神社での面倒くさい出来事

 鯉との雑談が終わり、私がゲームに没頭していると、時間はあっという間に春風が窓から流れてくる、気持ちいい時間になっていた。

 ゲームの電源を切り、急いでお風呂に入る。いつまでも入らないでいると母さんが、鬼の形相で睨みつけてくるからだ。本当は、深夜にでも入りたいのだけれど、しょうがない。

 どれだけ家族のことがどうでもよくても、最低限のルールというか、迷惑はかけないようにしないといけないという気持ちは、私の中にも少しだけ存在していた。

 そんな少しだけ良い子の私は、お風呂から出てご飯を食べる。食べ終わると、居心地のいい自室に戻る。

 煩わしく、面倒くさい相手もこの自室には一人もいない。

 その自室でだらけていると、電話がなった。

 文字伝いもメッセージだった。

 送り主は、氷雨ひさめ

 こんな時間に珍しいと思いつつ私は、メッセージを開く。

『明日学校こないと、そのまま連休に入っちゃうよ』

 という旨のメッセージ、無視してもいいかなとも思ったけれど、連休前の最後の登校日、ここで行けばなんとなく気持ちが楽になるかもしれない、そんな気持ちが、私の心の中に入ってきたので、氷雨のメッセージを返す。

『わかった、明日は行く』

 氷雨からの返信は、驚きのスタンプとほぼ同時に、

『よかった』

 という一言もも届いたのだった。

 これで、私は明日学校に行くことが決定したわけだけれど、なんというか、とてもその、面倒くさくなってきた。

 氷雨にメッセージを送ってから、数秒も経っていない。

 経っていないからこそ、ここで氷雨に『やっぱ行かない』なんて送ったら氷雨はどんな反応をするのだろうか、多少気になりはしたけれど、送るのはやめておいた。

 なぜなら、気になりはしたけれど、それ自体がどうでもよくなってしまったから。

 

 時々思うことがある。

 人は寝て起きて寝る、また起きて寝る、そんな生活を当たり前に行なっているけれど、もしその度に新しい世界になっているとしたらどうなるのだろう。

 例えば、寝る前に枕元に置いた電話が、起きてみたら床に落ちていた。

 そういったことが起きた場合私は、そこが別の世界なんじゃないかと思ってしまう。

 そりゃ事実を言ってしまえば、寝ている私が、自分で電話を床に落としてしまったというだけの話なのだけれど、そういうことではない。

 眠る前に見た景色、物の配置、やったこと、それらが目を覚ましてみると、全く別のモノに見えてしまことが私は、時々ある。

 景色ならば、部屋から見える外の景色が、夜から朝に変わっている。当然ではあるけれど、考えてみると不思議だ。私が寝ている間にも時間は進むし、人は動く、けれど寝ている私にはそんなの関係ない。時間は知らない。人間の動きもわからない。そんな私が、目を覚ますと、外は明るくなっている、そこで私は思うのだ。

 あれ? ここ別の世界かも。

 ってね。

 こんな風に考えるのは、私だけなのだろうか、どうなのだろう。

 まぁどうでもいいかこんな話。

 明日学校に着くまでの雑談のタネにでも、しようか。

 そんなことを考えながら、私、白雪詩織は、夢の中でまぶたを閉じて眠りにつくのでした。

 

 夢の中でまぶたを閉じて眠りについた私は、現実でまぶたを開けて目を覚ます。

「めんどくせー」

 心底呟き、登校の準備を始めた。

 

 通学路、朝日が私と氷雨を照らす。神社より少し手前の道で、昨日か今日か、どちらかがで考えていたどうでもいい話を氷雨にしている。

 氷雨は、姉ちゃんと違って興味を持ってほしいなんてことは言わない。むしろ私のこのどうでもいいという感情を肯定してくれているような、そんな感じが私はしている。

 だから私は、氷雨と一緒にいる時間が一番長いのだろう、一緒にいて苦痛にならない、それだけで一番長い付き合いになるのは必然なのかもしれない。

 人間誰しもそうだろう。一緒にいて苦痛を感じるような人が隣にいてほしいなんて、そんなことは、思わないはず。

 もし一緒にいて楽しくない──苦痛だと感じる──そもそも嫌悪感を抱いている。そんなやつと一緒にいるやつは、ただのマゾか、どこかの国のお姫様が、国のために仕方がなくどこかの国の王子様と一緒にいる、それだけだろう。

 人間辛いと思うことは無理にやる必要なんてないと私は、考える。

 だってそんなの楽しくないじゃん。

 私は、楽しいと思うことを沢山したい、そもそも楽しいと感じることそれ自体が、私にはないという話ではあるけれど、それは一旦隅に置いとくとして、私が言いたいのは、みんなもうちょっと気楽に生きようと話だ。みんなみんな、気負いすぎなのだ。

