ぼくぼくさん(中)


翌日、僕はあんまり怖くて学校を休もうと思いました。

けれど、お婆ちゃんが大丈夫だよ、と言うので行くことにしました。

お婆ちゃんはお守りまで持たせてくれたし、それに僕は皆勤賞が欲しいのです。


「もしも、ぼくぼくさんに襲われたら……お守りの中身を見せるんだよ」

お婆ちゃんはそう言って、笑っていました。

僕はとても怖くて、お婆ちゃんが何を笑っているのかわからなかったけれど、

そうするよ、と答えました。


お守りは、ポケットの中に入れておきました。

そのおかげかどうかはわかりませんが、授業中も休み時間も怖くなかったです。


事件が起こったのは、3時間目と4時間目の間の休み時間です。


「ガキども!動くんじゃねぇ!」

包丁や銃を持った4人が入ってきたのです。

その人達はサングラスとマスクとニット帽で顔を隠して、

声が男っぽいから男だなぁということぐらいしかわかりませんでした。

一番最後に入ってきた人は大きめのスポーツバッグを持っていて、

その中にはお金がたくさん入っているのが見えました。どうやら強盗みたいです。


「動かなければ、無事に帰れる……良いな!」

次の時間は体育で、先生はすでに体育館に行っていました。

そして着替えのために、男子だけがクラスに残っていたのです。


僕も他のクラスメイトも、わーわー騒ぎました。

泣き出す子もいました、僕だって泣きたかったです。

けれど、包丁で机を刺して

「うるさくても殺すぞ!一人ぐらいなら殺してもいいんだぞ!」

と言われたのだから、僕たちはみんな、しん――と静まり返ってしまったのです。


包丁で机を刺した強盗が、クラスを見回しました。

「安心しろ、殺すつもりはない……殺すつもりはないが、

 いつでも、殺せるやつが一人だけ欲しい」

そして、僕の方へずかずかと歩いてきました。


「誰でもいいな、お前がいいな」

そして僕の首筋に包丁を突きつけました。

そして、教壇まで歩かせました。

僕の周りには他の3人の強盗もいます。


強盗が力を入れると、包丁が皮膚を引っ掻いて、僕の首から血が流れます。


「安心しろ、警察にお願いを聞いてもらうまでの辛抱だ。

 子どもを殺されたくなかったら、海外に無事に行けるようにして下さい。

 それだけのお願いをちゃんと聞いてもらって、そしたらお前は家に帰れる……」

強盗はそう言って、笑いました。

他の強盗も笑います。


「けど……警察に真剣にお願いを聞いてもらうために、

 殺す以外のことはやっておこうかなぁ……とも思う、お前はどう思う?ん?」

マスクで表情はわかりません、

それでも猫が鼠をいたぶるように残酷な顔をしていたのだと思います。

「やめて下さい……」

僕は絞り出すように言いました。

その言葉を聞いて、強盗は首筋に突き立てていた包丁を離しました。

解放されたのではありません。


「肩ぐらいは刺しておこうか」

包丁の狙いを変えたのです。


しかし、僕に来るはずだった痛みは訪れませんでした。


「ぶっ……」

青白く、しかし鋭い拳が強盗の顔面を打ちました。

打ち付けられた衝撃で、強盗の身体が吹き飛び、扉に叩きつけられました。

ごお、と扉が本来動くべき横ではなく縦に倒れます。


「……ぼ、ぼくぼくさん!」

ぼくぼくさんが強盗を強烈なストレートで殴りぬいていたのです。


「…………」

ぼくぼくさんは何も言いませんでした。

ですが、その場でシャドーボクシングを繰り返し、

残り、3人の強盗を倒すためのウォームアップをしていました。

そうです、雑魚一人倒した程度では身体は温まらない――挑発です。

嫌ですね、強盗っていうのはなめられたら終わりですから。

それをやられたらたまったもんじゃない。


「死ねぇッ!」

警察官が持っているような銃を構えた強盗が、

迷わずにぼくぼくさんに銃口を向け、引き金を引きました。

けど、それが正しくなかった。


警察官の持っている銃って、ようは人を殺す道具でしょ。

熊を殺すなら、それなりの――もちろん、人以上を殺すならそれ以上の銃、

そして覚悟が必要でした。


「――ッッッァァ!!!!」


クラスメイトの誰も、それがジャブだなんてのはわかりませんでした。

銃弾よりも速い攻撃っていうのは、人間じゃ見えませんからね。

ただ、ぼくぼくさんが距離を詰めて、

鳴るはずだった銃声の代わりに悲鳴が響き渡りました。

強盗の指が曲がっていたんですね、次に顎、

変形した指と顔面を見て、

僕たちは――あぁ、打ち抜かれたんだなってわかりました。


「イャァーッ!!!!」

もう一人、包丁を持っている強盗がいました。

エライですよ。

仲間がボコボコにされたのにもひるまず、ぼくぼくさんに襲いかかったんですもん。

だめでしたね、ジャブは見えませんでしたが、僕らにもこれは見えました。

アッパーです。

ぼくぼくさん、踊るみたいに強盗の顎を撃ち抜いてました。

ぐらっと、強盗の巨体が揺れて――どしん。ぶっ倒れました。


「ぼくぼくさん!」

思わず、叫んじゃいました。

男は誰だってそうですよ――子どもだって例外じゃなく強い人が好きです。


「ぼくぼくさん、ね……」

けど、それがいけなかった。

最後の強盗が自分の武器を放り捨てて、ガードを構えました。

前傾姿勢――キックボクシングです。


「ぼくぼくのぼく――は、ボクシングのボクかい?

 あんたのジャブは銃より疾いかもしれないけど……俺のキックだって、そうだ」

「…………」


「俺は強いぜ」

空気がみしりと音を立てて揺らぎました。二人の闘気です。

そして、次の瞬間――勝負は決まりました。


強盗の回し蹴りがぼくぼくさんの頭部を打ち抜いた――そう思った瞬間。

ぼくぼくさんはより前傾姿勢になって、その蹴りを回避していました。

レスリングタックルです。


抱きしめるように、強盗の体勢を崩していました。

もう、ぼくぼくさん――強盗に馬乗りになってましたねぇ。

そして、痛いですよ。

二人の体の大きさを比べれば、父親にじゃれつく娘みたいなもんです。

けど、普通の娘は武器持ってないでしょ、包丁よりも銃よりも怖い拳です。


わかりましたねぇ。

ぼくぼくさんに仕掛けられた罠って。


ぼくぼくさんって言うから、ボクシングだけだと思ってましたよ。


――彼女、なんでも使うんですね。

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