ロイヤル

涼風れい

ロイヤル

――――あなたは誰かを想って泣いた夜はありますか? 誰かを本気で愛したことがありますか? 


「野々瀬! 野々瀬聞いてるのか? おい野々瀬心菜!」

 ん…?呼ばれてる……?

「起きろ!!!!」

「はっ!」

 顔を上げるとクラスの視線は自分に集まっていた。

「すみません」

 顔から火が出そうだ。また居眠りしちゃった。何回寝たら気が済むんだろう。これで三日連続。この調子じゃこれからも続きそう、今日は早く寝なきゃ……。

 そんなことを考えていたら授業終了のチャイムが鳴った。


「起立、礼、ありがとうございました」

 委員長の挨拶とともにクラスは賑やかになる。

「ちょっと心菜! あんたまた寝てたでしょ」

 と少し馬鹿にしたように笑いかけてくるあの子は楠ゆい。親友。正直友達はこの子くらいといっても過言ではない。

「ごめん、なんか最近寝不足で」

「そうなの?」

「そういえばさ、心菜この人知ってる?」

 見せられたスマホの画面には一人の男の人。パッと見イケメンだがどこかかわいさもある。

「誰これ」

「私が昔から見てる配信者のロム君!」

ロム……そういえばよく言ってたなロム君がなんとかって。

「その人がどうしたの?」

「あのね! あのねこの人最近人気が出てきて、ついにイベントすることになったの! でね、一人で行くの寂しいから心菜に一緒に来てくれないかなって。お金はかかんないから!」

 そう言うゆいの目は輝きに満ちていた。相当好きだということが言わなくても伝わってくる。

「わかった、いいよ」

「ありがとう!」

 ゆいは飛び跳ねて喜んだ。

 それからゆいはずっと上機嫌だった。

 帰り道もロムという人のことを淡々と話していた。

 その人は声がとてもいいという。俗に言うイケボ。動画配信サイトに持ち前のイケボの歌ってみたを投稿したら人気が急上昇したとか。それのおかげで今は歌い手としても活動中。ファンとの交流の機会を設けたいという本人の意思から今度のイベントが行われるそう。

「でも配信者の頃から見てる身としてはちょっと寂しいかな。まあその分より成長していってくほうが嬉しいけどね」

 少し悲しそうにゆいは呟いた。


 そして、イベント当日。ゆいより少し先に着いたので少しあたりを見渡していると、壁にでっかく貼ってある「ROMUトークイベント‐みんなとおしゃべりしたいなあ‐」と書かれた張り紙がまず目に入る。顔写真が無く、代わりに金髪で黒にちょっと灰色がかったパーカーを着たキャラクターが描かれていた。そしてあたりには女の子たちがたくさん。  

 どんな人なのだろう、とワクワクしていると、ゆいが走ってきた。

「遅くなってごめんね! 昨日楽しみで眠れなくて寝坊しちゃって……」

 少し照れ臭そうに言う。

「ううん、大丈夫間に合ってよかった。ところでその缶バッジがロムさん?」

 ゆいのバックには張り紙と同じイラストが描かれた缶バッジが二個ほどついていた。

「うん! これね、自分で作ったの! ロム君まだグッズ出すほど有名じゃなくて、それでも缶バッジほしかったから! 今回やっとグッズが出るからうれしい!」

「す、すごい……」

 まるで公式から出ているグッズと言われても軽く騙されてしまいそうな完成度だった。

「ロムさんのイベントに参加される方はご入場可能です。走らずおちついてお入りください」

 アナウンスがかかったと同時に列が動いた。

「やった! そろそろ会える!」

 ゆいの感情はもうすでにマックスだった。とても幸せそうで自分も嬉しい。


 イベント終了後。

 終わるまでの約二時間ずっと立ったままだったのでなかなか腰が痛い。でも、それ以上にイベントというものが楽しいことに気づいた。

隣のゆいは疲れ切ったのか、幸せだったのか放心状態だった。

「楽しかったね!」

 自分でも驚くぐらい元気な声でゆいに声をかけていた。

「うん、今までの夢が叶って本当に感動してる……」

 予想外の回答だった。まさか感動していたとは……。これが本当に好きという証明な気がした。会えただけで感動してしまうということは、それほど会いたかった、応援していたということだし、大好きな人に会えた時の感動を自分も味わってみたいと思った。

