours celle des Américains alors qu’on est au 21ème siècle. On peut dire que leur connaissance des autres pays est très limitée.
    Les Japonais qui se vexent lorsqu'on les prend pour des Chinois oublient qu'eux-mêmes ne savent pas faire la différence entre les africains ou les maghrébins, par exemple. Cependant, le terme « chinois » comporte parfois une connotation moqueuse et discriminatoire envers les asiatiques en général.

    En tout cas, il est inévitable d'être jugé de manière stéréotypée sur son apparence.
    Si vous ne portez pas de casquette de baseball, de shorts et de baskets avec des chaussettes à mi-mollet dans le métro parisien, vous ne serez pas pris pour un Américain.

    Comme vous le dites, j'espère que cela mènera à meilleure connaissance et compréhension mutuelle.

  • バゲットの味への応援コメント

    Bien que je sois un adepte de la baguette pas trop cuite, votre épisode m'a mis l'eau à la bouche et donné une irrésistible envie de me ruer sur une boulangerie.

    作者からの返信

    クリス山猿さん, merci pour votre commentaire.
    Quelle que soit la cuisson, une baguette fraîchement sortie du four est toujours exceptionnelle.

    Je vous remercie pour votre commentaire ainsi que les étoiles que vous m'avez généreusement attribuées.

  • 掌編・ターミナル駅の朝への応援コメント

    おお、北駅。カオスっぽい場所ですね・・・^^ 外国ではドアを次の人のために押さえて渡す文化いいですよね。日本ではあまりその配慮がない気がします。なるべくやるようにしています。

    駅ピアノ、いいですね。パリともなるとどこにでもあるのかな?札幌は少ないです。駅ピアノや空港ピアノのテレビ番組を観ると、弾く人達のそれぞれのバックグラウンドが良いですね。外国のピアノはすごく市民権ある感じですが、日本は地方にもよるのでしょうが、隅に追いやられつつ、ひっそりした存在のときもありますね。東京あたりは違うかもです。

    作者からの返信

    こちらの更新にもお付き合い下さりありがとうございます。
    北駅は本当に、ラーメンじゃないけど路線全部入りという感じです^^
    次の人のためにドアを押さえることは、礼儀みたいな部分もありますが、ドアだけでなく笑顔もバトンタッチするような温かさを感じて、そういう一瞬に救われたりします。

    ターミナル駅ならどこにもピアノがありますが、あんまり意識している人いないでしょうね。。
    公共ピアノの番組、ここに頂いたコメントで初めて知りました。ふらりと来て好きな曲を弾いて去って行くだけでも、それぞれのバックグラウンドがあるのでしょうね。

  • 掌編・ターミナル駅の朝への応援コメント

    こんにちは。
    メルシーとピアノとパンと、小さいけれど、そんなエピソードのひとつひとつが心を洗ってくれるんですよね。
    見過ごしてしまいそうなものにも気づいて掬いとっていただいたおかげで、私の心まで洗われた心地がしました。

    作者からの返信

    久里さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
    日常に転がっているような小さなことでも、それが無性に響くようなときってありますね。
    ささやかな話ですが、心まで洗われたなんてとても嬉しいです。ありがとうございます。

  • 犬とオオカミの間への応援コメント

    コメントお邪魔いたします。

    柊さまの文章がとても好きです。


    『モーパッサンはお好き』を拝読しているときにもつねづね感じていたのですが、

    読者の肩のこりぐあいを配慮してくれる文章のテンポ、配分、やわらかさ。
    次に欲しいと思った言葉をさっと出してくれる、スマートな感じ。

    モーパッサン先生の作品紹介としても勿論、文章自体を楽しませていただいております。


    さらに、こちらのエッセイ。
    情景描写がお世辞抜きで愛おしいです。本当に……

    私事なのですが、情景描写を入れようとすると、どうしても肩に力が入ってしまって。
    心ひかれるものだからこそ、その魅力をあまさず伝えたい──という風に、どんどん肉付けしてしまうか、それならいっそ!とバサリ。短く曖昧なフレーズにまとめてしまう。


    柊さんの描く黄昏時や春空を読んでいると、そういった具体性と、感覚にすばやく訴えかけてくるものとが、心地よく両立していて。

    ある色から別の色へ。窓から床へ。実際にそこに居合わせたような動きを伴いながら。
    深呼吸して振り返りたくなる、あの形容しがたい色に出会ったような心地になる……

    日々の体験や知識と、それが文章になるまでの間。そこに何があるのかをのぞきたくなるくらい、心ひかれます。笑


    大変な長文、失礼いたしました……m(_ _)m





    作者からの返信

    おりのさん、こんにちは。
    「モーパッサン」をたくさんお読みくださって嬉しく思っていました。さらにこのエッセイにもお越しくださり、何とも励まされるお言葉をありがとうございます。。情景や心のひだを丁寧に紡がれるおりのさんにそう言っていただくと、とても光栄です。
    モーパッサンはあくまでも先生の短編が主役なのでちょっとでも引き立て役になれたらと思っています。なので肩が凝らないというのは大事で、その言葉に安堵しております。
    このエッセイも自分のことというよりパリやフランスのことを自分の目線で書きたいと思っているので、読んでくださる方にその情景が心地よいかたちで伝わればなによりです。
    情景描写は加減の難しいところだと思いますが、御作品を読んでいると幕張という街が立体的にというか生き物のように色んな顔を見せてくれたり、人物の心のうちが何層も感じられたり、的確な言葉で表現されているのに感服します。
    なのでそういう方に褒めていただけて純粋に嬉しいです!ありがとうございますm(__)m

  • 掌編・ターミナル駅の朝への応援コメント

    大勢の見知らぬ他人がいる場所で孤独を感じることもあれば、ちょっとした繋がりで温かみを感じることもありますよね。
    自分の心の持ちようもあるのでしょうけれど、ちょっとした他者の仕草とか表情が、こちらの気分まで変えてくれるってこと、あると思います。
    自分も誰かにとっての他者なのだから、できれば好意的で温かい空気を作る人間でありたいと、改めて感じさせてくださる、優しいエッセイでした。
    柊さんがますますお元気になりますように!

    作者からの返信

    鐘古さん、コメントありがとうございます。
    街でも駅でも、人が多ければ多いほど独りである感覚が増すと思うんですが、そんな時にほんの少しでも他人の笑顔とか優しさに触れると、自分もひとからちゃんと見えているんだなと感じます。それならば自分もひとのことが見えるようになりたい、それが温かい空気の循環になればと思いますね。
    嬉しいお言葉、励みになります。ありがとうございます!

  • 掌編・ターミナル駅の朝への応援コメント

    >我先にと出口へ向かう人波にゆったりとした人間性を求めるのは難しいことなのかも知れない。実際、自分自身の歩調にも……
    私も、まさに一昨日に東京へ遠征する用事がありまして、同じような気持ちで雑踏を歩いておりました。外国に来たような、自分が透明人間になったような。あのとき感じた「歩調を合わせないと存在できないような不安さ」が、美しい文章で表現されていて、とても読み心地がよかったです。そして、こういった感情の揺らぎを丁寧に掬い上げる手腕が、やはり柊さんはお見事だなと思いました。
    その後に、優しさに触れる場面も。温もりが引き継がれていく眺めが、穏やかに胸を打ちました。

    作者からの返信

    一初さん、コメントありがとうございます。
    東京は人の多さにしてもスピードの速さにしても、呑まれるようなところがありますよね。その苛立ちみたいな空気は時代が進むほどに加速していて、それは人の心を殻に閉ざさせるどこか危ういものにも思います。そんなときに触れる優しさは、それがどんな些細なものでも無性にありがたく感じますね。
    ほんのちょっとした風景で救われる気持ちを言葉にできていれば幸いです。嬉しいお言葉に励まされます。ありがとうございます。

  • 掌編・ターミナル駅の朝への応援コメント

    見知らぬ大勢の人が集まる場所では、自分の心を守る意味で、閉ざした方が正解かなとは思います。でもだからといって、思いやりや親切心を忘れたくないですよね。
    私は駅は利用しませんが、コンビニで扉を押さえてもらったとき、やっぱり嬉しくなります。そういうちょっとした気遣いでも心が温かくなるし、自分も人に優しくしたくなる。
    人々のために行動している人を見るとすごいと尊敬するし、それに比べて自分って…と卑下してしまったりするんですけれど。ピアノを弾いていた人のように、自分が好きでしていることが誰かの心を明るくしたり勇気づけたなら、素敵なことですよね。
    大きなことをしなくても、日常にある些細なことを大切にしていけたらいいのかなって、このエピソードに救われた気持ちです。
    あ、別になにもないですけどね。なにもないからこそ、もっと頑張らないといけないって思っていたのですが、まずは日常生活を丁寧に過ごしてみようと思います。

