#3 手を取り合うわたしたち

 しかし、そこに姿を現したのは、何度も映像で見た、二本の足で歩く「人間」ではなかった。わたしたちと同じように、全身をモフモフとした毛で覆われた生き物が三頭。ピンと立った三角形の耳も、わたしと変わらない。ただ、頭はボールみたいに丸い感じで、口や鼻もあんまり突き出ていなかった。身体も小柄なようだ。

「あなた方は……」

 壇上のシンノスケ居住区ブロック長が、震える声で言った。

ニャン族、そうですね?」

「はい、その通りです。良かった、共通語エイゴが通じるようですね」

 灰色の毛におおわれた真ん中の一頭が、ちょっと舌足らずな感じの声でそう答えると、地面についた両手を折り曲げるようにして、丁寧に頭を下げた。

「私どもは惑星チュールという星からやって参りました、宇宙探査隊の者です。私は隊長のミューズと申します。盛大な歓迎、どうもありがとうございます。しかし、ここにも……」

 彼女は、大きな青い瞳で周囲を見回した。

人類ヒューマンの方々はおられないようですね。ここは、あなた方ワン族だけの星なのでしょうか?」


 開拓者パイオニアの帰還ではなかったわけだが、それでも世界は熱狂に包まれた。「ニャン族」というのは、わたしたちと同じように、頭脳の高度化処置アクセラレーションによって「開拓者パイオニア」のパートナーとして働くようになった種族で、かつてはこの惑星ピュリナにも、わずかな数が暮らしていたらしい。

 惑星チュールにおいても、事情はこちらと全く同じで、ニャン族たちが「人類ヒューマン」と呼ぶ開拓者パイオニアは、ある時突然宇宙へと去ってしまったのだという。

 こちらと違うのは、何機かの宇宙船が後に残されたという点だった。その航行原理までは不明ながら、彼らは苦心の末にその操縦法をマスターして、こうして宇宙へ進出することができたのだった。

 兄弟のような二つの星。ミューズたちも、初めて目にしたワン族たちの姿に、興奮を抑えきれずにいるようだった。長い尻尾がピンと立っているのが、ニャン族たちにとっての喜びの現われ、ということらしい。


 さっそくこちら側、惑星ピュリナの代表である居住区連合長プレジデントたちと、ミューズ隊長との会談が開かれ、その様子は全世界に放映された。

「私たちの分析では、人類ヒューマンたちは、母星テラに迫った大きな危機に対応するために、急きょ全員で帰還したのではないかと見られています。惑星チュールを、しばらく私たちに任せても大丈夫と信じて」

 香箱座りキャットローフで、応接クッションの上にちょこんと座ったミューズはそう言った。

「しかし、残念ながら母星テラの推定位置は、あまりに遠いのです。到達には百年以上かかります。宇宙船に実装されているはずの高速な航法を用いたのだと思われますが、残念ながら起動方法がまだ解明されていません。まずは、通常航法で可能な範囲で探査を続けた結果、初めて発見した文明のある星が、こちらの惑星ピュリナだったわけです」

 開拓者パイオニアの方々が直面した謎の危機。まだ帰ってくることができないというのは、まだその危機と戦っておられるのではないか。


 ワン族側は、ワンワンと色めき立った。ぜひ我々が力になって、開拓者の方々を助けなくては。今すぐにも、駆け付けたい。

 そんなわたしたちの、開拓者パイオニアの方々への思慕の念の強さに、ミューズたちはニャン族たちは感銘を受けたようだった。

「いかがでしょう。もし良かったら、皆さんの代表を、まず惑星チュールにお招きしたいのですが。その上で、共同で人類ヒューマン――開拓者パイオニアの人々を探しませんか? 私たちもやはり、彼らにもう一度会って、喉を鳴らプルしたいと思っているのです」


 こうしてミューズたちの宇宙船は、トップランクの学者たちを中心として編成されたワン族使節団を乗せて、再び旅立つことになった。

 その出発に際しては、やはり私たちの居住ブロックにある中央運動場ドッグ・ランにおいて式典が行われた。期待に尻尾を振る無数のワン族たちが観客席を埋め尽くし、ワンワンと彼らの旅立ちを見守る。もちろん、わたしとココも。

「すごいよね、あの遠い宇宙に、わたしたちもとうとう行けるようになったなんて」

 隣のココが、やはり興奮気味に夜空を見上げる。今日は人工流星は飛んでいないから、星々がただ静かに輝くばかりだ。


 壇上に並んだ、ワン族使節団。そのそばには、シンノスケ居住区ブロック長の姿があった。自分も使節団に参加して惑星チュールへ行きたい、さらには開拓者の探索にも参加したい、と強く希望したのだが、高齢のために認められなかったということだ。その代わり、使節団を送り出すに当たっての挨拶を述べる、という大役を任せられることになった。

「私たちワン族と、ニャン族のみなさんとの、友好の歴史が始まります。そしてきっと、そう遠くない将来、私たちは開拓者パイオニアの方々に再び出会うことができるでしょう。みなさん、彼ら使節団の旅立ちを、大きな声援と共に見送ろうではありませんか!」

 居住区ブロック長の言葉に、観客席を埋め尽くしたワン族たちが、ワォーン、ワンワンと、一斉に興奮の声を上げた。

「行ってらっしゃい! 気を付けて!」

「仲良く頑張ってきてね!」

 わたしとココも、大声で叫ぶ。


 ミューズたちニャン族とワン族の使節団は仲良く尻尾を振りながら宇宙船に乗り込んだ。そして間もなく、巨大な円盤状の機体はふわりと浮かび上がった。底面から黄色い光を放ちながら、宇宙船は徐々に速度を上げて、夜空へと旅立って行く。その姿が、ほんの小さな光点となるまで、みんなの声援は続いた。

「きっと会えるよね、わたしたち。開拓者パイオニアの人たちに、もうすぐ」

 夜空を見つめながら、ココが言った。その大きな黒い瞳には、たくさんの星々が映っているようだった。

「うん、きっとね。見つけて来てくれるよ、絶対。ニャン族さんたちと、力を合わせて」

 力強くうなずいて、わたしも星空を見上げる。あの無数の星々のどこかで、いつかきっと。

(了)

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【完結】星空へ去った人々へ ~Her master's voice~(全3話) 天野橋立 @hashidateamano

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