少しでも不自由を感じているなら体を捨てよう!

ちびまるフォイ

とっかえられるなら新品にしたい

「先生! バイタル乱れています!!」


「くそ……これまでか……」


いくらメスで切除してもがん細胞は全身に転移していてキリがなかった。

手術を終えると病院の外にある公園へ行った。


「はぁ……」


「先生? どうしたんですか、ため息なんかついて」


「僕は落ち込んだときはいつもここへ来ているんだ。

 こうして地面をじっと見つめて心を落ち着けている」


「なにか……あったんですか?」


「がんの切除ができなくてね……」


「それは先生のせいじゃ……っ」


「ほんと、つくづく人体の構造が憎いよ。

 もし臓器だけを取り出して丸洗いできたらどれだけ楽か」


「そんなプラモデルじゃあるまいし……」


話しているとポケットから電話がなった。


「急患だ。では僕はこれで」


公園から病院へとんぼ返りする。

落ち込みモードのスイッチを切って感情を蛇口を閉めた。


「先生、では心臓摘出手術をお願いします」


「はい。みなさんもよろしくお願いします。メス」


患者の腹を開き、心臓へと目を向ける。

複雑に絡み合っている体内に切り取り線のような跡を見つけた。


「これは……?」


手をのばすとガコッと外れる音がして心臓が取れた。

網の目をかいくぐるようなメス入れも不要。


ドナーの心臓を手に取ると、また同じ場所にはめた。


「じゅ、術式終了……」


「先生! すごいです! 手術時間わずか10秒!

 患者の負担も少ないし、出血もありません!」


「いやはめただけなんだけど……」


切り取り線があったのはその患者だけではなかった。

次に病院へ担ぎ込まれたのは交通事故の患者だった。


「痛ぇよーー! 腕が! 腕がぁぁーー!」


「……右腕が複雑骨折して、骨が筋肉にめり込んでいる。

 骨の破片をひとつひとつ取り出すのは……」


「ここは病院なんだろ!? だったら交換用の腕を出してくれよ!」


「交換用?」


「こんな腕ならもういらねぇよ!」


患者は自分の右腕を掴むとガコッと取り外した。


「先生、交換用の腕をお持ちしました」

「あるの!?」


「助かったぜ!」


患者は居者の手を借りることなく新品の腕を取り付けてしまった。

取り付けるや新しい腕をぐいんぐいん回している。


「ありがとう先生、おかげでもう大丈夫だ!」


「やりましたね、先生!」

「僕はなにも……」


「患者さんが元気になって、手術もすぐに終えられて、

 病床も飽きが作れて、先生も定時に帰られる。これの何が問題なんですか?」


それからも運ばれてくる患者は取り外しができる体ばかりだった。

病院ではそんな患者に対応すべく多くの交換用ボディーパーツを培養して保存していた。


「先生、最近胃の調子が悪くて……」

「新品と交換します」


「スポーツで膝を壊してしまったんです」

「新品と交換します」


「ステージ:インフェルノのがんが見つかったんです」

「体の内部ぜんぶを新品と交換しますね」


これまで腹を切り開いて手間ひまかけていた手術も、

人間の体が取り外しできるようになってから一気に時間が短縮された。


悪い部分をピンポイントで取り外すこともできるし、

難しいときはさっさと新品と交換すれば秒で健康体に戻れる。


あらゆる負担から解放されてみんなハッピーのはずだった。


「先生、また残業ですか?」


「ああ……おかしいなぁ。時間が短縮されたのに、前より忙しくなってる気がする……」


「まあ来院する患者さん、40倍になっていますしね」


「40倍!? そんなに!?」


目の前の手術に集中していたせいか、どれだけの数をこなしていたのか気づいていなかった。


「うちの病院がそんなに評判良くなったのか……よかったよかった」


「いえ、単に診察してもらいたいだけの人が半数以上です」

「えっ?」


「人間の体って簡単に取り外しできるじゃないですか。

 新品の体でいることが多いんで、少しの不調にも気づいてしまい

 これが病気なのかどうか不安で診察にくるんですよ」


「潔癖症がほんのわずかな汚れも目についちゃう心理か……」


「まあ、たいていは病気でも怪我でもないんですけどね。」


「ううーーん、これは問題だなぁ。

 健康な人ばかり診察しているうちに、

 本当にやばい人の検出が遅れてしまいそうだ」


考えた結果、交換用の人体をわかりやすく壊れやすいものに切り替えた。

病院へ訪れる患者には積極的に壊れやすい人体パーツへと換装した。


「先生、どうしてそんな壊れやすい人体を与えたんですか?

