遠い彼方からの電話

黒雨

第1話

 2042年1月26日午後9時、今日は祝日だったのだが、一日というものはとても早く過ぎるものである。明日学校に行かなければならないという憂鬱。どうせなら今すぐ春休みが始まって欲しいものである。


 今日の新聞はほとんどグローバルデイについての記事であった。この祝日は2年前から始まったもので、元は3年前の国際連合の発表がきっかけである。今から6年前の2036年、世界で初めて電話が繋がらないという事例が発生した。これは相手が電話に出なかったからというわけではない。電波の調子が悪くなっているという予兆に過ぎなかった。このような事例は世界で数百件確認されたが誰もが偶然起きた出来事だと思い込んでいた。しかし、これは偶然ではなかった。2037年日本全国でテレビが放送されていないという事態が起きた。さすがにこれは偶然ではないと大衆のほとんどが思い始めた。その後事態はどんどん悪化し、テレビ、電話、ラジオ、インターネットなどが次々と使えなくなり、最終的に情報を知る手段は新聞や手紙のみとなった。この出来事は世界規模で起きており、人々の不安をかき消すため2039年国連が電波による機器が使えなくなったことを明らかにした。この原因は今なお解明されておらず、研究が日々続けられている。ではなぜグローバルデイなのかというと、今まで繋がることが出来ていた海外との交流が途切れてしまったことに対し、外国に住む人々も同じように苦しみながらも頑張っていることを思い出すためらしい。




 1月26日午後11時30分、そろそろ眠くなってきたので寝ることにした。いつもより気温が低いこともあり、非常に寒く感じた。布団にくるまってみるがまだ入りたてなのでまだひんやり寒い。すると弟が部屋に入っていて話しかけてきた。もう寝るのかと聞かれたが、いつもいたずらをしてくるので無視をして黙ってみることにした。すると、寝てしまったと思ったのか、その後何も話さず部屋から出て行ってしまった。少し悪いことをしたかなと思ったが、明日話せばいいかと思い眠りに着いた。




 1月27日午前3時、ふと目が覚めトイレに行きたくなってしまった。冬は寒いので特に布団から出たくなかったが漏らしてしまうことを考えると行くしかなかった。夜は静まりかえり、外を走る車の音が時たま聞こえてくる。このような時間帯の廊下は不思議な雰囲気を持っている気がして、自分の家ではないように感じてしまう。家族全員ぐっすりと眠っているようだ。少し騒がしい弟が寝ているのは妙に面白かった。


 何事もなくトイレで用を足し、洗面所で手を洗っていると突然電話が鳴り始めた。3年程前から一度もなったことがなかったので非常に驚いた。これは夢なのではだと思ったがさすがにリアルすぎる。そしてこんな夜中に電話の音が鳴り響くと家族が起きてしまう。ぐっすり眠っているのを起こすのは絶対良くない。俺は恐る恐る電話を取った。


「もしもし。」


 少し沈黙が流れた後、電話からは聞いたことのある声が聞こえてきた。


「どうしてお前は俺を助けてくれないんだ。ずっと親友だと思っていたのに。最近のお前はみんなのいない所では俺に話しかけ、クラスでは俺のことを完全に無視。もうつらいよ。なんで。なんで。なんで。もういいよ。お前なんていなくなちゃえ。」


 プツンと電話が切れた。どこか脅迫めいた言葉で背筋がぞっと凍った。何が起きたんだと考えるが全く頭が追いつかない。彼はいったい誰だったんだ。間違い電話だったのだろうか。気持ち悪くなり早く寝ようと部屋に向かった。今の出来事は明日に考えよう。気がつくと自分は手を洗っていた。あれどうしてまた手を洗っているんだろう。まるでさっきまで夢を見ていたようだった。しかしあの時体験したのは絶対に現実であった。俺はトイレに行き、手を洗い、電話を取った。そしてその後寝ようと自分の部屋に戻ろうとした。これは事実である。ではなぜまた手を洗っているのだろうか。気味が悪かった。するとまた電話が鳴り始めた。不気味すぎて電話に出たくなかった。ただこんな夜中に鳴り響く電話に出ないという選択肢は用意されていなかった。


「もしもし。」


 聞こえてきた声は先ほどの男性ではなく女性であった。


「もしもし。聞こえているか分からないけど、聞いて。これはあなたに対する警告。未来と過去は同じ、ひとつのライン。でも今なら両方助かるかもしれない。」


 この人は何を言っているんだろう。訳の分からない台詞ばかり。


「あ、あの、」


「今日あなたの家族は殺されるかもしれない。きっかけはドアの鍵、だから早く・・・」


 突然ノイズが入り切れてしまった。一方的な電話電話、しかも家族の死亡宣告。ふざけるにしても程がある。もうこれ以上、おかしな電話に出たくない。そう思い自分の部屋に向かった。歩み始めると立ちくらみしたので、やはり疲れているのだと実感した。布団の中では始めにかかってきた電話を思い出しおびえながらも、なんとか眠りにつくことが出来た。




