命の使い方

棗颯介

命の使い方

 ———変わらない日常。


 ———つまらない人々。


 ———くだらない。すべて。


 物心ついた時から、俺はこの世界のくだらなさに気付いていた。

 家に帰ると自分を暖かく迎えてくれる両親。学校に行くとテレビだの漫画だのゲームだのの話で盛り上がるクラスメイト。外を出ると害虫のように溢れている人、人、人———。


「あぁ、本当にくだらない」


 一人で暮らしているアパートにほど近い小高い丘から眺めるこの街には、部活帰りの学生に、仕事終わりのサラリーマン、社会に貢献し終えてあとは死を待つだけの老人、その他諸々の星の数ほどあるくだらない命が見て取れた。


 ———一体彼らは何のために生きている?


 ———愛する家族のため?今日過ごした友達と明日も遊ぶため?明日は今日よりも幸福な一日になると本気で信じているのか?


 ———せっせこせっせこと健気なもんだ。自分で望んだわけではなく親の都合で勝手にこの世界に生み落とされて、さもこの世界は幸福に満ちているかのように教育を施され、世のため人のために身を粉にして働くことが当たり前だと信じ込んでいる。友達を作り、恋人を作り、結婚して×××して繁殖して。自分で自分の人生を必死に正当化していつの間にか一生を終える。


 ———ちょっとは自分の頭を使えよ。


 ———今のこの世界に疑問を持たないのか?


 きっとあいつらは自分達こそが正しい命の使い方をしていると信じて疑っていないんだろう。

 なら俺は、世界一くだらない命の使い方をしてやるさ。この世界で生きることと自分の命に何の価値もないっていうことを証明するために。

 君たちからすればくだらないように見えるだろうが、俺からすればこのクソったれな世界に生まれたことも、今こうして生きていることも間違いで、息をしているだけで気が狂いそうになるんだよ。酒を飲もうが女を抱こうが、このどうしようもない世界と自分の命への嫌悪が晴れることはないんだ。


 ———さーて、どういう使い方が最もくだらないのかな。


 家に帰りながら俺はひたすら自分の命をどう使うかを考えていた。

 薬物を飲んで女と×××中に繋がったまま死ぬのはどうだろう。きっと世界一の笑い者になるだろうな。いやでも同じような死に方をした奴はもういるんだったっけか。というかこれだと使い方じゃなくて死に方だな。

 思案していると、ふと歩道の脇にごく自然に溶け込んでいる自動販売機が目に入った。

 お茶に天然水、炭酸飲料、スポーツドリンク。どこにでもあるありきたりなラインナップだ。


 ———閃いた。


 俺が思いついた、本当にくだらない命の使い方。


 その日の晩も、俺は知り合いの女とホテルで過ごしていた。金を貰って楽しめるのだから下手なバイトよりも割がいい。何度か頭のおかしな女が子種を寄越せなんて迫ってきたが、そういう余裕のない女ほど調教しやすかった。俺を生んだ両親のことは気に入らないが、美形に生んでくれたことだけは評価できるな。それももうすぐ意味がなくなるんだけど。

 この女の名前は何だっけか。まぁ誰でもいい。


「今日はいつになく甘えん坊だねぇ、まるで猫じゃないか」

「貴方が私をここまで骨抜きにしたんでしょ?今日も素敵だったわ」


 そう言いながら名前を忘れた女は俺の胸にすり寄る。

 女の身体の柔らかな部分が俺に密着するが、今夜は少し張り切りすぎたせいか今はそそられない。


「なぁ、一つ賭けをしないか」

「どうしたのいきなり?」


 女は無垢な瞳で俺の顔を覗き込む。この女は自分がこれから命のやり取りをするとは全く思っていない。まぁ命のやり取りはさっきまでしていたと言えばしていたのだが。


「今から俺、自販機で飲み物を買ってこようと思うんだけど」

「うん」

「俺が何の飲み物を買ってくるか当てられたら、君と結婚してもいい。君が望むなら子供だって作ろう」

「え、本当に!?」


 俺に躾けられて今までさんざんお預けを喰らっていた女は、まるで新しいおもちゃを買ってあげると告げられた子供のような目でこちらを見る。


「その代わり、外れた場合俺は死ぬ」

「え?どういうこと?」


 女は俺が何を言っているのか分からないという顔をしているが、その表情は半笑いだ。本気にはしていない。俺のタチの悪い冗談よりも、俺とのくだらない輝かしい未来と新しい命の予感に夢中になっているのだろう。


「じゃあ今から買ってくるから、今のうちに考えておいてよ」


 それだけ言うと俺は自分に絡みつく女の手を払いのけ、下着の上から部屋にあったバスローブを羽織り部屋を出る。俺のいた部屋があるフロアには自動販売機が二つ。片方はコンドームが、もう片方は飲料が売られている。この賭けに勝とうが負けようが、コンドームは必要ない。買うのはこっちだ。飲料が売られている自販機には、天然水から炭酸飲料、コーヒー、紅茶、スポーツドリンク、エナジードリンクまでそれなりの種類が揃っている。


 ———さて、どれにするか。


「おまたせ。さて、答えを聞こうか?」


 部屋に戻った俺は買ってきた飲み物を背中に隠しながら、ベッドで待っていた女に問いかける。

 これはいわば、この世界への挑戦だ。

 勝てば俺はこの世界に唾を吐いておさらばできる。負ければクソったれなこの世界に迎合する羽目になる。


「んーとね、ミルクティー?」


 ———勝った。


「残念、ストレートティーだ」


 俺は背中に隠していた二本のストレートティーを女に見せ、片方を投げて寄越す。


「あー残念。せっかくのチャンスだったのに」

「君は、そんなに俺と一緒にいたいのかい?」

「そりゃあね。私もう貴方がいないと満足できない身体にされちゃったし」

「そこまで君を躾けた覚えはないんだけどなぁ」

「それに、好きな人と一緒になって、子供を作って、歳をとって、家族や友達に見守られながら一生を終えるのって素敵だと思わない?」


 ———ふざけるな。反吐が出る。


「そうかそうか、ちなみに君はそれのどこが魅力的だと思うのかな?」

「え?」

「好きな人と一緒になって、子供を作って、歳をとって、家族や友達に見守られながら一生を終える。それって君が他の人からそれが幸せなことだって教わったからそう思い込んでいるだけなんじゃないのかな?」


 ———どいつもこいつも。


「常識、倫理、尊厳、社会、命。全部他人の都合にすぎないのに」


 ———どうして疑問に思わない?


「だから俺は、この世界も自分の命も大っ嫌いなんだ」


 ———さようなら、くだらないクソったれな世界。


 俺は薬物を混ぜたストレートティーを一気に飲み干した。


 ———俺は世界おまえの思い通りになってやるかよ。

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