第6話

 久しぶりによっちゃんたちと帰るな、と思った。ほぼ小学校ぶりじゃないか、とも思う。それなのに、まるで昨日まで一緒に帰っていたかのように会話がスムーズに続いた。

  

 一緒にいなかった空白の時間がなかったかのように進む。

 以前と違うのは、話す内容が小学校から中学校の同級生の話になったこと、少し夜遅くにやっているテレビ番組の話をしていること、そして、部活をサボったという後ろめたさからくる薄暗い感情があることだった。



「よっちゃん家、久々にきたわ」

「だよなー。中学に入ってからあんま遊ばなくなったもんな」

「うん。久々だけど全然変わってないね。漫画が増えてるくらいかな。あ、この漫画もうこんなに進んでるんだ。こっちは前なかったやつだよね?」

「そうそう! それが最近すげー面白くてさ!」

「よっちゃんよっちゃん、ゲーム勝手に準備していい? やりたすぎて我慢できねえわ!」


 一人の友人が我慢できずによっちゃん家のゲームキューブを勝手にいじっていた。

 さっそく大乱闘スマッシュブラザーズDXを始めることにした。

 七人いるから、四人プレイして残りはその戦いを眺めるか、よっちゃんが集めた漫画を読んでいた。


 変にそわそわして落ち着かない。ゲームに集中できない。すぐに操作キャラが吹っ飛ばされて負けてしまう。抜けた後は漫画を読む。けれど目が上滑りし内容がほとんど入ってこない。


 雨のせいか、部活をさぼった罪悪感がずっと胸の中でぐるぐるしていた。

 頻繁ひんぱんに時計が気になる。確認する度にまだ部活のみんなは辛い練習に耐えているんだろうなぁとぼんやりと思った。

 そんなことを続けて1時間ほどたって、ある瞬間から少し気が楽になった。

 時計は18時半を示している。中学校の完全下校時刻、つまりは部活が完全に終了し、みんな帰路についていることを意味する。


 サボった事実は変わらないのに、なぜかみんなが部活をやっているかやっていないかだけでこんなにも気持ちが軽くなるんだと驚いた。


 そして、そんなことでほっとしている自分にも少し嫌になる。

 けれど楽になるにはなったので、ゲームに集中しようという気持ちにはなれた。

 俄然がぜん、これまでの負けをそのままお返ししなければ。



 けれども、そうはうまくいかなかった。



「そろそろ帰るわ、じゃあまた明日な」



 家が遠い友人が一人また一人と時間だからと言って帰っていく。

 僕はここから歩いてすぐだからまだもう少し残ることができる。


 19時前になったころ、奇しくも残ったのはあの頃の、小学生のころ一緒によく遊んだメンバー四人だった。



 よっちゃん、シンタロウ、ユウキ、そして僕。妖精のような女の子と出会い、そして追いかけ、追いついた者と追いつかなかった者。



 再び僕の胸を黒く渦巻くものが満たされていく。



「ちょっと聞きたいことあるんだけどさ、ちょっと昔のこと」



 残機がゼロになり、画面をぼーっと眺めていた僕は、無意識に、そう声をかけていた。



「俺らまだ中学生だろ。昔って、そんなにさかのぼれないだろ。お母さんのおなかにいたころの話か?」

「っだぁ! ちくしょ、やられたー! えーっと、かーさんのおなかの頃に会った記憶はないなぁ。いやそもそもそのころの記憶ないけど」

「まさか前世の話か?」

「お前前世の記憶あんのぉ!? すげえな!」



 みんなプレイしながら茶化してくるが、僕は「小学四年生頃の夏休みの」と言葉を続けた。



 たどたどしいけれど、あのときのことを思い出すようにしゃべった。公園で会った初めて見る白いワンピースの女の子。一度別れたがもう一度遊ぼうと追いかけたこと、そして踏切で僕だけが渡れなかったこと。



 ゲームをプレイしながら僕の言葉を聞く3人はおのおの「あー」とか「ほうほう」とか相槌を打つ。

 僕の次に負けてコントローラを手放していたユウキは「懐かしいなぁ」と思い出すように目を細めて宙を見つめていた。


「ちっくしょ! ミスった! 絶対今の勝てたわ! こんちくしょぉ!」

「あっはは、引っかかってやんの馬鹿でえ!」



 シンタロウのフェイントによっちゃんが引っかかりカウンターでゲームセット、ゲームは勝者が決まりひと段落ついた。最後まで戦っていた二人がこちらに向き直り改めて聞く。



「そんで、その話がどうかしたか?」

「僕と別れたあと、どうなったのかなって思って」

「あれ? 話さなかったっけか?」

「うん。あ、いや、遊んだって話は聞いたけどそのほかのことはなんも教えてくれなかった」



「それ以外のこと~?」とよっちゃんが頭をひねる。




「踏切の向こう側であの子と会って、もしかして――」


 

