金髪雪と銀髪風
学校に到着した
教室に入ると、私の隣の席に座りながら、金髪をピョコピョコさせ、妹の
相も変わらず仲が良さそうな
氷雨も同じく──氷雨の場合は、私の一個前の席、銀髪をピョコピョコさせながら、姉の雪と喋っている風の隣の席に着く。
私と同じく、雪風姉妹に挨拶はしない。
前にこちらから親切に、やりたくはなかったけれど、隣の席だからという理由で、「おはよう」と言ってみたら、いやに調子に乗った雪風姉妹が、現れたのでそれ以降は、挨拶をしないことが、私と氷雨の暗黙の了解になっている。
けれど、私たちが二人に挨拶をしないだけで、雪風姉妹は私たちに平気で声をかけてくる。
「おはよ、仲良し婦婦さん」
「お、さすが雪ちゃんもう間違えなくなってるね」
「そりゃそうよ、私を誰だと思ってるの? あの天下の雪風雪だぞ?」
どこの天下なら、この二人が取れるのかはなはだ疑問ではあるけれど、そんなどうでもいいことは窓の外に放り投げて置いておくとして、このままだとまた、雪風姉妹がイチャイチャし始めてしまうので、私はその間に入ることにした。
「朝からうるさいよ、雪風の姉」
「あ、やっと反応してくれた。なんで毎朝毎朝挨拶してくれないんだよー」
肩を激しく揺すってくる雪。
間に入っても入らなくても、うるさくて面倒くさいなんて、どうすればいいんだよ。
「もう少し、いや、もっと静かにしてくれたら挨拶ぐらいしてやるよ」
「うーんそれは無理なお願いだね、
「なんでそれを自信満々に言えるのか、私にはわからないけれど、それなら私があんたたち二人に挨拶をすることは、今後、生きている限りありえないことだと思っといて」
「ひっど」
「ひどいよ」
「うっさい、どうでもいいんだよ⋯⋯あんたたちのことなんて」
空気が凍った。
瞬間冷凍されたみたいに、一瞬にして私の呼吸のための空気までもが、凍った。
言い過ぎたのだろうか、本人の前で本人のことを、どうでもいいなんてのは、流石にやってはいけないことだったのだろうか。
あー、面倒くさい。
人付き合いが面倒だから、私はこういう性格になったのに、本当この二人に目をつけられたのは、最悪だった。
「ははは、そっかそっか、私たちのこと興味ないか、そうだよね。私たちのこと──」
「でもさでもさ、雪ちゃん。今詩織ちゃんは私と雪ちゃんのこと興味ないかもしれないけどさ、それって、これからもっと仲良くなれるってことでしょ? そんなの伸び代しかないじゃん」
「おおー、それは確かにその通りだな風ちゃん。さすが私の妹!」
「ふふ、そんな褒められると私テンション上がっちゃうよ?」
「いいぞいいぞ、もっとテンション上げてけ──ってわけだからさ、詩織ちゃん。これからも仲良くしようね」
ポジティブの塊みたいな雪風姉妹を見ていると、目が回ってくる。
くらくらくらくら。
「もう、勝手にすれば」
あー、ほんとに、ホントに、本当に、面倒くさい。
うざい、ウザい、ウザイ、鬱陶い。
うっとうしい、ウットウシイ、鬱陶しい。
どうでもいい、ドウデモイイ、如何でもいい。
この二人のことなんて、面倒くさくて、うざくて、うっとうしくて、どうでもいい。
そう思ってる。
私は、そう思っている。
「本当に──」
微笑んでいる二人に、私は一言言ってやろうとした。
けれど、私の言葉は途中で遮られた。
「次、移動教室だからそろそろ出ないとだよ」
今まで、一人で黙々と話を聞いていた氷雨が、遮った。私が、それを言うのが許せないように。
声色はいつもと変わらない。私を優しく見ていてくれる氷雨の、声だ。
笑っている。
氷雨の表情は、笑顔だ。
嘘っぱちの笑顔に、私は従った。
「うん、わかった。準備するからちょっと待ってて」
鞄から教科書類を、取り出して、その中から次に必要な教科書だけを抜き取っていく。
抜き取った教科書は、机に置き、鞄を定位置に掛ける。
「じゃあ、行こっか」
私と同時に準備を始めた雪風姉妹も準備が終わったようなので、私は声をかけた。
「う、うん。風ちゃん行こ⋯⋯」
今までポジティブな、笑顔を見せていた雪風の姉も、氷雨の言葉に多少なりとも影響を受けたのか、縮こまっているというか、なんだか少し気が沈んでいる気がする。けれどそんな状況でも、雪風の姉は、雪風の妹を護ろうとしてか、手を繋いでいる。
これが仲の良い普通の姉妹。
その光景を横目に見ながら、氷雨は教室から目的地である音楽室に、足を向けた。
私は、先導する氷雨についていく。
雪風姉妹は、さらにその後ろ。