 1月27日午前8時、時計を見て驚いた。この調子だと絶対遅刻してしまう。


「母さんどうして起こしてくれなかったんだよ。いつも7時には起こすように頼んでるだろ。」


 一階に向けて大きな声で呼びかけるが返事が返ってこない。もう仕事に行ってしまったのだろうか。部屋を出ると家族全員の部屋の扉が閉まっていたことに気づき、違和感を抱いた。


「なあ、母さん、もしかしてまだ寝ているのか。」


 恐る恐る扉を開けてみた。


「え、」


「これどうなってるんだよ。」


「なあ、父さん、母さん。ただ寝てるだけだよな。返事をしてよ。ねえ、聞いてるんだからさ。ねえ、ねえ・・・」


 そこにあったのは父親と母親の死体だった。布団は血で染まり、床にまで飛び散っている。ただ彼らの顔は安らかに眠り続けているかのようだった。頭の中は真っ白でどうしたらいいのか分からなかった。ふと弟と妹のことが頭をよぎった。どうか俺のように殺されていないでくれ。部屋の前にたどり着き、ドアを開けようとする。大丈夫、大丈夫と気持ちを落ち着かせようとするが無理である。ただドアを開けるだけ。ただそれだけ。そうすればいつものように寝相の悪い弟達が眠っている。ただそれだけ。なのにどうしてこんなにびびっているのだろうか。ただその時の俺には開く勇気は無かった。心の奥底ではどうなっているのかを理解している。ただそれを自分の目で見る勇気が無い。この時の自分の心はとっくに崩壊していた。


「あああああああああああああああああああ」


 どうすることもできない絶望に押しつぶされてドアの前で泣き崩れてしまった。自分の家族は誰かによって殺されてしまった。もう俺の家族は誰一人いないのである。俺はショックのあまり意識を保てず倒れ込んで気を失った。心の中では、自分も死んでしまえば幸せだったのにと思いながら。




 気がつくと俺は家の廊下で一人立っていた。部屋に戻り時間を見てみると、時刻は午前3時頃であった。日付は1月27日である。これは夢なのか、それとも現実なのか。ただこのときには俺の心の中からつらい気持ちが抜けていた。心拍数も高くない。ふと親のことが気になった。ただもしあれが正夢で本当に死んでいたらどうする。俺は重い足を前に踏み出し、こっそりと部屋をのぞいた。暗くてあまりよく見えなかったが、父親の大きないびきが響き、生きていることが分かった。次の瞬間、俺の目から涙がこぼれ落ちた。良かった。生きていて本当に良かった。俺はまだ一人ではないということを知りとても安堵した。ただこのままでは夢のように殺されてしまうかもしれない。一階に降り、戸締まりの確認を始めた。すると玄関のドアが閉まっていないことに気づき慌てて閉めた。もしかしたら疑似体験した夢は本当に起きるのかもしれないと思い、俺は玄関で待ち伏せしてみることにした。その間は色々と今までの出来事を思い出した。一度目と二度目の電話、同じ時間を二度過ごしているということ。俺はもしかしたらタイムスリップしたのだろうか。30分経ったその時、ドアがガチャという音を立てた。ドアを一枚挟んだ先に誰かがいる。そう感じた俺はとっさにキッチンへ行って包丁を取り出し、家の外に出た。しかしもうドアの前には誰もおらずどこかに立ち去っていた。玄関を入ろうとしていたのは誰だったのか。もし入られていたらどうなっていたのか想像するのも恐ろしい。




 その後俺は父親を起こして誰かが押し入ろうとしていたことを説明し、そして近くの警察署まで行った。すぐに警察は動いてくれたが結局犯人を見つけ出すことは出来なかった。しかし実際防犯カメラを見てみると確かに家に侵入しようとしている人が映っていたので、俺は朝になるまで警察官に詳しい出来事を話すこととなった。ただ俺にとってはそんなことはどうでも良い。家族が生き残ることが出来たんだから。解放された時はもう7時だったので、親も了承し学校を休むことにした。そして安心しながらリビングのソファで眠りについた。




 目を覚ますと、俺は家のソファではない場所に座っていた。そして周りではたくさんの大人が仕事をしていた。寝起きの体をゆっくりと起こし、起き上がるとそこは警察署であることが分かった。しかしなぜ警察署にいるんだ。俺はさっきまで警察にいろいろと話してすべて伝えきったはず。するとある警察官が話しかけてきた。


「やあこんにちは。家で倒れ込んでいたけど、もう大丈夫だね。君にとってはとてもつらい話だけど、しっかりと聞いてほしい。君のご家族は今日の朝方、何者かによって刺されお亡くなりになってしまったんだ。警察としても現在監視カメラからの情報を元に犯人を捜索している状況なんだ。」


 俺には何の話をしているのか全く分からなかった。殺人犯は家に侵入せず、家族は助かったはずではないか。なのになぜこのようなことが起きている。家族が死んだ、本当に?もしそうならば俺の弟は死んだのか・・・妹も・・・




 この後のことは俺もあまり覚えていない。何かを変えることもできず、ひたすら泣いては泣いての繰り返しだった。親族のいない俺はまだ高校生であったことから孤児院に送られることとなった。そこでできた友達は家族のように接してくれたが本当の家族と思うことは出来ず、俺はただひたすら勉強し、あの夜に起きた現象を解明して過去を変えてやると心に誓った。




 それから時が経ち、俺は研究者となった。

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