    作者からの返信

    遊井さん、コメントありがとうございます。
    そうですね、沢山の人がいるだけで気を張っていなければならないし、神経を使いますが、それと無関心無寛容になるのはまた別だなと思います。扉なんかは礼儀のうちですが、パリの人は冷たいようで意外と他人を見ていて、困った人に手を差し伸べる場面も多く、それが社会の潤滑油になっていると感じます。
    公共ピアノが置かれるようになったいきさつは知らないですけど、「自分が好きでしていることが誰かの心を明るくしたり勇気づけたなら、素敵なこと」はまさにその目的なんじゃないかなと思いますね。
    ほんの些細な事ですが、記憶に留めておきたくて書きました。共感してくださって嬉しいです^^

  • 掌編・ターミナル駅の朝への応援コメント

    お疲れ様です(^^)
    パリの何気ない日常が柊さんの筆致でとても瑞々しく、まるで私までそこにいるかのように伝わってきました。
    呼吸をするように楽器を演奏できる人ってすごいですよね。
    私も聴いて見たかったものです。
    そちらも寒いことかと思いますが、どうぞご自愛ください!!

    作者からの返信

    五十鈴さん、お疲れ様です(^^)コメントをありがとうございます。
    外国の大型駅なんてなかなか馴染みがないかと思いますが、雰囲気が伝わったなら何よりです^^
    さりげなく演奏しているのに足を止めさせるって、考えたらすごいですね。いい記憶になりました。
    そちらも冷えてきたでしょうか。五十鈴さんもどうぞお元気でお過ごしください!

  • 掌編・ターミナル駅の朝への応援コメント

    柊圭介様、お久しぶりです。パリはもう冬のたたずまいでしょうか。
    穏やかで温かみがあって、流れるように美しく心に沁み入って来る圭介様の文章を読ませていただくことができて嬉しいです。
    多くの人が行き交いながら人との関わりが希薄になりがちな大型駅の雑踏。その中で目に留まるメルシーの連鎖と聞こえてくるピアノ演奏。
    圭介様の五感と感性が捉えたそれらの情景はまるで映像のようにありありと私の心眼に展開されます。
    >いったいどんな人が弾いているのか――
    きっと、若い白人の女性……? と文章を追いながら想像しました。
    しかし大いに外し、私も恥ずかしくなりました。
    それでも、圭介様と同じ感慨を共有できたことが私には嬉しかったのです。
    ひとたび圭介様がカクヨムにエッセイや物語を発表すれば、こうしてたくさんのファンの皆々が集結します。
    ハナス先輩がいる!\(^o^)/ 千弦氏も!\(^o^)/
    PCの向こうにはこんなにもたくさんの同胞が圭介様を大好きな気持ちで応援していることを、忘れないでいただけたら幸いです。
    どうか、圭介様がいつも健やかにお過ごしになられますように。

    作者からの返信

    ブロ子さん、お久しぶりです。お元気ですか。だいぶ寒くなってきましたね。
    コメントをありがとうございます。エッセイの更新は8月以来になりましたが、そんな風に言っていただけるとほっと安堵します。
    北駅に限らず、大型駅にはストレスの凝縮したような雰囲気がありますね。多分ひとりひとりはそれを望んでいないのに、気持ちに蓋をするようにして無機質に流されざるをえない空気というか。だからこういう場所でのちょっとした笑顔には、よりあたたかみを感じるように思います。誰も聞いていないようなピアノでも、やっぱり誰かの耳に入っていて、心を浄化してくれたり。
    それにしても、どこかから植えつけられたステレオタイプというのは頑固ですね。共感していただけて僕も嬉しいです。
    優しい励ましのお言葉、いたみいります。色々あった、なんて思わせぶりな文章になってしまって、かえってよくなかったかな、と思ったりもしていますが、ブロ子さんはじめ皆さんにあたたかい言葉をかけていただき、感謝でいっぱいです。ブロ子さんもどうか穏やかに日々をお過ごしください。ありがとうございますm(__)m

  • 掌編・ターミナル駅の朝への応援コメント

    こんにちは。まるで小説を拝読しているようでした。美しい旋律。
    ストリートピアノっていいですね。音楽に国境はないのだと再認識します。
    音色に癒され、人の優しさに癒され……。
    日常生活の雑踏の中で見つけられたことに感謝ですね。

    柊さん、ここでは何があったのかは語られていないですが、大丈夫ですか?
    仕事を休むほどだったのですね。辛く苦しいひと月でしたね。
    無理なさらず落ちるところまで落ちて、泣いていいんですよ。
    頑張りましたね。( T_T)\(^-^ )カクヨムフレンズを代表して、ヨシヨシ、むぎゅ。

    作者からの返信

    ハナスさん、コメントをありがとうございます。
    ちょっと客観的に気持ちの整理をしたい気持ちもあって、掌編と付け足しました。自分自身、普通の日常だと見過ごしそうなことですが、この時に感じたことが薄れないうちに書き残しておきたかったです。
    それからご心配くださり、ありがとうございます。僕自身が病気とかではないのですが、重なるときは色んなことが重なるというのをすごく感じました。優しいお言葉に支えられますm(__)m この先への励みになります。本当にありがとうございます。m(__)m

  • 掌編・ターミナル駅の朝への応援コメント

    おそらくこの百年くらいは、人類史上類を見ない異常過密な状態で、我々は過ごしているのでしょう。数十万年を経てきた肉体は、当然それに即応することは難しく、不用意に感情がだだ漏れていく。そこから生じるストレスに耐えるか、無関心になっていくかを選ばざるを得ない。でも、そんな病的な環境に於いてなお、ときに人は調和を生み出し、その旋律を楽しむことができる。どれほど過酷な環境であっても、そこにある美を見出し得る。朝から深い哲学的示唆を頂き心が喜んでおります。ありがとうございました!

    作者からの返信

    呪文堂さん、コメントありがとうございます。
    そうですね、人間の造ってきた今の状態は人間本来の性質と相反するもので、そこから漏れ出す感情をそれぞれのやり方で制御するしかないのでしょう。システムに従順であればあるほど閉塞感が増すのも皮肉なものです。でもどんなに冷たく見えても人には体温があるのだなと時々気づかされます。そういう瞬間を自分の中に蓄積できればいいなと思います。
    このような些細な話にも深い反応をいただいて嬉しいです。こちらこそありがとうございます!


  • 編集済

    掌編・ターミナル駅の朝への応援コメント

    『都会に汚染される』
    ドキッとしました。そう表現する感性に脱帽です。

    丁度、帰省帰り。
    若者の街、大都会に感じた疲労感を『体力的な衰え』という看板で覆い隠していたのに気がつきした。

    作者からの返信

    サバトラコさん、コメントをありがとうございます。
    パリのように古いものが残っている街でも時代の流れに逆らえなくて、壊すのも人間なら温かみの残すのも結局人なのだと思います。
    大都会への疲労感は「本当はこうではないのに」という違和感や憤り、寂しさ、いろんな感情が掻き立てられることなのでしょうね。

  • 掌編・ターミナル駅の朝への応援コメント

    わかる。嫌なことが続いた後に、知らない人のほんのちょっとした、普通の親切が身に染みるんですよね。わたしもスーパーの店員にHONて呼ばれただけでぐっときますもん。それにしてもストリートピアノ弾く人は、なんであんなにきれいな音を出せるのでしょう?赤バイエルのきらきら星で挫折した実家のピアノなんて弾くたびにトタトタと打鍵音がきわ立ってましたわ。

    作者からの返信

    母猫さん、コメントをありがとうございます。
    共感いただけて嬉しいです。HONはHoneyの略ですかね。ふと口を突いて出る日常の言葉や、知らない人が(それが礼儀だとしても)微笑んでくれるだけで温かいものが湧きますよね。
    ストリートピアノはあちこちにありすぎて存在感がなくなってきている気がしますが、音を出してくれる人がいると、やっぱりいいものだなと思いますね。

  • 掌編・ターミナル駅の朝への応援コメント

    普段は無意識に見過ごしてしまいそうなささやかな物事に気持ちを向けると、思った以上に心がいい方向に切り替わることってありますね。
    改札扉、駅ピアノ、ホームレスに小さな食事を与える婦人。どれもが小さなひとつひとつですが、じっと見つめれば柔らかい温かさに包まれる情景ですね(*´∇`*)✨
    私も毎朝バルコニーでスクワット+ヨガを習慣にしていますが、家の周囲の小さな自然の中に、季節ごとのたくさんの小さな変化や喜びを感じます。外の空気を静かに呼吸する時間は心身に不可欠だと改めて実感しています。