「心菜は? こういうイベント初めてだったよね?」

「うん、でもまた来たいなって思えたよ。ロムさんも面白いし、イベントがこんなに楽しいって知らなかった!」

 このイベントで少し元気が出た。今までなんの変哲もない毎日を送っていたけど、だれかを本気で応援して好きでいることがこんなにも素晴らしいことだと知って自分も誰かを応援しようと思えた。

「それはよかった! またこういう機会があったら一緒に行きたいね!」

「うん!」


 家に帰ってから私は今日の余韻に浸った。

 ロムさんが出てきたとき、今までに感じたことのない感情が沸き上がってきたのを鮮明に覚えている。周りの女の子たちの黄色い歓声にかき消され、その時は特に 深く考えなかったが今思うとなんだったのだろう……。

「なんかこう…想像してたよりかっこよかったから……?」

「いやそうじゃない、もっとこう……苦しくなるような……熱くなるような……」

 いつの間にか口に出して考えていた。

 でもやっぱりいくら考えてもいまの自分には答えが出てこなかった。


 だからいっそまた余韻に浸るためにロムさんの歌ってみたを聞こうと思い、パソコンに向かって検索をかけた。

                  


二 一握りの幸せと喪失感

      

 チュンチュン

 鳥の鳴き声が聞こえる。もう朝かと思い、目をこすりながらスマホの画面を見る。

 画面には七時三十八分という時間が表示された。

「嘘! もうそんな時間⁉」

 あの日から二か月が経ち、ロムさんの配信や、動画を見ることが生活の一部になっていた。

 昨日もロムさんの歌を聞きながら寝たからか、耳にはイヤホンがついたままだった。

 慌てて起き上がり、服を着替える。あせあせと顔を洗い、歯を磨く。

 鏡に映る自分は相変わらずの平凡な顔をしてこちらを見ている。

いたって私は平凡、平均的な毎日を送っている。顔も成績も運動神経も、平均並み。唯一平均並みじゃないのは、授業の居眠り回数だけ。そんなほとんど突出したことがない毎日をちょっぴり変えてくれたのがロムさんだった。

 それにしてもロムさんの声は本当に素敵だ。イケボというだけでなく安眠ボイスというやつで聞いていておちつける。おかげでよく寝られた。

そんなことを考えながら、学校の準備をして家を出ようとする。

「心菜! どこ行くの?」

母は驚いた顔をしていた。

「どこって学校だよ」

「今日日曜よ?」

「え? あ、そうじゃん。ありがとお母さん」

 なんだか今日の私は変だ。いつもなら嫌々行っていた学校に、日曜日に行こうとするなんて。明らかにおかしい。まあいいや、せっかくの日曜日だし、ゆっくりしよう。

 そう思いながらスマホを手に取り、またロムさんの歌を聞き始めた―――。


 コンコン

「心菜? もうご飯よー!」

「ん……ご飯……? だってまだ……」

「えっ! もう一時⁉」

 どうやら寝落ちをしていたみたい。それにしても五時間は寝すぎだと我ながら思う……。

 スマホを開くと最後に見たであろう、ツミッターのロムさんのページが開いていた。何気なく更新をしてみると、十秒前に投稿されたツイートがあった。


『一分だけの投稿! 東京の涼風公園に今います! よかったら会いに来てね! リア凸だあ!』


 涼風公園は家から十分で行ける距離だ。

「これはいかなきゃ! だからか、今日の様子おかしかったの! これの予兆だったのか!」

 急いでドタバタ階段をかけ下りる。

「どうしたの、そんなにバタバタ走って」

「ごめんお母さん! ご飯五分で食べたいから味わって食べられないかもしれない! せっかく作ってくれたのにごめん!」 

 言いながらお母さんの料理をほおばる。

「え? あ、急いでいるなら少し食べるだけでもいいのに……」

「おいしかった! 行ってきます!」家の扉を押し開け、外に飛び出した。

 涼風公園のあたりは人通りが少なく、あたりはしんとしていて、ただ自分の荒い息だけが道に響いていた。

 この前のイベントの時はまだそんなにロムさんのことを知らなかった。でも、その時ロムさんと出会わなければ今みたいな毎日の楽しみもなかったと思う。少なくとも自分の人生の転機を与えてくれた人なのは確かだ。そんないわば『第二の自分の生みの親』である人に出会えるチャンスを逃すわけにはいかない。

