第5話 エピローグ
「今日も、なかなかハードな仕事でした」
正面門から要塞聖堂を去る処刑人の手には、結晶でできた細い槍が束になって握られている。その数は十本。その一本一本の先端には吸血鬼の生首が突き刺さっていた。
その顔は写真の十人と一致していた。処刑人は任務を果たしたのである。
「ホラー映画に出てきそうな格好ですね。処刑人」
道端に停めてある『イーコール製薬』と車体に書かれた白塗りのバン。そこから出てきた人物が、処刑人に声をかけた。確かに、いまの処刑人は、血染めのスーツを着て、生首の花束を両手に持っている様相である。
「シスター・トゥルーラヴ」
処刑人は修道服姿の人物を見て言った。幻覚でない、本物のシスター・トゥルーラヴだった。見た目は幻覚のものと寸分の狂いもないが、本物の方がより生気を強く感じられる。
「ええ、仮装大会に招かれまして。コスプレです」
処刑人は口角を片方だけ上げて笑った。
「私も参加したかったですね。残念です」
シスターはいたずらっぽく言った。
「しかし、実際に会うのは久し振りですね。なぜ直接会いに? なにかとんでもないことでも……」
「いやいや、ただ久し振りにかわいい従妹の顔を見に来ただけですよ。たまたま近くにいたもので、『血盟』の本部はブカレストにありますから」
「そういえばそうでしたね……。いや、それほど近くないじゃないですか」
処刑人は言った。
ここから首都ブカレストまでは数百キロメートルは離れているはずである。
「ふふ、国を跨がなければ近いといえますよ」
シスターは含みのある笑いを浮かべた。また自分の私情を優先して、職権乱用を働いたのだろう、と処刑人は推測した。普段は上司へ完全に従順な顔を向けておいて、突如としてこのような暴挙に出るのは、昔からのことである。
「それで、どうでした」
シスターが尋ねた。
「正直言って、しんどいですね。一晩で十五人もの吸血鬼を殺したのは久し振りです。ああそうだ、血を頂けませんか。かなり消耗してしまって」
処刑人は首を回しながら言った。
「あっ、気が利いてませんでした」
シスターが手を二回打ち合わせる。すると、バンから赤毛の警備員姿の女が転がり落ちるように出てきた。その手には血液パックが握られている。
大丈夫だろうか。処刑人は不安になった。
女は体勢を立て直し、処刑人の目の前まで走り、彼女に向き合った。
「監督官シスター・トゥルーラヴ付きの補佐、エリザべス・リードです。お噂はかねがね。最強の処刑人に会えて光栄です!」
エリザベスは処刑人に敬礼して言った。彼女はぴったり五秒の敬礼のあと、処刑人に血液パックを差し出した。
「新しい私の部下です。忠誠心が高く、優秀ですよ。あなたの武勇伝もたくさん聞かせてあります。少し、抜けてる所もありますけど……頼りになります。ほらべス、血液パックの代わりに首を。両手が塞がっていては受け取れないでしょう」
「そうでした! では失礼」
エリザベスはハキハキとした声でそう言い、左手に首の刺さった槍を五本受け取り、血液パックを渡したあと、右手にも槍を受け取った。
「ありがとうございます。エリザベス」
処刑人は礼を言い、パックの血液を飲み始めた。
「はい!」
エリザベスは満面の笑みを浮かべた。しかし、その数瞬後、処刑人から受け取ったものをよく見てしまい、少しえずいた。
「もしかして、彼女があなたの後任?」
処刑人は血を飲みながら、シスターに尋ねた。
「はい、いずれは。私がなにかあったとき、いまのままだとあなたは味方を失ってしまうでしょう。その時の保険です」
「……なにか『血盟』で怪しい動きでも?」
「いまはまだ。最近、反『血盟』の機運が高まっているとだけは言っておきます」
シスターは真剣な面持ちで言った。
「覚悟だけはしておきます。貴女こそ気をつけて」
処刑人は血を飲み切り、パックを丁寧に折り畳んで、懐に仕舞った。
「そうそう、覚悟といえば」
シスターは袖の下からなにかを取り出した。それは、赤い液体の入ったアンプルだった。
「もう、次の仕事ですか。流石にこのペースは……。他の処刑人に回せないので?」
処刑人はうんざりした顔で言った。
「無理ですね。管理局もてんてこ舞いなんですよ。罪人の数に対して、処刑人の数が絶対的に足りてません。皆、あなたほど強ければいいのですが」
シスターはため息をついた。
「これじゃあ、助手も無理そうですね……。こんなペースで吸血鬼を殺していったら、いずれ絶滅しますよ」
処刑人もため息をついた。
「いっそのこと、スカウトしてみては?」
「スカウト?」
処刑人は首を傾げた。
「『掟』を破った罪人が罪を償う方法は死だけではないでしょう。追放の後、処刑人となることも認められています」
「しかし、前例はほとんどありませんよ。よほどの物好きでないかぎり、処刑人になる不名誉より死を選びます」
処刑人は言った。自殺か他殺ぐらいでしか死なない吸血鬼たちにとって、死の穢れという概念は人間のより遥かに強い。同族殺しの処刑人ともなれば忌み嫌われるのは当然のことであった。
「やってみなければわからないじゃないですか。何事も挑戦ですよ」
シスターはウインクした。処刑人は鬱陶しそうに眉を寄せた。
「まあいいでしょう。次の仕事から試してみます」
処刑人はそう言って、アンプルを受け取った。
「車に乗って下さい。空港まで送ります。着替えも車内にありますよ」
シスターは言った。処刑人はバンの後部座席に乗り込んだ。エリザベスが荷室に増設された冷蔵庫に首を収めて、バックドアを勢いよく閉める。
「運転は誰が?」
当然、といった顔で後部座席に乗り込んできたシスターに向かって、処刑人が言った。
「べスです。まあまあ、運転は上手ですよ。ちょっと加速と減速が荒いですけど」
「矛盾してませんか。そ――んぐっ」
バンが急発進する。処刑人はエリザベスの急発進によって舌を噛むところだったが、なんとか舌を喉奥にしまうのが間に合った。
三人を乗せたバンは月夜に照らされた夜道を、軽快に走って行った。
血盟の処刑人 デッドコピーたこはち @mizutako8
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