 患者さんへの嫌がらせですか?」


「そんなんじゃない。患者は自分が健康かどうか不安に感じて病院へ来る。

 でも壊れやすいはずのパーツが壊れていなければ来院しないだろう」


「なるほど。病気の検知がしやすいような人体パーツにしたんですね」


医者の目論見は大成功。

人体パーツの露骨な不調が出ない人は病院を訪れなくなった。

これでまた負担を減らせて休めると思った。


けれど今度は病院に健康な人が押し寄せるようになった。


「先生、うちの子なんですが次の運動会で1位を取らせてあげたいんです」


「は、はぁ……」


「だからめっちゃ足の早い取替パーツをつけてください」


「お子さんはなんて言ってるんです?」

「うちの子はきっと喜んでくれます!」

「お母さんでなくて」


足が短いから、毛が濃いから、マッチョになりたい。

理由はさまざまだが新しい層の患者はより良い人体を求めて病院を訪れた。


その頃には人体培養技術もますますパワーアップしていて、

それらさまざまなニーズをも満たせるほどバリエーションを増やせていた。


「ありがとう先生! ああ、これこそ理想の体だ!!」


「喜んでもらえてよかったです」


生まれついてのヒョロガリだった患者さんは、

ムキムキの人体パーツを取り付け嬉しそうに去っていった。


「さて、この交換後の中古人体パーツを捨ててこなくちゃな」


病院には培養されている新品人体パーツのほかに、

患者が交換したもとの人体パーツがたまる。

定期的に捨てないとどんどん貯まっていくし、他の患者に取り付けるわけにもいかない。


不用品人体パーツのゴミ箱を抱えてゴミステーションへと向かった。


「……ん? 誰だ?」


ゴミステーションには人影があった。

がさがさとゴミ箱を漁っている。


「あ、あの! そこは廃棄人体パーツを捨てる場所ですよ!

 そこでいった何をしているんですか!?」


声に気づいた男はゆっくりこちらを見た。


「なにをしようと勝手じゃろう。どうせ捨てるものなんじゃろ」


男の足元には捨てられたいくつもの人体パーツを組み合わせた人間が転がっていた。


「なにをやっているんですか。フランケンシュタインでも作るつもりですか」


「わしはただもったいないと思っているだけじゃ」


欠損した人体パーツを組み合わせて人間すべてのパーツを揃えると、

フランケンはよろよろと立ち上がった。


シミが気になるからと捨てられた腕。

もっと長いのがほしいと捨てられた足。

肌の色が気に入らないと捨てられた胴体。


「そんな風に人間を作り出して……神にでもなったつもりですか!」


「お前さんこそ、簡単に人体を捨てて神にでもなったつもりかい」


「僕はただ患者さんの幸せや喜びを追求しているだけです!」


「お前さんのおかげで今じゃどいつもこいつも、

 自分の体を大切にしとらんじゃないか。

 どうせ新しいのに替えればいいやと思っとる」


「それの……それの何が悪いんですか!」


「わしは欠点だらけの体を持つこっちの人間のほうが

 自分の体と向き合うだけマシに感じとるよ」


「あんただって、健康な体になったらそうは思わないはずだ!!」


「余計なお世話じゃよ。わしはこの体を唯一無二だと思っとるから大切にしとるんじゃ」


男は去っていった。

廃棄する人体パーツを捨てると、その足で公園に向かった。


「はぁ……」


頭の中ではずっと男の言葉が引っかかっていた。


「いつでも新品にできることが、そんなに悪いことなのか……」


地面をじっと見つめていた。



よく見ると、地面にうすい切り取り線のようなものが見えてきた。

地面に手をついてみるとガコッと音がして地球の内部を開くことが出来た。


「こ、この地球の中身も新品に取り替えられるのか……!?」



けれど、その事実を自分以外の誰かに教えることはなかった。

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