ぼくぼくさん
春海水亭
ぼくぼくさん(前)
今日の授業が終わって、家に帰ろうとした時でした。
僕の小学校の校門の側には祠があって、
なんだかお昼だというのに木とか太陽の関係で薄暗いです。
気味が悪いなぁ、と思っていつも気にしないようにしていましたが、
どうにも気になってしまってちらちらと目をやってしまいます。
すると祠の側で女の子が俯いているのが見えました。
「どうしたの?」
僕は女の子に声をかけました。
祠の周りは本当に怖くて不気味なのですが、
困っている人は助けてあげたほうが良いとおばあちゃんはいつも言っています。
一人ぼっちであんなところで俯いているのがどうしても気になってしまったのです。
「…………?」
女の子は驚いたみたいに顔を上げて、僕の方を見ました。
立ったままなのに、髪が地面に着くほど長くて、表情はわかりません。
髪の隙間から覗く肌がびっくりするぐらい白かったです。
良くないことだけれど、ホラー映画のおばけみたいに思いました。
「おなかすいてるの?なにかおとしたの?なにかこまってるの?」
女の子はずっと黙っていて、何が困っているのかわかりませんでした。
僕はうんうん首をひねって考えます。
「じゃあ僕がともだちになってあげるよ!」
女の子が何に困っているのかは全くわかりません。
だから、まず僕は女の子とともだちになろうと思いました。
女の子は全く知らない人に遠慮しているんだと思ったし、
ともだちになれば、遠慮しないで何が困っているのかを言えると思ったからです。
あんまり髪が長くて、表情はわからなかったけれど
女の子は僕を見て、笑ったような気がしました。
そして、女の子は最初からいなかったみたいに消えてしまいました。
僕は思わず「わぁ!」と叫んでしまいました。
周りを見回しても、女の子の姿はありません。
木の上だとか祠の影も隅々まで探しましたが、
やっぱり女の子は消えてしまったのです。
僕は怖くって急いで家に帰りました。
「おばけ!おばけ!おばけ!おばけだよ!おばけがいたんだ!」
「あらあら」
お父さんもお母さんも仕事で、帰るのは夜になってからです。
だから僕は急いでお婆ちゃんに報告しに行きました。
お婆ちゃんは縁側でお茶を飲んでいて、
僕が驚いていることに気づいていないのかと思うぐらいに、のんびりしていました。
「おばけねぇ」
「そうだよ!学校の祠のところで!髪が長くて!女の子で!」
「それはぼくぼくさんですよ」
「ぼくぼくさん!?」
お婆ちゃんがそのおばけを知っていることに、僕は驚きました。
けれど、お婆ちゃんも昔僕の小学校に通っていたらしいです。
だから、なるほどなぁとも思いました。
「ぼくぼくさんは学校の守り神よ、怒らせなければ大丈夫。
危ない子じゃあないですからね」
「怒らせなければ……」
お婆ちゃんの言葉に僕は一瞬安心しそうになりました。
「けど、僕すごい驚いちゃったよ、あれでぼくぼくさん怒ってないかなぁ」
それに僕はぼくぼくさんが消えたと思って、急いで帰ってしまったけれど
実はまだ、そこにいて、急いで帰ってしまった僕に怒っているのかもしれません。
「大丈夫、ぼくぼくさんはそんなことじゃ怒りませんよ」
お婆ちゃんは僕を安心させるように、僕の頭に温かい手をぽんと置きました。
「それにお婆ちゃんとぼくぼくさんはともだちですからね、
もしもぼくぼくさんが怒ったなら、一緒に謝ってあげましょうね」
「お婆ちゃん、ぼくぼくさんとともだちなの?」
僕はびっくりして聞き返してしまいました。
お婆ちゃんは大きく頷きました。
「でも、ぼくぼくさんという名前には罠がありますからね」
「罠?」
罠というのはゲームでしか聞かないような言葉です。
それが名前にあるというのはどういうことでしょうか。
一体、どんな罠があるというのでしょうか。
「そこにだけはしっかりと用心をしないといけませんよ」
「うん……でも、罠って」
どんな罠なの、と聞こうと思いました。
けれど、お婆ちゃんは片目を閉じて人差し指を口の前に立てました。
内緒の合図です。
これをしたら、お婆ちゃんは答えてはくれません。
自分で考えるか、お婆ちゃん以外に聞いてみるしかありません。
「今日のおやつは、お婆ちゃんがホットケーキを作ってあげましょうね」
美味しいおやつを食べている間も、
結局、お婆ちゃんはこれ以上ぼくぼくさんについては話してくれませんでした。
家に帰ってきたお父さんもお母さんも、
ぼくぼくさんについては知らないようでした。
次の日の放課後、僕は急いで祠へ行きました。
「ぼくぼくさん、ぼくぼくさん、ぼくぼくさぁん!」
相変わらず祠の周りは昼間だと言うのに暗くて、怖かったです。
それにぼくぼくさんだって、守り神と言ってもおばけなので怖いです。
けれど、ともだちになると言ったし、
やっぱりぼくぼくさんのことが気になりました。
「どうしたの?」
「うわぁ!!」
後ろから声をかけられて、僕はとても驚きました。
けれど、それは男の子の声で、ぼくぼくさんの声ではありませんでした。
同じクラスの小泉くんでした。メガネをかけていて、勉強がとても出来る子です。
「こ、小泉くん」
「ぼくぼくさんって誰?」
僕はぼくぼくさんについて話そうか悩みました。
なんだかこういうことって内緒にしておいたほうが良さそうだったからです。
けれど、良い言い訳も思いつかなかったし、お婆ちゃんにも言ったんだから、
僕は小泉くんにも話すことにしました。
「おばけで、学校の守り神で、昨日会ったんだ、ともだちになるって言ったんだ」
「うんうん」
「今日はいなくて、ぼくぼくさんのこと、ぼくぼくさんに聞きたかったんだけど」
「なるほど」
小泉くんは僕の言ったことを信じてくれるようでした。
「ともだちになるって言ったのは、良かったのか悪かったのか」
「えっ、なんで?」
「吸血鬼って知ってる?」
「血を吸うドラキュラのことでしょ、かいけつゾロリで見たことあるよ」
「吸血鬼っていうのは、招待されないと家に入れないんだ。
おばけがどうなのかはわからないけど……
ぼくぼくさんはきみに招待されて、
きみのいる場所に入れるようになったのかもしれないよ」
小泉くんは顔を真っ青にして、言いました。
小泉くんと同じ方向を見て、僕の顔も真っ青になりました。
ぼくぼくさんは学校の中にいます。
僕のクラスの窓越しに僕たちを見ていました。
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