特別編7 冴子さんと私とぬいぐるみ
「何見てんの、
私が居間のソファでタブレットをいじっていると、お風呂から出たばかりの
「ぬいぐるみです。高校時代の友人が趣味で作ってるんです。可愛くないですか?」
私は写真投稿SNSを開いたタブレットを見せた。
「へぇ、これ全部手作りなんだ?」
画面に並ぶ洋服を着た猫や犬、兎、熊たちのぬいぐるみを感心したように眺める冴子さん。
「そうなんですよ。すごくないですか?」
「そうね。私、裁縫そんなに得意じゃないから、こういうのを作れるって何か魔法みたいね」
「まさに魔法の手って感じですよね。それで、私彼女にお願いしてぬいぐるみを作ってもらおうかなと思ってて」
「奈津、ぬいぐるみ好きなんだ?」
「子供っぽいですか? でも可愛いと手元に置きたいって思いません!?」
「ぬいぐるみは可愛いし気持ちは分かるけど⋯⋯、手元に置かなくても⋯⋯」
何やら冴子さんの歯切れが悪い。いい年してぬいぐるみが好きということに呆れられてしまっただろうか。
でも冴子さんだって可愛いものは大好きだ。特に猫が好きで猫柄のマグカップや猫柄のブランケットを愛用している。猫に目がなくて、猫グッズを見つけるとよく買っている。集めていると言っても過言ではないはずだ。
「あっ、もしかして妬いてますか? ぬいぐるみ作ってる友だち、別に恋愛感情持ってたとか、そんなんじゃないですよ。ただの友だちです。私が同性が好きってことも知ってますし、冴子さんのことだって話してます」
冴子さんは普段は落ち着いていて、肝が据わってて、何事にも動じないって感じだけど、意外とやきもち妬きだったりする。
そんなところも冴子さんのチャームポイントだったりはするのだけど。
「そういう意味じゃないから」
何故か怒った冴子さんに鼻をつままれた。
「もう、何するんですか! ぬいぐるみ、あんまり冴子さんのタイプのデザインじゃなかったですか?」
「可愛いと思うし、奈津がそんなにほしいなら止めないけど⋯⋯。でも、物っていつかお別れする時も来るでしょ。⋯⋯ぬいぐるみだって」
「それは、そうなることもあるかもしれませんけど、私はぬいぐるみ捨てたりしないです。ずっと手元に置きたいと思って、頼むつもりです」
冴子さんは買う前から捨てることを考えるのだろうか。大きな物なら処分する時の方法や出費なども念頭に置くことはあると思う。だけど私が買おうとしているのは、せいぜい高さニ十センチほどのぬいぐるみ二体だ。素材だって一般的なぬいぐるみに使われている布や綿だし、もし処分することになっても、特別困るということはないはず。
「奈津って意外と割りきれてるタイプなのね」
冴子さんは少ししょぼんとして、テーブル置かれていたペットボトルの水に口をつける。
何故冴子さんはこんな態度なのか、私には理解できない。
取り敢えずぬいぐるみを迎えることに大賛成ではないことだけは分かった。
その日はそのままうやむやになって、ぬいぐるみの話はどこかへ消えてしまった。
金曜日の夜、私は冴子さんがお風呂に入っている間に電話をかけた。その相手は冴子さんのお姉さんである、
何より私たちのことをとても理解して、応援してくれている。
薫子さんとは以前に何回か会っていて、最初に会った時に連絡先を交換した。それ以降はよく電話をして相談にのってもらったり、時には無駄話に花を咲かせる。
冴子さんが傍にいない時に電話するのは、この間のぬいぐるみについて薫子さんなら何か分かることはないかと思ったから。
『なるほどね。奈津ちゃんがぬいぐるみほしいって言ったら、反応いまいちだったのね。あのね、意外かもしれないけど、冴子は可愛いものがけっこう好きなのよ』
「はい、知ってますよ。猫グッズよく買ってますし。だから何であんな反応なのかなって思って⋯⋯」
『冴子はね、ぬいぐるみは特に可愛いと思ってるの。だからさ、それでぬいぐるみなんて全然手放せないし、捨てられないのよ。それこそ汚れてぼろぼろになっても手放せないの。実家にまだ冴子のぬいぐるみいくつも残したままだもの。母が捨ててもいいか聞いたら大反対されて⋯⋯。だから子供の頃に買ったぬいぐるみもまだ残ってて』