 必死に走ってやっと公園に着いた。

 あたりを見渡すとそんなに人もおらず、公園の真ん中にある大きな松の木がゆさゆさと揺れていた。

「あれ……ロムさんどこ……?」

 そう呟きながら辺りをきょろきょろ見渡す。

 この公園は小学生時代ぶりに来たので、少し懐かしみを感じる。この松の木も少しばかり立派に見えた。

 松の木に触ろうとしたとき、そばに人がいるのに気が付いた。大きめのサイズのパーカーに、黒縁眼鏡をかけて、木に寄りかかりながらスマホを見ている。

「ロム……さん……?」

「え?」 

 少しびっくりしたように彼が振り向く。

「ほんとに、来てくれたんだね」

 そう言う彼の顔は少し緩んでいた。それと同時に、私の心の中にいろんな感情が沸き上がってきた。

 また会えたことの感動、幸福。それに自分だけしかこの場所にいなく、ほかの人に出会ったことを知られた時の不安、この場にゆいもいてほしかったという後悔。

「あれ、本当は一分もたたずに消したのによく見られたね。あ、君しか来なかったしこのことは二人の秘密にでもしようか」

「二人だけの秘密……」

 その響きが頭の中をずっとループする。もしかして自分は今日本一幸せなのではないか? こんなに幸せでいいのだろうか?

「大丈夫? 口、開いたままだよ」

「え! あ! すみません!」

 考えすぎて口を閉じるのでさえ忘れていた。

「君、面白いね。名前なんて言うの?」

「心菜です」

「ここな、ね。よし! 覚えた! 今度はイベントで会おうね。じゃあ僕はこれからまた仕事だから」

 そう言って彼は去っていった。

 夢のような時間はあっという間に終わってしまった。もしかしたら本当は夢だったのかもしれない。一握りの幸せを噛みしめて私は家に帰った。

                                  

 帰ってからも私は現実を受け止めることができなかった。

 神様は私に『幸せ』だけでなく、『悲しみ』も与えてくれたみたいだ。

この思い出だってどんどん薄れていってしまう。思い出そうとしてもすべて確実に思い出せる訳じゃない。むなしさだけが自分の手元に残ってしまう気がして、胸が締め付けられた。


 月曜日――。

 今日が来てほしくなかった。

「おはよう!」

 そうやっていつものように笑顔で話しかけてくるゆいに、今日だけは笑顔で接することができなかった。なにもしていないゆいからすれば、きっと嫌がられることは分かっている。でもロムさんにあったことを言い出すことができなかった。それが彼との約束でもあるから。ただただ罪悪感が溜まっていった。

「どうしたの? 今日元気ないね?」

「昨日寝るの遅かったからかな」

「眠いのはいつものことでしょ!」

 そうやって無邪気に笑うゆいがもっと私を『悲しく』させていく。

 神様はなんて意地悪なのだろうか。こんな感情にさせられるなんて。言いたい、のに言えない。

 唯一の親友に幸せを共有できないことがここまで辛いものだと思わなかった。

 そうしてこの気持ちのまま一日が終わってしまう。いつもはロムさんの歌を聴きながら寝るのに、今日だけはできなかった。


 朝起きると涙が頬が乾いていた。なんでそうなっていたのかは分からない。でもこれがまた何かを予兆している気がした。

 小さいころから私にはそんな力があった。これから先に起こる何かを伝えようとする。そしてその予兆が起こるのもそう遅くはないことも知っていた。

 スマホを開くとその意味はすぐ分かった。


 この前のことがネットで全て晒されている。


 そして私は見事に袋の叩きになっていた。あのツイートを見ていなかった誰かが公園にいる私たちを発見したのだろう。

『こいつロムくんの彼女なの?』『は? ありえない。こんなことする人だと思わなかった』『これで炎上デビューか』『活動者なんだからプライベートはもっと隠れてやれよ』

 SNSの怖さを思い知らされた。何も本当のことじゃないのに。どうしたらいいかわからなかった。幸いにも自分のアカウントはばれていなかったみたいだが、ばれるのも時間の問題だろう。それよりロムさんが嫌われてほしくない。