先ほどよりも、確かに空気が凍っている。
私が凍らせた空気を、外に出せばすぐに溶け出す氷に例えるなら、今の空気は、外の気温がどれだけ暑くかろうが、どれだけ暑いお湯に入れようが溶けず、その氷を小さくするには、人間の手によってかち割るしかない氷、そんなような例えになるだろう。
ただ、その氷も例えにだした通り、人間には壊せるのだ。だからこの凍った空気も人間なら、壊せるのでは。
正直、きついものはある。
面倒くさいし、別に私だけ先に移動して、どうでもいいと知らないフリをすればそれでいいのだけれど、今の私にそうすることはできなかった。
どうでもいいけれど、このままだと私と氷雨の間に亀裂が入りその亀裂が、どんどん、段々、次第に大きくなって、幸せな時間もなくなってしまいそうな、そんな気がしたから。
私は氷雨にそこまで興味を抱かないし、ラインも踏まないように気をつけるつもりではあるけれど、それでも氷雨には私の側にいてほしいのだ。
自分勝手で、自己中だけれど、それが私なのだ。
「ねぇ氷雨、ちょっと授業サボらない?」
この時私は、初めて氷雨をサボりに誘った。
「それで、なんで氷雨怒ってるの?」
学校近くの河川敷、そこのベンチに二人で腰を掛けて、俯いている氷雨に私は、話しかける。
学校でサボりを提案した時、快くではなく、快く思わずに、氷雨は頷いていた。
「別に、怒ってるわけじゃない⋯⋯ただ、ちょっとだけムカついただけで」
「そう⋯⋯まぁ別にどんな理由で怒ってようと私はどうでもいいし、気にしないけどさ、一つ言うなら、私の幸せだけは壊さないでほしい」
氷雨は、俯いたまま顔は上げない、表情の見えない氷雨に私は語りかける。
「その幸せっていうのには、もちろん氷雨も含まれてるよ、だから氷雨との間に亀裂は生みたくないし、この幼馴染っていう関係も壊したくない。だからお願い、氷雨はいつもどおり変わらず私の側にいてよ」
「なにそれ」
私から顔を隠した氷雨から、声が漏れる。
「
「わがままなのはわかってる。けど私にはそれしかできないから」
氷雨の頭を撫でる。
ごめん。
自分勝手でごめん。
「そんなのわたしには──無理」
私の手を払い、氷雨は顔を上げる、その時氷雨は目に涙を流しながら、私の目を見つめる。
「わたしは、白雪に興味を持ってほしい。わたしの目を見て話してほしい。わたしは、白雪のことをもっと知りたい。わたしは、わたしのことを白雪にもっと知ってほしい。わたしは、白雪にもっと愛してほしい。誰よりも、愛していてほしい。白雪のただ一つの大切な──どうでもよくない存在になりたい」
だから──
「どうでもいいなんて言わないで」
「無理、私にそれは無理。私にとって氷雨は側にいてくれたらそれ以外はどうでもいい。氷雨がどんな考えで動いていようと、どんな気持ちで動いていようと、私はどうでもいい、氷雨がどれだけ私を好きだとしても、私は氷雨を好きにはならない。だってそんなの──どうでもいいから」
「ならなんで、あの二人は大切な存在になりかけたの? あの二人なんかよりわたしの方が白雪と一緒にいるのに」
「そんなの簡単だよ。氷雨が私の幼馴染だから──あの姉妹は出会ってまだ数ヶ月、対して氷雨は、物心ついた時から一緒にいる。そんなの、何十年と一緒にいる人よりも、数ヶ月だけ一緒にいる人の方が、関係性が変わりやすいのは必然じゃない?」
「なにそれなにそれなにそれなにそれなにそれなにそれなにそれなにそれなにそれなにそれなにそれ、わたしが、幼馴染だった、ただそれだけで、たったそれだけのことで────私のことを好きになってくれないの?」
私は、小さく首を縦に振る。
この後の言葉に嘘偽りは、一つもない。心からの本心。けれど今の氷雨には信じてもらえないかもしれない。
「ごめん」
足を一歩進め、氷雨を抱きしめる。
優しく。
頭を撫でる。
「ごめん⋯⋯でも私の側にはいてほしい」
氷雨は私の胸の中で、泣いている。喋れないほどに泣いている。
そんな氷雨を私は、抱きしめることしかできない。
だって、幼馴染だからわかってしまう。
氷雨は、今は涙を流しているけれど、泣き止んだ時にはいつもの調子に戻って、私の側にいてくれるだろうってことが。
だから私は、何も言わない、何もしない。
この関係が、壊れなければそれでいい。
私はそれだけで──幸せなのだ。
どうでもいいは便利な言葉 tada @MOKU0529
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