ぼくぼくさん(終)
ぼくぼくさんは結局、強盗4人を打ちのめし、また消えてしまいました。
お礼を言う暇も無かったのです。
その後、おまわりさんが来たり、カウンセラーという人と会ったり、
色々とあって、学校に行くまでに数日かかりました。
お父さんもお母さんもその間は仕事を休んでいたみたいです。
その間は昼から家でゲームをしていても特に何も言われなかったけれど、
やはりぼくぼくさんにお礼を言えないのが気になりました。
明日から学校に行って良いだろう、と言われた日のことです。
お婆ちゃんが、ぼくぼくさんについて話してくれました。
ぼくぼくさんは元々は普通の女の子だったのよ――
お婆ちゃんの話はそうやって始まりました。
「お婆ちゃんとぼくぼくさんは同じ小学校に通っていたわ」
「じゃあ、僕のずっとずっと先輩なんだ」
「そうよ、けど急に怖い人が学校の中に入ってきてね……」
「怖い人?」
「えぇ……刃物を持っていてね、皆を殺そうとしたの」
昨日のことのように、お婆ちゃんはそのことをはっきりと覚えているのでしょう。
お婆ちゃんの言葉には、さっき見たものを語るような響きがありました。
「一番最初に狙われたのが、ぼくぼくさんだったわ……」
「そうなんだ……じゃあ、ぼくぼくさんはそれで……」
どこか遠ざけられていた"死"という言葉が、
今更になってリアルに僕に襲いかかりました。
色んな人が、
そしてぼくぼくさんが守ってくれたからその言葉から離れていられたのです。
「それで、ぼくぼくさんは強くなることを決意したのよ」
「生きてたんだ」
「ぼくぼくさんが襲われんとしたその時、後ろから私は暴漢を殴りつけたわ」
「しかもお婆ちゃんが命の恩人なんだ」
「それから、ぼくぼくさんはあらゆる格闘技を学んだわ。
ボクシング、空手、ムエタイ、ムエカッチャ、キックボクシング、レスリング、
ムエタイ、中国拳法、システマ、戦場格闘技、ムエタイ、柔道、ラウェイ」
「ムエタイがなかなかしっくりこなかったんだね」
「なんとなくギャルになろうとした時期もあったわ、
彼女にとっては恥ずかしい思い出ね」
「お守りの中の写真って……」
「八十になるまで、彼女は戦い続けたわ……
あの日守れなかった自分を、弱い人を守るために」
「…………」
「そして、肉体の衰えを感じた彼女は……」
「あ、死んだんじゃなくて八十歳からは新展開に突入したんだね」
「若返りの秘術を求めて、魔界へと旅立ったわ」
「現代格闘から魔界編は流石にテコ入れが強すぎない?」
「そして……彼女は、自身の肉体を失い霊魂だけの存在になったわ」
「……えっ」
お婆ちゃんは過去を懐かしむように、悲しそうに、言いました。
「この世界には悪い人がたくさんいるわ、でもそれだけじゃない、
死んでもこの世界に傷をつけたい人、悪霊もいる。
ぼくぼくさんは、悪い人からも悪霊からも、弱い人を守りたいと思ったの」
「…………」
「鍛えていない人が幽霊になるよりも、
鍛えた人が幽霊になったほうが強いから……あの子はそう言ってたわ、馬鹿ね。
それはとっても寂しいことなのに」
僕は僕の何十倍も生きてきた女の子が、
それから先もずっと生きていくことを考えました。
お父さんもお母さんもお婆ちゃんもお爺ちゃんも友だちもいない世界で、
生きていくことを。
「それに幽霊になったって無理矢理に取り憑いたりしなきゃ、
許しを得ないと人の場所には入れないの」
「そうだったんだ……じゃあ、僕が友だちになったから……」
「えぇ、友だちのところに遊びに行くという形で、
ぼくぼくさんは学校に入れるようになったの……
それまでは、来校者手続きが面倒くさかったって言ってたわ」
「入れるは入れるんだね」
「ぼくぼくさん、とっても喜んでいたわ」
お婆ちゃんが本当に嬉しそうな顔で、僕に言いました。
「アナタがぼくぼくさんと友だちになったから、
ぼくぼくさんは強盗をぶちのめすことが出来た。アナタのおかげよ」
「……うん!」
僕は別に大したことを何かしたわけではありません。
全部、ぼくぼくさんのおかげです。
それでも、お婆ちゃんの言葉でとてもうれしくなったのです。
「……ところで、なんでぼくぼくさんはぼくぼくさんなの?」
「うふふ、内緒よ」
お婆ちゃんは上品にうふふと笑って、片目を閉じて人差し指を口の前に立てました。
僕はそれ以上のことを聞きません。
次の日、朝早くに僕はぼくぼくさんの祠の前に行きました。
ぼくぼくさんはいませんでしたが、それならばそれで良いのです。
祠の掃除を始めます。
僕になにか出来ることは無いかなと考えたのですが、
結局それぐらいしか思いつきませんでした。
いつの間にか、小泉くんが手伝いに来ました。
クラスメイトや、先生も来て、そのうちに皆が集まりました。
屋台や、物販も出ました。ちょっとしたお祭り騒ぎです。
DJが特製のリミックスを流します。今や祠はダンスシーンの中心でした。
踊りの輪の中に、髪の毛が地面に着くほど長い女の子がいます。
名前を知らない誰かを守るために、永遠にその姿のままになった女の子です。
「いっしょに踊ろう」
僕は言いました。
「…………ぼく」
か細い声を聞きました、目の前の今は僕より大きくて、
いつか僕より小さくなる女の子の小さい声を。
「…………ぼく、ぼく、うれしい」
「うん」
僕はぼくぼくさんが何故、ぼくぼくさんと呼ばれているのかを知りました。
そして、ぼくぼくさんが笑うととっても可愛い女の子であることも。
祠が今日はとても明るく見えるのは、
きっとミラーボールのせいじゃありません。
【終わり】
ぼくぼくさん 春海水亭 @teasugar3g
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