    これから冬が近づいてきますね。お身体にどうぞお気をつけてお過ごしください(*´꒳`*)🍊

    作者からの返信

    aoiさん、コメントありがとうございます。
    たぶん元気なときなら無感情にやり過ごすような事柄だと思うのですが、そうでないときに触れると心に響きやすくなるのかも知れません。そしてこの社会の中に自分も入っていると思うと、少しだけ気持ちも前向きになれる気がします。
    朝のバルコニーの時間は心身ともに健やかになりそうですね。そういう時間に目に入る小さなことが、一日を過ごす糧になるのでしょうね。
    残り少ない秋の景色を楽しみに、aoi さんもお元気にお過ごしください(*´꒳`*)🍂

  • 掌編・ターミナル駅の朝への応援コメント

    おい!ケイ!大丈夫かよ?
    弱ってるケイを見るとぎゅ〜ってしたくなっちゃうぜ。
    暖かいものに触れて、自分の暖かいものを取り戻していく姿にキュンとしたぜ。
    こんなふうに書けたならもう大丈夫だな👍
    ※思わず(ホントハケッコウナヤンデ)風羽口調になってしまってお許しを🙇

    作者からの返信

    風羽さん、コメントをありがとうございます。
    すみません、一行目から笑ってしまいました😂
    お誕生日のエッセイを読んだ頃、実はかなり落ちてたんですが、前向きだな、強い方だな、と読みながら元気をもらいました。
    今回はなぜか俺口調で(笑)
    いつもたくさん励ましてくださって感謝です!

  • 掌編・ターミナル駅の朝への応援コメント

    心身が弱っている時、いつもの混雑、いつもの流れでも、うまく進めず無闇に悲壮感に陥ってしまったことがあります。
    視覚から入ってくる情報の多さにパニックになってしまったり。

    そんな時、このお話のように個の行為や想いに触れると、人間社会の中にいる辛さがホッとする感覚に切り替わる気がします。
    小さなきっかけで人知れず自分を取り戻し、同じ場所に居るのに違う場所へと幕開けたようで、身近に垣間見るこの世界の成り立ちをあらためて眺めた最後の数行は特に沁みました。

    ちなみに私も黒人男性が街中のピアノを弾いていたら意外に思うかも知れません。
    音楽って民族性と結びついている気もするので先入観と言いましょうか。例えばアイヌや沖縄の方とピアノもピンと来なさそうです。
    でも技術ではなく感性で向き合うなら、楽器は選ばないのかも知れませんね。

    作者からの返信

    ポロさん、コメントをありがとうございます。
    扉のリレーは大袈裟な言い方ですが、「自分はここで生きているのだ」と感じさせられました。押さえてもらうのと同時に押さえてあげる側でもあり、善意は循環させるものなのだと。それが人間社会の辛さが心強さに切り替わる瞬間なのでしょうね。
    北駅の外の風景はいつもと同じで、でも初めて湧く愛着のような気持ちもあり、不思議な心地でした。なのでこの最後の数行をそのように感じていただけたのが嬉しいです。

    フランスは日本よりも音楽教育の差がつきやすいので、はっきり言えばクラシックは白人と一部のアジア人というイメージがどうしてもあります。その先入観を裏切られたことは、まだまだ自分に色眼鏡があることを気づかせるものでした。まあ、最終的には誰が弾いていてもいい演奏はいいですよね。

  • 掌編・ターミナル駅の朝への応援コメント

    柊圭介さん、こんにちは😊

    日々の慌ただしい雑踏に紛れて自分を見失いそうな時、日常の些細な思いやりが連鎖されているのを感じると心が和みますね。
    だからこそ、いつもは気にも留めないピアノの音がより新鮮で心に響き、身体が勝手に回れ右をしてたのかもしれませんね。
    時間を忘れて聴いてしまいそうな演奏、この偶然の出会いが心を慰めてくれて小さな勇気が出たならこんなすばらしいことはないですね。
    素敵なお話でした。

    作者からの返信

    この美のこさん、こんにちは😊コメントありがとうございます。
    どう現実に立ち返れるか分からないようなときだったので、ほんの些細な親切でも救われるというか、無性に嬉しく感じましたね。こういうありがたみは元気なときでも忘れないでいたいものです。
    長旅をする人と通勤の人が入り混じる大型駅は、ともすればストレスの温床になりがちですが、あのピアノの音はそれを浄化してくれるようでした。毎日の暮らしでも、見渡せば小さな元気をくれるものがあちこちにあるのかも知れませんね。

  • 掌編・ターミナル駅の朝への応援コメント

    小さな気遣いが胸に沁みることって、ありますよね。私も大きなことはなかなか(全く???)できませんが、小さな気遣いはできるだけ忘れないようにしたいと思っています (,,^_^,,)
    烏丸さんも書いていらっしゃる「公共スペースに置かれているピアノを定点カメラで撮影する番組」、私も何度か観たことがあります! 弾くひとそれぞれの想いや人生がうかがえて、とても素敵なんですよ (*ˊᗜˋ*)

    作者からの返信

    ハルさん、コメントありがとうございます。
    普段は当たり前にやったりされたりしていることでも、心の状態によってとてもあたたかく感じることがあるのだなと思いました。小さな優しさがあるかないかでその場所の空気も変わるような気がします。
    公共ピアノに目を留める番組は想像もしていなかったです。演奏にはその人のひととなりや生き方も表れるのでしょうね。ここからは見られないのが残念ですが、興味深いです。


  • 編集済

    掌編・ターミナル駅の朝への応援コメント

    『駅ピアノ』とか『街角ピアノ』というタイトルで、公共スペースに置かれているピアノを定点カメラで撮影する番組があるんですけど、柊さんはご存知でしょうか。私、あの番組好きなんです。放送しているのに気がついて、視られるときだけ観る、という感じですが。
    みんなぱっと見はどこにでもいる普通の若者や、お子さん連れのお母さんや、老人だったりするんですけど、偶にびっくりするほど巧い人がいるんですよね。即興でオリジナル曲を弾く人もいたり、超有名曲を弾いて周りのみんなが大合唱したり。子供が弾いていた横に坐って連弾を始めたり。音楽っていいなあと思う瞬間です。
    扉を押さえるリレーも、そのときのお礼の一言も、まだまだ世の中棄てたものじゃないって思わせてくれますよね。最近はどこに買い物に行っても無人レジがあるし、レストランに行けば配膳ロボットが動いたりしてますけど、やっぱり人と人とのなんてこともないふれあいは大事にしていきたいなと、こちらを読んであらためて感じました。いつも素晴らしいものを読ませていただきありがとうございます。(´∀`*)

    作者からの返信

    烏丸さん、コメントありがとうございます。
    そういう番組があるの初めて知りました。公共のピアノは駅やショッピングセンターだけじゃなくスーパーでさえ見かけるようになったので、なんだか当たり前の景色みたいに感じていました。誰かが弾いていても聞こえてるのに聞こえていないってこともたくさんありそうです。なのでそういう人達に焦点を当てるのはいいですね。ほんの数分間でも音楽で人が通じ合う瞬間が垣間見えそうで。
    日常の礼儀みたいなものでも、笑顔を向けられたり声をかけてもらえると温かみを感じますし、自分もそれをリレーする側なのだということを思い出させてくれます。自分の内側に閉じこもりそうなときほど、人の営みを感じるのが貴重だなと思います。
    とりとめのない駅の風景ですが、丁寧に読んで下さり、こちらこそありがとうございます。(´∀`*)

  • 掌編・ターミナル駅の朝への応援コメント

    素敵なエッセイを読ませてもらい、ありがたかったです。

    柊さまの文章は、フランス文学的で、わたし自身、フランス文学が新旧問わず好きだったので、その匂いを嗅げたような思いでした。

    大型駅、ストリートピアノ、すべてをイメージとして描けそうで、心地よい時間をありがとうございました。

    作者からの返信

    雨さん、コメントありがとうございます。
    自分の文章を客観的に見るのは難しいですが、お好きなフランス文学の匂いを感じていただけるなら嬉しいです。
    ささやかな話にも耳を傾けて下さり、いつも感謝しています。こちらこそありがとうございます。

