第4章

 久しぶりに四人が降り立った異世界は、全く様相が変わっていた。

 水と緑の王国は、毒沼と黒い森に転じており、抜けるように明るい青空は、力のない太陽の薄暮に取って代わられ、薄靄で視界もかなり通らなくなっている。

 空間全体が、不吉な感じがした。


「完全にクリア後の裏面、って感じだねえ」

「これで、ボクの仮説は通ったッスね。

 まーだ世界は滅んでないじゃないか。

 あのスピカわんころ野郎、やっぱ嘘ついていやがった」

「でも光、これ結構深刻よ。探知魔法で見る限り、異常に強力な敵だらけ。それも、王国全土に」

「大丈夫、想定の範囲内ッス。

 とりあえず、スピカわんころ見つけて合流しましょう」


 *


 スピカと再開するのは、全く難しくなかった。

 探知魔法で、モンスター側ではない強力な存在、といえば、もう王国内に一つしか残っていなかった。


「君たちは……なんで!」

「あれ、なんかめっちゃおっきくなってる。

 このふわもこは、あとでたっぷり堪能させてもらうしかないス」


 スピカは、王城の正門の前でモンスターの大群の前で、孤軍奮闘していた。以前の三十センチほどの体長が、今では二メートルを超えた、白く美しい聖獣となっていた。


「どうやって!

 いや、なんで、なんで戻ってきてしまったの。

 もう、君たちには手に負えない問題になってるのに! どうして! 君たちは、もう関係ないのに!!」


 つかさは、笑顔を顔面に貼り付けたまま、巨大なわんこの頭部に、ガツン、と拳を入れた。小さいときもツッコミはキツめに入れてたけど、大きくなって遠慮がなくなってた。


「畜生が、ナマ言ってるんじゃない。

 ご主人サマたちのお戻りだ。

 尻尾降ってお出迎え、だろ。スピカ」

「俺はクリア後のエンドコンテンツを触る前に全部残して辞めるのは、なんかスッキリしなくてなあ」


 涼真が身長を超える方盾ヒーターシールドを構えながら、わんこに笑いかける。


「君たち……。

 戻ってきてくれたことは、正直、本当に嬉しい。ぼくはあんな事言ってしまったのに。

 でも、君たちには『担い手キャリア』が欠落している。

 駄目なんだもう。聖剣を欠いたまま、魔王ホロボスモノ大魔王サバクモノも倒せたのは、本当に凄い。素晴らしい偉業だ。

 でも、この先はそうは行かない。聖剣が介在しあって五分の戦いだ。

 聖剣を得ることが出来なかった、この並行世界は負けが決まってしまった。

 あとはもう、撤退するしかない」

スピカわんころさあ、また嘘言ってるスね。

 ここは負けた並行世界で、もう撤退するしかない。

 じゃあなんで撤退してないんスか? 空間渡りの力のある君が」

「それは……」

「それを言葉にさせちゃうほど、ボクも野暮じゃない。

 でもさ、偶然スけど、ボクたちも似たような心境なんですよ。

 たまたま」


 光は、スピカが背負った城塞を遠目で見遣る。まだ、多くの人が中で生活しているのだろう。


「光……」

「まあ大丈夫スよ。本当にヤバけりゃ、開発したばかりの異世界転送術で逃げるから。

 でも、まだ人類が生き残っているうちは、やれるだけのことはやろう」

「……わかった。

 こっちにも指示をください。やれるところまではやりましょう」

「うちにはすっげえ司令塔がいるからね。

 スピカも今なら戦えるんだろ。彼女の言うこと聞いて動きゃなんとかなるさ」

 幸太郎がスピカを頭を撫ぜて励ます。かれは、異世界へ行き来が出来ることがわかってからは、別人のように人格が落ち着いた。

 そのまま、どこかに姿を消す。どこかの物陰で気配を消しているのだろう。不意打ちが、彼の本領だ。

 光は、遠巻きにこちらを伺っている魔物の大群を眺めながら、笑みすら浮かべていた。

「すっごく強いよこいつら。

 見た目は前の魔物の色違いだけど、強さが桁違いだ。一匹一匹の雑魚が、あの大魔王より上ッスね。

 この状況、普通にやったら、万に一つも勝てないね、こりゃ」


 スピカの首辺りの毛が深い部分をワシワシしながら、


「でもね、スピカ。

 ここにはみんながいる。

 そして、ボクがいる。

 ボクは『負けイベント戦闘』なんて、絶対に許容しない。

 一度も間違えられない詰め将棋だとしても、勝ち筋さえあれば、必ず何とかするッス。

 大丈夫、任せて」


<了>

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終わりのその先に 神崎赤珊瑚 @coralhowling

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