 悩んだ末、ツミッターのダイレクトメールを送ることにした。


『心菜です。ごめんなさい、こんなことになってしまって。そんなつもりじゃない、って言いたいんですけど怖くて言えないです。ほんとうにごめんなさい。でも私のこと言われるのもつらいですが、ロムさんがいろいろ言われているほうがもっと嫌です。それなのに何もできなくて本当にごめんなさい。謝ることしかできないですが、私はあの時ロムさんに会えて幸せでした。うれしかったです。それだけは覚えておいてください。ロムさんの声や、笑顔はたくさんの人に愛を与えられます。このような事件が起きてしまったのは事実ですがどうか活動だけはやめないでください。お願いします。あなたは私の世界を変えてくれたんです。謝罪でも何でもしますからどうかお願いします。』


 飛行機マークのボタンを押してから重大なことに気付いた。

 この出来事はゆいもきっと知ってしまったということを。

 何もかも考えるのが嫌になって、涙が出てきた。どうしてこんなことにならなきゃいけないのだろう、平凡すぎる日常が大きく変わってしまった。神様は私に何をしたいのだろう。


 そして頬の涙が乾いていった――。

                         


三 お見通し


「学校に行きたくない」

 久しぶりにそう思った。行ったらこの前よりゆいと気まずくなるのは目に見えている。でもゆいには誤解してほしくない。本当のことを言わなきゃずっとこの関係のままだ。それが一番嫌だ。ゆいがいないともう自分には何もなくなってしまう。失いたくない。その一心で足を一歩踏み出して学校へ行った。

 学校が近づいてくる度足が重くなっていく。でもよく考えたらこんなに暗いまま学校に行ったらゆいに気を使わせるかもしれない。明るくいるのがもしかしたら一番いいのかもしれない。そう思った途端体が軽くなるのを感じた。

 勇気を振り絞り、目を瞑りながら教室の扉を開ける。聞こえてくるのはいつも通りのクラスメイト達の声。その中にゆいの声もあった。

 恐る恐る目を開けて教室を見た。そこには普段通りの教室があった。

 すぐさまゆいを探した。ゆいは自分の席の近くの友達と話していた。

「お、おはよう」

 しまったすごくぎこちない挨拶をしてしまった。

「おはよう! 心菜今日も元気ない?」

 ゆいは変わらず笑顔で話しかけてきてさらには自分のことまで見透かされてしまった。

 どうやらゆいには敵わないらしい。

「あの件、知ってる……?」

「あの件……? えっと~ロム君の?」

「そ、そう」

「それがどうしたの? 何もないんでしょ心菜とは」

「え……?」

 衝撃の言葉だった。気まずい顔もせず、自分のことまでもわかりきっていて。

「心菜のことなんてお見通しだよ。どうせアタシが気にしてると思ってたんでしょう? あんなネットの噂なんか信じるわけないじゃん。それに、心菜この前まで知らなかったんだし急にそんな関係になるわけもないことだって知ってるもん」

「ゆい……」

 声が震えた。

「え! なに、泣いてんの⁉ どうしたのさ」

 そう言いながら私を抱きしめた。ゆいの腕の中はとても暖かかった。

「だって……隠し事もして、あんなうわさも出ちゃったから合わせる顔がなかったのに、やさしいんだもんんん」

 ゆいの肩に顔を当てながら私は泣いた。学校で泣きたくなかったから小中と泣きたくてもずっと我慢してきたが、もうそんな前の努力も忘れて思いっきり泣いていた。

「隠し事?」

「ロムさんと会ったこと。たまたまツミッターいじってたらリア凸募集って言ってて……うぐっ……それで、行ってみたらほんとに居て……うぐっ……でも秘密にしようって言われたから話せなくて……ほんとはすごく話したかったのに……」