 気負いすぎていて、自分の気に負けてしまっている。

 自分自信に負けてしまっている。

 そんなの勿体ない。

 人によって殺されるのではなく、自分で自分を殺している、それはとても勿体ない。

 だから、みんなで一緒に言ってみよう。

 この世の全部──どうでもいい。

「どうでもいいね」

「だねー」

 神社に足を踏み入れたあたりで、私の昨日か今日考えていたことは全て話終えていた。

 氷雨は、話を聞いている間は、とても興味深そうに聞いていたけれど、私がどうでもいいと言った瞬間に、氷雨の興味深そうな表情は、消え去った。

 氷雨は、そういう人なのだ。

 私のことを否定せず、肯定してくれる。

 そんな氷雨のことを私は──どうでもいいと思っている。

 どれだけ、二人でいる時間が幸せと感じたところで、それは私にとってはどうでもいいことの一つになる。

 それは家族と同じ。

 それは全て同じ。

 私にとってどうでもよくないことなんて、昨日鯉に言われるまでは一つとしてなかった。

 それが他人からみたらどうでもいいことでも、私にとってはどうでもよくない──大切なことなのだ。

「⋯⋯⋯⋯あのさ、白雪しらゆき

 と、神社の境内を歩きながら氷雨は、私の制服の裾を引っ張ってくる。

「ん? どしたの」

「⋯⋯別に大したことじゃないんだけどさ、少しお参りしてかない?」

「なぜに?」

 本心だった。

 初詣の季節はとうに過ぎているのに、なぜ今お参りなのだろう。

「いや、特に理由はないんだけど」

 理由を含む時の言い方。

 まぁどんな理由があろうと、私はそこに踏み込まない。

「うん、まぁいいやなんでも、行くなら行こ」

 コクっと頷く氷雨。

 何故だか表情を私から見えないようにしているけれど、気にせずに私はお参りの名前は知らないけれど、あのカラカラをする所へと足を進めた。

 その時、氷雨の片手は私の制服の裾を掴んだままだった。

 カラカラの前で、財布の中から五円玉を取り出す。

 五円玉を賽銭箱に放り投げ、二礼二拍手一礼。

 特に願うことなんてないけれど、まぁ、面倒くさいことがなるべく起きないようにとでも願っておく。

 こんな呪いの類信じたりはしない。

「氷雨は何お願いしたの?」

 横で私と同じ行動をしてお参りした氷雨に、声をかける。

「え⋯⋯その、こういうのってさ他人に願い事言っちゃうと叶わなくなるって言うじゃない?」

 う、確かに聞いたことがある気がする。

 どこから広がって迷信なのだろうか、もしかしたらそんな迷信も、名のある神様──名神のところでなら関係ないのかな、なんて考える。

「そう、じゃあ聞かないことにする。まぁどうでもいいしね」

「だね」

 いつもよりも覇気のない「だねー」に多少驚いたけれど、まぁどうでもいいや。

 それよりも。

「早く行かないと遅刻しちゃうよ」

「あ、そうだね⋯⋯行こっか」

 背丈は氷雨に負けるのに、この時の氷雨はとても小さく思えてしまった。

 まるで昔に戻ったみたいに。

 昔は、私の方が大きかったのだ。

 だからその時に戻ったような気がした。

 私は、その時に戻ったように氷雨の頭を横撫でた。

 実際には氷雨の方が大きいので、私は少しだけ背伸びをする形になる。

「大丈夫? なんかあった?」

 ううんと、横に首を振る氷雨。

「ない⋯⋯別になんにも」

「そう、なら大丈夫か」

「うん、大丈夫だから」

 だから──

「行こ?」

「そうだね」

 私は、カラカラの前から、出口兼鳥居に足を踏み出した。

「もうちょっと⋯⋯わたしのこと知ろうとしてよ」

 後ろから氷雨が何か言ったようだけれど、私には聞こえない。

「ん? なんかは言った?」

 嘘じゃない。

 私には、何も聞こえなかった。

「ううん、何も⋯⋯」

 何も言っていないらしい、空耳か、私の勘違い、そう、そうだろう。

 私は、本当に何も聞こえなかった。

 カラカラの前から、歩き出す氷雨の表情は、笑顔だった。

 うん、それでいいのだ。

 笑っているのなら、その笑顔が嘘だとしても、私は気づかないフリができる。

 だから頼む、氷雨だけは変わらずそのままでいてほしい。

 お願いだから──。

 

 神社から出た私たちを待っていたのは、太陽ではなく、その太陽を隠す一つの雲だった。

 その雲を眺めながら私は、呟いた。

「面倒くさいし、どうでもいい」

 

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