  • 掌編・ターミナル駅の朝への応援コメント

    ほんの20年か、それくらい前までは,日本では扉のバトンタッチというのはまず見られない光景だったように思います。その点では、パリの方がずっと紳士的でしたね。
    でも、北駅の混雑ってどんなだろ。日本のように、秩序というか、列を作ったりとか、そういうことをフランス人もするのでしょうか?
    ピアノを弾いていた方が黒人だったなら,弾いていた曲もジャズか何かかな、という偏見を私も持っています。
    憂鬱な朝も、ちょっとした出来事で気持ちが軽くなったりしますよね。

    作者からの返信

    レネさん、コメントをありがとうございます。
    扉のバトンタッチは相手の目を見て微笑むことまでがセットになっているので、それが単なる礼儀だとしてもあたたかい潤滑油みたいに感じるのかも知れませんね。
    北駅は人が多いけれどさすがに東京ほどではないですね。ホームで列を作ることもないですが、譲りあったり助けあったり、というところで秩序を保っているのだと思います。
    ピアノの彼は、自分の中のステレオタイプに気づかされた瞬間でした。素敵な演奏で、しばらくはあの心地よさを思い出せそうです。

  • 掌編・ターミナル駅の朝への応援コメント

    自分が弱っているときって、ちょっとしたことで傷ついたり涙ぐんだり、感情のコントロールが難しくなりますよね。
    それでも前向きに頑張ろうとしている姿は素敵ですが、少しご自分に厳しすぎるような気もしました。
    どうか、上手に自分を甘やかしてあげてください♡

    繊細な部分を丁寧に拾い上げてくれるエッセイに、今回も感動させていただきました。
    (*'ω'*)

    作者からの返信

    陽咲乃さん、コメントをありがとうございます。
    心の中がどうあれ電車や仕事では気を張っていないといけないので、無理やり蓋をするようなところもありますよね。だから余計に些細なことが沁みるのかもしれません。
    包むような優しいお言葉、いたみいります。油断すると際限なく自分を甘やかしそうになるので(笑)上手にコントロールしたいですね。
    いつも細やかに汲み取って下さり、ありがとうございます(*'ω'*)

  • 掌編・ターミナル駅の朝への応援コメント

    あたたかいものをバトンタッチしていく、なんでもない日常の中に光を感じる瞬間ですね。
    みんなが自分のために生きる社会ですが、各々がほんの少し周囲へ気を配ることで(例えそれすら自分本位の行動であっても)、社会全体に優しさが生まれるように思えました。
    素敵な掌編でした!

    作者からの返信

    陽澄さん、コメントありがとうございます。
    そうなんですよね。日常の仕草でも、ちょっとした優しさのバトンタッチが救いになることがありますね。
    心に余裕がないときほど視野が狭くなりますが、そういうときこそ周囲に目を向けることが必要なのでしょうね。そう心がけたいなと思います。
    嬉しいお言葉、励みになります!

  • 掌編・ターミナル駅の朝への応援コメント

    夏に旅行から帰った時、私のサキュレントたちはからからに乾いていて、アフリカンバイオレットも瀕死でした。でも、ごめんね、と少しずつ水をあげると、まるで水と私を待っていたかのようにぐんぐん元気になってくれました。バイオレットも今では、かわいい花を咲かせ、蕾もいっぱい。
    作者の沈んでしまった心が、小さなやさしさにふれ、少しずつ蘇っていく、この作品を読んで、その時の植物たちを思い出しました。
    柊さん、歩き始めましたね。

    作者からの返信

    九月さん、コメントありがとうございます。
    多肉系でも乾いてしまいますか。強そうに見えてもやっぱり人の手間が必要なんですね。人間もちょっとした優しさが水になるのだと思います。
    連休だったので昨日も友人に会ったりしました。人に触れあうことでようやくパリにいる実感が戻ってきました。
    背中を押してくださるようなお言葉に感謝です。


  • 編集済

    掌編・ターミナル駅の朝への応援コメント

    切なくてあたたかい超絶品エッセイ、こういう作品を欲していました。

    自分自身の歩調にもずいぶんとエゴイスティックなものを感じる。
    ← 柊圭介さんの真骨頂に、決して染まっていらっしゃらないなと。

    作者からの返信

    上月さん、コメントをありがとうございます。そんな風に感じていただけたなら嬉しいかぎりです。
    染まりたくない、と思いながら、ふとエゴが顔を出す。その自省との繰り返しですね、日常は。

  • 最新話に追いつきました!
    いえ、もう本当に、どのお話も名作で、名作すぎて、卑俗な言いかたで申し訳ないのですが、「む、無料で読ませていただいていいんですか!?」という気分になってしまいました Σ(,,ºΔº,,*)
    また、フランスがどれほどコロナによって打撃を受け、どうやってそこから立ち直ってきたかがわかる、貴重な歴史的資料でもあると思います。
    つたないながらレビューも書かせていただきました。本作が世界的ベストセラーとなる日が来ますように o(≧▽≦)o

    作者からの返信

    ハルさん、最新話までたくさん読んでくださて、本当にありがとうございます! そして勿体ないほどの素敵なレビュー。感激してちょっと涙ぐんでしまいました。
    >ひとを圧倒するような激しくまばゆい光ではなく、ひとの心にそっと沁み入る静かでやわらかい光
    まさに自分がそういう文章を書きたいと願っているもので、こんな風に喩えていただけることが本当に光栄です。
    自分の文章や感性に疑問を抱くことも多いのですが、大きな励ましを頂いた心地です。これからも自分の思うことに忠実に書いていきたいと思います。心より感謝いたします!m(__)m

  • 病室という舞台の上でへの応援コメント

    最近入院したばかりの身ですので、身につまされながら読みました。もちろん、生まれ育った国ではないところでの入院というのは、比べものにならないほど不安が大きいものだと思いますが (;>_<;)
    こちらはパートナーには本と衣類を持ってきてもらい、書きかけの小説のデータをスマホに送ってもらいました。本を読み疲れたら、動画投稿サイトの実話怪談の朗読を聴いていました(病室で聴く実話怪談は、たいへん風情がありました……!)。
    フランスの病院食は美味しくないのですね。メシマズはつらいです (T_T)
    こちらはとても美味しくて品数も多くて、自分で作るよりいいのではと思ってしまいました (・ω・;
    退院のときにおむすびを用意してくれていた、パートナー様が素敵です (,,^_^,,)

    作者からの返信

    ハルさん、コメントありがとうございます。
    入院されていたんですね、近況ノートをチェックしていなくて存じ上げず失礼しました。健康だと思っていたのでまさか自分の身に降りかかるとは思わず……体もですが精神的に堪えますね。ハルさんはそんな中でも小説の執筆を続けられるなんて素晴らしいです。僕はすっかり弱ってしまっていました(-_-;)
    この先、また入院することになったらずっとこの食事なのか、と思ったとき、フランスに住んでいていいのかと真剣に考えました。ともかく病院にお世話になることはできるだけ避けたいものです。おにぎりが美味しいと思えることが何よりの幸せだと思いました。ハルさんもどうかお大事にお過ごしください!

  • 続・窓越しの訪問者への応援コメント

    私も一時期ハトのフン害に悩まされていたことがあるので、たいへん共感しつつ拝読しました。
    鳥も大好きなのですが、フンだけは困りますよね (;>_<;)
    巣と重曹は試したことがないのですが、ハト除けスプレーは撒いていました。でもこれもあまり効果がなかったような気が……。
    なお鷹匠さんに頼んで鷹を飛ばしてもらうと、一度でも効果覿面らしいですが、費用がかかりますし、フランスには鷹匠さんはいないかもしれませんね (;^_^A

    作者からの返信

    ハルさん、コメントありがとうございます。
    やはり同じ悩みがありましたか。色々方法があるけどあまり効かないんですよね。
    鷹が効くのなら、鷹のぬいをぶら下げるのはどうだろう……怒られそうですけど😅

  • 美食の里への応援コメント

    アリゴって、オーヴェルニュの食べ物だったのですね!
    もしかしたら他の読者様も書いていらっしゃるかもしれないのですが、一時期「じゃがアリゴ」という食べ物がネットでバズって、つくってみたことがあります。
    じゃがりこに裂けるチーズと熱湯を入れ、数分待ってよく混ぜる……というもので、これだけでたいへん美味しいのです!
    でも、やはり本場のものも食べてみたいですね (*ˊᗜˋ*)
    他の食べ物もみな美味しそうで、朝食前に読んだらおなかが空きました……。生肉は苦手なのですが、旅行先で鳥刺しを美味しくいただいたことはあるので、新鮮なものならいけるかもしれません (*^^)v