「なるほどね、よしよし。約束守ってたんだから偉いよ」

 ゆいはそう言いながら私の頭を撫でた。

「なんでそんなに優しいの……」

 この優しさに何度も救われてきた。

 入学式に一人で友達も作れず心細くて不安だらけでもう帰りたいと思ったときに「ねえ、君なんて言うの?」と声をかけてくれたのもゆいだった。

 それからどんな時もゆいは私の味方だった。

「でも、ロムさんがたくさん言われてて苦しい。どうしよう」

「そうだね、きっとロム君も苦しんでるかもね。何か助けてあげられないかな」

「私DM送っといたの。見てくれてるかな」

「そうなの? じゃあ帰ったらそれ見てみよう? 家寄っていい?」

「うん」

 その時朝礼開始のチャイム鳴った。


 放課後―――

 私たちは学校が終わってからすぐダッシュして帰った。

「お母さんただいま!!」

「お邪魔します!!」

「おかえり~ゆいちゃんもいらっしゃい、そんな急いでど……」

 そんなお母さんの声を最後まで聞き取る間もなく階段を駆け上がる。

 部屋の扉を勢いよく開け、机の上のスマホの画面を見る。そこには『ROMUさんから二件のダイレクトメッセージが届いています』という通知が来ていた。

「ゆい! 届いてる! メッセージ!」

「ほんと! 早く確認しよう!」

「うん」

 その通知をタップしてツミッターを開く。


『わざわざDMありがとう。確かに今はツミッター開くのも辛いかな。でも、君とは逆で君を巻き込んだことが僕にとっては一番つらいことだよ。本当にごめんね。でもよかった、君が誰だかまだみんなわかってないみたいで。鍵垢にしたのも早くて安心した。君にとって僕がそんな存在で嬉しいよ。きっとこの出来事が起きたのも運命だったと思うんだ。幸せだったのに今苦しい状況になってしまってごめんね。ことの発端は僕だから。君は何も悪くないんだよ。活動はやめたくないけど今はできそうにもないんだ。こんなんじゃダメだって思うけど体と手が動かなくてさ。それに君にはもう迷惑かけたくないからイベントにも来ないほうがいいと思う。君のためなんだ。』

『本当はまたイベントに来てほしいんだけどね』


 読み終わったときには目から涙が出ていた。これは予兆ではなくて。

「大丈夫? ロム君なんて?」

「ツミッター開くのも辛いって……。でも、それ以上に私を巻き込んだことが辛いって……」

「そっか、ロム君優しすぎだね……なんだか私も泣けてきちゃった」

そう言ったゆいの目から一滴の涙が落ちていった。

「なんでゆいまで泣いてんのさぁ……」

「だって、だってぇ……」

 私たちはまた抱き合いながら泣いた。もう私たちを止める人がいなくなり、ふたりで気が済むまで泣いた。

 いままでロムさんによって幸せになれていた日々が、今度は自分によってロムさんに苦しみを与えてしまったこと、それが苦しくて悔しくて。そんな私を気遣って優しくしてくれるロムさんに。それにロムさんと出会わせてくれたゆいが、自分が隠し事をしていたのにも関わらず寄り添ってくれる深い愛に。いろんな感情が入り混じって私は涙しか出てこなかった。

思う存分泣いた後、ゆいが

「ねえ、ロム君に返信しない……? きっと何か変わるかもしれない。ロム君の心情とか」

 とびしゃびしゃになった顔を拭きながら言った。

「なんて、打ったらいい?」

「そうだね、うーん、ロム君にはたくさんのファンの人がいるじゃないって。きっと私たちもそうだけど、ロム君の声をファンのみんなは聞きたがってるんじゃないかな」

「確かに私みたいにロムさんを元気の糧にして生きてる子たちはロム君がツミッターから姿を消したら悲しんでしまうと思うし」

「そうだよね? ならそれを伝えてあげなくちゃロム君気づいてないと思う。たくさんの子がロム君のこと必要として待ってること」

 ゆいに言われ私はロムさんとのDMの画面を開き文章を打ち始めた。


『心配してくれてありがとうございます。私にとってロムさんはとても大切な存在です。でもきっとほかのロムさんのファンの方も同じ気持ちだと思います。だからもしロムさんが活動する意欲が沸かないっていうなら、私たちファンのことを思い出して下さい。私たちはいつまでもロムさんを信じ続け、待ち続けています。ツミッターの通知欄見てみてください。きっとファンの子たちからたくさん応援メッセージが来ていると思います。それぐらいあなたを待っているということです。私はロムさんが何を言われたって味方です。本当のことを話したらきっとみんなも分かってくれるはずです。私たちはあなたの歌を楽しみにしています』


