アルジを待ちながら…。
宇佐美真里
アルジを待ちながら…。
ペンギン 「来ませんね…」
シロクマ 「来ないね…」
ペンギン 「また今日も来ないんでしょうか…」
シロクマ 「どうなんだろうか…」
見渡す限り、氷以外何ひとつ見当たらない場所で、一羽のペンギンと一頭のシロクマが向かい合って座って居る。いや、座って居る様に見えるのはシロクマだけで、果たしてペンギンが座って居るのかどうかは定かではない。
ペンギン 「もうどれくらい待ちましたかね?」
シロクマ 「どれくらいだろうね…。もうかなりのことなのは確かだね…」
ペンギン 「彼是、千の夜は過ぎたでしょうね…」
シロクマ 「もうそんなかね…。あっという間の様な、そうでない様な…」
傍から見るに、シロクマは待ち人が来ないことに苛立った様子は見られない。どうやら気が長い方らしい。対してペンギンはどうだろう?少しばかり不平を言いたい様だ。
ペンギン 「僕も、アルジに呼び出された気がして…此処まで遥々と遣って来たんですけどね?それなのに、ちっとも姿を現さない…。どう云うことなんでしょうかね?」
シロクマ 「私だって同じだよ…。遥々と北から遣って来たんだ」
ペンギン 「僕は南から…」
シロクマ 「大体、此処は何処だろう?」
ペンギン 「分かりません…。まぁ、辺り一面氷の世界だと云うことは分かりますけどね…。其れ以外はさっぱりです。ところで、貴方はアルジにはお会いしたことがあるんですか?」
不平を言っていたのも束の間。然程、根に持つ性格でもない様子で、ペンギンは新たな話題に移ろうとした。しかしその内容も、此れ迄何度も繰り返されてきた物と同じ内容だ。
シロクマ 「会ったことなどあるもんか。大体、私はアルジが何者なのか、とんと覚えがない。ある日ふと、アルジに呼ばれている…と思いついただけさ」
ペンギン 「同じですね…。僕もある日突然、アルジに会うんだと思いついた…」
シロクマ 「不思議だなぁ…。何故、知りもしない、会ったこともないアルジとやらに会おうと思いついたんだろう…」
ペンギン 「全く、同感です…」
ペンギンは肩を竦めて見せた。だが、そもそもペンギンに肩などない。そんな風に見えただけだ。
シロクマ 「そろそろじゃないかね?」
ペンギン 「今日こそアルジが遣って来るかも?」
ペンギンは答えると、遥か遠くで傾きかけた太陽に目を遣った。太陽は約束の時刻がそろそろであることを告げていた。
ペンギン 「そんなはずありませんか…。また繰り返しですね…きっと」
シロクマは、ペンギンの向く太陽の方角とは逆の…其れが照らしている先の方角へと目を凝らした。
シロクマ 「ほぅら、遣って来たぞ…」
遥か遠くに動く黒い点が見え始めた。其の黒い点は徐々に彼らへと向かって近づいて来る。
ペンギン 「待って居る僕たちもそうですが、遣って来る彼もご苦労なことですよね…毎度々々」
シロクマ 「まぁ、其れが彼の役割なんだろうね…。仕方ない」
近づく黒い点は、更に距離を詰め、其の姿を明確にしつつあった。
セイウチだ。白く長い牙をその口元に携えて、自身の身体には似合わぬ速度で近づいて来る。
セイウチ 「あのぉ…、どうもこんにちは」
ペンギン 「どうも…。また今日も…ですか?」
セイウチ 「毎度々々、すみません…。ですが、私はアルジから託けを頼まれているだけでして…。まぁ、其れが仕事ですから…」
シロクマ 「其れは昨日も聞いたよ。で、託けは変わらんのだろう…今日も?」
セイウチはシロクマの質問に答えるでもなく、託けを口にしようとする。
しかし其れを遮る様にして、シロクマが先に言った。
シロクマ 「こう言ったんだろう?今日は行けない、明日は必ず行くから…と?」
セイウチ 「ええ。アルジは言いました。今日は行けないけれど、明日は必ず行くから…と、そう伝えてくれと…」
ペンギン 「やっぱりね…」
分かっていたことにも拘わらず、ペンギンはがっくりと嘴を下げた…。気を落とすペンギンを横目に見ながら、セイウチはシロクマに尋ねる。
セイウチ 「アルジには何と言いましょうか?」
シロクマ 「私らに会ったと。私らに会ったと言ってくれ」
セイウチ 「分かりました。そう伝えます。では…」
くるりと、其の巨大な風体には似つかわしくない素早い動きで方向を換え、来た道を振り返らずに去って行く。一度も、一度たりともセイウチは後ろを…彼らを振り返ることはなかった。
ペンギン 「明日もしアルジが現れなかったら、そろそろ帰りましょうか…故郷に」
シロクマ 「ふぅむ…。だが、もし明日こそ現れたら?」
ペンギン 「僕たちもようやく報われるってやつですかね…」
シロクマ 「同じことを、昨日も一昨日も君は言っていたね…報われたいのかい?」
ペンギン 「もちろん、報われたいですね…。報われる?救われる?まぁ、いい加減どちらでもいいんですけどね…」
シロクマ 「いや、待とう。アルジを待つんだ。待たなければならない…」
ペンギン 「散々待っているんですけどね…既に」
シロクマ 「私らは何をすべきか…。考えなければならないのは其れだ。私らはアルジが来るのを待っている。ただ其れだけ。其の約束だけを守っているんだ。待つことこそが私らの役割なのかもしれないな…」
ペンギン 「約束した覚えはないんですけどね…。此れって今更ですけど、意味があるんですかね…何かしら?待っている。ただ待っている。ただただ退屈してもいるんですけどね…」
そうして彼らは、明日も今日と同じ日を繰り返す…。
さて、今此れを読んでいる読者の方々には、こっそりとお知らせしておこう…。
実は…何を隠そう、此の物語の語り部、其れが私だ。
私はアルジ。私こそがアルジだ。
彼らは待っている…。そして、ずっと私は彼らが待つのを眺めている。
ただただ彼らを眺めている…。ずっと…ずっと…。
此れからも、此れ迄同様、彼らが私に会うことはないだろう。
だが彼らは待ち続ける…。そして語り合い続けるのだ。
何時の日か、私が彼らの目の前に現れるのを待ちながら…。
-了-
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■元ネタ:『ゴドーを待ちながら』サミュエル・ベケット(1952年)
アルジを待ちながら…。 宇佐美真里 @ottoleaf
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