    作者からの返信

    ハルさん、コメントありがとうございます。
    アリゴ、ご存じだったんですね!「じゃがアリゴ」は聞いたことがなかったですが、作り方はまんまアリゴの発想。さすが日本的アレンジ力……
    フランスの地方料理でも好みとそうでないのとがあるんですが(内臓とか豆とかの料理は苦手)、オーヴェルニュの料理は全部おいしかったです。素材+技術が揃ってるのか。旅先では普段食べないものに挑戦する絶好の機会ですね^^

  • 本を買いなおすへの応援コメント

    あああああ、私も引っ越しをするときに大量の本を手放してしまって後悔しているので、ただただ共感・共感・共感でした (T_T)
    やっぱり本は手放してはいけないですね。しかも資料本も手放してしまったので、小説を書くときに困ることも (;>_<;) まぁ、いろいろとやむを得ない事情はあったのですが……。
    「過去に置き去りにしたものへ目を向けられる余裕ができれば、ひとつ大人になれる気がする。そうやって少しずつ心の余裕が広がればいいと思う」という、美しく深いお言葉を噛み締めました。

    作者からの返信

    ハルさん、コメントありがとうございます。
    引っ越しとなると手放さざるを得ない事情もあったのでしょうね。悔やむ気持ちはどれほどだったかと思います。僕は自分から断ち切るようなつもりで売ったにもかかわらず、時間が経ってからこんなさみしさを味わうことになりました。
    置き去りにしたものに目を向けるってすごく心が痛むものですが、少しずつそういう痛みも飲み込める大きさが身につくといいなと思っています。

  • テラスが戻ってきたへの応援コメント

    まさに純粋な喜びにあふれた、こちらも気分が浮き立ってくる一編でした (,,^_^,,)
    ギャルソンの描写にはジュールを思い出しました。
    あと、ぬいぐるみを置いていたというお店が素晴らしすぎて……! その光景を見ただけでファンになってしまいそうです。
    私だったらサメぬいを…… (* ̄― ̄)ニヤリ
    あっ、最近お迎えしたハエトリグモぬいもとても可愛いので、クモぬいでもいいなと思います。その場合、通りすがりの方に喜んでもらえるかちょっと微妙ですが (;^_^A

    作者からの返信

    ハルさん、コメントありがとうございます。
    ロックダウンのあと飲食店だけはずっと閉まっていたので、この時は本当に嬉しかったですね。ジュールの格好はまさにこのギャルソンのイメージです^^
    ぬいぐるみのディスプレイ、そういえば!思い出しました。どんな状況でもこういうユーモア精神だけは持っていたいものですね。今はまた以前のようにお客さんで溢れています。
    パリのキャラクターはクマって相場が決まってるので、サメぬいやクモぬいが現れたら逆に撮影が殺到しそう。。。笑

  • 柊圭介さま

    ロベール・ドアノー(゚∀゚)
    パリ市庁舎前のキス
    検索したら、うんうん見たことあります(*^-^*)

    背伸びして買ったエルジャポンとかの女性雑誌で?
    香水とかバックとかの表紙になっていたような……🤔

    モノクロの写真っていいですよね~
    未だにオードリーヘップバーンの絵ハガキ見てうっとりします(≧▽≦)
    って、そんな話ではなかったですね( *´艸`)


    ロベール・ドアノーが見たパリ
    何気ない日常の風景でいいですね!
    ケロスケさんのパリの日常エッセイも好きですよ


    サン=ジェルマン界隈がシャッター商店街になっていたんですか
    いいなー。ちゃんと休暇とれる市民で
    日本人だったらせっかく日本に来てくれたのに
    休みだったら申し訳ないと思って休めないですね(*´ω`)

    作者からの返信

    青木さん、コメントありがとうございます。
    この写真はきっとどこかで見たことがありますよね。香水の広告とかが似合いそうなお洒落イメージですが、展覧会の写真はもっと庶民の人間くさい顔をたくさん写していて、生活や社会を感じさせるものでした。「市庁舎前のキス」もそうですが、絶妙の一瞬をとらえるのが素晴らしいですね。
    白黒写真は僕も大好きです。古い写真のあの霞がかったような、なんともいえない味のある空気が。往年のスターの写真も白黒だからこそスターの貫禄が出るように感じます。
    このエッセイを書いてからあまりにも忙しくなってしまって、日常をじっくり観察できないのがちょっと寂しいです。気持ちに余裕が欲しい。
    パリの夏は休みという概念が強いせいか、観光客がいようがいまいが店は閉まるし、ここぞとばかりに地下鉄の工事をしたりしますね。働いている人が減るから今のうちに、ということでしょうが、パリに残っている人には不便な季節でもあります(^^ ;


  • 編集済

    深い深い、お話でした。
    私もこういうときにお金を渡せない側の人間ですね……。
    コロナ禍のとき、道で外国の方に、「失業してしまってお金に困っています。お菓子を買ってもらえませんか?」と話しかけられ、「助けにはなりたいけど、知らないひとのお菓子を食べるのは怖いし、帰ってからお菓子を捨ててしまうのも、お金だけ渡すのも失礼だし……」と悩んだあげく、「すみません!」と逃げてしまったことを思い出しました。
    いま調べたら大半が詐欺だったらしいのですが、振り込め詐欺などとちがって大金が手に入るわけでもないでしょうし(そもそも振り込め詐欺は、金額の大小にかかわらず、大切なひとが困っているとか大切なひとを人質に取ったなどという嘘でお金を騙し取るのが悪質だと思うのですが)、どうして詐欺なんてすることになったのだろうと考えると、単純に「許せない!」と怒る気にはなれないです。
    ネット募金なら、団体が信頼できるところで趣旨にも賛同できればお金を渡せるのですが、個人から個人にお金を渡すというのは本当に難しいですね……。

    なお、私ならその光景を見たときにまず、「こ、これは、ホラー映画でよくある、過去の出来事を幻視してしまうというあれでは……。私にもついに霊感が……!?」と思ってしまうかもしれません。
    そして呆気に取られているまわりの方々を見て、現実だと気づくという (;^_^A

    作者からの返信

    ハルさん、コメントありがとうございます。
    今から思い出しても不思議な、舞台の一場面のような出来事でした。この二人は特殊な例ですが、電車でも道端でも、物乞いをする人たちは当たり前のようにいて、風景の一部みたいに感じてしまいます。自分も含めて、ほとんどの人が見ないふりをする中でたまに小銭などを渡している人を見ると、感心するのと同時にできない自分への言い訳を探しているところもあります。
    パリには署名とか物売りの詐欺もあったり、ジプシーのように大人が子どもにやらせているようなこともあるので、ハルさんが経験されたのもそういうのに似ているのかな、と思いました。なぜ詐欺なんてすることになったのか、その経緯まで想像されるところにハルさんの人間味と優しさを感じます。確かに見えているものの水面下にどれぐらい大きな氷山があるのか、表層だけでは分かりませんよね。
    この出来事もちょっと幻視っぽいところはあったのですが(笑)でも現実で、でも時間が経つと幻視だったのかとも思えてきて。記憶が幻になる前に書き残しておいてよかったと思っています……

  • 屋根裏部屋へようこそへの応援コメント

    屋根裏部屋って憧れますが、現実はやはり厳しいですね (T_T)
    トイレ共用とシャワーなしと冬の寒さと夏の暑さが特に辛そうです……あっ、「特に」が多いですね (;^_^A
    シャワーがなくても銭湯に行けば……と一瞬思ってしまいましたが、フランスのお話でしたーーー!
    でもガラス張りのユニットバスは、それはそれで微妙ですね。お洒落だと思ったのでしょうか (?_?)