 伝えたい事詰め込んで、ロムさんに希望をもって欲しい。その一心で手を震わせながらDMを送った。

「励まそうとする側が泣いてたら励ますことなんてできない。だからアタシたちはもう泣かないって決めよう」

 ゆいはまた泣きそうなのをこらえながら言った。

「泣かない! 泣いてたら始まらないもんね、よし!」

 顔をパンパンと叩き、出そうになる涙をひっこめた。

「ロム君は大丈夫!」

「ロムさんは大丈夫!」

 二人で声を掛け合っているうちに頬が緩み、なんだか幸せな気持ちになった。

 これが予兆かどうかはわからないけれど。


四 ロイヤルタイム


「心菜さん……。なんでこんなに僕の事を……。そうだよな、ファンの子たちにも心配かけちゃってるよな」

 ここ三日見ていなかったリプライをみようと、通知欄を開いた。そこには、気づかないところでたくさんの人が自分を待ち続けていた。

『ロムくんだいじょうぶ? ずっと待ってるからね泣』

『私たちは味方だから、落ち着いたら戻ってきてね』

『ロムくん不足(涙)』

「みんな……。こんなにたくさんの人が待ってくれてるのに何やってんだろ」

「こうしてたって何も変わらないよな、それに僕は一人じゃなかったんだ。このままじゃだめだ!」

 よし、と気を引き締め、ロムはパソコンの前に座った。


 ピコン

 スマホの通知音が鳴った。

「ん……?」

 赤くはれていたのが戻りかけている目を擦りながらベッドから起き上がる。あの後ゆいを見送り、泣きつかれて寝ていた。

『みんなごめん、ただいま』

 通知欄にはそう書かれた動画配信アプリのロムさんからの動画投稿通知が来ていた。

「ロムさん!!!」

 興奮、感動、歓喜、期待。それを見るだけでたくさんの感情が一瞬で芽生えた。その動画はこの事件の経緯を説明し、たまたまの出来事だったというだけでなく、ファンのみんなに感謝が溢れたという内容だった。


「僕は正直みんなに嫌われてしまったって思ってた。自分のちょっとした面白そうだと思ってやったことでみんなを傷つけた。きっとあのツイートを見た人は僕が会ったあの子だけじゃないと思うんだ。けど、交際関係かのように拡散されてしまった。運が悪かったなって。きっとたぶん否定してくれてた子もいたのかもしれない。でも僕は悪い噂ばかり見て、もうダメだって勝手に思って逃げたんだ。みんなを信じることが出来なかったことをすごく後悔してる。それに気づいていれば、もっと早くこの件について報告できたかもしれなかったのに。本当にごめん。……でも僕は気づいたんだ。一人じゃないって。みんながいるって。だから僕はいつも支えて信じてずっと待っててくれるみんなのためにこれからは生きよう、そう思えた。ありがとう、本当に」

 ロムは声を少し震えさせながら話した。

 動画を見終わったころには私の目はまた赤く腫れていた。

「ロムさん、こっちこそありがとう」

 ぼそっと呟いた。

 私にとってこのことはきっと人生で忘れることはないと思う。一人のことをここまで考え続けた夜も、友達と抱き合って泣いたことも、これだけ相手のことを思いやったことも今までにはなかった、新鮮かつ苦しい出来事。

 やっぱりロムさんとの出会いは私の人生を変えてくれた。大切な時間、大切な人。これからもずっと。

 いろんな思いを巡らせてくうちにだんだん笑顔になっていった。誰かのために生きることがどれだけ素晴らしいか分かった気がする。


 そうしてロムさんは数日後リスナーのことを歌ったオリジナル曲「ロイヤルタイム」を公開した。



「そう、君を想う時間こそロイヤルタイム」

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ロイヤル 涼風れい @rogu69

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