特別編6 冴子さんと私への言い訳
日曜日は大概、家にいるか二人で出かけることが多いのだけど、私も
だから用事が終わったら外で待ち合わせして、どこかにお昼を食べに行こうという話になっていた。
待ち合わせ場所はM駅前。自宅マンション最寄りの駅と比べるとかなり大きく、人出も多い駅だ。休日のせいか、駅の入口はたくさんの人が行き交っている。
私は入口の隅の壁にもたれて冴子さんを待つ。約束の時間は十二時。私は五分前に到着していた。普段ならそれでも冴子さんの方が早く来てるパターンが多いのだけど、今日はまだ姿を現さない。用事が押しているのかもしれない。
私はスマホで簡単なゲームをしながら、冴子さんが来るのを待つ。でもこういう時はなかなか集中できず、ゲームもあまり楽しくはない。冴子さんがいつ来るかとそっちに気持ちが向いているから。
スマホをカバンにしまい込んで、辺りを見回す。冴子さんの姿を探すけど、見当たらない。時計を見たら、十二時を過ぎていた。
(時間になっても来ないなんて珍しい)
そんなに押す用事でもなさそうに思えたのに。
もしかして事故とかに巻き込まれたのではないかと、不安になる。電話をしてみようかと思うけど、まだ用事の最中の可能性もあるし、邪魔してはいけない。
(きっとそろそろ来るよね)
私は何となく落ち着かなくて、冴子さんを探しながら駅前をうろうろ。行き違いになっても困るから、すぐに元いた場所に戻る。
そして十分が過ぎて、二十分が過ぎた。三十分が過ぎる。
ほぼ遅れない冴子さんにはありえないような遅刻。
(本当に事故じゃないよね)
私はスマホを取り出して握りしめる。
ここは一旦電話をしてみようか。いや、まずはチャットアプリにメッセージを、と悩んでいたら走ってくる足音が耳に入る。
そちらに視線を向ければ駆け寄る冴子さんがいた。
「
私の前に立つやいなや、頭を下げる冴子さん。
「もう、遅いですよ。心配したじゃないですか」
「本当にごめん!! めちゃくちゃ待たせたよね」
「三十分くらいですね。冴子さんに何かあったわけじゃないから、いいですよ」
「ありがとう、奈津」
「言い訳はこれからしっかり聞きますね!」
私は微笑んだけど、冴子さんは若干顔をこわばらせている。
「⋯⋯奈津、怒ってるよね」
「怒ってはないですよ。でも、どうして遅刻したかは知りたいです」
「そうだね。言い訳になるけど、話す」
「その前に、お昼食べてからにしましょう。私、お腹が空きました」
「うん。奈津、何が食べたい?」
「そうですね、今はパスタの気分ですね」
「駅からすぐのところにいいイタリアンのお店あるんだけど、そこにどう?」
「いいですよ、そこにしましょう」
私たちは連れ立ってお店へと向かった。
お昼は、期待以上にとても美味しくて、私はとても満足した。冴子さんが遅刻したお詫びにと、奢ってくれた。
始終申し訳無さそうにしている冴子さんは何だか新鮮でもあった。すっかりしゅんとしてる姿は、見ていてだんだん可哀想になってしまった。もしかして私は甘いのだろうか。逆の立場だったら、どうなっていたんだろう。きっと冴子さんは少し怒って、でも九割くらいは心配してくれたのだろうと思う。
私は冴子さんが遅刻したことに少し怒っていて、でも無事だったことにほっとしている。
遅刻するなら連絡くらいはほしかったなと思う。でもそれで本気で怒ったりはできない。だって、冴子さんへの愛しさの方が勝ってしまうから。
帰りに冴子さんがケーキを買ってくれて、それから私たちは家に戻った。
そしてリビングで対面する。
「奈津、今日は本当にごめん。早く行くつもりだったんだけど⋯⋯」
「用事がすぐに終わらなかったんですね」
「用事自体はすぐに終わったの。その後で待ち合わせ時間までどうしようと思って、カフェに行こうとしたら、元カノに会って⋯⋯」
予想外の登場人物に私は身を乗り出す。
「も、元カノ!?」
「そう。奈津も知ってると思うけど、
香菜絵さんは家から遠くない場所で開業医をしている内科の先生。以前、私はその先生が冴子さんの元カノとは知らなくて、風邪でお世話になったことがある。
今は当然、香菜絵さんと冴子さんは何でもない、知り合い程度の関係であると聞いていた。
「それで、香菜絵さんとどうしたんですか?」
「カフェに入って、お互いの近況を話したりしてて。それが長くなって、気づいたら約束の時間が過ぎてて。けして、奈津のことを忘れてたわけじゃなくて⋯⋯」
「でも遅刻するくらいには香菜絵さんとは盛り上がったんですね」
「⋯⋯うん、まぁ、そうね。そうなってしまった。話すのが楽しかったから⋯⋯」
私が香菜絵さんと話したのは診察の一回きりで、プライベートでどういう人かまでは知らない。でも話が盛り上がるくらい、一緒にいて楽しい人なのだろう。
「で、どんな話をして、遅刻したんですか? すごく興味ありますね」
「それは⋯⋯」
「なんですか、今カノに話せないような話をしたんですか?」
「そんなことはない。ないんだけど⋯⋯」
冴子さんが言いよどむ。
「どんな話だったんですか? 元カノに時間も忘れるくらいした話」
「いや⋯⋯、あの、まぁ、奈津の話をしてて」
「私の話ですか?」
「そう。えっと、その⋯⋯、最近特に可愛く感じるなーとか。私のパジャマ着てよく寝てるから、それが可愛いなとか⋯」
言いながら赤くなる冴子さんに、私まで顔がかっかしてきて。
「そういう話を色々してたらね⋯⋯、すっかり待ち合わせの方を忘れて⋯⋯。こんな話できる人なんて、そんなにいないし。ここぞとばかりに香菜絵に話して⋯⋯」
「そ、そうなんですね⋯⋯」
私たちはお互いに恥ずかしくなって黙り込む。こんな言い訳は卑怯だ。怒る気もどこかへ飛んで行った。
「⋯⋯事情は分かったので、次からは遅れないでくださいね」
「うん、気をつける」
春の暖かな日差しがリビングを照らして、それより恥ずかしさで熱くなっている私たち。
「⋯⋯冴子さん、私のこと大好きですね」
「大好きじゃなかったら、一緒にいないから。奈津は、どうなの?」
「大好きに決まってますよ、冴子さんのこと」
目の前にいる冴子さんは私にとって一番の愛しい人だ。これからもどんなことがあっても大好きでい続けたい。私も冴子さんもお互いに、ずっと。
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