 もしかして、彼女が魔法使いの子で魔法を使っているところを見てしまって、だったり、突然現れた異形の存在に追われて逃げた先が異世界で、だったり。

 そして、現実では一夜限りの、でもみんなの中では何日もかけたわくわくするような冒険をしていたり――。


 頭の中が、小学校四年生のころに戻ってしまったようだった。

 想像が止まらない。

 僕が体験できなかった何か大切なことを経験しているのではないか。

 僕と違って、踏切の向こう側に渡れた人物だけが、僕と違って部活で結果を残せるような実力を持った人物だけが体験できることを。




「言っちまえよ、よっちゃん」




 そう声に出したのはシンタロウだった。

 その顔はにやにやしていた。「そうそう」というユウキも口を突き出して笑いをこらえようとしている。


 よっちゃんの顔を見る。「あー、思い出したわ」とつぶやくよっちゃんは誰よりも気持ち悪そうな、にたにたとした笑顔を浮かべていた。




「何か、あったの?」

「んー? お前も気になるお年頃なのか~? このむっつりめ!」

「へ? なんだよそれ」






「パンツだよ」

「は?」





 パンツ? どういうことだ? まったく意味が分からない。

 困惑しているとにたにた顔のよっちゃんが解説を始めた。




 そこでまず僕はひとつ勘違いしていたことが発覚する。


 踏切の向こう側で女の子と合流したみんなは僕を置いていくようなことはせず、ずっと待っていたらしい。

 遮断機が上がった後、僕がいないのを確認したみんなは、仕方なく残ったメンバーで遊ぶことにした。両親が共働きで帰ってもひとりで寂しいからと女の子はすぐに遊ぶことを了承した。


 道を少し行ったところに彼女がいつも遊んでいるという公園があり、そこで遊ぶことになった。ブランコや回転台、鬼ごっこや色鬼をしたりした。そしてもちろん、みんな大好きジャングル鬼もやった。


 問題はそこで起きたのだった。


 先にも説明した通り、女の子は白いワンピース姿だった。

 ワンピースの下にはレギンスやインナーを着ることもあるらしいが、その時期は夏で、小学生であることもあって、彼女はワンピースの下は下着だけであった。

 そこでジャングル鬼だ。言わずもがな、ジャングルジムの中でくねくねと上下左右に動き回る中で彼女の下着があらわになってしまっていたらしい。また、あまり身なりに頓着とんちゃくしないたちだったらしく、遊び盛りな彼女はかなりオーバーな動きをしていたことがより状況を悪化させていた。よっちゃんたちは恥ずかしながらもずっと一緒に遊んでいたという。彼女と別れたあと、三人は互いにこのことは秘密にしようと決めたらしい。


 説明を聞いた後、僕はぽかんとしていた。


「そんなこと……?」


「そんなことだよ。小四じゃあそんなもんだろ」

「実は俺たちはお前よりも先に大人の階段を上っていたんだよ」

「今となっちゃくっそくだらねえけどな」

「いや、そんなことないだろ」


「というか――」


 待っててくれたんだ、と僕はポツリとつぶやく。

 


「待ってるに決まってんだろ。てかなんだその間抜け面は?」

「もしかして羨ましかったのか? さすがむっつりめ」

「いや、違うよ。僕はてっきり――」


 てっきり。

 僕ははっとした。

 みんなが僕を置いて行ったと思っていた。

 そして――。

 僕は何を考えていたんだ?

 選ばれた子供たち、主人公たちが迎える別世界の冒険、魔法や神秘の生き物たちが住んでいる場所での特別な思い出。そんなスリル満点な冒険を送っているよっちゃんたち――。



 僕はかあっと顔が熱くなるのを感じた。

 なんて恥ずかしいことを想像していたんだ。

 いくら昔からファンタジー小説が好きだからといって、そんな荒唐無稽なものを中学生になってまで現実につなげようとするなんて。

 こんなでは中二病と馬鹿にされてしまう。


「てっきりなんだ?」

「い、いや別に……」

「まさかもっとエロいことを想像していたか?」

「そんなまさか……」

「さすがむっつり大魔王だなぁ!」

「違うって! 僕はただ――」


 そのとき、僕は何と説明したか正確に覚えていない。

 けれど、魔法の世界とか、ドラゴンやトロールが出てくる世界とか、世界の平和を守るための大冒険だとか最近読んだ小説の内容をまぜこぜにしたものをしゃべっていたと思う。


 それを聞いた三人は大爆笑の嵐だった。

「すっげえ楽しそうだな! 俺だったらドラゴン使役してみてえや! いや、逆にドラゴンスレイヤーとかもかっこいいな!」とか「いやいや、やっぱり魔法のことも学ばないといけないから魔法学校入りなおすんだって! ハリポタみたいに」とか「みんな隠された力が発揮されちゃってとかか? お前はどんな力が発揮するんだ?」とか。







 僕の羞恥心が悲鳴を上げ、そして実際に「もう遅いから帰る!」とも叫んでよっちゃんを飛び出していった。



 外はすでに雨が上がっていた。


 街頭で照らされた道を、僕は爆走した。羞恥と体力切れですぐに息が上がり、間もなく歩きに切り替わる。

 真っ黒な空のなかに灰色がかった雲がところどころ浮かんではいるが、星の輝きはどこまでも広がっていることが確認できる。


「みんな、待ってくれてたんだ……」


 僕は一人つぶやく。置いて行かれたと感じたのは僕の勘違いでみんな踏切の向こう側で待っていてくれた。その事実に、長い間僕のこころに突っかかっていたものが、いともたやすく外れた感覚を覚える。


 結局、僕は勝手に置いていかれた気になって、勝手に辛くなっていただけだった。

それに、小学生のころ想像していた踏切の向こう側の物語と比べて現実がくだらなすぎて、自然と笑いが込み上げてくる。



今日、小学生の時と何ら変わらず遊ぶことができたこと、そして――。



『待ってるに決まってんだろ』



 その言葉が聞けただけで、もう少し頑張れる気がする。

 とりあえず、明日は部活はサボらずに出ようと思った。


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踏切の向こう側 四方山次郎 @yomoyamaziro

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