4-2(完)
私は立ちどまった。いつの間にかともっている街灯のしたで、私は流れる涙を手のひらでこする。
こんなふうに、子供が突然、蒸発するように消えてしまうことがあるのだろうか。どうして私はあの瞬間、手をはなしてしまったのだろう。なにがあっても、絶対にはなすべきではなかった、かけがえのないあの小さな手を。
ふと気がつくと、私はいつもの見慣れた風景のなかにいた。
私は歩き出す。キンタと毎日のように歩いた道を。
キンタのへんてこりんな笑顔が心にうかぶ。世の中に絶望し、人を嫌忌し、よりどころとしていたツイッターの世界もすて、無感動に生きていた私に、あのヘンな笑顔が生きる気力と希望をあたえてくれたのだ。
泣きながら歩く私を、前からくる人たちが、いぶかしみ、憐れみの目で見、人によっては私の顔をのぞきこむようにして、すれちがっていく。
不意に、あぶないよ、と声をかけられ、反射的に立ちどまる。気づかないうちに横断歩道に踏みだそうとしていて、顔をあげると、歩行者用信号が赤く点灯していた。
そして、その下――。
いた。
キンタ。
私の買ってあげた青に黄色いソデのTシャツに、金髪に青い目。間違いない、キンタだ。
キンタは、見知らぬ女性に手をひかれ、無表情な顔でたっている。
「キンタっ!」
私の叫び声に反応したのか、キンタがこちらをむく。目が合った。確実に。
だが、キンタはしばらくこちらを無表情にみていたが、保護してくれた女性に話しかけられたようすで、そちらを向く。そしてあの、にっという笑い顔をしたのだ。彼女に向けて。私にしかみせないと思っていたあの笑顔を。
「キンタ……」
そうか、という気がした。隣の女性は、たぶん、お母さんなのだ。キンタはやっと出会えたのだ、お母さんに。堤防で風が吹き、私が手をはなした瞬間、きっとキンタはほんとうのお母さんをみつけ、彼女のもとへ走っていったのだ。奇跡のような偶然だが、そう考えればすべて合点がいった。
「キンタ」
もう一度つぶやくと、私はその場から立ち去った。
よかったね、ほんとうによかったね、キンタ。
不安の涙が歓喜の涙になり、私は泣きじゃくりながら、歩いた。
あのイチョウ並木の交番へむかって。
交番では、けんもほろろな態度であしらわれて終わった。
私の犯罪申告をしんみょうな面持ちで聞いていた警官は、しかし、通りいっぺんの仕事をしただけで、まともに取り合ってくれなかった。電話でこの区域の警察署に問い合わせたり、どこかの部署と連絡をとりあったりしてくれたものの、私が、
「悪いことをしてしまいました。逮捕してください。罰してください」
といくら懇願しても、そんな子供の捜索願いも失踪届けもでていない、あんたひとりの証言じゃ警察は動けない、の一点張り。
働く気があるのか、この警官。この交番のまえを通りすぎる私たちを何度もみているはずだろうに。
しまいには、警察は忙しいんだから余計な手間をかけさせないで、と半分怒りながら突き飛ばされるようにして、交番から追い出された。
なんなんだ、いったい。やる気があるのか、このおまわり。
さんざん泣いたあとに憤慨し、なんだか心がぐちゃぐちゃになった気分だった。ぐちゃぐちゃの気分を抱えて、家にむかって歩いていると、なぜだか急に、ふたたびツイッターにもどりたい気持ちになってきた。
なぜだろう、不思議なものだ。
キンタがいなくなって、ぽっかり空いた心の
あんなに嫌気がさしてやめたツイッターなのに、今はとっても懐かしい。
家に帰り、ちゃぶ台のまえにすわる。
しんと静まりかえった部屋にひとりですわっていると、まるでキンタと暮らした日々が夢のようにも思え、反対にキンタがいないことが夢のようにも思えるのだった。
部屋のそこここにちらばるキンタの衣服に切ない気持ちになり、ため息をもらす。いまにもドアがひらいてキンタがトイレからひょっこりと出てくるんじゃないかとか、足をのばすとちゃぶ台のしたでキンタの足とぶつかるんじゃないかとか、そんな気がしてならなかった。
私は首をなんども振る。
キンタはお母さんのもとに帰ったのだ。キンタにはそれがいちばんの幸せなのだ。私は私に言いきかせ、一生懸命に心のスイッチを切りかえようとつとめた。
とにかく、スマートフォンをとりだし、消してしまっていたツイッターのアプリを再びインストールして、アカウントを新規に作りなおす。
もう、かつてのフォロワーたちはいない、だれも私を知る人がいない世界で、いちからの再出発だ。
プロフィールをざっと書き、さて、最初のツイートはどうしようと考えていると、通知アイコンにマークがついている。
はて、なんのしらせだろう、と引きよせられるようにアイコンをタップしてみる。
と――。
キンタ@4さいさんからフォローされました。
(完)
Twitterやめました。 優木悠 @kasugaikomachi
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