空白のダイ
@
スランプ
「もう何も思いつかないのだよ」
舞台上、それは様々な人、その生涯、世界を映し出すことが出来る特別な場所。そこで彼は俯いている。不意にそう呟く彼は、非常に窶れているようにみえた。
「新作の話かい?それなら一旦活動を止めて、演技に力を入れたらいいじゃないか」
戯曲家であり役者でもある彼にそう提案がされる。が、両手のひらを上に向け、おどけたように否定する。
「演技に磨きをかけろと言うのかい?冗談じゃないよ。物語を創るということがしたくて戯曲家になったんだ。役者はあくまでも遊びだよ」
彼の役者としての評判は悪くない。どちらかと言えばむしろ、良いほうである。それでも戯曲家にこだわるのには理由があった。
「物語というものは、ときには人に希望を持たせ、ときには悲しみを呼び、またあるときは喜びをもたらすことができるだろう?」
夢見る少年のような瞳を一瞬宿したものの、その輝きは六等星の如く小さかった。
「私も、いつの日からか、同じように誰かの喜怒哀楽を揺さぶってみたくなった。いつまでも人々にナニカを与え続ける存在になりたいと思ったのだ」
遠くを見るように細められた目は、哀愁と懐古を持ち合わせていた。
「だから戯曲家になった。自分の描いた世界を、実際に作り上げ、見ることが出来る戯曲家になったのだ」
ふと、提案をした声に向き直り、ハッキリとそう告げた。
「創作をする上で大切なものは題材だ」
そのまま彼は、ゆっくり歩き始めた。どんな世界にでもなりうる空白の舞台上を、1歩ずつ踏みしめながら。
「その題材は、自分が一から作った世界や実際に体験したことなど、どんなことでも良いのだよ。そう、どんなことでも。それに大きな価値を求めているのでなければ、本当にどんなことでも良いんだ」
舞台はこれまで様々な世界を映してきた。あるときは外国を、あるときは自国の歴史を、あるときは空想の地を。
「しかし、何も浮かばないのだよ。別に価値を求めているわけじゃあない。…もちろん最初は、生活もかかっているわけだから、全く価値を欲していなかったと言ったら嘘になるが」
だがそれは今、空白のままである。
「最終的に、価値を求めるのを一旦諦めたよ。仕方がない、書けないのだから」
劇場に響き渡る足音が止む。客席には影一つ見られない。
「それからというもの、欲を捨て、ただ物語を綴りたいという一心だけで机に向かってきたが、できるのは紙くずの山。これが何を指すか、君にはわかるかい?」
ただならぬ悲壮感を宿したその瞳は、一直線に、彼に向けられた。
「…まぁ後は君自身で考えたまえ。もっとも、考えるまでもないと思うがね」
小さく嘲笑し、身を翻すと、また歩き出した。
「私は降りることにする」
最後にそう言い残し、舞台上から降りていった。
空白のダイ @ @_who_
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