「そんなにぬいぐるみ大好きだったなんて意外でした。ぬいぐるみは持ってなかったですし」
『捨てられないからこそ、手を出さないのよ。一生共にすると決めても、何かのきっかけで処分することになったら、冴子にはショックだから。きっとそのことを考えて止めようとしたんだと思う』
薫子さんの話に私は冴子さんの見えていなかった一面を新たに知った。
私にいつだって優しい冴子さんは、ぬいぐるみにも優しい。ただのぬいぐるみにだってたくさん愛情を注いでしまうのかもしれない。
「私がほしかったのはぬいぐるみはぬいぐるみなんですけど、ただの可愛いぬいぐるみだからほしくなったわけじゃないんです。友人にオーダーメイドできるからこそで⋯⋯」
私は何故ぬいぐるみがほしくなったのかを薫子さんに説明した。
『そういう理由なら、冴子も話せば分かってくれると思うよ。手に入れて冴子に見せつけてやればいいわ。いいデレ顔を見れるから』
薫子さんは電話の向こうで笑っていた。
ちょうど電話を終えたところで冴子さんがお風呂から戻って来る。
「また姉さんと話してたの?」
「そうです。当たりです。薫子さんとお喋りしてました。この間見せたぬいぐるみですけど、やっぱり友人に頼んで作ってもらおうと思うんです。絶対手放さないから、いいですよね? もしどうしても手放さなくちゃいけなくなったら、冴子さんの実家に置かせてもらうのはどうですか? それならいいですよね」
「はぁ⋯⋯。姉さんまた余計なことを奈津に吹き込んで⋯⋯」
「私が聞いたんですよ。どうしても嫌ならやめておきますけど」
「奈津がほしいなら、止めない。せっかく友だちが作ってくれるなら、ほしいって思う気持ちも分かるから」
最後は冴子さんも笑顔で賛成してくれた。少し強引だったかもしれないけど、私はぬいぐるみを迎えて後悔はさせない自信があった。
あれから二ヶ月が過ぎて、友人からぬいぐるみが完成したと報告を受けた。無事に私は可愛いオーダーメイドのぬいぐるみを買うことができた。
日曜日に宅配便でやって来たぬいぐるみたち。私は早速箱を開ける。隣りでは冴子さんがじっと見つめている。
大事に梱包されたぬいぐるみを取り出した。
「これが、奈津がほしかったぬいぐるみ⋯⋯?」
私は二つの猫のぬいぐるみを渡した。どちらも三毛猫の女の子だ。白いウェディングドレスに白いベールを身に着けている。
「そうです。友人がちょうどウェディング衣装のカップルのぬいぐるみを作ってるのを見かけて、私も作ってもらいたいなって思ったんですよ。去年、二人でウェディングドレス着て写真撮りましたよね。あれは冴子さんが提案してくれたじゃないですか。だから私からも何かしたくて。ドレスをよく見てみてください」
「⋯⋯細部まで作り込まれてて丁寧ね。レースも猫柄⋯⋯、可愛い! あっ、⋯⋯私たちのイニシャルが入ってる⋯⋯?」
「片方が冴子さんで、もう片方が私ですよ。あの時の写真と飾りたいなと思って」
「ありがとう、奈津。嬉しい。反対するようなこと言って、ごめん。私はただぬいぐるみがほしいんだとばかり思ってたから」
「私もちゃんと詳しく説明してなかったですし、冴子さんがぬいぐるみ捨てられないというのも分かりましたから」
「この子たち、絶対死ぬまで手放せないわね。死んでも手放せない。奈津と私の分身みたいなものだもの。それにすごく可愛い! 猫なのも最高だし!」
冴子さんはあまり見せないような満面の笑みになっている。これが薫子さんが言っていたデレ顔か。確かに子供みたいな無垢な笑顔で、ぬいぐるみに負けず劣らず可愛い。
「だから、ずっと一緒にいましょう。この子たちとも」
私たちは二人でぬいぐるみを写真の横に飾った。
「この子たちに見られてたら、おいおい喧嘩もできませんね」
「それは、そうね」
私たちはしばらくぬいぐるみを眺めていた。
冴子さんと私 砂鳥はと子 @sunadori_hatoko
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