    作者からの返信

    ハルさん、コメントありがとうございます。
    今はどれぐらい改善されてるか分かりませんが、風情があるとしたら天井の梁とかぐらいで、一般的に屋根裏部屋はコンディションが悪いですよね。屋根はzinc(亜鉛?)でできているので、最近の異常な気温は危険です。。
    フランスはどうしても水回り文化が乏しいのでその辺が疎かになるんだと思います。ガラスのユニットバスはお洒落なのかただの見せたがりなのか不明です笑

  • 柊圭介さん。

    >昨日までいた場所からごっそりと自分を切り離し、感傷を切り捨てる儀式

    この一行が妙に的を得てるなって思いました。

    旅先にいる時には優雅な気持ちで過ごす毎日が、バカンスが終わって一歩家の中に足を踏み入れた途端に日常が戻ってきて、急に忙しくなりますよね。
    その情景がしみじみと伝わってきました。

    作者からの返信

    こちらにもコメントをありがとうございます。
    旅先にいるときは現実逃避しているというか、パリで待っているものを少しでも先延ばしにしようという気持ちが働くみたいで、うちに帰るのが怖いような気分になるんですよね。もちろん住処に帰ってくるのは安心しますが、今までのことが夢だったような虚しさが残るのがちょっと苦手です。
    でも日常に染まり始めると、またどこかに逃げたくなるもので。その繰り返しなのでしょうかね。

  • ほんとうの世界への応援コメント

    柊圭介さん、こんにちは😊

    今の世の中、色んな情報が飛び交って、中には信じがたい悲しい事件もいっぱいあって一体世の中どうなっているのだろう?
    って切なくなりますが、柊さんの目の前に見えてる景色が優しい景色で良かったなぁって思います。
    まだまだこの世は捨てたもんじゃないって思わせて頂くような素敵な詩でした。

    作者からの返信

    この美のこさん、こちらにもお越しくださってコメントをありがとうございます。
    画面の中で繰り広げられる苦しいニュースや人を貶めるような言葉を見ると、世の中がぜんぶそれに染まっているかのような印象を受けます。でも自分の身の回りを見渡してみると、人が人を大事にしている場面がちゃんと存在して、むしろそちらの方が本当なのだと安心させてくれます。その空気は暗い風潮を吹き消す原動力にもなると思うんですよね。

  • バゲットの味への応援コメント

    うわあああ……読んでいるだけでバゲットの匂いが漂ってくるような気がしました。バターだけで美味しい焼き立てのバゲット、最高の贅沢ですね!
    ふわふわで口ひげを拭いてしまうのは……ちょっともったいないですね (;^_^A
    最近パン屋さんのパンがどんどん高くなってきているので、焼き立てパンという存在自体になかなか手が届きません…… (・ω・;

    作者からの返信

    ハルさん、こちらにもお越しくださりありがとうございます!
    バゲットの匂いが届いたなら嬉しいですね。色々食べ方はあっても究極は焼き立てとバターが一番です!口ひげは本当かどうか知りませんが……笑
    日本へ行ったときにパンの値段がものすごく高いのにびっくりしました。あれじゃそうそう買えませんよね。パンが高級品の時代になるとは……

  • 月曜日の憂鬱さに通じるものがありますね。
    ネジを巻き直すめんどくささ、みたいな感じですかね。奇しくも今日はそんな月曜日でした。

    作者からの返信

    関川さん、コメントありがとうございます。
    そして奇しくも9月1日。リセット感が満々ですよね。夏の間に感じた色んなことを引きずったり絶ち切ったりしながら日常に踏み出すって感じがします。
    関川さんもよい一週間をお過ごしください!


  • 編集済

    東京都写真美術館の壁画 になっている写真ですね。見覚えがあります。
    並びのロバート・キャパの方に気を引かれてお名前までは存じ上げず。

    映画は観に行かなくなって久しいですが、写真展は好きで気力を振り絞って出かけます。笑

    旅行は…帰りが大変ですよね。
    若さがあれば無理も効きますが(^◇^;)
    命の洗濯を採るより、体力温存を選びがち。
    日本の夏は休暇という雰囲気ではなくなってますし。夏の京都なんて…命の危険がっ🌞

    特に日本は長期休暇を取りにくい社会ですし。
    あまりに厳しい社会復帰スケジュール💧

    素敵な休暇あけの、ぼや~とした感覚。懐かしく思い出しました。

    作者からの返信

    サバトラコさん、コメントありがとうございます。
    東京都写真美術館、こんな壁画になってるんですね。知りませんでした。
    絵画もそうですが、写真もパソコンの画面で見るのとは違いますね。特に昔の銀塩写真はなんともいえない味があって好きです。
    日本へ行くとつい色々欲張ってしまって、あまりゆっくりはできません。でも東京でいくつか面白い展覧会があってよかったです。
    長期休暇をもらえるのはありがたい反面、元の生活に戻るのがずんと重たくなってしまいますね。
    9月からはやっと本格的に社会が動き出します……といいながら早速ストライキのニュースが入ったりしている今日この頃です(笑)

  • ロベール・ドアノーをよく知らなかったので、画像検索してみました。驚くほど動きのあるモノクロ写真の数々。洗練された構図の中に、飾らない人々の視線や表情がそのまま収まっている感じがいいですね!
    8月のパリは住人と観光客が入れ替わる時期なんですね。
    生活に密着しないふわふわと浮ついた感じが、文章から伝わってくるようです。
    でも地元には、脈々と続く日常の風景が待っていて。
    旅人から住人へと戻る柊さんの視点、光と影からなる鮮やかなモノクロ感を、こちらのエッセイからも楽しませていただきました♪

    作者からの返信

    鐘古さん、コメントありがとうございます。
    ドアノーの写真は絶妙な一瞬を切り取ったものばかりでとても好きです。ほかの写真を見ると「市庁舎前のキス」は絵葉書すぎてあまりドアノーらしくない、って感じもします。でもそういうのが一番有名だったりするんですよね。
    これを書いた時はスカスカでしたが、今電車に乗るとみんな疲れたような鬱っぽい顔してます(笑)パリの日常が街全体に戻りつつありますね。
    白黒の昔からどこか同じ顔でみんな生きてるのかな、と思ったり。そう考えたら余裕のない日々も頑張れる気がします♪

  • 冬と夏で時間が切り替わるという慣習を以前こちらで読んだ時とても驚きました。自然にそうなってしまうでもなく自分の意思でもなく、と考えると私は絶対に適応できそうもないので恐ろしい習わしに感じています。
    そんな仕方なく切り替えた時間の中で、流されることなく佇む桜の咲き誇る様が目に浮かぶようでした。癒されるし、見とれてしまい(私なら)嫌々過ごすであろう現実を忘れさせてくれそうです。

    作者からの返信

    茅花さん、コメントありがとうございます。
    僕はもう夏時間を廃止してほしいと思ってる側なんですが、時差とか、欧州で足並みを揃えないといけないのでまだ実現は遠いでしょうね。
    コメントを拝見して、そういえば桜は時間の概念なんか超えたところで生きているんだなあ…と思いました。時間ばかり気にしている自分を振り返って羨ましくなってしまいます。せめて木々から大らかなエネルギーをもらいたいものです。

  • 枯葉散るブロカントへの応援コメント

    昨年に拝読させていただいた世界がここに!!!
    ガラクタ市だなんてテンション爆上がりしてしまいそうです。しかしオブジェって古い物を買うのには勇気が要りそうだと思いました。陶器の人形に実用性はありませんものね・・・哀しい。でもタイプライターはオブジェとしてでも欲しい!!

    作者からの返信

    茅花さん、コメントありがとうございます。短編を覚えていてくださって嬉しいです!
    古道具がずらっと並んでいるだけでなんとも言えない雰囲気が出ますよね。
    実際に使うと考えると、自分の安っぽいアパートにそぐわない気がして手が出ないんですが。あと人形はやはり別格ですね。
    オブジェとしてのタイプライター、分かります!あとは古い電話機やミシン台なんかもいいですねえ。

  • すみませんっ!私も昨日まで旅行に行ってまして、お伺いするのが遅れてしまいましたっ

    ――どんなに遠いところにいても長く留守にしていても、日常に戻るときはあっけない――

    ホントですよね!旅に出るときは、その準備期間も含め、徐々に徐々にと興奮が持ち上がっていく感じですが、その終焉と日常への回帰は、実に呆気ないもので。旅を人生に例えるのもこのせいなのか?なんて思ったりしちゃいます。
    そう思うなら、やはり旅は捨て難く。単調な世界に色を見出し物語ってくれる。日常と非日常は表裏にあり、僕らはそこをいったり来たりすることができる。全く同意です。

    ただ。休み明けの仕事は辛いですっ!

    作者からの返信

    呪文堂さん、お帰りなさい!休み明け早々にお越しくださってありがとうございます。
    そのとおり、出かける前は準備を少しずつ進めて覚悟(?)ができていくものですが、終わりは向こうからやってくるって感じです。それもやっぱり人生に似てるのかな。
    景色が違えば感じ方も違って、旅は別の色の世界にいるようです。日常の色に戻るのは安堵と切なさがないまぜで。でもその気持ちも含めて旅なのでしょうね。
    仕事復帰、つらいですよね。僕も8月は忙しくて。。
    お互い頑張りましょう!

  • こんにちは。
    里帰りから帰ってきたときの感傷が、まさにそうだなと思いました。故郷を長く離れて、もう今住んでいる地の方が地元になっていても、忘れ、捨て去ったつもりでいるのになにか郷愁を感じるような気がします。
    白黒の、きらびやかでないパリと、観光客にあふれる明るいパリとの対比からも、そんな郷愁を誘われるような気がしました。

    作者からの返信

    久里さん、こんにちは。コメントありがとうございます。
    日本へ行くたびに色々変わっていくのを感じるのですが、それとは別に心の底に残っている感傷が掘り起こされてしまうのかも知れません。
    白黒の写真の世界は、住んだこともないのに妙な共感を覚えます。観光地の顔のほうが知らない人みたいな気がして、なんだか不思議なものですね。

  • 旅から戻るのって淋しいんですよね・・・帰ってからの荷ほどきや後片付け、いつもうぇ~~ってなります・・・^^ 8月のパリ、住民はパリの外へバカンスへお出かけなんですね。人の少なくなったところに外からの人達・・・絶妙なバランスなのでしょう。

    作者からの返信

    神原さん、コメントありがとうございます。
    戻ったあとの妙な感傷を洗濯物がかき消してしまう、みたいなところもありますね(笑)お子さんがいらっしゃるとさらに大変でしょうし。
    フランスの人は8月に休みを取る傾向があるので街がすっきりしていいですよ!でもせっかく旅行に来ても休みの店も多いし、自分だったら8月は外した方がいいなと思いますね。

  • 旅行は楽しいですが思う以上に疲れますよね|д゚)
    とくにこの時季ですから。
    なんの変哲もない日常にもほっとしたり……。
    暑い日が続いていますが、どうぞご自愛ください!

    作者からの返信

    五十鈴さん、コメントありがとうございます。
    住処でない場所だと無意識にずっと緊張しているので、戻ってきた時の気の緩み方がずっしりきますね。
    日本には夏以外に行ってみたいですが、なかなか。
    五十鈴さんもどうぞご自愛くださいね!

  • スーツケース開けるときって寂しいですよね……。しみじみ、ぽわーん、どよーんが混ざり合った独特の感じ。深く考えずに淡々とする気持ちわかります。
    「市庁舎前のキス」も好きですが、ドアノーと聞いて最初に思い出すのはなぜか、ピカソがパンを両手みたいに置いてる写真です。可愛くて。

    作者からの返信

    橋本さん、コメントありがとうございます。
    荷解きはやっぱりそういう感じですよね。ひとつひとつのものに意味がこもっているみたいな重さがあって、割り切るのが難しい。。
    そのピカソの写真、ありました!パネルで大きく展示されてましたよ。巨匠の手、みたいなパンが可笑しくて可愛いですよね^^ こういうユーモアすごく好きです。

  • 柊さん、今回はお一人のバカンス旅行だったのかしら?
    バカンス後、ここまで寂しさを感じたのは初めてじゃないかしら?
    私の記憶が違っていたらごめんなさい。
    きっとお母さんに会って何か感じるものがあったのかな。
    (土足で踏み込んではいけませんね、ごめんなさい)
    そのくらい充実していた休暇だったのですね。
    途中でエッセイなのか小説なのか分からなくなるくらいでした。
    美しい文章に酔いしれてしまいました(*´∀`*)

    作者からの返信

    ハナスさん、コメントありがとうございます。
    今回も同居人と一緒でした。東京では一人で出かけたりもしたんですが、どうにもおさまりが悪いというか、変な感じで……。通訳とかは必要ですが、一緒にいてくれると気が楽なんですよね。
    確かに充実した時間だったと思います。それも後ろ髪を引かれた理由かも知れません。母のことも覚えていてくださるとは、お優しい。感激です。元気そうなので安心しています。
    久しぶりの更新でリハビリみたいな感覚でしたが、とても嬉しいお言葉をいただいて、励みになりました。ありがとうございます(*´∀`*)

  • 羨ましいものがやっぱりぎっしりでつくづく羨ましい……!!(笑)
    息子が、「実家が遠くにある友達が羨ましい」とつい数日前に呟いてて。北海道や沖縄とか、首都圏から遠くに実家があると、帰省がてら旅行もできていいよなあ、と。うちは全部近くに住んでいて、確かに変わり映えはしないんですよね(笑)けれど一方で、遠いほど噛み締める切なさというものもありますね。簡単に帰れない、懐かしい場所。胸が締め付けられます。
    それにしてもやはり柊さんの住まわれている環境がいつも羨ましく思えてしまう私。パリの映像を目にする度「柊さんのお住まいがこの辺ってマジかあー」ってなります(笑)
    自分の住まいの環境も充分恵まれていると思います。どんな場所であっても長く住むと良さが見えなくなる、というのもあるかもしれません。けれど、気持ちを彩る何かの分量はやはり圧倒的に違う。そんな気がします。

    作者からの返信

    aoiさん、コメントありがとうございます。
    東京とパリをあえて比べたら東京の方が圧倒的に「羨ましい」が揃っているなあと思うんですけど(笑)息子さんのお話にしても、あるものよりないものの方が見えてしまうのは人間のサガですね。「長く住むと良さが見えなくなる」というところにも繋がるというか。でもaoiさんのように気持ちを彩る何かを常に意識していれば日常にも新鮮味が出るのではないかと思います。僕もそういう視点を心掛けたいです。
    僕の棲んでいる界隈はあんまり見栄えする場所ではないのですが(^^;)暮らしやすいです。それが一番ありがたいですね。


  • 編集済

    お疲れ様です。フランスに憧れはありますが、海外旅行を考えたときに、移動時間と料金で諦めてしまいます。遠いですよね~
    (^▽^;)
    「パリ市庁舎前のキス」で調べたら、裁判など色々とあったようで驚きました。
    他の写真も雰囲気がいいですね。

    ――住民のいなくなった八月のパリは、大勢の人がひとときの夢を見に来るにはうってつけのゆりかごのようでもある。

    この表現、とっても好きです♡

    作者からの返信

    陽咲乃さん、お疲れ様です。コメントありがとうございます。
    移動時間と料金、第一の難関ですよね。ユーロ圏とはいえそれなりの出費なのでこれからはまた節約生活です(笑)
    「パリ市庁舎前のキス」がどうしても有名ですが、ドアノーの写真はどれもすごく味があってずっと見ていたい気分になりますね。
    住民が少ない分、なんとなくそんな風に見えました。好きといっていただけて光栄です♡

  • バカンスの最大の欠点は、日常に戻るという世の中で一番つまらない日々が口を開けて待っていることだ。

    ここ、表現が上手いのはもちろんですが、たった数日の旅行でもそうなのですから、長いバカンスではそれはそれは重いものでしょうね。

    ドアノーの写真はね、以前私が出版社に勤めていた頃、パリから写真集を取り寄せて、それを部長に見せて、まだ日本であまり出ていない写真集です。売れると思うのですが、と直訴したのですが却下された思い出があります。
    それにしても、こうした展覧会にマメに足を運ぶ柊さんは偉いなあ。私はもう最近しんどくて全然行ってません。
    でも、パリはドアノーの写真に色づけしたような風景がまだまだあるんでしょうねえ。羨ましいな。

    作者からの返信

    レネさん、コメントありがとうございます。
    数日間でも終わってしまうときはさみしいものですね。ひと月も日本にいると、色んなことを見たり感じたりしてしまうので、ひと口に楽しかったと言い切れない濃度がついてしまいます。それが妙な感傷を誘うんですね。
    ところで!ドアノーの写真にいちはやく目をつけられたレネさん、さすがです!そして部長……分かってないなあ。ここでそんな思い出話が聞けるなんて嬉しいです。
    展覧会って決心しないとなかなか腰が重たいものですよね。パリでは久しぶりでした。東京ではいくつか行きましたが、大きな美術館でなく穴場のような場所でいいのがあるとちょっと嬉しくなりますね。
    パリの風景もだいぶ近代っぽくなってしまったけど、ドアノーの撮った雰囲気は残っていてほしいなと思います。

  • 離れている時間が長く充実しているほど、片付けや日常作業の再開が億劫になりますね。終わってほしくない長い物語の世界に没頭して、いよいよ出口が見え潜り抜けたら、その呆気なさと押し寄せてくる余韻にも似ています。

    なんであんなに身体が重くなるんでしょう。

    ロベール・ドアノーの回顧展、なんと昨秋〜今春にかけて京都で開催されていたようです。行きたかった!

    調べた時に出てきた写真に「路上にイーゼルを立てて絵を描いているおじさんの絵を、ちょっと離れたところから覗き込んでいるおじさんが居て、その方に連れられている犬が完璧なカメラ目線」(笑)という作品があって、遠近感も含め、これ好きだなと。
    『芸術橋のフォックステリア』というタイトルがまた良い。

    どのような風景の中にそれがあるのか、何気ない日常の切り取り方が素晴らしいと感じました。日本でいうと、まさに北斎みたいな着眼点だなと。
    江戸っ子なら浮世絵を眺めて日常へ戻れるかもしれません。

    パリの街の何気ない白黒の光景から一転、色鮮やかな日常に戻ってゆくプロセスがとっても素敵だなあと感じました。

    作者からの返信

    ポロさん、コメントありがとうございます。
    なるほど長編小説や映画の終わりに覚えるギュッとした感覚に近いかもしれませんね。よくロスっていうけど、僕はどちらかというと余韻を無理やり終わらせようとしている気がします。現実に順応するための心の反応なのでしょうか。
    ドアノーは、味のあるいい写真だなと思って確かめたらそうだった、ということが結構あって、今回はそんな作品をたっぷり見られたのがよかったです。有名すぎて今さらな感じだけど、やっぱりいいものはいいですよね。でも写真展には「芸術橋のフォックステリア」はなかったです。これもタイトルのセンスもふくめて愛嬌とユーモアがあってじわじわきますね。遠近感も面白い。
    こういう日常の切り取り方、北斎に通じるのですか。写真と版画の違いはあっても着眼点が似ている、共通した感性があるんですね。
    パリにはいろんな顔がありますが、白黒でも色つきの生活でも、日常の風景というのは変わらないのかも知れませんね。

  • 旅行でも、日本から帰るのと、別の外国から帰るのでは、感じ方が違いますよね。私も日本を去る数日前から、精神が動揺して、自分の家に戻るのが切ないですが、外国から帰る場合には、部屋の白い壁を見て、ほっとしたりします。「別れは何度繰り返しても、慣れることがない」って、思います。時には辛すぎて、顔だけでなく、心がシワシワになってしまう気がします。でも、そう思っているにしては、図太く生きているなぁ、と。ドアノーの代表作のふたりのキス、ものすごい美男美女ですよね。多くの人が抱いているフランス人のイメージですが、実際にキスをしている男女は見かけたことは何度もありますが、あそこまでのふたりは見たことがないです(笑)
    来週から、私の休暇が始まります。行先は日本ではないので、ある意味、気が楽です。

    作者からの返信

    九月さん、コメントありがとうございます。
    日本だと家族がいたりまだ細々と続いている人がいたりしますし、思い入れはどうしても違いますね。今回は帰ってすぐ仕事とか、8月は忙しいとかもあって現実に帰るのが重たかったです。それにしても九月さんもそういう風に感じられるんだと思ってなんかほっとしました。色んなところに住んでおられたから、思い入れのある場所も多いのではないでしょうか。
    ドアノーはあの写真ばかり一人歩きしてますが、あんな美男美女はまずお目にかからない(失礼!)ですよね。今回はドアノーらしい視点の写真がいっぱいで見ごたえある展覧会でした。
    九月さんもお気をつけてお出かけください。

  • 旅先から戻ってきた時って、どうしてあんなにだるいんでしょうね。
    日常の生活とか仕事とか、一気に現実が見えますよね。あっという間に慣れてしまうんですけど、あの引き戻される感覚だけはどうにも慣れません。

    作者からの返信

    陽澄さん、コメントありがとうございます。
    そう、一気に現実が見える感じ、体より心の方が重たくなりますね。
    今はもうこちらのリズムに慣れましたが、そのぶん滞在の時間がもっと遠くに行ってしまったような気もして。でもそうやって感傷を薄めながら日常に戻るのでしょうね。

  • 本当にもう、いつもながらのため息がでるほど素敵な情景描写、柊さまの感性に感動してします。
    今、パリにいるのだと、つい思ってしまうほどです。

    〉どんなに遠いところにいても長く留守にしていても、日常に戻るときはあっけない。

    この感性が素晴らしいを通りこして、同じ物書きとして、とても羨ましいです。

    作者からの返信

    雨さん、コメントありがとうございます。
    久しぶりにエッセイを書いてリハビリみたいなのに、なんと嬉しいお言葉、感激します!m(__)m 八月の空気が伝わったら何よりです。
    日常に戻るって安堵もしますが心に穴が空いたような感じがしますね。これだけは何度経験しても慣れません。

  • コメント失礼いたします。

    確かにバカンスの最大の欠点は、日常に戻るところですよねー。
    さっきまで○○にいたのに・・・といつも思います。笑
    ただ、楽しんだという証拠でもあるんでしょうね。楽しんでいなかったら、日常に戻るのもさみしくありませんから。

    作者からの返信

    烏目さん、コメントありがとうございます。
    体は戻ってきても気持ちを切り離す作業が一番難しいなと思います。
    >楽しんだという証拠
    ああ、確かに。今回はアトピーも出ず(笑)つつがなく過ごせたので、余計に後ろ髪をひかれる感じが強かったですね。


  • 編集済

    ロワール渓谷と貴婦人の城への応援コメント

    柊圭介さま


    今回も興味深く拝読しましたー!
    へえええ。16世紀にたてられた貴婦人の城。✨🏰✨

    どうしてシュノンソー城は女城主だったんだろう
    実は、女性でないと王家に呪いが……?
    なーんて桃子はのんきに想像しちゃいました😆

    しかし川の上にお城
    湿気対策や洪水とか
    どうだったのか気になりますね🤔💦

    城主は死んでいくのに建物だけが残ってしまって
    今は世界遺産なのですね……。

    今回もケロスケさんのおかげで
    いつフラ( ..)φメモできました。
    とても面白かったです。ありがとうございました。

    作者からの返信

    青木さん、こちらにもコメントありがとうございます。お返事遅くなりましたm(__)m 少しでも興味を持っていただけたら書いた甲斐があります。嬉しいです^^
    昔の王様はお妃とかお妾とかのためにお城を一軒ぽーんとあげちゃうんですね。今だとマンションを買っちゃうみたいな感じでしょうか? だから戦うためのお城とは違ってひたすら優雅でした。
    湿気対策、洪水……さすが現実的なところに目をつけられますね。夏は乾燥していると思いますが、冬は水のせいで特に寒そうです。ロワール渓谷は気候が穏やかなので氾濫する恐れもなかったのかなと思います。
    展示品よりも鳥の巣のほうに時の流れを感じましたね。
    いつフラの参考にしていただけたら幸いです。こちらこそ今回もお付き合いくださってありがとうございました!

  • ラ・ロシェルのふたつの顔への応援コメント

    柊圭介さま

    ラ・ロシェル検索しました
    ほおお👀✨ギラッ
    美しい景色
    なかなか良さそうな場所ですね
    いつかフランス旅行(いつフラ)のために
    またまた脳内にメモしましたよ( ..)φメモメモ


    旧市街。むしろ奇妙な街の方に
    桃子は興味湧いてしまいましたー(((o(*゚▽゚*)o)))

    光と影のある街なんて素敵ですぅ~。
    宗教戦争があったのですね……( ゚Д゚)
    いろいろ勉強になります。

    もしもラ・ロシェルに行けたなら
    ケロスケさんのエッセイを思い出しますわ😆

    作者からの返信

    青木さん、こちらもコメントありがとうございます。
    画像も見ていただけましたか。港は小さいマルセイユという感じですが、中世っぽさと今風のお洒落っぽさが溶け合ってるから人気があるのかもしれませんね。
    桃子様も旧市街の影の方に興味を惹かれますか。嬉しいですね。
    ちょっとした路地に歴史を感じるものが残ってたり住民の色が出たりするんじゃないかと思います。
    いつフラ、もしロシェのときはぜひ思い出してやってください☺

  • 今は名ばかりになったオーケストラに所属している者です。
    小中高生の出番には「頑張れー!!!」と手に汗を握り観ているのに本人たちは堂々たる演奏をするものだったな、と思い出しました。本作の子供さんたちが楽しんで演奏しているようで喜ばしく思いました。先生が最高過ぎます!実際の演奏を見たら鳥肌だし泣いちゃいます。

    作者からの返信

    茅花さん、コメントありがとうございます。お返事遅れてすみません。
    オーケストラ、社会人でずっと続けるのって難しいでしょうね。コンクールとかコンサートもたくさんご経験があるのでしょうか。
    子供だと思っていてもいっぱしの演奏家で、舞台での表情が生き生きしてかっこよかったですね。指揮者の先生がすごく大事な存在なのも分かりました。また聞きたいなと思う演奏でした^^